日々、考察中。

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ドバイ1!

ドバイ1!

空から見たドバイの街は、まるでプリント基板のように規則的に四角い建物が並んでいた。ドバイの現地時間は午後8時半であるはずだ。街には明かりがともり、全体が輝いているように見えた。着陸は香港到着時よりもショックが少なく、香港を出発してまもなく機内放送で言っていた機長の名前を思い出した。ナイスグランディング!マイク!
ドバイ空港内の地図は、出発時のSTW受付でもらっており、それを見つつ進んだ。あまりにも簡素化されたその地図は、ほとんど参考にならず、周りの旅行者が最も参考になった。地図で気になったのは、入国審査前に現地案内人が待っていると書いてあることだった。という事は、現地案内人はUAEを出国していることになるではないか。経験したことがある海外旅行の全てのパターンでは、入国して荷物を受け取って検査した後の到着ロビー内で案内人が待っていた。"待っているって書いた場所が違っているんじゃないの?"という疑問は、入国審査前で待っていた赤いジャケットを着たアラブ人の、流暢な日本語を聞いて吹っ飛んだ。アラビアン・アドベンチャー社から来ているといった案内人の彼は的確な指示で、僕ら2人と、同じ飛行機に乗って来た、違うツアーの2人組2組、合わせて6人の日本人を導いた。入国審査を抜けて荷物を受け取って日本円を現地通貨ディルハムにエクスチェンジしたら、空港の出口になった。僕らを含む3組はいずれも違うホテルに部屋を取っているようで、3台の車に別れて進んだ。僕らは左ハンドルのエスティマに乗せられて、英語しか話せないに違いない運転手と共にシェラトン・デイラ・ホテルに向かった。
明るい街中は至るところで渋滞しており、活気のある都会だった。日本なら60km程度で流れるような道路の混み具合や雰囲気でも、ドバイでは100kmで流れる。流れに乗れない車には、容赦なくクラクション。この数10分のドライブで、僕はここでの運転をあきらめた。
運転手の英語は聞き取りやすかった。どこからきたのか?というありがちな質問に、「フロム ジャパン。」とおざなりに答えると、運転手は乗ってきた。「ジャパンはファンタスティックだ。この車もジャパン製でベリーグッドなのだ。タイワンと書いてあったりチャイナと書いてあるものはだめだ。ジャパンがベストである。」とまくし立てた。僕は、「オフコース。ジャパニーズインダストリアルスキルは、ナンバーワンあるね。」と、何語か分からない言葉で答えた。彫りの深い顔の運転手は、"こいつは英語がわかるらしい。ノリの良いやつだ。"と思ったのか、次々と話をしてくる。Nは隣りで、半分理解できたような理解できないような顔をしていた。僕は、なんとなく理解した話をNに通訳した。「なんとなくわかるけど、なんとなくはわからない。」どうやらNの英語力は期待しないほうが良いらしい。僕は、ノリノリ運転手との会話を楽しんだ。
「私はインディアンなのだよ。ネイティブなのだよ。ジャパニーズはインディアンと言うと、槍を持ってハンティングして暮らしているかと勘違いするよ。今はそんな時代じゃないよ。」彼は、ドバイの現地人の現代文明化を説明しているようだった。僕は、「アイム アンダースタンドしたよ。トールなビルディングやホテルがメニースタンディングだよね。」ノリノリ運転手はよろこんだ。「ユーは英語がスピークできるのかい?」僕は答えた。「ノーノーノーノー。アイ キャン スピーク イングリッシュ、ベリー リトル。」指で"ちょっとだけ"というゼスチャーを交えた、僕のこの答えにノリノリ運転手は、さらにのってきた。「ハハハハハ。ユーのイングリッシュはナイスだよ。ジャパニーズはスピークしたがらないピープルが多いのだよ。」そんなことを話している間に、あっという間にホテルの前に到着した。
途中、ノリノリ運転手が教えてくれた、"チープなショッピングセンター"と、"ネイティブアラビアンが利用するスーパーマーケット"を記憶して、書類にサインをして、握手を交わして、僕らはホテル内に入っていった。

 "シェラトン"という名前だけでそれなりのホテルであろうと想像していたが、やはりチェックイン時の対応は仰々しくさえあった。いくつかの英語の質問と、クレジットカードの提示と、記名及びサインで部屋のキーを渡された。203号室は2階の端のツインルームだと説明された。傍らに置かれた荷物は、ポーターがすでに抱えていた。「10ミニッツもかからないでユアルームにキャリーするよ。」という彼の説明を聞いて、僕らは部屋に向かった。時刻はまだ午後10時前だったが、日本時間では午前3時近い時間だった。
 部屋に着いてみると、対して広い部屋ではなかった。すぐにポーターがやって来て、荷物を下ろしていった。ポーターの手に5ディルハムの札を握らせる。この国で始めて使ったお金だ。5ディルハムだから150円ぐらいか。まあまあのチップだ。
 眠気はすぐに襲ってきた。とにかくシャワーを浴びて寝てしまおうという事になって、順番にシャワーを浴びた。Nがシャワーを浴びている間に、僕はテレビをつけた。ドバイスポーツというもっともらしいチャンネルを選択したが、やっているのはアラブ人のバスケットボールで、それほどうまくなく、面白くない。僕は案内チャンネルがあるのを発見した。そこには、NHK・JAPANという文字があって、僕をおおいに喜ばせた。そのチャンネル23を選択すると、日本語がテレビから流れ出る。おお!と歓喜に包まれながら映像を待つと、映ったのは農村のおじいちゃんおばあちゃんで、僕はちょっとだけがっかりした。
 シャワーを浴びると、急激且つ急速な眠気に襲われた。
 午後11時ごろ。日本時間午前4時ごろ。いつもより長い5月3日は過ぎていった。


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