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最近、よくファイル共有ソフトにアニメやゲームを放流した罪での検挙者の事件をよく見かけるなあと思ったらこんな記事違法P2Pファイル共有ユーザの検挙数が急増中なのをグラフ化してみた 今までが少なかったので激増、とまではいきませんが、たしかに増えているようです。 関連リンクから容疑者の年齢を見てみると、ほとんどが成年男性。つまり「子供のやったことだから」といういいわけの通用しない、社会的責任の発生する人たち。 怖いのは、車のスピード違反と同じで「みんなやっているから」という安易なキモチでやってしまい、自分に対しての見返りが「神」などと誰だかわからない人間におだてられて喜んでいたのが、ある日突然、警察が・・・のパターンだと思います。 というか、犯罪である、という意識すらない人がこの手のファイル共有に手を出している事が多いんじゃないかと。それこそ「感動を共有したい」とか「この作品をもっと多くの人に見てもらいたい」という、作り手としてはありがた迷惑なファン心理が働くというか。 本当のファンだったら身銭を切って、正規の作品を買う、または借りるようにしましょうよ・・・作り手の飯の種を奪ってまで普及させるファン活動など、もはや自分の虚栄心を満足させるための行動としか言えません。
2010.06.30
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多くの人が言っていますが、今後、ゲームの主戦場は据え置き型から携帯に市場だけでなくラインナップの充実も移る、そんな気がしたのは・・・ 昨日、そろそろ新しいゲームを何か買おうか、と考えた時に、内容の興味もありましたが、それ以上に「据え置きで自宅で腰を落ち着けてゲームする時間がしばらく無さそうだから」という理由でDSのゴーストトリックを買いました。 これって何気ない判断のようで結構重要で。元々、据え置きハードがゲームの主軸だった理由はリアルなグラフィックとか、高品位なサウンド、ネット環境ということ以上に「それまでゲームを楽しむというスタンスの基本(考え方)がファミコン時代から据え置きだった」というのが大きかったんじゃないかと。 わかりやすい例で言うと、たとえば電話もつい15年前までは置き電話が基本の考え方でした。が、携帯電話の普及で最近では電話=携帯電話の感覚になっています。 他にもPCなんかも、数年前まではCPUのスペック争いで本体は据え置きが標準でしたが、最近は小型化したものやノートが売り上げの主流になっています。 これは技術の進化がハイスペック競争から変わった兆候でもあり、ゲーム業界も最近のHDグラフィック競争が行き着くところまで行ってしまい、開発費の高騰など限界が見えていることにも言えるのですが。 もちろん、据え置きのHDマシンがなくなることは無いと思いますが、少なくとも任天堂3DSにアレだけの機能があるのであれば、別にムリして据え置き機でゲームを作る必要も無いと。ゲームの主戦場も変わる、そう思います。 メーカーもより多くの人が遊んでくれるのであれば、携帯、据え置きのこだわりはありませんので。 考えたら自宅のテレビの前に何十時間も拘束するってのが、結構厳しい娯楽なのかもしれません。ゲームってもっと手軽な娯楽のはずでしたし。
2010.06.29
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サッカーの日本代表の活躍や、はやぶさのエピソードなどを見て、ふと以前に聞いた有名な経営者のお話を。 その人は能力のある人を年齢や業務に関係なく、社内で優秀な人をばんばん登用し、業績を上げていったカリスマ経営者でした。 彼の思想は「成果主義」。全てを目に見える数字で評価することが一番公平で文句が無い手法だとし、成績によってボーナスの格差が10倍以上付くような、それこそが社員の向上心を一番煽る方法だと信じて。 しかし、会社設立後数年で、業績に急ブレーキがかかります。原因は様々にあるのですが、最大の理由は社内に諦めムードが広がった事・・・これは業績が上がっている時も社員の給料が一番働きの大きかった一部のものだけを優遇した結果、他の8割の人間は「会社が好調なのに、給与が変わらない。自分達は報われない」という雰囲気が蔓延し、結果、「どんなにがんばってもこの会社では評価されない」という諦めムードにしてしまったという。 さらに、そこに来て不況の影響で結果主義な会社はリストラや雇用の不安も増大し、安心して長期的視野の仕事が出来なくなってしまったという・・・その後、その会社は業績を落として大手企業に合併吸収されてしまいましたが。 個人的には「結果重視と結果しか見ないのは違う」と思っています。例えば、Wカップのサッカーの試合でも、リアルタイムでプレイ内容を見ている人間と、翌日にスポーツ新聞で得点結果だけを見た人では、その密度がまったく違う。 上の会社も結局、得点結果だけを見ていたから社員のそういう感情や雰囲気を掴めなかったんだろうなと。特に会社の仕事、というのは必ずしも「結果が数字で出せる仕事」ばかりではないでしょうし。 なんやかんやで人間は感情の生き物ですから、行き過ぎた成果主義も、逆にみんな仲良く横並びも両方不満が出るものです。 難しいなあ・・・
2010.06.27
