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自分は「うっかりミスは責めない」という基本方針です。というか、うっかりミスは必ずある、だから、それをなくすシステムを作らなかった側に問題がある、と思ってますので。 たとえばゲーム作りでは膨大な「似た様な」作業を延々と続ける場合が多々あります。その際、データの煩雑な出力を一つ一つ人間が行う場合、ミスが起きやすい。それに対して「緊張感がない!気を引き締めろ!」というのは無駄な話。だったらプログラマーさんにお願いして、あるいは自分で簡単なバッチを作って一括で機械的にコンバートする方が確実であり、その作った資産は他人にも共有され、さらなる効率化が行える。 一人ひとりの「気合」とか「緊張感」なんて言葉でミスを防ごう、ということがそもそも間違いの根源。ジャンボ旅客機に操縦士が2名いたり、オートパイロットモードがあるのは人間を「信用していないから」であって。何かあることを前提にシステムが作られている。[雑記]ミスの隠蔽は無くならない パワハラ管理職はどこにでもいるから
2014.04.30
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まともに働いても生活保護より低い給料しか出していないブラック企業が堂々とあるにもかかわらず「働かない奴はクズ。仕事なんて選ばなければいくらでもある」というのは滑稽な話だよな。 仕事をしたくてもろくな求人がなく、仕事を選ばなかった結果が「一番安定している仕事」として生活保護に行き着いたんだよ。 自分だって今の会社で仕事をしている理由はお給料が生活保護よりもらえるから。それを下回ったら躊躇なくそっちに行くね。ゲームは同人でも作れるんだし。
2014.04.30
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「美味しんぼ」に「風評被害を招く」と批判 スピリッツ編集部がコメント少なくとも、今回の美味しんぼ福島編に関しては「???」というか、なんだろ?作者がずっと科学的、科学的、風評被害うんぬんという言葉を振り回していたにもかかわらず、最後に自分がやっている事で本編すべての主張をひっくり返してしまった、壮大なオチが付いたお話だと思いました。 で、思ったのは「取材した後に鼻血がでた、というのであれば、それは放射能とかそういうものでなくもっと別の病気の可能性を疑うべき(放射能障害で鼻血が出るほどの場合、血液検査ですでに異常数値が出るレベル。医者で因果関係は特に問題ないと判断された、ということはその言葉通り)。しかし、この描写をわざわざマンガに持ってきた、ということで作者は「科学の否定」をしてしまったわけで。 で、私は今回の件に関して作者に訂正を求める、とか、そういうことは思わない。必要なのはこういうことを否定できるマンガメディアがあるという事。例えば昨今話題になっていた原発内で実際に作業にあたった方が書かれた「いちえふ」というマンガ。これには「福島の(隠された)真実、なんてことをマスコミが書くけど、自分たちのこの程度のこと(作業内容や手順、手続き、業務の日常、作業にあたっての苦労、その中で一生懸命生きる人々)すら知らない連中が書いているんだろうな」と。なにしろ、目下一番の問題が放射能よりマスクの中の鼻が痒いけど(指を入れる訳にもいかず)かけないという事実には笑ってしまいましたが。 これ、どちらもあることが正解で。ましてや「けしからん!このマンガは間違っている!発売禁止にしろ!」とはなってはならない。それをやることが「検閲」ということ。表現の自由とは、どっちの意見も同じように書店に並び、同時に読者がどっちの意見に賛同するのも、批判することもできることだと思うので。 「けしからんものをなくせ!」はその時点で表現の幅を狭めてしまう。だから、風評被害にならないためにはまず自分がどちらの情報も見られて、そして考えることじゃないかと思うし、もし、科学者が美味しんぼの意見に反対するとしたら、それこそ専門的知識でコテンパンに叩きのめす意見を書けることが重要だと思う。
2014.04.29
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日本のおカイコさん-2/富岡製糸場への疑問 なかなか読みごたえのあるレポートです。 で、この中で著者が書くように、実際富岡製糸工場での過酷な労働はあった、ということ。最初に私はこの世界遺産に登録するという話を聞いたとき、広島の原爆ドームやアウシュビッツのような「負の世界遺産」として後世に人間の愚かさ、恐ろしさを伝えるための施設保持かと思ったらそうではないようで。 世の中には「過去を美化しよう」という勢力が必ず現れる。それは戦争であったり、人種差別であったり、わかりやすいところだと「原爆は太平洋戦争を終結させたから正義だった」という。冗談じゃない。非戦闘員を目標に無差別に行ったジェノサイド行為が正当化される理由はない。同時に、旧日本軍の行った蛮行に関しても「なかったこと」にしたい人間がたくさんいる。これは中国でも、韓国でも、ベトナム、ドイツ、ロシア、ウクライナ、カンボジア・・・あらゆる国で自国の過去の蛮行を「仕方なかったこと」として正当化をしようとする勢力があり。 上の富岡製糸工場での辛い労働のように、現代でもブラック企業が安い賃金で過酷な労働をさせることを「企業成長の美談」として語ったり。このレポートでも官製工場でホワイトであった頃は長い歴史でもわずかな期間。そこだけを取り上げて「女工哀歌のような悲惨なイメージがあるが実際は~」というのもおかしな話で(現実にストライキがあり、その後の労働基準などの法整備を促すきっかけになるような現実があったわけで) 忘れちゃいけない事。過去の辛い経験を美談として語れるのは「成功者」だけである。そして、その陰には声も出せずに消えていった多くの悲劇がある。 過去を必死に美化しようとしている人間がいる。そういう連中に、当時と同じ苦労をさせようとしたら、絶対に断るだろう。こうやって都合の悪いことを忘れたり、なかったことにしたい人間たちの作り上げた「美しい国家論」などに何の価値があろうか? その程度の「美談」なんです。
