日々、考察中。

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ドバイ3!

ドバイ3!

 今度のタクシー運転手は大柄なおっさんで、よくしゃべった。ワフィ・ショッピング・モール、と行き先を告げると,陽気に「OK、OK。」と返してくる。
「チャイニーズ?コリアン?」
よく言われる質問に、「ジャパニーズ。」と答えると、大柄おっさんは何やら携帯電話を操作し始めた。しばらく静かにしていると思ったら、信号停止で携帯の画面を見せてくる。
「マイフレンド、リビング、イン、トーキョー。ヒズワイフ、ジャパニーズ。」
うれしそうに話し始めた。僕らは、「あーあーあー。」とうなずいた。その話しにどう乗っていいのかわからなかったからだ。大柄おっさんは聞き取りにくい英語で何やらペラペラと話し始めた。中東はアラビックなまりの英語を話す人が多く、聞き取りにくい事があると本に書いてあったが、どうやらこの人がそうらしい。よく聞いていると、「トヨタハイエースをジャパンにいるフレンドからゆずってもらう。2000USダラーだけど安いだろう。」と言っているらしい。適当に「イエス。」と答えていると、「ハイエースのニューカーはジャパンではいくらだ?」と聞いてきた。興味の無い車の価格などわかるわけも無く、「アイ、ドント、ノウ。」と答える。大柄おっさんはあきらかに興奮した口調で質問を繰り返す。「ユーは俺様のクエスチョンをアンダースタンドしているのか?」おっさんこそ、日本人なら誰でも日本車の価格を知っているわけじゃないぞ。「アンダースタンド。バット、アイ、ドント、ノウ、ハイエースプライス。」大柄おっさんは引くことを知らないようだ。「ハイエースはジャパニーズカーだぞ。アバウトプライスでもいいから知らないのか?」僕は適当に答えることにした。「アバウト20サウザントUSダラー。」200万ぐらいと言っておけばいいだろう。おっさんは納得していないようにまくし立てた。「20サウザント?フンジャカフンジャカ、ペラペレリーノ。」なにを言っているのだか全くわからなかった。返答に困っていると、ワフィ・ショッピング・モールに到着した。僕らは胸をなでおろし、11ディルハムを払ってタクシーを降りた。

 オイルマネーをがっぽり持ったアラブ人向けだという説明を"うかいくみこ"さんから受けた、ワフィ・ショッピング・モールは、説明の通り豪華だった。だからというか、初めからというか、僕には見所も無く、3階のA&Wというハンバーガーショップで昼食を取っただけで終わった。Nは、グッディーズというバーレーンから出店している高級スーパーマーケットのアラブ菓子を気に入ったようだったが、日程の関係で日持ちするかどうか不安で、買うのを控えた。
グランドフロアのタクシー乗り場ですぐにタクシーを拾えた僕らは、午後2時ごろ、ドバイミュージアムへ向かった。

 乗ったタクシーの運転手は寡黙な人だった。一言も話さないまま、かなり良いペースで走り、あっという間にドバイミュージアムだった。なにしろ、今までに乗ったタクシーの中で最も速度が速かったのだ。100kmあたりで流れている道路を、130kmあたりで飛ばしていく。シボレーのステーションワゴンだったが、とにかくアクセルを踏んでいる量が多いのだ。到着した途端、ふうーっとため息が出た。

 ドバイミュージアムの入場料は1人3ディルハムだった。およそ100円だ。砦に囲まれた庭は特にこれといって見るものも無く、置いてある大砲の横をすり抜けて、岩で出来た砦の入り口に入った。午後の太陽がさんさんと照らしている日向と違って、砦内は涼しかった。後でわかった事だが、その日の最高気温は38度であったらしい。砦内の展示物をさらっと流してみて、やっぱり入場料が100円じゃあこんなものだな、なんて思っていた。
 また、暑い屋外へ戻った。向かう先はもう1つの砦の入り口だ。また、さっきのような古い武器の展示だろうか。そんな事を考えて足を踏み入れた僕らは、正直言ってびっくりした。砦の中は近代的な内装になっており、エアコンが効いて、緩やかなスロープが地下に向かって伸びていたのだ。僕らはスロープを下った。
 地下の暗い部屋では、ドバイ50年の歴史が映像化されて放映されていた。一通り見て、ドバイのオイル発見による急激な経済成長を理解し、次の部屋へと進んだ。
 次の部屋からは、蝋人形で作られたドバイの歴史や風土を見る所となっていて、かなりの数の場面が道沿いに作られていた。悔しいのは説明文が全て英語で、ほとんど理解が出来ない事だった。しかし、見ているだけでもわかる事は多く、非常に面白い博物館だった。ところどころで蝋人形と写真を撮った。面白い写真が出来たはずだ。これで入場料100円は安すぎる。ミュージアムを出てから僕らの意見は一致した。