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漫画家 篠房先生「売上げでしか作品の是非は評価できない と言う発言は受けて側が言うと頭が悪いだけに見える」 コレは正論。というか、本来、売り上げがどうこう、何百万冊突破!というものは宣伝材料にはなるとして、我々読者がそれで面白さを評価するのは滑稽としか思えない。 そのいい例として、村上もとか先生の「JIN-仁-」は、連載されたのは2000年から。スーパージャンプというマイナーな雑誌だったので知名度も低く、一般人にはまったく知られていない漫画でした。 が、すばらしい形でTVドラマ化され、それが大ヒットしたおかげで、それまでの9年近い連載期間の単行本売り上げをドラマ放送開始からわずか2ヶ月で追い抜き、いまや村上先生の古典的名作「六三四の剣」を抜いて代表作になったという。 しかし、先生は連載当初から一貫して同じスタイルで描き続けているし、近年一気に面白くなった訳でもない。 だから、売り上げでしか作品の評価が出来ない、という発言は、それこそ作り手側の覚悟であるならいざ知らず、読者には何の関係も無い話です。 私も漫画大好き人間ですが、ジャンプで連載されているようなメジャー作品にも、それこそまったく知られていないようなマイナー雑誌にも面白いマンガがあることは知っていますから。 ゲームも同じで「遊んでいない、読んでいないユーザーが売り上げでなぜ作品の優劣を語っているのか?」は不思議な感覚です。関係者ならいざ知らず・・・ 世の中、売れてないからつまらない漫画なのではなく、単に知られていない面白いマンガがたくさんある、というお話
2010.06.26
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「ドブス守る会」動画問題で首都大生2人退学処分に うわ、と思いましたが。 これってお笑いの中でもっとも底辺に位置する「自分は安全圏で他人を笑いのネタにする」を地でいっている行為だな、と感じました。 たとえば、タレント伊集院光 氏などもラジオの毒トークで、デブやドブスをネタにするコーナーがあります。といってもそこは話芸が出来る人。あくまで「架空の」相手、あるいは「いるいる、そういうヤツ」というのを、自分もデブタレであることを自虐的に笑いにするというものです。彼のラジオを長く聞いている人ならわかると思いますが、ひどい暴言を吐いているようで、非常に丁寧に言葉を選んでいる。単なる暴走バカではないことが、言葉の端々から垣間見えるのですが。 この上の動画を作った学生は、結局自分は安全圏にいながらイヤがる赤の他人をダシにして、笑いを取っていこう、という、これはお笑いじゃなくて、セクハラや暴力と同じ構図ですから。>学生たちは「不道徳なものから生じるおかしみを表現したかった」などと説明しているという。 と、ありますが、不道徳な行為が面白い、あるいは理解されるのは相当に難しい。ましてや、他人を笑いにネタにして、自分達は傷つかない安全圏から評価されようなどというのは虫のいい話で。 いずれにせよ、せっかく大学4年まで育てた親が一番かわいそうだなあと。まさかわが子が、こんなマヌケな結果で人生に大きく躓くようなことになるかとは想像も出来なかったでしょうし。
2010.06.25
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フジテレビ批判「もやしもん」作者 激怒から一転、半日で解決 えーと、この見出し、非常に良くないと思うのです。ご本人のBlogを見ていただくとわかるのですが、別に激怒している訳でもないですが。 単に意思の疎通がうまくいっていなかった、作者の思うやり方と違ったので、自らデザインに乗り出したと、そういう話ですが。ご本人のBlog この手のゴシップ記事やいわゆる「まとめサイト」的なところって「記事として面白くなれば(注目されれば)内容が真実じゃなくても問題ない、責任は当事者にあるから俺らは関係ない」というスタンスがイヤですねえ。 例えば、以前伊集院光さんがラジオでオタキングの岡田 斗司夫さんをダイエットの話題で「俺、あいつ嫌い」とトークのネタにしていましたが、そのことをある週刊誌が「伊集院光と岡田 斗司夫、険悪な雰囲気」と・・・ラシオの放送を聴いていたリスナーであれば「ああ、いつものバカ話だ」ということなのですが、記事では本当に痛烈批判をしているように書く。実際、本人同士も後に「すみません、私、ラジオだといつもどうかしているんです」「ええ、わかってますから」の関係だと語っていましたが。 そうやって考えると、ネットに限らずこの手の火種って簡単に作られるものだなと。サッカーより野球が好き、という発言が「あの人はサッカーが嫌い」になり、さらに「○○氏、サッカーを痛烈批判」と本来の趣旨と違う扱われ方をする。 ネットのまとめサイトというのも怖いです。2ちゃんなどの発言者不明なコメントの一部を恣意的に抜粋して都合のいい部分だけ集め「ネットではこういう意見が多数ある」とか。こんなのいくらでも捏造できるから、本来、街頭インタビューと同じで何の根拠にもならないのですが。 いずれにせよ羊頭狗肉で売り上げやアクセス数を稼ぐというやり方は嫌いですな。せめて自分も、タイトルと本文の結論が一緒である、というポリシーは守りたいです。
2010.06.24
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アメリカで行われたE3ショーに出張していた会社の上司が帰国しまして。早速土産話をいろいろとお聞きしました。(うちの会社のゲームも出品されていました) やはり今回最大の目玉は任天堂3DSの話題で持ちきりだったそうで。で、実際に2時間待ちで触ってみたそうです。感想は「思ったより自然に裸眼3Dしてた」とのこと。 で、その方のお話では「この「思ったより自然」というのが恐ろしい話で、例えば任天堂DSが発表された際にタッチペン操作という情報に「そんなものやりにくいだけじゃん」と、否定的な意見がかなりあった、が、実際に実機で触ってみると、あっという間に「普通の操作として」なじんでしまい、違和感を感じさせなかった。今回の3Dも実物を見るまでは懐疑的だったけど、数分触っただけで印象がまったく変わってしまうような感覚だった、思ったより自然、という3DSの恐ろしさを感じた」 とのこと。 また、「一回触ると、『こんな使い方が出来る、あんな遊びも可能なんじゃないか』と、アイデアがどんどん沸いてきたから(この方は企画の人です)、コレは開発者にとっても面白いアイテムだ」と。 うーん、確かに映画「アバター」も見る前と見た後で3D映画に対する感想がまったく変わったように、やはり触ってみてナンボ、のハードのようで。 うちの会社も参入表明していますので、もうじき開発機材なんかが社内でもいじれるようになるかもしれませんが、楽しみだなあ・・・ やはりこういうハードの移行期というのは作り手としてわくわくします。