2014.04.28
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実家の母が新車を買いまして。それで帰省した折に同乗させてもらったのですが、普段、車事情に疎い私にとっては驚くような機能満載で。 まず、車の4方向が見られるカメラ搭載で、バックギアに入れるとバックミラーにディスプレイが表示されて今の車の周りをまるで上から映した様に表示される。そして、車を後退させるときに今、きっているハンドルの角度から予測されるコースをそのディスプレイに黄色いガイドラインが表示され、後部追突などしそうになるとセンサーが警告音を出して停止する、など。他にもセンターラインを踏み続けていると警告がなったり、車両の周りに対人センサーがあって、死角などに人がいると表示され注意を促す、など まあ、いろんな意味でドライバーの経験とか、カンに頼らずに機械に安全性を図らせる。でも、これってすごくいいことだと思います。 というのは、日本人ってやたらに「経験や長年の勘、技術を重用し、それが出来ないやつは○○する資格がない」みたいな風潮がありますよね。ですが、その経験とか勘というのはたとえば年を取ったら衰えたり、その勘をつかむ前に取り返しのつかない失敗をしたり。 だからこそ、上のような技術発達による恩恵は素直に受け取るべきで。何しろつい15年前は車のギアチェンジでオートマ車は馬鹿にされていた、そんな時代だったんです。ですが今だと自動車教習所のほとんどがオートマ。マニュアル車の方が少数派です。 「そういうものに頼っていると、いざという時に~」の意見には「その一生に一度あるかどうかもわからない、いざという時のために、解決方法があるにもかかわらず日常慢性的に苦労をする必要はない」と。むしろその「長年の勘」というのは慢心を生み、ベテランドライバーが事故を起すケースがある。何より、その思想の中に多分に「自分が苦労して憶えたものを簡単にクリアするのはずるい」という感情が入っているように見える。そう思います。 便利なものは使いましょう。
2014.04.27
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「たとえマンガとはいえ、小学生に見える女の子に性的行為をさせて喜んでいるような描写があるものは問題だ、間違った知識を植え付ける恐れがある。規制が必要だ」という意見は「たとえ娯楽映画とはいえ、実は坂本竜馬が女だったのような設定があるのは問題だ、間違った知識を植え付ける恐れがある。規制が必要だ」 にはならない不思議。 その手のエロマンガのフィクションがダメで、時代劇や刑事ドラマなどの警察描写の架空設定は許せる、という理由は何なのか? その辺の線引きが明確でない以上、表現の自由を取り締まる側の意見には個人的感想以上の基準はない。まして「その手のマンガを見たい人」の目を勝手にふさぐ権利もない。 ナチスドイツや旧ソ連、旧日本政府が行った表現規制も、結局は権力者側に都合の悪いものを排除する、というより方であり、その際には必ず「社会の健全化」を謳った。 決められた型にハメること、その型からはみ出したものを排除することが「健全」なのだ。そういう連中にとっては。
2014.04.26
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これは業務命令だと思う「帰れ!」と言ったら、本当に帰ってしまった女子大生アルバイトの話大笑いなのは「帰れという言葉の裏を読んでほしい」というなんとも都合のいいこと。というか、そんなに落ち込んでいるなら帰したほうがいい。病気と一緒です。その分、給与から引けばいい。それができるのが時給計算のバイトの利点で。 なんだろな?「仕事を舐めるな」と言う言葉はこういう状態では通用しない。失恋とか、身内が死んだとか、そういうモノを抱えたまま仕事をするとミスにつながりやすい。スポ根的な「帰れと言われても噛り付いてくる」ドラマなど期待する方がおかしい訳で。 だったら「今日はつらいならムリせず帰りなさい。そのかわりに明日以降に元気になってまた来なさい」と優しく言ってくれる仕事仲間がいる方がどれほど楽になるか。
2014.04.25
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仕事、ゲーム制作において私はすべて「完成させること」が最優先目的で、次に「期間内に」があり、その次に「売り上げに関係する案件」であって、最後に「個人のこだわり」だと思っています(同人のような趣味の場合は別) しかし、この順番が完全に逆転している人がいる。まず自分のこだわりが売り上げに繋がる、そのために期間を超過することは止むおえず、それが認められないなら辞めてやる、と・・・ 私に言わせれば「ふざけんな」以外の何物でもない。というか、会社から給料をもらって作っているプロじゃない。ましてや、それが原因で会社に赤字を喰らわせたとしたら? 昔、こだわりが過ぎて納期を大幅に遅らせていたデザインチーフが「責任は俺がとるから言うとおりのクオリティーで作れ」と啖呵を切っていたけど、結局どうにもならない状況になり更迭、その後、完成する前に会社を辞めたデザイナーがいましたが、結局責任など何も取っていない、大赤字を出し、その尻拭いは会社に残された者がさせられただけという。 辞める前にこれまでのやり方が途中で間違っていたから軌道修正する権限はいくらでもあったろうに。
2014.04.24
