月浮かぶそら、輝くひかり。 -静かな夜空の小さなトモシビ。

第九章-最初と最後の、初デート。


今日は、目覚まし時計ではなく、電話に起こされた。
「ん・・・電話?」
珍しいことだった。僕の家にはほとんど電話がかかってこない。あるけどない電話状態だった。
「もしもし・・・」
【あれ?もしかして寝てた?】
聞きなれている女の子の声が受話器の向こうから聞こえてきた。里緒だ。
「・・・うん。寝てた」
【ごめーん。起こしちゃったね】
えへへ、と彼女は笑った。
「まぁ、いいけど。で、何?」
【あー、えっとね。デート、しない?】
「は?デート?」
【うん。デート。今日休日だし、暇だし】
彼女からそんな言葉が来るとは思わなかった。
「微妙な不意打ちだな。別に良いけど」
【本当!?じゃあ、公園で待ってるね!】
彼女の声は、やけに弾んでいた。
「お、おい!ちょっとま─。」
ツー、ツー・・・。
ちょっと待てといおうとしたが、意味がなかった。彼女が、電話を切ったのだ。こっちはまだ準備も出来ていないというのに。
また、昨日のようにパンを生で食べ、階段を駆け上り、タンスから服を取り出し、財布をポケットに入れ、玄関に向かい、靴の中に足を入れ、ドアを荒々しく開ける。
バンッ!
という音も気にせず、外に出る。そして公園に向かう。駅前の公園。青塗りのベンチ。後ろに時計台。彼女はそこに座っていた。
「あ!陽介君!」
彼女は僕に気づき、大きく手を振る。
「よう」
僕は軽く手を上げ、彼女のほうへ歩いていく。
「待った?」
「ううん。今来たところ」
「で、デートは良いけど、どこ行くの?」
「んーとね、デパート!」
「デパート?そこの?」
デパートは、公園からすぐ近くにあった。7階建ての大きなショッピングモール。
「うん。買い物しようよ」
彼女はかなりニコニコしていた。
「まぁ、いいけど」

そして僕たちはデパートの中に入った。
「あー、なんか久しぶりな気がする・・・」
僕はあまりここには来ない。近くに小さなスーパーもあり、別にこんなにでかいところに来る必要もなかった。
「そうなの?私はよくここにくるけど」
「へぇ~、僕は僕の家の近くにスーパーあるから。そこで十分なんだよね」
「そうなんだ」
「で、どこ行くの?」
「んーと、本屋なんてどうかな?」
「本屋か。行こう」
僕はここに来たことがあまりなかったので、少し情けないが、彼女のあとについていった。

4F─
エスカレーターに乗り、僕たちは4階までのぼった。そこから左に曲がり、ずっとまっすぐ進む。

文房具店─。
宝石店─。
楽器屋─。

そして本屋。
「うわ・・・広っ・・・」
あはは、と彼女は笑った。
「本当に来たことないんだね。陽介君」
「ああ、まぁね」
「ここ結構品揃えいいんだよ」
「へぇ~」
「じゃー私はあっちに行くけど、陽介君は?」
「僕は一通り見てみるよ」
「そっか、じゃあまた後で」
「うん」
そして僕たちはそれぞれの場所へ行った。
僕は色々見て回った。

週刊誌─。
月刊誌─。
文庫本─。
単行本─。
攻略本─。
漫画─。

色々おいていた。何冊かなんて数えられないぐらいの量だった。軽く普通の店の三倍はありそうだ。このデパートはいったいどれだけ広いんだか・・・。
多少驚きつつも本屋を出て、近くにある椅子に腰掛けた。
しばらくして、里緒がこちらに来た。
「ねぇねぇ、次はアイス食べに行こうよ」
「アイスも売ってるのか?」
「うん。一階にね」
「そっか。じゃあ行こう」

そして僕たちはまた一階に戻り、アイス売り場に行った。

鯛焼き屋
焼き鳥屋
たこ焼き屋
ファーストフード店

そしてアイス屋。まだまだたくさんあるが、ちょうど中心らへんにアイス屋はあった。他の所に比べて面積は狭かったが、それでも品揃えは豊富だった。
「いらっしゃいませ。何になさいますか?」
店員の女性が満面の笑みで注文を聞いた。
「チョコレート味ください」
「じゃあ僕もチョコレート味を」
「かしこまりました。少々お待ちください」
最後まで笑顔で注文をとり、そして注文をとり終え注文された品をコーンの上にのせる。
「300円になります」

僕たちにアイスを渡し終え、代金を言う。
里緒が出そうとしたので、僕はそれを制止した。
「僕が払うよ」
そして僕は財布から300円を取り出し、店員の女性に渡す。
「ありがとうございました」
そして一礼する。僕たちは近くにあったテーブルの場所に座る。
「ここのアイス、結構おいしいんだよ」
「あ、本当だ。結構おいしいな」
彼女はニコニコ笑っていた。
「いつもここに来たら必ず一回は食べるんだよ」
「へぇ、そうなんだ。冬も?」
「うん。冬も」
僕たちは笑った。大きな声でもなく、小さな声でもなく。
「なんだ、やればできるじゃん」
いきなり彼女がそういった。
「あ・・・本当だ」
そう。僕は無意識のうちに、"笑っていた”のだ。彼女との初デートで、この場所で。
そして僕たちは、また笑った。
そして、そんな僕たちの初デートは、終わった。そのとき僕は、これが最初で最後のデートだとは、思ってもいなかった。


帰り道、雨が降り始めた。陽介と里緒は、別々に帰った。里緒は別の店へ寄るため。陽介は家でテレビを見るため。
「ふぅ・・・今日は楽しかったな」
里緒は店で買った品物を片手で、そして傘を片手にもちながら呟いた。
「あしたもデートできるかなー」
彼女はそんなことを考えているうちに自然と顔が笑っていた。


赤信号─。


彼女は、赤信号になっていることに気づかず、そのまま歩道を渡ろうとした。


キィィィィィィィ─。

ドンッ!
という音とともに、何かが車に弾き飛ばされ、袋に入った品物は、それぞれに散らばり、傘は宙に舞い、そして、

少女の血が、地面に、車に、飛び散った─。


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