Fancy&Happiness

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第10章


華乃は彼女が住んでいたという地方で葬式をしたらしく、
僕は彼女の葬式へ出向くことも出来なかった。
そのせいか、彼女が死んだという事を今でもあまり実感できない。
あの緩やかな道を上った先の、白い建物に彼女がいるような気がしてしまう
もう、厳しい冬を越え、暖かな季節になってきたというのに。
寂しい景色に鮮やかな色が花開き、春という美しい季節の訪れを告げる。
あの桜もつぼみを膨らませているだろう。
だけど、僕はきっとあの桜を観にいかない。
世の中のすべてが時を刻み、命を刻むその中で、
僕だけがモノクロの世界に閉じ込められているみたいだ。
あんなに短い時間だったのに、彼女は僕にとってすごく大切な人になっていたから。
僕の物語は、あの時しおりを挟んだまま進まずにいるんだよ  

その日、僕は久しぶりの休みを家でごろごろして過ごしていた。
今日は雲ひとつない青空で、絶好の花見日和だ。
だけど外に出る気にはなれなくて、
一応は着替えてみたものの、その場に転がって天井を見つめていた。
すると。
ピンポーン
玄関の呼び鈴が鳴った。
誰だろう?
この地で、家に尋ねてくるほど親しい人などいない。
新聞の勧誘か?
しかし、暇だったのも手伝って、僕はその相手をしてやることにした。
「はい?」
ドアを開けた先には、見知らぬ男女が立っていた。
疲れたような、中年の男女。
・・・・どうやら新聞の勧誘ではないらしい・・・
「どちら様ですか?」
「・・・・あなたが、飯沢 空輝さん・・・?」
口を開いたのは、男性の方だった。
「そうですが・・・、あなた方は?」
僕の答えに、2人は顔を見合わせて、深くお辞儀をしてきた。
戸惑う僕を見つめ、女性が言った。
「私は吉村 律子と言います、」
・・・・・・吉村 華乃の母親です。
目の前の女性ははっきりとそう言った
僕は驚いて2人を見つめる。
彼らが華乃の両親なのだ・・・、
しかし、なぜ今更・・・・?
「挨拶が今頃になってしまって申しわけありません。お話をさせていただきたいのですが、お時間はございますか?」
予定も無かった僕は、彼女の父の言葉に黙って頷いた。  11へ続く


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