 ドバイミュージアムから歩いていける範囲に、オールドスークがある。僕らは地図を見ながら、布地市場であるオールドスークを目指した。布地なんてほとんど興味の無い僕にはただの観光場所で、目的はオールドスークの向こうに流れているドバイクリークだ。ドバイという都市を2分割する運河で、川幅は50m以上ありそうだ。ここを、"アブラ"と呼ばれる渡し舟で渡るのである。午後3時半ごろに通ったオールドスークは、開いている店舗が半分ほどだったが、雰囲気は十分味わう事が出来た。途中にアブドーラ・ザ・ブッチャーが履いているような、先端がくるりと丸まった靴を売っているお店があり、かなり興味をひかれたが、お店の人に商売っけがなく、僕の購買意欲を無くされた。
 まずは、アブラを見学することにした。
 乗っているのは、100%アラブ人である。欧米人の姿は、見える範囲では、無い。"うかいくみこ"さんも言っていたが、地元の人の渡し舟であるようだ。システムはいたって簡単のようで、20人乗りほどの船がいっぱいになったら出航するようだった。渡し舟だけで10艘以上はあるようだ。岸に着いているのがそれだけあって、対岸もあって、それぞれに2箇所の待合場所があるらしいから、実際は40隻以上あるのだろう。1人片道0.5ディルハム(=50フィルス)だという調べはついているから、財布の中から2人分である1ディルハムを握り締め、僕らはいっぱいになりそうなアブラを選んで乗りこんだ。ちょうど僕らでいっぱいになったアブラの船長は、人数を確認して人々の周りをぐるっと回る。料金の徴収である。僕は指で、2人分というゼスチャーをして1ディルハム支払った。船長が中央にあるコックピットに座ると、すぐにアブラは動き始めた。
 アラブ人をいっぱい乗せたアブラ、なんていうわかりにくい状況のまま、アブラはドバイクリークを軽快に進んだ。船の外側を向いて座っている乗客の目の前は水面で、手摺も何も無い。クリークには大きな船も浮いていて、あいつらが動いて出来た波が来たら、1人や2人は落ちるだろうと想像できた。あっというまに少し上流の対岸について、船着場も何もないコンクリートの階段に接岸したアブラから、乗客が次々と降りた。僕らは最後に降りる事となったが、船先からコンクリートまでは7,80cmあり、さらにゆれている。これは落ちる人もいるだろうなあ、と思った。慎重にコンクリートに移った僕らを確認して、アブラの船長はニコリともせずに船を岸から離していった。

 船着場からスパイススークはそれほどの距離ではない。時間は午後4時半近くなっており、お店が開く時間だ。僕らは、立ち並ぶビルの間を抜けて、スパイススークへ向かった。
 狭い通りのスパイススークは、カラマスークよりも道幅が無かった。両側にスパイスの入った麻袋がびっしりと並んでいる。僕にとっては宝の山だったが、Nにとっては匂いのきつい狭い通りでしかなかったようだ。この時点でスパイスを購入する意思はなく、僕らは足早にスークを抜けた。僕の記憶に残ったのは、カレーに入れると絶妙の酸味をかもしだす、カルダモンの山だった。

 スパイススークを抜け、クリーク側ではない方向に足を向けると、そこにはゴールドスークがある。スパイススークからは徒歩10分弱の距離だった。見るからにきらびやかで豪華なこのスークは、歩道もしっかりしていて広い。道幅5m以上はあって、店舗も店の外に商品を並べているという事が無かった。かなり安く買えるという18金や24金は、確かにきれいではあったが、僕の興味の対象にはならなかった。Nも同意見であるようで、僕らはただの観光客となって、きらびやかな光景を楽しんだ。
ゴールドスークを出て、夕方になって涼しくなり始めると、どこからか湧き出てくるアラブ人をよけながら、街の中を歩いた。暑い中をかなり歩いたのでのどが乾いた僕らは、街のスーパーに寄ってアラビック表記のコーラとお菓子を買った。コーラを飲みつつ歩き始め、いろいろなお店を見た。ナイフスークと呼ばれている一角ものぞいたが、ナイフを売っているわけではなく、安い衣類が売っているようだった。時間は午後6時半ごろで、夕食を食べるにはちょうど良い時間だった。

