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劇的なスポーツの終わり方ってのはこういうことなんだなあ、と思った今年の日本シリーズ最終戦。まさか最後に守備妨害で審判のアナウンスで終了という、見ていた側としては唖然とする結果でした。 ちなみにどちらのチームのファンでもない自分としては「珍しい光景が見れた」となんだか変な楽しさがあったのですが、両チームを応援していた側としては消化不良な幕切れなんだろうなあ。なにしろTV画面に阪神の監督が審判に猛抗議している映像をバックに「ソフトバンクホークス優勝!」のテロップ表示がでかでかと映されていたシュールな画面。これは高度なギャグか何かかと。 でも、真剣勝負の世界で、しかも審判が公正なジャッジ(空気を読まず己の判断を貫くという審判としてのプロの仕事)があると、こういうあっけない世界が真実なんだろうなあ。 野球には9回裏、2アウトからの一打逆転満塁ホームランのようなマンガみたいな世界が現実にあるように、逆にこういった大舞台で「あ・・・」という結末もある、ということで
2014.10.31
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悪質バイラルメディアにはどう対処すべき? BUZZNEWSをフルボッコにしてみた 最近見かける膨大な記事のまとめサイト、でも全文他人の作ったもののコピペで広告収入で稼ぐメディアに記事を盗用された方のお話で。 この中で訴えられた側の>代表「……まあそういうコンテンツを集めることで、今までそういうのを見なかった人にコンテンツを届けることで著作者がおもしろいって思ってもらえるような流れになればと……。確かに配慮は欠けていましたが」 この「おもしろい」という言葉が曲者で。本人が許しているのならともかく、自分の作ったものを勝手に盗まれ、さらにアクセス数が本家より多く、責任は製作者、利益だけこの手のバイラルメディアになっているのを面白がれるのはこの代表のような側の人間だけで。 「本当は価値のあるものなのに埋もれてしまうものを発掘すること、世間に注目されることができるから」という言い訳をこの手の代表が以前語っていましたが、全文引用したらそれを作った人間に何のメリットがあるんだよ、と。面白記事としてのアクセスがそこで堰き止められてしまうだけじゃないか。 富士山の頂上でご来光バックに逆立ちする写真があったとします。そんなのは富士山に登る脚力と逆立ちできる能力があれば誰でもできる。だから無価値だと。実際にそれができる人間はまずいない。それを行ったことに価値があって、その記事をコピペして「ほらみろ、こんなの誰でもできるんだ」などと言っている人間が面白さ発信、などという言葉を使ってほしくない。畑から盗んだ野菜を「これ、大したものじゃないから適当に持っていきなよ」として人気を得ている側にモノの価値などわかる訳ないだろうなと。
2014.10.31
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朝のラジオの番組のゲストコーナーでスポーツ選手が思い出語りをしていたのですが、その際、昔自分が国際大会で結果を出せなかったとき週刊誌やスポーツ新聞などに「あることないこと書かれた、ならともかく、ないことないことを書かれた」という言葉にものすごく恐怖感を覚えました。 プロスポーツは結果がすべてといいつつ、そのスポーツとは関係のない私生活のことを、しかも、全く身に覚えのないことを「こういうことをやっているから結果が出せない」的に世間に広められる。これはもはや有名税(この概念自体、都合のいい考えなのですが)の範疇を超える。 よく「たかが3流週刊誌に書かれたゴシップなんて気にすることはない」って人がいますが、それは当人じゃないから言える言葉だよなあと。それにその手のバッシングに耐える能力はスポーツ本来の能力とは関係ないし。
2014.10.30
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10年ほど前のアニメなどでは見られなかった描写として、登場人物がスマホの画面をいじっている、というのがあって。情報収集をネットを使っておこなうというのはその10年前だとデスクトップPCの前で、というのがセオリーだったので、当時先端の文化描写は刻々と変わるんだなあと思ったり。 同じように文字入力もキーボードでなく携帯から、って描写の方が若者を表現するのは適切だったり。ネット世界の不気味さを表現するのがコンピューターウイルスよりネット炎上とか匿名の誹謗中傷といったモノの方が身近な恐怖を感じたり。写真を撮る、というのもカメラではなく携帯構えたり そういう話を見ていると、今の最先端も10年後には「え?今更そんな描写?」になるのかなあ。