2010.06.22
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今、深夜にやっている「おおきく振りかぶって~夏の大会編」で、先週(12話)は本当にすごかった!としか! 原作の方はすでに読んでいたので、結末や展開は知っているのですが、それでも、原作以上に感動しました。 有名な人気のあるマンガをアニメ化する、というのは「それなりに再現する」だけであれば意外とできるものですが、原作を超えるというのは難しい。 その最大の理由は、漫画であれば読者が脳内で「自分にとって最高の表現で」補完してくれる動きや声、などを実際に再現しなくてはならない難しさ、とでもいうのでしょうか。よく「声優がイメージと違う」という意見がありますが、全ての人の脳内妄想にマッチする声なんていうのはありえませんから。 ですが、今回は逆にアニメでしか出来ないカメラワーク、動き、声優さんの熱演、そしてあの打席での西広のBGMなど、本当に原作を読んだ時以上の感動を味わいました。特にこの作品は野球がテーマだけに、動きのある絵というのは漫画より迫力があります。 漫画とアニメは非常に親和性が高いメディアです。が、作り方によってお互い、さらに原典を超えたものを作る事も出来る。日本独特な進化をした最高のメディアの一つかと。 その割には実写ドラマや小説などより、未だに一段低い見られ方をしているのが不思議なのですが。子供向け、という印象がいつまでもついて回るからなのかなあ?
2010.06.22
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はやぶさの話題を日曜朝のワイドショーで取り上げていて、その中で昨今の事業仕分けによる予算の削減に対してコメンテーターが「おかしな道路や育児手当みたいなバラ撒きじゃなくてこういうものにこそ税金を使うべきだ」という発言をしているのを見て、いっしょにTVを見ていた父がシニカルに笑いながら「結局、自分に関係ないことは、みんな『税金のムダ使い』って言うんだよな」と言ってました。 父は地元でたたき上げの税務職員。今は引退していますが、それこそ映画「マルサの女」の調査官のような仕事を永年勤め上げた人です。 そんな父の話では「自分に高校生の子供がいる親の場合、もし、高校の学費全額免除の改革が行われたら、その親は絶対に反対しないはず。同様に農家であれば農業の補助金、土建屋であれば地方に作る無駄に立派な道路。どれも自分達にとっては税金のムダ使いじゃない。結局、このハヤブサだって、それこそ明日の食い物に困っている生活保護を受けているような家庭にとっては、こんなものに金をかけるならもっと低所得者に回せ、「税金のムダ使い」以外の何者でもない、となる。だから、立場が違えば何が本当の税金のムダ使いか?なんて人それぞれさ、と・・・ うーん、確かに。 ちなみに父はこんな話も。「地方の税務署ってのは、設備とか建物が他の市庁舎にくらべてボロボロな物を使っている。これは、納税者に「あいつら、俺らの税金であんな贅沢な建物で働きやがって」という反感をかわす狙いがあるとか・・・おかげで父の勤めていた税務署は、相当近年まで冬はダルマストーブ、夏は扇風機しかない状態だったとか(同市内の市役所や施設はどんどん建て替えられたのに) 結局、自分に関係ない(利益、興味のない)ものは「税金のムダ使い」に感じるんだろうなあ・・・
2010.06.20
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“コミック1巻、450円” 「コナン」「うる星やつら」など…小学館、「週刊少年サンデー」iPhoneアプリ これで「高い!」と思ってしまうのは、やはり日本の書籍媒体の漫画が安すぎることが原因。たとえば、通常、週刊雑誌掲載の値段って、20本以上入った漫画本が250円程度ってのは、採算ベースでどう考えてもおかしい。当然、赤字です。その穴を単行本の売り上げで補填しているのが漫画業界ですから、この値段になるのも当然かと。 また、海外のいわゆるペーパームックと呼ばれる本って、マジ高いです。日本の相場に比べると。これは日本がそれだけ出版というシステムが流通も含め確立しているからなのですが。 上の意見で「ブックオフで買えば100円しないのにボッタクリ」という人がいましたが、それこそトンチンカンな考えで。だったらそっちを買えよ、ってだけの話です。 モノには相場があり、その相場とは作り手や売り手が継続的に生活を維持できる状態が保てなければ、その世界自体が崩壊します。これは漫画のみならず、全ての仕事に言えることですが。 例えばあなたがやっている仕事だって、顧客が「もっと安く」とお給料にならないほどの値引き合戦をしたら自分の生活を維持できない。それでもあなたはその価格を「相場」というのか?ということです。価格破壊というのは我慢大会じゃありません。
2010.06.19