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最初に聞いた時には「中国ってひどいことをするなあ」と思ったのですが、理詰めで解きほぐして解説されると「こりゃ分が悪いな・・・」と思ったこと。ktgohan氏による『商船三井船舶差し押さえ』の裏にある戦時徴用船史の闇 つまり、年数は立っているが「借りパク」状態で壊してしまった船を弁償しろ、と言う案件で。 自分も含めて日本人の大半は、戦争が終わった=敗戦国になって、すべての責任を旧日本軍解体されたことによって終結した、あれはすべて軍部がやったことで民間には関係ない、と考えてしまいますが、当然日本人は被害者であるのと同時に加害者でもあった、という側面がこの船舶問題に表れています。 で、上の事例だと中国の商船を借りていた三井船舶が、当時の軍部の命令でその船を軍事徴用された、しかし、その貸し借りの記録はあくまで民間の問題であり、三井側もある意味軍の被害者であるが、中国の商船会社側にとっては加害者でしかない(この場合、借りていたものを勝手に軍に渡した三井船舶の責任、ということになる) うん・・・こうやって事件を解きほぐしてみると少なくとも三井船舶側には賠償責任はある(倒産していたなら別)。政治的にも日中間で民間の問題をチャラにする条約までは結ばれていない。あくまで軍が絡んでいない部分での賠償請求で。(むしろ戦争状態という特例を迂回して道筋立てた締め上げられ方をしている。これがもし日本国政府を相手取っての軍の責任論で責められていたら対処の仕様があったが、訴えられているのはあくまで三井船舶という会社) 同じようなことはたとえば日本が中国に作った各種民間施設が無断で徴用されていますが、これも賠償請求訴えれば可能な訳で。もっとも、訴えることができる企業が日本にあるかと言えば疑問。 こうやって考えると「なぜ今頃?」と思う人がいるかもしれませんが、戦争は半世紀程度じゃあらゆる意味で問題を風化させてくれはしない、ということ。
2014.04.23
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「俺は殴られて育ったことを今ではありがたく思ってる。だから俺もお前らを殴る」っつうのも客観的に見ると「殴られて育ったせいで平気で人を殴る人間になってしまった」なんだよなあ ボクサーだって試合で「殴られないように、殴られても耐えられるように」練習している。それを「ボクサーなら殴られろ。それが仕事だ」のような。 「殴った側の拳の方が痛い時もある」という言葉がある。便利な言葉だ。殴り返されない場所や立場から一方的に拳を振っておいて「手がいてえ」って言っているだけの事に気が付いていない。 騙されちゃいけない。殴られないと解らない奴もいる、というのは間違いで、自分が面倒だから最短で相手に言うことを聞かせる手段に訴えているだけだ。殴ってうまくいくなんて昭和のテレビのつもりか?あれだって殴れば壊れるよ。 というか、犯罪だ。
2014.04.23
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宅配ピザ、原価たったの300円。外国人も『日本のピザの高さは異常…』 #ピザーラ 一言。「だったら冷凍ピザ食ってろ!」 あのさあ・・・いい加減、原価=商品価格って思考をどうにかしろよ。というか、こんなの小学校の社会科見学でわかってるだろ?それともその日は風邪で休んだか? どうにもこの思考が私はものすごく嫌いで。ピザの原価が300円。しかし、日本では1000円以上。それはピザが毎日消費されるほどこの国ではメジャーな食い物じゃないってだけ。冷凍でもっと安いのがあるから一般のピザ屋もこの価格に合わせないのはぼったくりだ、って、本当に想像力のない人間だよなあ。海外ではもっと安い、というなら、イタリアで日本食食べるのに高い金を払うのはおかしい、と言うのだろうか? あと、もっと根源的な話として「これから自分がスーパーに行って素材を集め、生地を練り、広げ、上に様々な具材を載せ、専用の窯で焼いて作った」値段より、電話一本で自宅に届くピザの方が高いと思うのだろうか?
2014.04.22
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新入社員が退職した。(前編) ・・・私は「会社を辞める」という人、特に待遇とか現在の仕事の内容に関して不満があって辞める、という人を引き留めません。というか、自分も同業転職を何度かしていますので。 会社を辞めるきっかけというのは様々ありますが、例えば上のリンク先の記事を読んでいてイラっとしたのは「どこにいっても苦労するのは同じ」ということを人生の先輩として訳知り顔に言っている事。 ちがうよ。はっきり違う。同じ仕事をしていてもノルマの厳しさ、給与、会社の環境、求められるクオリティ、人間関係・・・すべて違います。一社だって同じだったことはない。 これは自分のようなゲーム開発(技術職)でもはっきりしていて。この上の「どこでも同じような苦労だから」という目線は、「苦労するのは同じでも、同じ苦労ならより楽であったり、給与が高かったり、自分の好きな苦労であった方がいいに決まっている」 どこも仕事は同じだ、と言っている人は、案外その他の世界を知らない人が多いんじゃないだろうか?そして別の環境を知るには今の環境を捨てなければ本当かどうかはわからない。たとえ、同じ業務内容であっても。 辞めてよかったか悪かったかは辞めた本人しかわからない。例えば私は以前は誰もが知っている大手メーカーに勤めていましたが、今いる中堅の開発会社の方が給与、待遇、そして仕事のできる幅どれも上だと思っています。そして前の会社で我慢していれば今の待遇になったか?というとおそらくNOでしょう。 もちろん、新人が10日程度でその会社のすべてを見切って辞めたとも思いません。この採用担当者の言うように、仕事は必ず「我慢する」ことで階段を登れる場合があります。よく言われる「3年我慢しろ」とはその期間に技術なり、ノウハウを盗むことで。逆に言えば盗むほどのノウハウを感じなければとっととやめても構わない。むしろその見切りを誤り、何十年も働いて会社が倒産した途端「自分は単に長く勤めていただけで何も残っていない」という絶望感で呆然とする可能性もある。 会社を辞めるという決断は人生にとって大きなものです。だからこそ、他人のその決断を年下の新人だから、まだ世間知らずだからといっていわゆる「社会の厳しさ」的な常識で引き留めたくはないです。それに採用担当、ということはこの人はその新人と「同じ仕事はしていない」ということですよね?それでは余計に相手の苦痛、苦労はわかるまいて。むしろ、人事で社内の別の仕事に割り当てる算段する方が「引き留めるきっかけ」になると思うのですが。
