追憶の帳 封神演義番外編27





水は、何処までも其処に在った。





追憶の帳





少年は眠っていた。
 それは緩やかな、そして穏やかな記憶。

 ハハウエ?

 言葉。
 彼の知る限り、最も優しくて大切な存在を定義する言の葉。

 そうか、と。少年は気付く。
 これは、母上の腕、だ。





 「どちらを睨んでおるのか解らぬぞ?」
 涼やかに水の仙女が笑う。「傾国の」と囁かれるその美貌を前に、太乙真人は溜息をついた。
 「どっちに嫉妬したものだろうねぇ」
 彼女の膝に眠り続けるのは、彼の「子供」。見ようによっては一家団欒の図と捉えられない、こともない。  大いなる間違いではあるが。
 「赤雲ちゃんが駆け込んできたときは何事かと思ったよ」
 「あれのことだ、焦って単語しか出てこなかったのじゃろう?」
 「もう、わけわかんなくてね」



 川に足を浸す。ぱしゃぱしゃと、水のはねる音。
 心地良い響き。
 全てを委ね、そこへ帰ろう。
 何処からともなく声がする。
 誰かが、呼んでいた。



 「大体酷使しすぎなんだよね」
 眠り続ける子供の体勢を変えないまま……つまりは彼女の美貌の間近で、太乙は自分の作り出した
 少年の腕を取る。またしても酷い怪我だ。
 「すまぬ、それは私がやった」
 「はい?」
 「ここへ落ちてきた途端に暴れ出したのでな、まぁ、灸を据えてやろうと思うたと言うか…」
 らしくもなく濁される科白に、彼は半眼で答えた。
 「遊んでくれちゃたわけだね、要するに」
 「とも言う」
 そうとしか言わない、とは、賢明な十二仙の一人は口にしなかった。



 差し伸べられる優しい手。
 良かった。
 「優しい」ということを「感じ」られるように、自分は出来ている。
 そうか、と。少年は思う。

 少し、母上に似てる。
 (あの女は)



 「幸せそうに寝ちゃって」
 「羨ましいじゃろう?」
 どちらが?
 「かなりね」
 まぁ、諦めてはいるのだ。何しろ、少年は蓮の性を持つもの。

  水にたゆたうのが彼の本性。
  適うはずがない。

 「いいんだけどねー」
 父親は何時か追い越されるものさと嘯けば、水を纏った美しい仙女は、ころころと笑った。



 ああ、あたたかい………………。













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