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「人気漫画を無断公開」14歳逮捕に賛否 家庭環境とか、年齢などは置いておくとして、この手の不法アップロードの「見せしめ」は必要だと思います。というのは、いつまでもこの手のバカが減らない理由は「自分は大丈夫」という、根拠の無い安全神話を信じているからでしょうし。 ファイル共有ソフトで権利者に無断でゲームなどを配る理由の一つに「UPすることで神と呼ばれ感謝される」ことに喜びを感じるという心理があると思いますが、これは「ねずみ小僧症候群」と私は呼んでいます。義賊を気取って金をばら撒けば、そりゃ誰だって支持されますよ。盗まれた側にとってはたまったもんじゃないですが。 「でも、こういうことによって漫画の人気が上がるから、作り手にとってもいいことじゃないか。現に海外では日本の漫画がなかなか出版されないんだし」という意見、それは作り手が判断する事です。タダで読める&手に入れられるから人気、ということは、正規品がまったく売れなくなるという弊害の方が大きい。当然ですよね。最初にタダであることが基本の考え方の人間が同じものを手に入れるのに金を払うなんて馬鹿馬鹿しい、という市場を作ってしまう。現実問題として、日本のこの手のコンテンツはアクセス数が多く人気は高いのに、出版の方の売り上げが下がっている、という。 この手の犯罪の怖いところは、小中学生のような中途ハンパに知識を身につけた、でも現実を知らない年齢の子供が、大人の犯罪組織と変わらない行為を自宅PCで簡単に、罪悪感無くできてしまうということ。 ある日突然、自宅に警官がやってくるまで、皆「俺には関係ない」と思っているものなんです。そして、神と称えたあの連中たちは、罵声こそ浴びせても何もしてくれません。
2010.06.18
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今週発売の週刊アクションにて「まんがかぞく 一家4人全員マンガ家!」という、非常に珍しいエッセイマンガが掲載されていました。 書き手は大島永遠さん。父親に少年・青年マンガ家の大島やすいち、母はレディースコミックマンガ家の川島れいこ、次女は4コママンガ家の三島弥生の4人で構成される一家。 コレは非常に興味深いですね。個性の強い作家が4人も一つ屋根の下に暮らす、まるでトキワ荘のような光景で。漫画家同士の夫婦の例といえば、「セーラームーン」の武内直子先生と「ハンター×ハンター」の冨樫義博先生が有名ですが、その子供まで漫画家というのは珍しいかと。 マンガ家って基本はお互いの作品を別々に作る個人作業だから、まったく干渉しないかというと、そこは家族。やはりいろいろ批評があったり、意見の対立があったりと。もう、その光景だけでもマンガ好きにしてみれば読んでいて楽しいです。 最近はジャンプのバクマンなど、マンガ家漫画が結構よく見られますが、つくづく日本は漫画の国であるんだなあと。存在がすでにドラマになるという、面白い職業なのかもしれません。
2010.06.17
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仕事でつくづく思うのですが、ゲーム業界では長期残業や泊り込みが日常化する、いわゆるデスマーチの成功って、更なるデスマーチを産んだりします。 なにしろ、「短い期間で皆が必死に努力をした結果、何とか間に合った」というのが成功談、美談として結果だけ見る側、評価する側に伝わったりするのですから、次回作ではさらにスケジュールが短くなったり、人数が少なくなったり。 こっちは体調崩したり、それこそ過労で倒れたような人が出て「もう2度とあんな仕事は御免だ」という状況であっても、過程を見ないで結果でしかモノを判断できない人間だと、更なる生産性向上、っていう根性論で現場を追い込んだり。で、結果、無茶なスケジューリングが破綻してうまくいかないと「以前は出来たのに今回は出来ないなんて、スタッフの怠慢だ」になる。 普通に考えれば、デスマーチが発生する、という状況そのものがスケジューリングやマネージメントにおいて失敗しているのだから、次回にその経験を生かし、余裕を持ったスケジューリングにするのが本来の「経験値」なんですけど・・・過程を見ないと「このぐらいの期間で出来るのが常識」になってしまう。 そういう意味では間違った成功体験の美学というのは恐ろしいものです。
2010.06.16
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昨日、7年の航海を終えて、まさに流れ星になった「はやぶさ」ですが・・・ ふと思ったのが、今回、様々なトラブルに対して技術者の必死の努力と知恵の結果、ドラマティックな形で偉業を成し遂げたからこそ、今回のような皆がスタンディングオベーションで褒め称える業績であると思います。が・・・ もし、当初の計画通り「何のトラブルもなくミッションを終了させていたとしたら」私達は、この功績を今回ほど評価したでしょうか? それこそ一部の天体ファンやマニアを除いて「たかだか衛星の砂粒をもって帰るだけに無駄な予算を使うな」という意見が、恐らくたくさん出ていたはずです。本来、宇宙開発事業団としてはトラブルが無いことを望んでいるにもかかわらず、です・・・ これって怖いですよね・・・「結果が全て」という考え方というのは、その過程を見ないことが多い、しかし、もし、今回このはやぶさの航海の苦難のドラマがネットなどを通じて皆に知れ渡っていなかったら、自分も含めて本当に彼らを今ほど評価したでしょうか? 人間は感情の生き物です。だからこそ、過程を無視した結果主義、成果主義が本当の意味で共感も、支持も得られない、逆に言えば、もしこの事業がもっと早い段階で頓挫していたら「税金の無駄使い」と非難轟々であったことは容易に想像できます。 だから私は、はやぶさが何の問題もなくミッション完了していたらと思うとぞっとするのです・・・
2010.06.14
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一瞬言葉もありませんでした・・・ もうなんというか・・・やはりあんな大きな金属の塊を宇宙に打ち上げよう、なんて人間は、こういう夢想家じゃないとムリなんでしょうね・・・よほど愛されていたんだろうな・・・ もっとも理系で科学的であるはずの頭脳集団が、最後に「はやぶさ」に見せた光景。一体どんな風にカメラに映ったのか。 理屈じゃなく、本当に「オカエリナサト(トップをねらえ!)」と・・・