2014.10.29
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漫画絵のうまさとはなんぞや、で思いついたことをつらつらと。 たとえば、「ナニワ金融道」で有名な故・青木雄二先生。あの人の絵は正直「デッサン力」という観点から見ると素人目で見てもうまくない。が、一度あの絵を見たらこの作家であると一発でわかる個性があり、その個性が読者に受け入れられたからこそ「プロ漫画家」として成功した訳で。 で、その逆にデッサン的な上手さは定評あるけど、いまいち目に残らない漫画家さんもたくさんいるわけで。漫画絵のうまい下手というのは結局、その作者のアクの強さを読者が受け入れれば「個性的」になるし受け入れられなければ「下手くそ」に分類される、デッサン的正確さは魅力の一要素でしかない、と感じたり。 デッサンとか遠近法、色彩技法というのは「誰でもこの法則に則って絵を書けば一定水準の描画ができる技術」であり、これはこれで立派な技術であると同時に、個性をさらに魅力的に、説得力を持たせる土台になっています。 が、青木先生のような、あるいは「カイジ」の福本信行先生、「進撃の巨人」の諫山創先生のような一度見たら忘れられない作風の場合、それ以上の「アクの強さ」が作家として成功した理由にもなります。 もちろん、これは「成功したからその個性が評価された」わずかな例です。実際は歯牙にもかけられなかった、あるいは出版社に持ち込んでも没になってしまった個性の方が圧倒的である、ということもちゃんと理解すべきで(単にアクが強いだけで面白くない漫画もたくさんある)それを含めて「漫画絵のうまさとはなんぞや」になるのだと思います。 それにしても、本屋に行けば膨大な数の絵の種類の漫画が販売されているこの国は、本当に絵を受け入れる客の許容範囲が広い、多様性のある国であるなとうれしくなります。
2014.10.26
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漫画とアニメの文法の違いというものを感じたトークでいしかわじゅん氏「安彦良和は動きがかけない」⇒安彦氏「アニメーターの僕に、動きが描けないだって?」(「王道の狗」白泉社版4巻から) これでちょっと思い出したこと。たとえば宮崎駿さんの漫画版「風の谷のナウシカ」って、正直ものすごく読みにくいんです。なんだろ?コマ運びが引っ掛かるというか、吹き出しの読み順がちぐはぐだったり。作品としては面白いですし、宮崎さんのアニメーターとしての作画能力は超一流です。が、読みなれた漫画の作法だとうまくいかない。 同じことを当時劇場アニメの映像を使った風の谷のナウシカの「フィルムコミック」という、コマ割りしてセリフを入れた単行本が出ていましたが、こちらも圧倒的に読みにくい。映像の連続性が寸断されてしまうので、同じシーンであってもあの流れるような格闘描写や映像の迫力が伝わってこない。 これは漫画とアニメでは「動きのある絵」という表現の立ち位置が違う、というか。 どちらが悪いというのではなく、その表現をどこで使うか、という問題でもあり。漫画家はそのコマという絵画を軸に構成するのに対してアニメーターは時間軸を表現する仕事ですから。同じ「動きのある絵」の意味が違う。以前、アニメーターでない有名漫画家さんがアニメをコンテから書いて制作したところ、えらく冗長で、メリハリがなく、カット割りも変なアニメだったものもあり。 漫画をそのまま動かせばいいアニメになる、という考えも、絵がうまいアニメーターだから漫画もかける、というのも違うという、そういうお話でもあり。 また、これに加えてゲームはゲームで漫画的、アニメ的とは文法が違うんですよねえ・・・
2014.10.26
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履歴書が日本では未だに手書きである理由に関して、「企業にとっては後のデータ化の意味でも手書きでない、それこそPCベースのデータの方が人事側にとっては都合がいい、けど、全く見ず知らずの人間を大勢面接する時に「理由をつけて足切りする」にはこれしかないんだそうで。 たとえば字が汚いとか、鉛筆の下書きがうっすら残って見える、そういう些細な部分で「こういうのは本人の性格が出る」という言い訳が立つ。実際、業務書類の9割がPCで作成されている現状で、字のうまい下手はさして問題にならない。こうなると特に新卒者を選ぶ基準が本当になくなるという。履歴書を手書きで書かなかった、という理由で「社会人の常識がない」とまでされる。 でも、昔から「手書き履歴書書き代行」のサービスはあるし、なんだか釈然としない。履歴書から本人の性格がわかる、ってことすら無意味になっている。 *ちなみに私の今の会社やその前の転職した会社はPCから指定データに履歴書を入力するように指示された形で。