2014.04.22
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自分で作っている同人ソフトでアニメーターさんに書いていただいた動画のアニメの部分の着色をしていてふと思ったのですが。 昔から「水彩調のふわっとした色合いのアニメ」って結構あるのですけど、案外「絵としてキャラが印象に残らない」ということ。 これ、挑戦的なアニメを作っている方が結構陥りやすいことだと思うのですが、過去にも内容は素晴らしく「名作」とよばれる水彩画風のアニメってあるんです。が、絵をぱっと思い出せるか、というと、いわゆるセル塗りの、キャッチーな色とぱきっとした影指定したキャラのように脳に浮かばない。 その最たる例が昨今公開されました高畑監督の「かぐや姫の物語」。すごくよかった・・・のは覚えているのですが、絵の印象が記憶からもうボケてしまっている。あれだけすさまじい作画でありながら、すっとまるで溶けるように記憶から印象的な絵が消えている。 人間の目は動くものを脳はまず「シルエット(影)」で捉え、次に「色の塊」として捉え、最後に細部の書き込みに目が行く、という話があります。その場合、シルエットと色の印象が淡くなる水彩画風の作画というのは印象に残りにくいかもしれません。 それが良い、悪いではなく、人間の記憶というのはやはり淡いものから薄れていくのだろうなと。
2014.04.21
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アニメ制作で過労自殺 カルテに「月600時間」 28歳男性、労災認定 アニメーターの過労や低賃金問題はよく話題になり、アニメマニアと呼ばれる人は聞いたことがあると思いますが、実際はこの「制作進行」という役割はさらに苛烈を極めます。 と、いうのは制作進行って聞き覚えがない方も多いように、アニメを作る上でのありとあらゆること、それこそ進捗管理、原画動画の割り振り、回収、演出補佐、画像チェック、といった雑多な用事を請け負う、まさに「何でも屋」的存在で。特にTVアニメーションの世界はスケジュールがタイトな上に多くの人が関わるのでそのハブ的役割として大変重要です。 さらに、その仕事は絵を描く以外で業界に入って右も左もわからない新人にやらせることが多い。また、表にその評価が出にくいポジション(経験を積むと演出家や監督といったポジションに付ける可能性はあるものの、基本は無名に近い)のため、離職率も非常に高い仕事だそうです。 しかし・・・上の状況を見るとそれこそ一般のブラック企業が生ぬるいと思わせるひどい状況だったようで。怖いのはたとえば昨今話題のワタミのような飲食系業界だと世間的に「あの会社はひどい」と非難も上がるのですが、アニメ業界や自分もいるゲーム業界だと「好きでその業界にいるんだから文句を言うな」という論調になりやすい。 しかし、どんな業界であっても人間の体力や精神力には限界があり、その激務に応える報酬を出していない以上、どんな業種であっても許されない事でもあります。 「アニメが好き」とか「ゲームが好き」といった言葉に甘えすぎてはいないか?人を殺してまでクオリティーを上げるエンターテイメントなんて価値はない。ましてやファンを自称する人間が「甘えるな、お前ら徹夜してもすごいクオリティーを維持しろ!それがクリエイターの本懐だろうが!」なんて言わせない、いや、一番甘えているのはそういうことを言うやつらだと思ってます。 少なくとも一人の受け持てる作業量を遥かに超えた仕事をさせていた時点でおかしくなっている。そんな業界で今、苦しんでいる人がいたら責任なんて放り出してとっととやめた方がいい。それで放送に穴が開こうが、マスターアップの期間が延期になろうが「人間らしい生活をさせない」会社側、業界側の責任を超えることはない。
2014.04.20
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「次のグーグルは日本発」、ベンチャー有識者会議総括 思うのは「全く新しいことをやろう、などという発想を有識者会議なるものを行って立ち上げようという構図がすでに負け戦じゃないか」ということ。 というのは、考え方の根底に保守的な、博打を打つ前から保険をかけているのが手に取るように見えるので。結局こういう人がそれこそ革命的な起業やシステムを作れるとは思えない。以前にも国が主導で行った独自OSや検索エンジンなどが結局膨大な予算を投入したにもかかわらず何の成果も上げられなかったのは、結局この手の組織が金を出すのは当然ながら「前例があるもの、すでに業界に先駆者がいてそれをまねて日本独自のものを作ろう」という、根本的に間違っている発想でしかなく。 GoogleやFaceBookのような世界的企業が日本では生まれない、と嘆いているのは大きく世界規模になってようやくこの手の人たちがみとめた、それでは遅いわけで。 ベンチャー企業なんてそれこそ100社投資して1育てば成功、ぐらいの博打です。それこそ定期的に利益が上がっているか官僚的にチェックし成果を報告するようなやり方だと、ほぼ完全な赤字。膨大な無駄金を垂れ流すことを覚悟しているのか?というお話でもあり。 新しいことをやろう、という場合、ある種の蛮勇や無責任、無茶、独断専行、非常識なことを行います。それは社会秩序を守るという公務員の仕事とは全く逆の仕事で。そんなことを認められるのか?立ち上げがすでに保守的会議をしている時点で「後追い」な組織にできるとも思えないのです。 わかりやすい例だと、たとえばgoogleのストリートビューのような仕組みを誰かがアイデアを出したとき、いわゆる官僚型の組織だと「前例がない」「プライバシーの問題が」「こういう問題が出る可能性が」「法律的に」といった過去にない事例である以上、現行の社会システムでの問題を指摘して「否定すること」から始まると思います。でも、実際はそういうしがらみを無視している企業がトップシェアを握れる。時には犯罪行為すれすれの場合まで。 そういうことが「就職活動で博打を撃たない、安定を選んだ公務員が作る組織で」出来るか、の問題でもあります。