2010.06.13
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最近は劇場映画しか発表されない宮崎駿氏ですが、個人的には彼のその演出家としての天才性はTVアニメなど30分のものにこそ異常なまでの才能を発揮すると思っています。 犬がキャラクターモチーフになっている「名探偵ホームズ」。私が小学校低学年ぐらいに放送され、大好きだったのですが、実はエピソードで覚えている話は、全て宮崎氏が演出をしたお話だという・・・無論、その当時は子供ですから監督が誰とか、動画枚数が~のようなことは一切わからない、しかもその頃、我が家に家庭用ビデオなどありませんから、わずかに一回見ただけ。しかし、宮崎氏が演出を担当した6話分の印象だけが記憶に残っていて、十数年後にレンタルで借りた際、他のエピソードはまったく記憶になかったという・・・これはすさまじいことです。 当然、TVアニメですから、演出家が違うお話も毎週放送されていたわけです。登場するキャラも声優も設定も音楽も同じ。しかし、正直、宮崎氏以外のエピソードの印象は、今見ても「ごく普通の子供向けアニメ」という・・・同じ材料でここまで料理人が違うと味が違うのかと驚愕するほど、宮崎さんが突出しているのです(誤解のないように言いますと、宮崎氏の担当したお話は、動画の枚数などが他に比べて多い&手が込んでいます。ですが、そんな事とは関係なく決定的に台詞回しやシナリオ構成、演出がまったく違うという) コレと同じ事はルパン三世(赤)の宮崎氏が担当した2話だけ、まるで一本の映画を見たような満足感、カタルシス、そしてキャラクター性には、本当に異常としか・・・ 以前、宮崎氏は映画アニメに移った理由を「TVアニメではどんなにやっても儲からないから」とおっしゃっていましたが、そりゃそうだ・・・こういう突出した演出家も普通の演出家も同じ利益しか生み出せないTVアニメ業界ではやはり彼は我慢が出来なかったはずでしょうし・・・ むしろ、ジブリにおいて最近の「ヒットして当然」の長編映画の方がやりにくそうな印象がありますが。 中でも「ミセスハドソン誘拐事件」「ドーバー海峡の大空中戦」のわずか2話で私以外にも多くのケモナーの性癖まで植え付けた宮崎氏。また短編アニメを作ってほしいというのは、贅沢な願いなのでしょうが・・・
2010.06.13
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ゲーム作りは単なる均一の工業製品を作っているのではないなあ、とつくづく思わせる経験。 昔、あるTPSタイプのアクションゲームを作った時のお話。武器の強さの調整を行う際、ある武器が非常に威力が強く、対戦プレイなどでもその武器を奪うとかなり有利になる、というものがありまして。で、社内プレイでも皆がそれを奪い合うというゲーム展開に、ディレクターがこれでは他の武器とのバランスが図れない、とその力を弱くし、バランスを取りました。 考え方によっては、これってバランスを取ったように思えます。が、やってみると・・・つまらんのです。 これはゲームにおける「緩急」というものを平均化してしまったことで抑揚がなくなってしまった、という。バランスブレイカーに近い武器だからこそ、皆が必死で奪い合う、そこに感情の起伏が生まれ、奪った側は「七面鳥打ちだぜ!ヒャ~ハ~!」という高揚感、奪われた側は必死に逃げ回り、また強い武器を持って油断しているヤツを遠方からスナイプ攻撃する、といった考え方も生まれ・・・という、面白さのコントラストが生まれるものなんです。 ここが、ゲーム作りの面白さであり、むつかしさでもあるのですが。 全てを均一に数字的なバランス取る、というのは、決してゲームとして面白いとはかぎらないというお話で。
2010.06.12
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E3前になり、任天堂3DSのスペックなどが我々にも漏れ聞こえてきましたが、かなりの高性能になるみたいです。 ですが、思ったんですけど携帯ゲーム機にまでグラフィック性能を求めると、メーカーが死ぬかもしれませんな。特に安易にゲームを作っているメーカーやクリエイターなどは。 自分も作り手なのでわかるのですが、開発者ってどうしても性能ギリギリまでハードを使いたがるものなんです。ということは、必然的に開発費も据え置きレベルのものを作ってしまう。となると、携帯ゲームの特性である小回りのよさがどんどん失われてしまう気がしますが。(現に現行携帯機でも開発費がどんどん上昇しています) 携帯ゲームは特に画面が小さいので、むしろ高密度グラフィックなゲームがもっとも真価を発揮できないのですが。だとしたら、私がゲーム作りの上で一番嫌う「徒労」という作業が増えそうで怖いです。 グラフィックはキレイに越した事はない、けど、それが売り上げより開発費が上回ってしまう可能性も上げたら「徒労」です。利益を出さないと意味がないですから。 あとは3Dという性能にどんな可能性が見出せるか?私はそっちに期待したいです。任天堂だから何か仕掛けをしてくる気がする・・・
2010.06.11