2014.10.25
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朝のラジオで中小企業の人手不足を取り上げておりまして。なんでも今は中小企業が深刻な人手不足である、が、学生など新卒者が聞いたことのない企業であるという理由でまったく応募がないため困っている、というお話。 たしかに世の中、名前の知れた会社というのは、それこそ社名が商品の冠についていたり、テレビCMなどで聞こえる会社以外、まったく知らない会社の方が多いと思います。特にB to Bと呼ばれる企業間同士の会社の場合、その業界内ではそこそこ名前が知れているけど一般人にまったく知られていない会社の方が多いわけで。 あと、この中でもっと問題視されていた話題が、大企業でも求人はある、が、正社員としての募集は急に低くなる、ということ。つまり会社としてはいつでも切ることができる契約社員を求めている、という・・・べつの話でも5年以上登用すると正社員として雇用しなくてはならない、という規約から逃れるため、有用な契約社員を5年になる寸前に契約更新を切って、半年後に再度雇用するという、何の懲罰だ、というようなことも行われていると問題視されていました。 正社員を抱えるというのは企業にとって負担である、ということなのでしょうが、大半が契約社員、しかも正社員と同じ仕事で給料が安いのに「人手不足で困っている」と言われてもえらく都合がいい話で。
2014.10.24
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昨日のニュースでやっていた大阪の橋下市長と在特会代表の桜井氏の会談・・・というかこうなると小学生のケンカのようなのを見て思ったのは、あの姿を見てどちらの支持者もげっそりするんじゃないだろうかというお話。 もともとこの会談を、しかも市庁舎で映像配信できるまで行った理由は、お題目であった「ヘイトスピーチに対する意見交換会」であったはず。が、「あんた」「あんたじゃねえだろ!」「じゃあお前か」「お前なあ」「お前っていうな!」とか、そのあたりにいってしまってどうでもいい、なんじゃこれ?な印象。 この2人のやり取り、互いに一方的な主張の押し付けこそ、その手の差別の温床になっている。なにしろ橋下市長は「お前のような差別主義者は大阪にはいらない」って、あんた、行政の長が相手と同じ差別的発言してどうする、と思ったし、逆に桜井氏の「(韓国側が)日本人をひとくくりにして誹謗(ひぼう)中傷をやるから闘っている」発言も、それと同じことをやっているのは日本でいえばあんたらのやっている在特会じゃないか、と呆れたり。 なんだろ?この2人の映像でよくわかったのは、理詰めで語れない世界を見せられたら支持する気がなくなるというか。本題を無視した罵り合いでしかなくて。
2014.10.21
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アメリカの大手ゲームパブ UBIソフトの担当者が「我々は次世代機であっても無理に高解像度、60fにこだわらない」と発言したところマニアからものすごい叩かれ方をした、というニュースを見まして。 で、これとはちょっと離れるのですが、個人的に60fの映像って違和感を覚えるんです。ヌルヌルしすぎて迫力がない、というか。 これはアニメーションの原理を知るとわかるのですが、通常のTVアニメは1秒間に8枚の絵を消費するのが普通で、昨今はよく動く、とされるシーンでは12枚使った作画枚数になります。昔のディズニーなどでいわゆる「フルアニメーション」とよばれる劇場作品は毎秒24枚。人間の動体視力だとここまであればヌルヌル動いたように見える。 で、最近のソフトで2枚の絵の保間を自動でするツールがあり、毎秒8枚の手書きアニメを機械的中割りした絵で60f出力する映像があって。見た感想が「映像に勢いがなくなっている・・・」という。 人間の脳はたとえば高速で動くものを見た際、脳で勝手にモーションブラーがかかった効果で処理しきれない情報を補間している。