2014.04.17
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「こんなものが流行するなんて、人気があるなんて理解できない」のは感性というのが一人一人違う、という単純なことに気が付いていない人は世の中にはたくさんいる。 特に趣味の世界では「ああいうものが流行するのは業界のためにならない」ってのは通らない。単に自分の趣味にあわないことを業界の危機に摩り替えているだけ。 別に大多数派の嗜好にあわせる必要はない。それこそ趣味なんだし、取捨選択のチャンネルは自分で切り替えればいい。たった一人になっても自分の趣味の範囲でやっていればいい。 3DSの妖怪ウォッチが流行っている事を「あんなものが流行るなんて意味がわからない」のは、レストランで子供がお子様ランチを食べているのを「あんなものを食べる意味がわからない」と言っている様なもの。自分も子供だった時になんであんなものに夢中になったんだろう、というものが誰にもあるはず。 自分の気に入った作品を「志が高い」とし、理解できない、興味がないものを「志が低い」とする。便利な言葉で。そもそも「志」なんて一般化できる作品の評価ではない。 世の中、何が流行るかわからない。自分の感性が多数派か少数派か、で趣味に優劣をつけるのも馬鹿馬鹿しい話。
2014.04.16
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昨今の2chをめぐっての管理権限攻防を見ていると「グレーである部分で法律をのらりくらり躱していた元管理人が今になって法律を盾にしようとしている滑稽さ」が際立って。 元々ひろゆきは2chとは無関係、という立場であるから裁判の負けによる資産没収などから逃れてきた、にもかかわらず、今回の反乱で「2chは自分のもので多額の管理費を支払ったにもかかわらず一方的に権限を奪われた、法律に基づいて・・・」ってのは筋が悪すぎる。 財産を隠すため名義だけ貸していたはずが名義人に銀行口座を凍結されて大慌て、みたいな恰好でしょうが。 そして、2chの内容をそのままコピーするサイトを新たに立ち上げるという嫌がらせを行い、これに対して旧2ch側が特定サーバーからの自動データ吸出し遮断、これに対して~と、もうどうでもいい争いになっていて。 元々、2chの立ち位置というのが「便所の落書き」であったのが、商品に対する批評とか、特定メディアの世論先導などある程度の権力を持ってしまった訳で。でも、基本はどうでもいい、それこそ吐いて捨てる誰だかわからない人間の言葉の集合体でしかなく。そして今は昔はなかったツイッターやLINE、ニコニコ動画への書き込みといった新しい短文文化もある。昔は唯一無二であった独占権力が分散、代用できる時代になった、ということでもあると思います。 もっとも、2chの当初の「アングラ」的な面白さはこれだけ世間に広がった分薄れてますから、特に誰が管理しようと今更便所の落書きには変わらないと思いますが。 むしろ「いままでネット庶民の権力に対するカウンター的ヒーローだったひょうひょうとしたひろゆきが実際は利権と私欲にまみれたあのサイトの住人の嫌う権力者側の人間だった」ということが露呈した、というだけで。 以前、ひろゆきが「裁判に勝とうが負けようが、払わなければ特に何でもなかった」ということを語っていましたが、今回の件も相手にまったく同じことをされるのがわかっている、だから法律をちらつかせはするけど自分と同じやり方をされたらぐうの音も出ない訳で。 どっちの味方をするでなく、2chとは本来そんなもの。法律なんて糞喰らえ!という人間が自分が同じ目にあって警察に泣き付いても自分の余罪を追及されるだけだろうしなあ・・・
2014.04.15
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よく「昔はこの程度のことで騒がなかったおおらかな時代だった」ということを聞くけど、昔は許されていたことが今は犯罪になることを「昔はこんなことで騒がなかった」と正当化する人がいますが、それは当時の人も不快であったり迷惑であったことには変わらない、単に周りが理不尽を押し殺し我慢してくれていたことに気が付いていないだけ、というケースもあります。 わかりやすいところだと公共の乗り物での分煙化など。昔は喫煙車両という区分けがなく、長距離列車だとほぼすべての座席に灰皿がついていて大人がスパスパ吸っていた、子供ながらにその煙は不快に感じていましたが、当時の男性大人の喫煙率が高かったこともあり、吸わない側が我慢するのは「ふつうである」という世の中でした。 これ以外にも「教師からの理不尽な体罰に我慢しろ」とか「この程度の労働超過で文句は言わなかった」など。でも実際は当時の人も苦しんでいて、それを文句が出ない=大らかな時代 と勘違いしている人も多かったんじゃないかと思いますが。 恐ろしいもので人間は上から下に理不尽を押し付けて特に反乱がおきないと「相手が納得したもの、それが普通のこと」と勘違いしやすい。しかし、押さえつけられている側の恨みは累積し続ける。それはいつ爆発するかわからない。 いずれにせよ「世間の大らかさとは自分にとっての利益だけを指していうのではない」
2014.04.13
