MUSIC LAND -私の庭の花たち-

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短編「木霊に導かれて」

樹海

由香里は独り樹海を、さ迷っていた。

気がついたら、ここにいたのだ。

確かに朝起きた時、

もう居なくなってしまいたいと思った。

昨夜、彼に突然別れを告げられたのだ。

泣き疲れて眠ってしまったらしい。

汽車に乗り、駅を降りたのまでは覚えている。

でもやはり死にたくないと引き返そうとしていたのだ。

そこからの記憶がない。

気がついたら鬱蒼とした深い森の中。

空が木々の合間から遠くに見える。

まるでここは地の底だ。

薄暗くて足元がよく見えない。

躓いて転び、何かが手に触れる。

よく見るとそれは白骨化した死体だった。

「キャー!」

思わず手を離し叫んだ。

ザワザワと草が揺れ、男が現れた。

「どうしたんですか?」

と尋ねる男の顔が逆光でよく見えない。

由香里を取り囲んでいる木霊のようだ。

「大丈夫ですか?」

差し延べられた手が恐ろしく、

しゃがんだまま後ずさりしてしまった。

お尻に当たる固い物は?

「いやー!」

今度は体当たりするように男に飛び込んだ。

震える肩を抱きながら、

「大丈夫ですよ。」

と男が慰める。

「僕が助けに来ましたから。」

「誰?」とよく見ても見覚えはない。

不安になり、離れた。

「汽車で乗り合わせた者です。

泣き腫らした目と樹海の駅、

危ないなと思い、ついてきたのです。」

落ち着いた低い声。

信用していいものだろうか。

「どうやって助けてくれるの?

方位磁石も利かないという噂じゃない。」

やはり不安になってしまう。

「それは単なる噂ですよ。

少しは溶岩の磁場で狂うかもしれないけど、

それはたいしたことではない。

同じような風景が延々と続くから迷うんです。

だから僕は道しるべとして樹に傷を付けてきたんです。」

誇らしげに言う男の顔が異様に見えた。

「そんなことをしたら、木霊の怒りを呼ぶかもしれないわ。」

背中に恐怖が襲ってきた。

「そうだとしたら、怒りを静めるために

生贄をささげなければいけませんね。」

不気味に男が微笑んだ。

「私を殺すと言うの?

助けてくれるんじゃなかったの?」

また後ずさりする。

「殺しはしませんよ。

ただ死んだように眠ってほしいのです。

僕に抱かれて・・・」

この男は一体何を考えているのだろう!

「そんなこと出来るわけないでしょ。

あなたはそのために付いてきたの?」

声が上ずってしまう。

「そうですよ。

泣きはらしても美しい瞳。

その涙を吸い取るためにね。」

ゆっくりと男が近づいてくる。

怖い・・・逃げたいのに、

身体が動かず、立ちすくんでしまう。

頬に手を当てられ、ビクっとする。

男が耳元に囁く。

「あなたはこの地に導かれてきたんだ。

木霊に逆らうことは出来ない。

さあ、身を委ねなさい。」

催眠術のように身体の力が抜けていく。

頭がボーっとして、青空がますます遠くなっていく。


気がついたときは、白骨の横に寝ていた。

起き上がり、見渡しても男はどこにも居ない。

もしかしたら、男はこの白骨の主だったのか?

それとも傷つけられた木霊?

今となっては何も分からない。

ただ本当に樹に傷が付いていた。

その傷を辿り、私は助かったのだ。

助けてくれたのか、襲われたのか、

不思議な男に感謝していいものかさえ分からない。

ただ私はもう二度と死ぬことを考えたくはない。

それだけは木霊のお蔭かもしれない。(完)


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