それが残像効果の迫力を生むのですが、すべてのフレームを一枚ずつ描かれるとその迫力が落ちるという弊害がある。 また、高解像度に関してもものがくっきりはっきり細部まで見えることによってかえって違和感や情報の多さが不快感に代わる。普段意識しない人間の皮膚の細かい毛穴までみえてしまうような。 個人的には無理して高解像度、60fをしようと苦労するぐらいないら、エフェクトリッチな安定したフレームレート、解像度であった方がうまく脳内補間してくれると思ってます。また、ホラーなど作品によっては荒い画像の方が怖さをより演出できる。 なんでも滑らかならいい、高解像度ならすぐれている、と思わないのは昔の時代劇がフィルム撮影からビデオ撮影になった際に雰囲気が急に安っぽくなった、時代劇の雰囲気が急に古さを感じなくなったのと同じで。中割が多ければよく動くいいアニメなんじゃない、ってことでもあり。むしろ60f、高解像度を売りにするってのがもはや一部マニア相手の商売にしかなってないことも感じます。逆に言えばそれをもってしてゲームを買う、買わないの判断にするとしたらもったいないというか。
2014.10.19
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ちょっと思い出したように15年ぐらい前の伊集院光のラジオ録音したものを聞きなおしてみました。毎週定期的に聞いていると気が付かないのですが語り方がずいぶん変わっているなと。 伊集院の深夜ラジオといえばとにかくお馬鹿で頭の悪い内容である、というのは相も変わらず。しかし、最近の放送と違うのは昔はずいぶん直球で刺々しい感じが見え隠れしている。いい意味でも悪い意味でも刺激が強い。 で、よく「昔のほうが面白かった」という意見をネットのリスナーなどからもあげられていますが、私はむしろ今の方がトークが面白いなと。これは同じネタであっても若手の落語家と老練の落語家の違いといいましょうか。むしろトークの脱線が面白い。余計なネタを拾い食いしているうちに本来話したかったネタが話せない、という最近のカオスな状況のほうをリスナーとして楽しみにしていたり。 冷静に考えれば20代から深夜ラジオの第一線で活躍してすでに50歳近い年齢。今年中には「伊集院光:深夜の馬鹿力」も放送1000回を迎えるわけですから。そりゃトークも円熟の境地に到達するのだろうと。しかも、聴取率は深夜枠だと未だに他局も含めてトップという人気ですし。 刺激を求めて聞き出した放送が、15年も聞き続けるといつの間にか自分の中で安心、とか、安定、みたいなポジションになっている。むしろ昔の放送のようにスペシャルウイークのために特別なイベントやることがなくても、いつのもハガキネタとその週あったネタトークのほうを求めているような。 元々落語家出身ですが、めぐりめぐって伊集院のラジオを聴くのが寄席で円熟した落語家の古典落語を聞くような印象になっている不思議というか。昔の放送を改めて聞き直し、不思議な感覚をおぼえました。
2014.10.18
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同人イベントにおけるサークルの対応について この件に関しての個人的感想としては「これこそ客商売ではない、という前提の同人イベントの場合、サークル側の対応はサークルの人間の自由」であると思ってます。コメント欄にもありますが、積極的に話しかけられるのがうざい、という人もいる。何も言わずに目の前の人の目も見ず、ずっとスマホをいじっているのをイラつく人もいる。 ただ、思うのは同人イベントに「客として」来る人が怖いのは、この辺に寛容になれない。サークル参加者に接客のプロ意識を求めだす。前回、小林幸子さんがサークル参加したコミケで売り切れになっても並んでいた人に一人ひとり握手をした、すばらしい。と思う。けど、これはあくまで小林幸子さんという人の思う感謝の伝え方で。どのサークルも真似しなければいけない、とは違う。 コミケの全員が参加者、客はいない、という建前をもう捨てるべきだ、という意見をネットで見ますが、それは単に「自分が客と同じ意識で買い物できるイベントであるべき」論であって。そうなった場合、今より快適になるとは思えない、以前より「俺は客だぞ!文句を言うな!」という、今でも時折あらわれる厄介な人間を増やしていくだけで望むような快適空間は無理だと思います。サークル参加側も買い手にもなる、ということさえ覚えておけば、ひどい対応はしないしそこそこ愛想が悪くても我慢できる。お互いプロじゃない、客じゃないというぬるま湯が同人イベントのよさでもあり
2014.10.16