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ここ最近、各所でほぼ同時にあった出来事なのですが、ゲーム業界関係者が発言したとネットマスコミで報道された記事が、実は単なる誤訳であったり、意味をゆがめられて解釈されたり、あるいはまったく無関係であったり。 こういうのって怖いです。特にツイッターなどで気軽に開発者が発言できる時代ですが、情報の精査をしない、あるいは意図的にゆがめて広められたり、面白おかしくするために発信源不明のまま「本人の発言」として取り上げられる。 たとえばインタビューの中で「サッカーより野球が好きだ」という発言をしたはずが、いつの間にか「あの人はサッカーが嫌い」となり、さらに「○○氏、サッカーを痛烈批判」となる。そして、末尾のコメントだけを読んだサッカーファンが怒るという・・・ そういう、わざと火のないところに煙をたきつけて炎上させようとするBlogメディアが迷惑をかけるのが目立ちます。 しかも、そういう連中に限って本人が正式に否定したら「皆さんも情報の取り扱いには気をつけよう」と。放火犯が防災意識を啓蒙するような発言をして、自分に責任がないような顔をする。これはネットに限らず既存マスコミも雑誌の広告などでよくある手法です。 自分の発言にはある程度責任を持ちます。が、意図的に歪めた解釈をして、それに対しての責任など取りようがないですよ。本来、その責任は歪めた人間にあるんだし。
2010.06.10
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電撃文庫&電撃文庫MAGAZINE 電撃文庫編集部よりお詫びとお知らせ他の小説からの引用が多数見つかり、本人も盗用を認めた、とのことですが。以前にパクリとオマージュの明確な違いを判定する方法に「これ、○○と同じですよね」と聞いて、作者が顔を真っ赤にして否定するのがパクリ、嬉しそうに「そうなんですよ!よく気がつきましたね!あれ、大好きなんです!」と解説に回ったらオマージュ、というのがありまして。 私も自分のノベルの文体はジュブナイルポルノ作家の大家で今はアニメの脚本などを手がけていらっしゃる雑破業先生の影響を受けまくっています。そのことを否定するつもりはまったくありませんし、事実、以前飲み会の席でご本人にお会いするという、大変ファンとしてはうれしい経験をさせていただいた時に、先生にはっきりと「私の文章は先生に影響されまくっています!それぐらい大好きです!」と言ったほどですから、もし、誰かが「雑破業先生のパクリ」と言ったら、むしろ光栄と感じるぐらいで。 結局、完全なオリジナルを作るなんて不可能です。が、そのままパロディー化するのであれば、その行為をしたことを誇れるほど好きなやり方でないといけないし、ましてや後から言い訳をしてコピー元を汚すようなことはあってはならないと。 文章というのは文字の羅列でありつつ、独特の言い回しやリズム、構成など個性が出るもの。だからこそ他作品のいい影響を受けたいものです
2010.06.09
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何もしない人ほど批評家になる こんなコラムを読みまして。前に私の師匠に当たる日本舞踊の先生に言われたのですが「本当に不満のある人間というのは、時間やお金をなんとかやりくりして小さいながらの実現させちゃうものだよ」といわれたことがありました。 師匠は古典の舞踊も一流ですが、それ以外にも新作や変わった舞台を作るのが大好きな人で。それは結果が云々より、まずやりたい、ってことをグチでなく行動しなくちゃいられない性格なのだからかもしれません。 私も仕事でゲームを作りつつ、趣味で同人でゲーム作ってるのは、会社では出来ないようなゲーム作りの鬱憤を同人にぶつけているようなものですし。小さいながらも好きなものを作れるというのは楽しいですから。 そういう意味で完璧主義者じゃなくていい加減な性格で本当に良かったと思ってます。
2010.06.08
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セガの澤田剛さんのツイッターです。 各所で話題になっていますが、この9割に普及、という数字はどこまで本当かわかりません。が、少なくとも小学生の間で「普通に」これらツールが普及している事はわかります。 以前、タレント伊集院光さんが小学生の子供達と一緒のロケ現場で、暇な時間に子供達に聞いたところ、やはりクラスの大半の子供がマジコンの所有者。で、本人達がそれを犯罪だと思っていないかというと、そうでもなくて「イケナイことだけどいいんだよ、みんなやってるし」という回答に戦慄した、ということをラジオのトークで話していました。 でも、これって「水は低きに流れる」の典型的な話で。こうなるとメーカーとしてはハードそのものに新たなネットを使った認証制度をつけたりといった、正規ユーザーにまで負担をかける対策を打ち出すしかありません。それはユーザーにとってもメーカーにとっても、双方マイナスな努力です。 現実問題としてPCのエロゲー市場でも、ここ最近からネット認証のシステムが必要なゲームが出始めたり。と、なると今度はそういうソフトは中古市場もなくしてしまう。利益の大半を中古の売り上げで賄っている小売店にも影響が当然出るわけで。 かといって、このまま野放しにしておけば確実に市場は崩壊します。なにしろこの子供達が大人になって懐に余裕が出たからといって、タダでゲームを遊ぶ事を常識とした人間がゲームを買うか?ということも疑問だし。 この手の言い訳に「金を出して買いたくなるようなモノをメーカーが作らないのが悪い」という言葉がありますけど、便利な言葉ですよね。人気が高いソフトほど違法コピーのDL数が多い、というのに・・・ 何より立派な「犯罪行為」です! *ちなみに、勘違いしている人も多いですが、マスターROMを持っていたとしても、ソフト側にプロテクトを仕込んであるゲームを突破して遊べるようにしたソフトで遊ぶ事は、すでにその時点で犯罪です。 と、同時に、今年の一月から違法なダウンロード所有も犯罪になっています。(昔はアップロードだけだったけど) 事はゲームだけじゃなくて、音楽も、映画も、アニメも、マンガさえ全ての娯楽コンテンツで無価値化が進んだ結果は・・・まあ、多分ユーザーにとって幸せな未来はないだろうなあ・・・
2010.06.07