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ウインドウズxpが更新終了で乗り換えが間に合っていない会社などがギリギリになっててんやわんやの大騒ぎ、というニュースに対して「もう何年も前からアナウンスされていたんだから徐々に移行していなかった奴らが悪い」という意見を聞きました。 が、思うのはたとえば自分のようなゲーム開発をしている会社でさえ、システムの大きな転換というのは一大事で。なにしろ「前世代もサポート」といいつつ、単に「使える」だけ、ということがこの手のアップデートには非常に多い。カリカリにカスタマイズされた設定とか環境などはまた1から作り直さねばならず、むしろそっちの方が大変だったりすることもあります。 社内にプログラマーが多数存在する会社ですらそうですから、これがそうじゃない会社などでは新しいシステムに乗り換えるということがとんでもない負荷であったり。 ツイッターで見た愚痴「上司が朝礼で「本日からXPでのサポートが切れたとのこと。皆はより一層のセキュリティー意識をもって業務をしてほしい」って対策はないのかよ」 だよなあ・・・セキュリティー意識って安易にフリーソフトをインストールしない、程度で、それ以上は個人がなんとかできるものじゃないからなあ。 いっそ古いPC環境はネット全部切っちゃうのが一番なんだけどねえ。
2014.04.12
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最近は少なくなりましたが以前、バスのストライキに出くわしたことがありまして。で、利用者と思われるおじさんが駅前ターミナルでストライキの状況説明をしているバス会社の事務員にものすごい剣幕で怒鳴り散らしている。 ・・・それって意味がないよな・・・ 本来、ストライキをする理由は「経営者に対しての抗議」であり、それによって利用者に迷惑をかけ、自分たちの有用性を示すことですから。この怒鳴られていた職員さんは本当に気の毒で。 「そんなのは利用者には関係ない!」という言葉は、自分の会社で社員がどんなに疲弊させられ、低賃金で使われても「そんなのは客には関係ない」で納得できる人なんだろうか? 公共交通機関だけではなく、日常を安定して運用できるためにあらゆる仕事がある。そして、ボランティアや宗教でもない限り、仕事の責任は給与に依存する。抗議すべきは職員じゃなく経営者であるのですが。 昨今、すき屋の閉店騒動がありましたが一種のストライキだよな。たった一人でその店のすべての業務をするのがバイトで時給1000円程度のところとか。どうやったらそこまで他人の仕事を安く見積もれるんだろう・・・
2014.04.10
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あるフリーソフトのお話。 そのソフトは元々開発者が自分が楽をするために個人的に開発したもの。で、同じような苦労をしている人がいるのでネットで流してみた。 評判は大変よく、やがてそのソフトを利用したシステムやサービス、そのソフトで仕事のやり取りをする人もいるようになった。 やがてWindowsの世代更新が行われる。しかし、そのソフトはあたらしいOSには仕組みが違うため対応していない。使えなくなってしまう。一応、代用できる有料のソフトは世間にはあるが、以前のものを引き継いだ形のフリーソフトはない。 で、それに対して開発者はそれを開発する気はなく、ましてや過去、一部利用者による心無い誹謗中傷まで受けるような状況にまったくやる気をそがれている様子。開発者は自分のBlogをすでに数年前に更新停止している。コメント欄にはソフトが使えないことに対する恨み、開発再開を懇願する要望、これによって業務に支障が出た、どうするんだ!というような逆恨みまで。しかし、誰一人として「お金を出すので開発してください」とは書かれていない。 これはフリーソフトに限ったことではありませんが。それまで便利にタダで使えたことが、システムの変更によりある日突然使えなくなる、なんてことはあります。その時に「タダで引き続き同じサービスを受けることが権利だ」と勘違いしていると上のような状況になるんだろうなあ。 根源をたどればあくまでこのフリーソフトは開発者の「善意」でしかなく。そしてその善意を恒久的に続ける義務はありません。
2014.04.09
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マンガでもアニメでもゲームでも、何でもそうですが。例えばゲームの黎明期。それこそマイコンと呼ばれ個人でコツコツとプログラムを組んでいたものが爆発的ヒットをしたり、その後の業界の原点になる作品が生まれる第1世代。やがて、目端の利く人間がこれはいける!と踏んでジャンルに入ってくる。コレが第2世代。やがて、そのゲームで育って「自分もこういうものを作りたい」という人を集めた学校などが出来る。学問として、学んだ人たちがその業界に入るようになる第3世代。そして、生まれたときにすでにある程度の高性能なゲーム機やプロのいる産業としてゲームを見ている第4世代があって。 で、そうやって考えると第1世代と第4世代では同じ「ゲーム」というものに対してもまったく違う目を持っている、感性を持っていると考えます。 何もないところから1から作り上げた人と、物心ついた時にはすでに廻りにある程度完成したそれらがあった世代では、例えばキャラドット絵に16色も使える技術進化過程の驚きを伝えたところでそのすごさは感じてもらえない。だから「昔は良かった」論が意味をなさないわけで。 勘違いして欲しくないのはだからそういう世代が老害だとか、逆に今の世代を感性が鈍いとか言いたいのではなく。文化の急成長期を知っている人間と成長が緩やかになった世代ではまったく違うんじゃないかというお話。
2014.04.09
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人間の目の不思議さについて。 あるエロゲの広告バナーで、キャラクターがアニメーションしているものがありまして。広告バナーなので容量制限がある関係でしょう。3コマ打ち(通常のTVアニメの動画枚数)ぐらいの感覚でよく動いている。絵も書き込まれていて「なかなかこれはがんばっているな」と。 で、そのリンク先のソフトのサンプルムービーを見ましたら、いわゆるアフターエフェクトアニメで動いている。体のパーツを胸、髪、表情、といった動くものに切り分け、それらをパーツとしてタイミングをずらして動かすことで胸の揺れとか髪の毛の遅れた動きなどを表現する手法で、フレームレートも高くヌルヌル動いている。 ・・・ですが、なんだか急に後者の方が「手抜きっぽく」見えてしまうという。 これは人間の目の面白いところで。