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同人誌即売会で座る場所を設けてくれという方のお話 まず「注意される、あるいは禁止行動には過去にそれによって発生したトラブルがあって意味がある」ということを前提に考えていないと。っていうか、説明されても納得しない人には何を言っても無駄なので「運営の円滑化のために」排除されちゃいますよ。 しかもこの人、決定的に知識が足りてない。コミケも他のイベントも基本は座り込み禁止だし。コミケスタッフが優秀だからトラブルが起きないんじゃなくて、この人一人がトラブル起こしてスタッフを無能呼ばわりしているところがもう、どうしょうもない。 つくづく思うのは、きっとこの人って「自分がこのイベントで一番邪魔になっている」とは思っていないんだろうな。お前ひとりぐらい会場に来なくてもイベントは行えるけど、お前ひとりの問題行動でイベントそのものが中止になることだってある。 こういう人間が増えた、のではなく、昔から一定の割合でコミケにも、他のイベントにもこの手のやからは存在しました。だから「最近のオタクの質が落ちた」のではないことは覚えておいてほしい。ツイッターの本文を読むと本人なりの理屈があるように語っているが、要約すると「俺のやることに文句を言うな」でしかなくて。
2014.10.15
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このところ漫画雑誌の休刊の情報がよく耳に入ってきます。しかも、今現在アニメ化され人気があって2期まで放送されている作品の雑誌が休刊とか。こういう話を聞くと本当に漫画の人気と雑誌の人気って違うんだなと。 たしか浦沢直樹先生の「MONSTER」の単行本が累計2000万部以上の作品ですが掲載雑誌の編集長が「単行本はたくさん売れている、けど、本誌の売り上げは変わらない」と書かれていました。 雑誌というのは幕の内弁当みたいなもので、いろんな漫画がたくさん載っている。だからこそ読者は多種多様の新しい作品に触れ続けることによって知らない作品に関心を持ったり、大ヒット作の利益によってまだ駆け出しで売れていない新人を育て、発表する場所になったり、あるいは部数はそれほどじゃないけど常に一定の人気のある作者が作品を送り出し続けられたり。 しかし、漫画雑誌そのものがなくなると人気のある単行本しか生き残れない、作家が生活できない、一部人気作家以外は淘汰されてしまう狭い市場になってしまうんだろうな。 最近、週刊少年ジャンプがいよいよデジタル化する、という話題がありましたが、日本の漫画文化の素晴らしさは多様化されていることだと思います。だから、いずれ紙媒体でなくなったとしてもこの「雑誌」という形態は残ってほしいです。
2014.10.14
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名作漫画として20年たった今でも評価の高い「寄生獣」がアニメ化されました。で、当初キャラクターデザインが発表されたとき「原作と全然違う!」とネットでえらく叩かれていたのを見ましたが、一話目を見て思ったことは「あれ・・・原作よりいいかも?」 これ、この作者さんの主人公って、「ヒストリエ」や「七夕の国」などもそうですが、どの作品もデザインが平坦、というか淡泊で印象に残らない作風なんです。特に寄生獣に関しては「ミギー」という強烈な個性があるから主人公として個体認識できますが、そのまま背景のモブキャラであってもおかしくない髪型、服装・・・むしろ周りの登場人物のほうが個性豊かだったり。 原作をうまい具合にアニメに際してキャラデザインをしなおしているなと。また、ストーリーは原作どおりなので気になりませんし、私も単行本読んだのがずいぶん前なのでキャラデザインとかいい具合に忘れている。 そういう意味では「原作に忠実な絵」であったら、アニメとしてどうだったか?すでに作品を知っているファンが喜ぶものを作るのではなく、寄生獣という名作を知らない人向けに作っているのだと思います。作品そのものの評価は揺るがない。からこそ、こういう思い切ったキャラデザ変更も十分受け入れられると思います。 というか、ミギーの声ってあんな感じだったんだ…と。なんとなく今まで脳内で勝手に想像していただけなので新鮮な気分。いい具合に忘れている名作を改めて楽しもうと思います。
2014.10.13