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随分前から思っているんですけど、最近ではアクションゲームなどでも幕間のムービーがあることが常識になっていますが、ムービー自体の費用対効果というのがどんどん薄くなっているのに、製作価格は上がっているような・・・ それこそ華麗なムービーがあることがゲームの「売り」になったのはPS時代ぐらいまでで、以降は入っていて当然、ぐらいの感覚。 ということは、これがないと売れないんじゃないか?と考えて保険的な意味合いで入れてしまうのが私達開発者なんです。けと・・・案外なくてもいいものでもあるんですよね。特にアクションゲームでの幕間劇は一回見て2回目以降はボタンでスキップしてしまうようなものに制作費の何割もかけて、その効果が「普通」では・・・と、同時にムービー入れないとわからないようなゲームを作ること自体が、ある意味アクションゲームとして失敗している気もします。 例えば別ジャンルでギャルゲー、ノベルゲーではフルボイスが最近では「普通」です。が、正直、フルボイスのゲームじゃないと売れないか?といわれると、もうすでに当たり前になっている時代の場合、逆に普通すぎて「あってもなくても売りにならない」ものは費用対効果がどんどん薄くなる気がします。 結局、費用をかける場所を「周りもやっているから」という保険的に予算をかけてしまうと、予算配分が全体的に均等になりすぎて、その割に個性が打ち出せない、そんな気がします。 FFぐらいムービーを売りにするゲームならいざ知らず、そこまでムービーを売りにしていないゲームは別の場所に予算をかけるのがいいのですけど・・・
2010.06.06
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ゲームの面白さとき何か?このご意見にはヒザを打つのですが。私はゲームらしいゲームとは、結局「好きなゲーム」になるんですよね。 逆に言うと、どんなに昔ながらの操作とか、システム(ルール)の面白さ、内容の単純さが際立っていても、自分にとって面白く感じられない場合はゲームらしくない(面白くない)と思ってしまいます。 で、私が好きなタイプのゲームをいろいろ考えてみたところ「ゲーム以外のハードでは代用できない部分が売り」の作品が好きみたいで。だからといってノベルゲームを否定するのではなく、このジャンルだって他のメディア(映画とか、マンガとか、小説など)では再現できない、インタラクティブな面白さがあるから好きです。 で、FFのようなムービーが多いゲームが嫌いか?というとそうでもなくて、むしろムービーが見たいためにゲーム本編を遊ぶ、というのもあり。昔の脱衣麻雀ゲームがゲーム性よりHなビジュアルを見るためにゲームを遊んだように。 つまり、無節操なんです。横スクロールのマリオだからゲームらしいのじゃない、派手なアクションの連続のGOW3だからゲームらしいのでもない。 私の結論「ゲームらしいゲームとは遊んで面白いゲーム」単純な話ですね。 むしろ、動画評論で「遊んだ気になった」人の言うゲームらしいゲームというのは映像を指すのですかねえ?おかしな話ですが・・・
2010.06.05
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大量のプロの表現者が食べていける時代は、終わってもいいんじゃないか【湯川】 コレに関しては、何の職業でも構わない「プロである」ということと、「アマチュアである」ということの差をすごく感じる事があります。 たとえばニコニコ動画ですごいMAD映像を作る人がいる。センスよく、かっこよく、面白い。それに対して「プロ顔負け」とか「本家よりすごい」という評価も存在する。けど・・・ 私はそうは思わない。というのは「その素材を作ったのは誰よ?」という話。たとえばキャラクターであったり、音楽であったり、元になる映像であったり、ましてや作品そのものの知名度であったり。言い方が悪いと「盗品の組み合わせ」ですごいものを作った、という評価でしかないので。 プロの仕事の大半は「その素材を作る事」。漫画家やアニメーター、ゲーム製作者、音楽家はそのために努力し、そしてその対価として売り上げからお給料をもらっている。プロというのはそういう仕事であって、その素材がないと成立しない市場というのは代用できるとは思わない。 そして、今現在ネット上で話題になる「完全オリジナル作品」というのは、MADなどに比べて非常に数が少ない。 似たような意見に「マスコミ不要論」というのがあって、マスコミの記事はバイアスが掛かっているからあてにならない、ネットの方が公平だ、という意見もあるが、少なくとも「他人の意見の評論ができる」というのはその取材元が必要な訳で、その情報源を結局TVのニュースや新聞に頼っているメディアがどの口で不要論を語れるのか?少なくとも「ソースは?」と聞かれて大手既存マスコミの名前を出さないと信用されない今の状況では、とてもじゃないけど既存マスコミ以上の取材力、編集力があるとは思えない(ただ、身近なご近所の出来事とか、小さな話題を拾うという点ではネットの方が優れていると思うけど) プロの定義というのは、優れた技術以上に「安定供給」というのが求められるもの。アニメが毎週放送されるのも、ニュース番組がダダ流しに出来るのも、さまざまな音楽やゲームが流通するのも「プロの仕事」です。そういう意味ではアマチュアイズムというのは同人誌やコミケと同じで不安定なもの。製作者が面倒になってぷいっとやめる事も出来る。そういう世界。 アマが大量にいる多様性も面白いけど、少なくとも大量のプロの作った素材に頼った上での文化であっては、とてもじゃないが本当の意味でプロ不要論には至らないし、上記リンク先のような「大量のプロの表現者が食べていける時代は、終わってもいいんじゃないか」というのはモノを作っていない人間の机上の空論としか思えないです。 ただ、確実に今後食っていけなくなると思う職業の一つが「プロ評論家」だと思われます。モノを創作する(素材を作る)という行為以上に、評論のプロであるという意味がどんどん薄れていくんじゃないかなあ?