最初の3コマでサンプル抜きしたアニメはコマとコマの間の補間部分を脳内でやっている。だから絵そのものがダイナミックに動いていた印象があった。しかし、後者は補間を計算でされてしまったおかげで「部分段位でバラバラに動いている」と見えてしまう。そうなると急に手抜きっぽく見えるという。 例えば自分も今、同人で2Dアニメのあるソフトを作っているのですが、アニメーターさんにお願いして一部カットで2コマ打ちという枚数が多いアニメを入れてもらうことがあるのですが、枚数が多いものを通常の速度で再生するとフラッシュアニメのように見える場合がある。むしろ動画を何枚か抜いて3コマ打ちの枚数で動かした方が「いかにも2Dアニメしている」と感じたり。 これは使いどころによるのですが。(有機的なぬるりとした粘っこい動きのために枚数を多くする、ということもあるので)昔のディズニー作品は1コマ作画という一秒間に24枚の動画を使うものがありますけど、日本風のリミテッドアニメに慣れている自分としてはヌルヌル動きすぎてなんだか気持ち悪く感じたり。 アニメに限らずゲームの業界でも「フレームレートが高いほどいい」みたいな風潮がありますけど、フレームレートが高いと補間によって映像の切れ味が落ちる場合もあります。昔の疑似3Dレースゲームのスピード感が異常なのは、あの当時拡大を無理やり枚数少ない絵を書き換えて表現したので、意図せず上の「コマを抜いた効果」がでていたのだろうなと。 いずれにせよ「ぬるぬる動く(枚数が多い)のがいいアニメとは言わない」ということで。冷静に考えれば宮崎さんのジブリアニメも一部を除いて3コマが基本ですし。
2014.04.08
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最近よく「物の値段」というものを考えるのですが。 たとえば、今までタダで利用できていたサービスが運営が厳しくそれではやっていけないとなり、利用者に一回500円の料金を徴収するようになると必ず「がめつい」だの「儲け主義」といった言葉が出る。 それは今までタダだから利用してきたわけではない、ということでもあります。そこに何らかの利用価値を認め、使っていたからであり。もし、これが100円でも、10円でも、下手をしたら1円でも「高い」と文句が出る。 実際、他に代用の効かないサービスの場合、相場というものがない以上、運営する側が決める料金が「正規の価格」でしかないのです。 不思議なもので一ヶ月500円でその会社のアニメが見放題、という正規の有料チャンネルも、ネットの違法視聴になれたアニメ好き人間にとっては「ぼったくり」に感じる。こういう人は別に500円程度が払えないのではなく、単にタダである、という環境に慣れすぎた結果、本来違法である入手経路が相場になってしまっている、この人は昼食にラーメン屋で一杯700円のラーメンには金は出すけど、月々500円のアニメ視聴の料金には価値を見出せない、という話で。特にリアルな「物理的なもの」という実感がないネットサービスの場合、急に高く感じるケースは有ります。 これはゲーム業界でマジコンが流行った時も子供達の間に急速に広がった恐ろしい思考でもあるのですが。 不正なネット上の番組視聴や雑誌スキャンでマンガを違法にアップしているのがタダである理由は「正規の手続きを踏んでいないからタダである」というだけで。野菜ドロボウが盗んだものを市場価格より安く売れるようなもの。そこには正規の価格はなく。そっちに慣れてしまう人間は恐ろしいです。
2014.04.06
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自分が普段楽しみにしているラジオは「伊集院光 深夜の馬鹿力」で、それこそ録音し、通勤時間に聞いているほどです。 たとえばもし、自分が地方に転勤などになった時、TBSラジオの電波が入らない地方で生活しなければならなくなった場合。月額350円払って聞けるようになるとしたら、喜んで支払うだろう。 これはそれだけ「その番組が好きだ」ということであり、価値を見出している、という意味。「タダじゃなくなったからもう聞かない」というものではないということ。350円程度で今までと変わらず楽しめるなら何の問題もない。 これは昔、長野に住んでいた時に当時人気番組だった「さだまさしのセイ!ヤング」と言う番組が当時長野では週遅れでしかも1時間放送(東京の文化放送では1時間半放送されていた)の短縮だったため、全てを聞きたいがために深夜、毛布をかぶって電波の入りが比較的よいベランダに出て冬は震えながら、夏は藪蚊に悩まされながら、時折重複する韓国語の放送電波と戦いながら、それでも楽しくて仕方なかったからで。 あの当時、ネットでクリアに地方でも聞けるシステムがあったら迷わず利用していたと思う。 たとえば、ネットで違法動画で自分の地区では放送されていないアニメなどを見ることに慣れてしまうと、いつのまにかそれを「権利」だと勘違いする。同人誌のような2次著作物をコミケで売るのはファンの権利であると勘違いする。新聞や雑誌などの記事をスキャンし、ネットにUPしたまとめサイトで無料で情報を手に入れることが権利だと勘違いする。 しかし、当然だがそれは違う。その元を作っている側を怒らせたり、親元が立ち行かなくなったら当然終わるシステムである。 その上でのこの記事を読んで首をひねる自分。 蛇口をひねれば水がタダで出てくるのを「当たり前」と思ってはいけない。水道料金を払っている人がいる、修理補修をしている人がいる、安全な水源を確保するシステムがある。 その辺はもう一度、誰もが考えた方がいい。便利な世の中とは誰かに支えられていて、その支える側にも生活がある。
2014.04.04
