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December 29, 2010
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カテゴリ: 考える
『人間の覚悟』

五木寛之による本を読んだ。

数ページで私の求めている本でないことは察したけれど、

良い機会なので最後まで読んでみた。

『生活の覚悟』

きっと、タイトルはこの方が正しい。


大河の一滴を読んだときにも感じたのだけれど、

どうしても大作家の言葉が私の心には届いて来ない。

きっと多くの人にこの人の言葉が届いているだろうことは理解しても、

私に対しては表層をなぞるくらいで、

池田晶子が鷲掴みにしてくるような感覚を得ることが出来ない。

きっと、チャンネルが違うのだ。

五木寛之と私とは、思考のチャンネルが違う。そう思う。


作者は正しいことをたくさん書いてくれている。

そう考え方を変えたら好転するだろうし、霧も晴れる。

何かしらの重荷を下ろすことが出来るかもしれない。

でも、しばらく考えて引き出した結論は、

「この人は、根本的に自分を疑っていない」

ということ。

自分に当たり前をみていること。

生きることへの足もとが着地している。

ちゃんと歩行している。

彼のそんな部分が、私の心に響かない理由のように思われる。

そして、大衆に理解され指示される理由のようにも思われる。



存在に意味なんてない。

そんなことは私でも承知している。

好き好んで生まれたわけじゃなし、

そこに意味づけまでされるなんて冗談じゃない。

ただ、それでも、どうにかこうにか、生まれてしまった以上、生きている。

人生などその程度のもの。

その中でどうにかこうにかやりくりしながら死ぬまで生きる。

言えば、それが幸か不幸か人間の覚悟である。

けれども彼の言葉には、そこに対する不安定感が、ない。

知らずのうちにある、多くの当たり前が、

考える対象を生活に制限している。


受け入れやすいだろうと思う。彼の導きは。

ただ、正しくない。

少なくとも私はそう思う。

人が、知らずに生まれ、人と生き、ひとりで死んでいくこと。

これは決して寂しさではない。ただ、孤独な作業ではある。

人生とは、どう転んでも、寂しさは拭えても、孤独は拭えないもの。

そういうもの。孤独と寂しさは根本的に違う。

その認識が、崖っぷちで心の蝕みから自らを救う。

孤独が、寂しさに飲まれてはいけない。


生き方への覚悟と、生きることへの覚悟。

彼に見たのは前者で、私が求めたのは後者。

こうなると、人間とは何を指すのか?

そんなことを考えてしまう。








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最終更新日  December 30, 2010 01:51:32 AM
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