 アラ・カイファク・レストランは街角にあった。
 ここにしようか、というNの問いに、僕は賛成した。一般アラブ人が行くようなレストランにいってみたかったのだ。アラビックと英語の両方で書かれた看板には、しっかり"レストラン"という文字が読み取れるから、料理を食べさせてくれるに違いない。僕らは恐る恐る入り口のドアを開いた。
「ウェル、カム、サー。」
敬語を使えるアラブ人のお出迎えである。「どこでもいいから座ってよ、サー。」というような言葉とゼスチャーが理解できたので、僕らは店内のほとんど中心のテーブルに腰を下ろした。テーブルのすぐ横の壁に掛けてあったメニューを取り、テーブルの上に広げる。すると、僕らのテーブルの近くにいたウェイターらしき4,5人のアラブ人の中の1人が、となりのテーブルからもう1つメニューを取ってくれた。街角の現地密着型レストランにしてはサービスが良いではないか。というよりも、このレストランを訪れるアジアンが珍しいだけのようだ。
 焼き物中心のレストランのようで、メニューにあるのは、サラダ、デザートの他は"グリルド"と頭につくものが8割を占めた。"グリルドレバー"、"グリルドキドニー"、"グリルドハート"などと、内臓系のメニューが目に付く。どうやらそれらは、羊のものらしい。とりあえずは無難なところで行こうと決めた僕は、"グリルドステーキ"を選択した。これはビーフのようだ。向かい側にすわったNは、メニューがよくわかっていないらしい。
「グリルドシュリンプあたりでどう?」
という僕の問いに、シュリンプ?という顔で答えた。僕は、「えび。」と説明し、無事オーダーは決定した。これだけで足りるかなあ、という僕の思いは、すぐに覆される事となる。
 「グリルドステーキ、アンド、グリルドシュリンプ。」
ウェイターはすぐに理解し、「イエッサー。」という言葉を残し、調理場のほうへ消えた。しかし、僕らのテーブルの周りには4人のウェイターがたむろしている。もしかしたらこの場所は、ウェイターの待機場所なのではないか、と気付きつつも、アジアンが珍しいのかもという考えは消えなかった。何しろ彼らは、周りのテーブルにも何組かの客がいるのに、こちらをじっと見ているのだ。
 テーブルの上にまず運ばれたのは、直径20cmぐらい、高さ30cmぐらいの入れ物に入った水だった。飲用らしく、コップと一緒に出てきた。とりあえず、水で乾杯。すぐに調理場に消えたウェイターが持ってきたのは、ざるに山盛りになった、インドの"ナン"が薄っぺらくなったようなパン系のもので、それは軽く20枚はあった。全部食えというのか?と思ったが、周りのテーブルを片付けているウェイターの手に、ざるの中に残った薄っぺらナンを確認して、ほっとした。薄っぺらナンを残して、殺されるような事はないらしい。薄っぺらナンと共にウェイターの手に持たれていたのは、カレー風味のスープと、皿に山盛りの雑草だった。スープはそれぞれの前に置かれた。雑草は1皿だけである。雑草だけが皿に盛られていると思っていたが、雑草の下にはピクルスらしききゅうりやにんじんの断片が隠れていた。
「どうやって食べるのかな?」
2人の共通の疑問だった。しばらく周りのテーブルを観察したが、席にすわったばかりという人達は皆無で、僕らのような状態の人はいなかった。僕は手を上げて、こちらを凝視しているウェイターの1人を呼んだ。ゼスチャーで"この雑草はスープの中に入れるのか?それとも、薄っぺらナンに巻いて食べるのか?"と伝えると、ウェイターもゼスチャーで返してきた。"その雑草は、そのまま食べるんだよ。"僕らは理解して、雑草を食べてみたが、それほどおいしいものではなかった。
 しばらくカレースープと薄っぺらナンと雑草アンドピクルスを食べながら話をしていると、メインの2皿がやってきた。皿の上には、厚さ5~10mm程度のよく焼かれたビーフが3枚乗っており、さっきの雑草とは違う種類の雑草が山のように盛られていた。ビーフだけでもそれなりの量である。シュリンプのほうは、くるまえび大のすでに殻をむかれたえびが10個程度、山になったフライドポテトと共に皿に乗っている。この量で2人分合わせて39ディルハムは安い。1200円程度なのだ。僕らはアラブ人の見守られながら、次々と目の前に並んだ皿の上のものを片付けていった。ただ、唯一、ピクルスだけはすっぱすぎて口に合わず、きゅうり1こで勘弁してもらった。