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たとえば。 右側の極端な意見には賛同できない。同様に左側の極端な意見にも疑問がある。この場合、両サイドの人間にとってこういう意見は「信念がない」だの「確固たる考えがない」と言われる。下手すると「はっきりした意見がないやつは黙ってろ」とまで。 違うんだ。別に主義主張がない訳じゃなくて「どうして極端な意見しか認めないのか」という話。 怖いのは政治の世界でも極端な主張をする政党や政治家が「指導力がある」と評価されがち。しかし、実社会では極端な意見の人間に舵を任せると、芸術やエンタメの世界以外では現実を無視したり、自分のやり方に反対するものを敵とみなされたりと、ろくなことがない。 覚えておきたいこと。極端な意見というのは「少数派」。で、大半の人間は白黒はっきりしないグレーな意見である。原発の新規着工に反対する人間が必ずしも現状の原発稼働に反対するわけではない、にもかかわらず「国の原発政策に反対する人間は一切電気を使うな!」って極端な意見が嫌なんだという話。
2014.04.04
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歌わない権利を守ること~カナダ国歌についての思い出 非常に考えさせられる、そしてたしかに「歌わなければいけない、あるいは歌ってはいけない理由などない」と思いました。 不思議なものでこの国で郷土愛とは違う「愛国心」なる概念が国民に植え付けられたのは明治維新後、国民徴兵制度が義務化し、そして太平洋戦争でボロボロになるまでのわずか100年程度の歴史でしかなく、その中で国旗、国歌が政治的に都合よく、あるいは残虐なものの象徴として扱われた歴史も半世紀にも満たない期間です。 で、なぜかそれを今復活させようとする。「国旗、国歌に礼を尽くすのは国民の義務であり、日本人なら当然のことだ」と。 なぜ、それが「当然のこと」なのか? 逆に「国旗、国歌など軍国教育時代のなごりだ!こういうものを教えるのはけしからん!」という思想にも同等の疑問を感じます。 私は特に国旗を崇めたいとも、逆に憎いとも思っていないし、単なる記号だと思っています。で、この場合、嫌なのは右だろうと左だろうと「こうしなきゃいけない!」と押し付けてくる人間がいること。これが単なる記号であり、歌であるものにそれ以上の重いものを上乗せしようとする気持ち悪さを感じるのです。 だから「起立して歌わない人間を懲罰にかける」ことも「国歌斉唱を大声を上げるなどで妨害する」人間も、等しく嫌な目で見ています。
2014.04.03
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当たり前だけど、自分に権利がないもの、自分に一方的に利益がある場合、その権利で生活している人、それによって身を立てている人を「既得権で莫大な利益を得ている悪」と評する人が多い。 アニメーターの貧困の理由は電通が、TV局が、出版社などの権利者がピンハネして現場にお金が下りてこないから~ではない。冷静に考えればいい。昔であったら劇場版クラスの作画クオリティーの作品を毎週、地上波ならタダで放送している。そして、大ヒットと呼ばれるDVDであっても進撃の巨人で10万本クラスの世界。DVD一巻が一万超えたらヒットの世界。そしてアニメというのは基本的に多くの人(原画、動画、音響、背景、編集、声優、音楽~)がかかわる。 多くの人が関わる作品で売り上げが小さい場合、分け合うパイの大きさは小さくなる。搾取うんぬん以前に足りないので。 それに、深夜アニメなどを見ればわかるけど、スポンサー(出資者)がTV局であったり出版社であったり、電通であったり。ということは、一番財布から金を出している、売れなかったときにリスクをかぶっているのはそういう企業。昔のように家電メーカーなど一般企業スポンサーから金をもらってCM枠を~ではない。 と、いうことは誰が一番損をせず、大きな利益を得ているか。答えは明白。「タダ同然でハイクオリティーのアニメを毎週見られる視聴者」 ということになる。 忘れちゃいけない事。牛丼の価格のように、この国では貧困の原因を作っているのが「より安く、よりいいものを、より便利に」を求めすぎる自分たちであることもある。自分で材料を買って自炊するより外で食べた方が安上がりの価格、というのはそういうことでもある。
2014.04.02
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すき屋の経営方針を叩くためにネットで「5人ぐらいで一斉にすき焼き鍋を頼んで店員を困らせるオフ会しようぜ」って書き込みを見て、言いようのない恐ろしさを感じた。
2014.04.01
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海外のロボットメカCG作品、たとえば「パシフィックリム」や「トランスフォーマー」などを見て思うのは海外のメカの動きと日本のアニメのメカの動きの違い、というか。 たとえば変形のプロセス。日本の場合「ガシャーン!ガシャーン!ジャキーン!」と一つ一つの変形を一旦止めて見せる、のに対してハリウッドの作品って「カシャカシャカシャ!」と一気に変形する。 で、これって歌舞伎の「見栄をきる」文化が日本なのかなと。ポーズを決めてバチっ!と止まる。それに対してハリウッド型のCGメカは決め絵でも微妙に動いている(スローがかかったような感じ)。自分が長年やっている日本舞踊でも先生に「動くときは動く、止まるときは意地でも止まるように」といつも指導されていましたが。 個人的には止まるところはばっちり止まって欲しい人間なので、常に画面が動き続けるハリウッド型のメカ作品は「締まりがない」と思ってしまいますが。 日本の場合、リミテッドアニメの制約で「少ない絵で魅せる」という制約があった影響上、大胆な中割りとタイムシートの調整で発達した手法だと思います。制約があるというのはいろんな意味で独自の発展を遂げるようで。 逆にそのテクニックを持った日本のアニメーターが、最近はCGなどで動画枚数など制約がなくなったからこそさらにすごい映像を作れる、長年鎖に縛られていたから、解き放たれるとすさまじいパワーを秘めていると感じます。 CGだから、手書きだから、というのではなく。
2014.04.01
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