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日本人の自殺者の数は他の先進国から見ても高い数値で。これはそれだけ日本人が「みんなの和のためならお前が死ね」という狂気、あるいは「自分が死ねば丸く収まる」を常に持っている、と言えます。よく企業の責任者が失敗の責任を取って自殺、なんてニュースを見ますが。 前に聞いた話。日本では「借金返済に困って犯罪を犯す」という事例が普通にある、けど、これが異常であることに気が付いていない。それは自分が犯罪者になってまで「借金を返済する」という社会的義務感を遂行しようとするのが普通である、と思ってしまうこと。それこそどんなに催促されても金がない以上返せないからどうにもなりません!と踏み倒すものなのですが。会社の金に手を付ける、など窃盗犯になってまで借金を返そうとする。 ある意味責任感が強いために犯罪を犯すという狂気でもあり。 借金を返すために自殺したり犯罪者になるのと、借金を返せないから自己破産するの。どちらが人間として真っ当な倫理観か。 日本人の自殺者が異常に多い理由は自分の命以上の社会的責任を簡単に受け入れてしまうからかもしれないと思ったり。
2014.10.12
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伊集院のやっていた番組の話題が続きますが。この番組で「若手芸人のネタをみんなで面白くしよう」という企画があり、まず若手芸人がコントをやって、それを添削する、というやり方。その中で本人はまったく芸人として売れていないけどサンミュージックのお笑い部門で長年講師をしているブッチャーブラザーズのブッチャーさんという芸人が、そのコントをみて添削する、という。 で、これは当初伊集院が企画した意図と変わってしまったのがこの番組の面白いところで。このブッチャーさんというのが酒癖が悪く酒が入るとめちゃくちゃになる、そこの面白さを撮る予定だったのが(実際、番組前にビールを飲ませている)実際の指導が実に的確、かつ論理的で納得のいくもの。実際にブッチャーさんがたとえば突込みのタイミングを1テンポ待つと客が笑う準備ができる、とか、登場するキャラ個性が弱すぎるから、もっと大仰ででかい声を出すキャラにしないと客の注目が引けない、など「ここをこうするとよい」と指導したところ、同じネタなのに素人目の自分すら格段に面白くなっていることがわかる。ある意味番組の趣旨と変わってしまったところが逆に面白かったという。 で、ここでもう一つ思ったのは「なにかを創作するにあたって意見を聞くべき人と聞く必要のない人間がいる」ということ。このブッチャーさん、かなり高齢であるにもかかわらず全く売れた経験のない、傍から見たら「ダメ芸人」です。が、それこそ講師を務めるようなお笑いを指導する能力と技術を持っている。実際、添削されたコントをライブの客前で披露したのですが確かに指導し、直されたところがどっかんどっかん受けている。これは聞くべき価値のある意見であったと。 逆に聞く必要のない意見、というか、聞いても意味のない意見というのは大雑把に「つまらない」とか「才能がない」とか「もっと新しいことをやれ」「○○を見習え」とか、そういった上から目線で誰でも言えるけどつかみどころがない、散々文句を言ってるけど具体的なアイデアが何も出せていない、そういうのはむしろ創作者のテンション下げるだけで価値がない、客であれば単なる感想で済むけど上から目線で語るものじゃない、って意見なんだろうな。 しかし、番組中誰もが突っ込んだ「ブッチャーさん、なんでそこまで的確な理論派で実力もあるのに売れないんですか」は苦笑。そんな世界なのかもねえ。
2014.10.12
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前にラジオで伊集院がギャグ的に語っていたけど怖い話だな、と思ったことで、東京MXテレビで伊集院が若手芸人とやっていた番組で、2チームに分かれて船で海釣りに出て一匹釣れるごとに相手チームの若手芸人(男)を脱がせていく「裸・フィッシィング」というくだらない企画を放送したところ、たまたまその番組を見ていたMXテレビの社長の奥様が激怒し、こういうものを放送させるなと。で、その番組は再放送や他の地方放送などでもその話だけ放送できない、ということになっている。(ちなみに私もこの番組を見ましたが、「ああ、いつものバカなこと体張ってやってるなあ」という程度のひどさで。伊集院好きの視聴者としては平常運航な企画でしたが。 これに関しても「権力を持った、あるいは権力に近いたった一人の嗜好で欠番扱いされる」という、なんとも怖い話ではあります。公共放送、という趣旨から大きく逸脱する大問題でもあり。 たとえば個人の嗜好というのはかなりまちまちで。わかりやすい例だと納豆とか。あんなもの食べられない!って人もいれば毎朝食べている、という人もいる。また、年齢によって味の嗜好も変わる。自分が嫌いなものを好いている人間がいる、からこそ商品として、番組として成り立っている。「くだらないバラエティー番組を禁止しろ」という意見と「報道番組やドキュメントはつまらないから禁止しろ」「アニメはくだらないから放送するな」というのはおなじぐらい偏っている。 少なくとも視聴者には「見ない」という選択肢があり。自分の見たくない番組を楽しんでいる人にも見せたくない、というのは怖い話で。