2010.06.04
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本業のゲーム作りをしていていつも思うことなのですが、日本のメーカー(開発者)って、なぜか過去の資産のデータを使いまわす事を極端に嫌いますよね? まるで新規書下ろしが当然、みたいな風潮がありますが、例えばどうでもいい地面のテクスチャーとか、木とか岩肌とか、その手の「あまり演出的な意味の無い部分」に関しては、過去の資産をがんがん流用すればいいのに、と思ってしまいます。 格闘ゲームのモーションデータなんかは継ぎ足し継ぎ足しで昔からのデータを使っている事が結構あるのですが、背景とかキャラなんかにも応用しないのはなぜなんだろうかと。 ノベルゲームなんかもそうで、学校の廊下とか、通学路みたいなほとんど注目されない背景絵であれば使いまわしでも十分だと思うけどなあ。だって、それに気がついたところで「どうでもいい」部分なんだし。 個人的にはこういう手抜きは大歓迎です。目立たない場所に毎回同じような苦労を入れた結果の開発長期化というのは、結局過去の苦労を何も生かせていないのと同じだと。そりゃ、ゲーム作りの予算がどんどん跳ね上がる訳だわ。 全てを同じデータで作ろうと思えば、そりゃダメですが、毎回たいして重要でない部分にまで、均等に同じ苦労を何でしなければならないのか、というのは考えどころです。浮いたコストで別のもっと重要なところを作りこめればいいんですから。
2010.06.03
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一見して「はあ?」と思った記事PSP版『アイドル雀士 スーチーパイIV ぽ~たぶる』の公式サイトはホームページビルダーを使って作った形跡があることが発覚!! これ・・・何か問題があるとでも? どうやら専門のWEBデザイナーを使っていない、素人でも使えるツールで作成しているから、というアオリみたいですが、正直なんの問題もないですよね? わざわざ専門のデザーナーを使ってFlashバリバリの使いにくい画面を作る事の方が意味がないゲームだし、このツールを使った広告媒体なんていくらでもあるし。一体何をもってバカにしているのか? こういう人って結構います。ツールで製作物の評価をする、というか。例えば同人ソフトでアスキーのツクール系で作ったヤツは技術がないからダメとか。(そういっている本人の薦める同人ゲームがNスクリプトだったりシューティングビルダーだったり、既存のスクリプトツールだったりするのですが) モノを作るというのは結果を出す事。その製作過程や使っているツールは何であろうと関係ありません。というか、プロはむしろ効率と結果重視なので、使いやすければそんなプライドはありません。現に会社のデザイナーさん(2D系イラストの得意な人)は、フォトショップやペインターなど使いますが、場合によっては会社にアクリル絵の具と筆と紙を持ち込んで描いてスキャンし、最後にデジタルで調整、ということをやっている人もいます。これも微妙なタッチや色合いを出すのに本人がアナログの方が手馴れているからというだけです。 モノを作れない、あるいは半端な評論家癖があるほど、その手の形ばかりこだわる気がします。でも、使うツールにプライドなどありません。むしろ、手間をかけた割に「普通」という評価が一番馬鹿馬鹿しいので。
2010.06.02
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大手チェーン松屋が牛丼を更に値引きだとか・・・おいおい・・・ これで吉野家を完全に息の根を止める計画みたいだけど、この価格下落は結局自分達に後々返って来るんじゃないのかと・・・ 消費者にとって「安くて旨い」は魅力です。が、あまりにも価格が落ちると、商品の魅力すら下げる。どうでもいい食べ物にされてしまう。そうなった時に本当に今の価格で生き残れるのか? 特別なシステムや生産性など何らかの革新的改革で値段を下げれるなら話は別ですが、結局生産者や現場で働く人にだけ負担が増える。それって、結果的に働く側の給料が安くなるだけだから、社員もやる気が出ないだろうなあ・・・
2010.06.01
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