 アラ・カイファク・レストランを出ると、外は暗くなっていた。しかし、街の明かりとアラブ人の人ごみで辺りは昼間のようだった。僕らは歩いて次の目的地を目指す事を決定していた。多分1kmほどの距離だ。方向も地図で確認したし、目印になる建物もチェックした。目指すのは、ショッピングセンター内にスーパーマーケットを持つ、"アル・グレア・ショッピングセンター"である。ショッピングセンターへ行きたいというよりも、スーパーマーケットを覗いて見たいのだった。
 かなりの人ごみであったスーク付近を抜けると、街は都会の様相を見せてくる。立ち並ぶビルの1階、テナント部分には、見慣れたマークを発見する事が出来た。マクドナルドや、ケンタッキーフライドチキンである。ビルの周りの歩道には人ごみが無いかといったら、そんなことはない。本当にアラブ人は、夕方涼しくなってくるとどこからともなく湧いてくるのだ。僕らは人の波を縫う様に歩を進めた。
 1つ目の目印は小さなホテルで、無事通過した。2つ目に発見したのは、通るはずがないショッピングセンターで、地図を確認すると、通りを1本間違えている事が判明した。ただ、致命的なミスではなく、曲がるところを間違えなければアル・グレアに到着できる。アル・マクトゥーム・ストリートという名のこの通りの右側に電話局があったら、その交差点を左折すればよいのだ。
 しばらく歩いていて、僕は不意に気付いた。電話局の建物が特定できるのか?まさか、NTTとは書いていないであろうし。右前方には、ビルがたくさん見えたが、やはりどれが電話局であるのかはわからなかった。大型の交差点が近づいた。どうやらここを左折っぽい。Nも、「ここじゃないか?」と言う。右側にあるビルははたして電話局なのか。特徴的なのは、ビルの屋上にある球状のものだが、それがあるからといって電話局であるなどとは言えない。結局、電話局である事を空に浮かぶまん丸の月に祈って、僕らは交差点を左折した。
 数分後、右側に見えてきたのはアル・グレア・ショッピングセンターで、僕らの足は相当疲れていた。ここからホテルまでは、約2km。帰りはタクシーにしようと固く心に誓って、アル・グレアに入っていった。
 時刻は午後8時。まず、僕らが探したのはトイレで、すぐに目的は達せられ、次はいよいよスーパーマーケット"スピアーズ"に向かった。ショッピングセンター内をぐるぐると回ったが、スピアーズの入り口は無かった。もう1度案内板を確認すると、スピアーズは別棟になっていることがわかった。なんだあ、入り口にあった案内板には、方向しか書いてなかったぞ!と日本語で怒ってみたが、周りのアラブ人にはもちろん何を言っているか解らない。所詮、案内板の前で迷子になったアジアンが騒いでいるだけの現状だった。
 別棟とわかるとスピアーズ捜索は簡単だった。とにかく方向だけはあっていたから、あとは外に出るだけである。外に出ると駐車してある車の向こうにスピアーズの入り口が見えた。僕らは突入した。内部は騒がしく、日本のスーパーマーケットを何倍かにしたような感じだった。とにかく、水を手に入れたかった僕らは、籠を確保して飲み物売り場に直行した。数種類の水の中から最も安い物を選ぶ。600ccで0.65ディルハム。20円程度だ。1.5リットルのものは1.55ディルハム。50円もしない。僕らは600ccの水を3本と、オレンジジュース1本、お菓子少々を購入した。10ディルハムもしなかった。
 アル・グレアにはタクシー乗り場が無かった。どうやってタクシーを捕まえようか、と考えていると客を乗せてきて降ろしたばかりらしいタクシーが、50mほど向こうで停車した。まさか、僕らがタクシーを求めている事などわかりようがない、と考えていると、窓を開けてこちらに手を振っている。さすが、タクシー運転手ともなると、タクシーに乗りたい客がわかるのであろうか。僕らは乗りこんで、行き先を"シェラトン・デイラ・ホテル"と指示した。メーターは6ディルハムで止まったが、10ディルハム紙幣を渡して、「つりはいらねーぜ。」といって降りた。
 僕らはくたくたで、フロントで、「ルームキー、トゥー・ゼロ・スリー、プリーズ。」と言ってキーを貰い、部屋に戻ると、崩れ落ちた。午後10時に近い時間のホテル帰還だったが、シャワーを浴びて寝たのは午後11時半になる前だった。


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