2014.10.09
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ニコニコ動画でゲームのプレイ動画で人気のプレイヤーが、他の動画サイトに転載されることについて「発売日からずっと徹夜でやってせっかく人が苦労して最速で作った動画を勝手に転載しないで!」 と、怒っているのに対して「・・・無断でゲームの動画をしかもエンディングまであげるなよ・・・」と、作り手側の人間であれば思ってしまう。 ゲームを作っている側、売っている側としては購買意欲につながる動画であればむしろありがたい。けど、たとえばホラー作品やノベル的なシナリオが肝である場合、あるいはアクションゲームであってもエンディングまで見せてしまう動画が発売日直後にあげられては、さすがに無視できなくなる。特に、人気作はそれこそ競い合うようにニコニコ動画などにUPされる。 プレイ動画の怖いところは上の人みたいに「まるで自分が製作者のような気分で、作り手が望まないことをしていることに気がつかない」こと。以前、アニメの違法動画をネットで流していたUP主が何を勘違いしたのか最終回のコメントでまるで自分が製作者であるかのような語りをしていた、というのを思い出しましたが。 こういうのは2次創作同人誌と同じで「原典製作者に迷惑、不利益を与えるようであったら、ファンの愛など妄言に過ぎない」ってことでもあり。 プレイ動画は公式に認めている作品もあるので、そういう場合はどんどんやるといいと思う。が、苦労して撮ったプレイ動画の何百倍の労力を作り手はかけている、ということを考えてほしい。どんなにプレイ動画の再生数が増えてもそれで満足されてしまって売り上げにつながらないようであれば、メーカー側にとって厄介者でしかない。 それは自分の動画を転載された上記UP主と同じ気分なのだし。
2014.10.07
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「最近の日本人はマナーを守らない人が多い」 これ、実は40年前のAC(公共広告機構)の最初のCMです。 ・・・つまり最近の若者論と同じで、何も変わっていない。きっとそういうことなんです。
2014.10.06
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だれもが専門外のことは別に知識が豊富なわけでも詳しいわけでも何でもない、だから肩書があっても素人と同じだ、ってことを端的にあらわした例だなあと思ったこと 御嶽山の噴火に関する被災者救助に自衛隊を投入したことについて 池田信夫さんのブログ:在日はなぜ帰化しないのか の嘘 2つの別の事案ですが、突っ込みを見ているとどちらが「理詰めや証拠で説明されているか」で信用度が変わるということがわかります。で、言い出した側が突っ込まれると反応が同じ。「自分の意見に反対する輩は~」論になっている。 これは人の名前を田中さんだと思っていたら実は中田さんだった、というのを周りが突っ込んだら「そんなことはない」と認めないタイプというか。あるいは「田中さんだと私は聞いた(誰に?)だから間違っていない!!(本人が中田だといっても)」さらには「田中でも中田でも同じだろ!(違います)私に意見する奴はさては○○派だな!(一方的な思い込み)」 上記の2件は同じ匂いを感じました。たしか池田さんは震災の時にネットで明らかなデマを流布したことに関して突っ込まれた際「震災のような非常時には真偽たしかでないことであっても情報を流すことが必要だ」という、一時でもマスメディアに組みしていた人間であれば卒倒するようなトンデモ発言してましたが。非常時だから正確な情報がより大切なのに・・・ 情報の間違いをより自分より専門家から指摘された場合、少なくとも素人の側が事実を否定できない以上、認めざるを得ない。それに関しては別に恥でもないし。無知は是正されれば有知になる。しかし、自分を否定された、攻撃された、と考えてしまったら、もはやそれは単なる「恥さらし」でしかなくて。 自分だって専門分野はゲームの開発、しかも、自分の知っている限りの範囲でしかないわけですし。だからこそ、知らない人間がいい加減なゲーム開発の嘘やデマを訳知り顔で流しているのを見ると「うわあ・・・やっちまってるよ・・・」と思います。*江川紹子さんはその後、知識不足を認め、修正、謝罪しているようです。
2014.10.04
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年収が高い人ほど「大人は少年マンガを読むべきでない」と考えてることが判明 まずこの記事を読んで「おかしいな?」と思ったのが、一千万以上の年収がある世代年齢と、その世代がまんがに触れていた世代かという事実。当たり前ですが一千万以上の年収があるといえば、普通は会社でもかなり高齢。その世代の人間にとって漫画はまだ「害悪、子供が読むもの」世代。最初から理解のない、あまり読んだことのない世代。年収が低い世代は比較的若い世代。 もう一つ。たしかに数値上では数値は上がっている。が、そのパーセンテージを見るともっとも高い1000万以上でも30%程度。ということは、過半数はそうは思っていない、ということ。 これって表題がミスリードでおかしいんですよ。逆にいえば「大人は少年漫画を読んでもいい」と考えている人は7割以上。のほうが正しい。 よく「数字はうそをつかない」と言いますが、その数字をどう表現するかでいくらでも捻じ曲げることができる。原発事故以降、鼻血を出して病院に来る子供が増えた、のと、事故前の時代に単に子供が鼻血を出した程度で病院に連れてくる親が何人いたか?の違いでもあり。 上の記事も少数派の数値がなぜか主題になって文章まとめのマンガ批判になっている。この手の印象操作って世の中にはたくさんあります。
2014.10.04
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「うちの会社は入って皆数年でやめてしまう、若い者に根性がない」って、残業代でない、帰宅が0時超え、休日出社当たり前では能力があって頭のいい奴から辞めるよな、と。 ワタミの社長がインタビューで「社会への貢献」をしきりに語っていたけど、まともな生活を社員にさせない、自殺者まで出している時点で社会の害悪に確実になってるよな・・・
2014.10.04
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背景ふくめてカメラがぐりぐりまわる中、登場人物が1カットで入れ代わり立ち代わり激しいバトルをするアニメを見た外国の人がそれを「どうやって書いたのかわからない!日本のアニメーターはすごい!」と驚嘆していたが、あんなもの描けるのはアニメーターの中でも一部の人だけだ! ここで冷静に考えたいこと。どのジャンルでもそうだけど、その一部の超絶的才能を持った人を基準に他の「普通の人」を叩くのは、毎日泊まりこみ、休日なしで働く社員を基準に「それに比べて他の社員は何だ!やる気がない」と言われるようなものだからなあ。ひどいのになると泊まり込みする社員の仕事量を「1」として考えて他を減点法で採点するような。こうなると泊まっている社員も報われない。 異常な才能の人間を評価するのは正しいが、その人のレベルを標準にしちゃいけない。
2014.10.03
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すき家6割、深夜営業休止…1人勤務解消できず うちの近所でずーっとここ最近までパワーアップ改装の名目で休業状態だったすき屋の店舗、ここ2か月ほどようやく再開したようでしたが、昨日会社の帰りに店舗看板を見たら黒い板で大慌てで隠したとみられる「24時間営業」の看板部分に思わず苦笑いしました。 ちなみに、数十メートル離れた場所にある松屋、吉野屋は今まで通りであることを考えると、本当にすき屋の混迷っぷりが伝わってきます。 いずれにせよ、他の同業飲食チェーンがそれでもやっていけるのに、すき屋だけ急速に落ちたのは明らかに店員の過酷労働問題と、それに対しての客側の不快感であって。 食事の選択ってのは味、価格、立地条件で決まる、と言いますが、それ以外にもこの手の「評判」というものもあり。 居酒屋チェーンワタミもそうですが飯を気まずく食う雰囲気の場所では客足も遠のく、ってことでしょうか。
2014.10.01
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