その1



 物心がついたとき、わたしのそばにはシロという名のメスのスピッツ犬がいました。
おとなしい犬で、わたしにとってはお姉さんのような存在でした。でも母の実家の犬であるこのシロとは、3歳10ヶ月のときにお別れとなりました。
引越しによって遠く離れてしまったのです。その後暮らしたのは、ペット不可の団地でした。
子供時代のわたしは、犬が好きで好きでたまらなくて、野良犬やよその家の犬とよく遊んでいました。そしていつの日にか犬と暮らしたいと思っていたわたしは、やはり犬好きの男性と結婚し、とうとう犬を飼えるかもしれないという環境にたどりつきました。
 結婚した当初は市営住宅に住んでいたので、ペットの飼育は考えられませんでしたが、1993年にマンションを購入したのです。
この時から夫とわたしは犬を飼う方向でいろいろ準備を進めました。
最近はペット可のマンションが増えていますが、当時の常識に沿ったマンション規約には「他人に迷惑をかける動物の飼育は禁止する」と書かれていました。
他人に迷惑をかけなければ犬を飼ってもよいと取れる書き方だわ、とわたしは思いましたがそれは屁理屈というものらしいです。その理屈だと迷惑をかけなければライオンを飼ってもよい、ということになってしまうからだそうです。
ライオンはいるだけで脅威を与えるから別と言ったら、犬が恐い人もいるのだから、これも迷惑をかける動物に含まれると言い返されてしまいました。
それならばマンション規約を変えることは出来ないかと、夫は当時の理事長さんに相談しました。
この方はこうおっしゃいました。
「総会で話し合うことになると、必ず動物嫌いの人の反対意見が出ます。お宅はこれから飼おうとしているわけですからまだどうとでもなりますけれど、もうすでにこっそり犬猫を飼っている人がいるようなんですよ。もしペットはダメということがはっきり決まってしまうと、この方達が困ると思います。波風を立てない方がよくはありませんか?お宅のまわりの家に了解を取って飼うのならば、それで問題ないのではありませんか」
 ということで両隣の家にお伺いを立てたところ、快く
「いいですよ」
とおっしゃってくださいました。
犬を飼うとなると主にわたしがめんどうを見ることになります。わたしも仕事を持っていますから、本当に大丈夫だろうか?という不安はありましたが、夫婦2人だけの家族から脱してみたいという夫の強い要望もあり、子犬を迎えることに決めました。
 さて、犬を飼うと決めても、どんな犬種にするかでまた悩みました。
ミックス犬はどんな大きさに育つのかがよくわかりませんから、マンションでは避けておいたほうが無難でしょう。豆柴にしようかとまず考えましたが、10キログラムほどにはなるそうなので、もう少し小さい子をさがさなければなりませんでした。
なにしろ狭いマンションにピアノなどが入り、より狭くなっているのですから大きい子ではお互い窮屈になってしまいます。
夫はウェルシュ・コーギー・ペンブローグを気に入ってしまったのですが、この犬種も10キログラム前後にはなりそうです。
ペットショップの店員さんに
「マンションでコーギーはやめといた方がいいですよ。家具なんてぼろぼろになるまでかじる子がいたりしますからね」
とアドバイスされ、夫も諦めました。
対するわたしが気に入ったのは、ミニチュア・ダックスフンドでした。愛嬌たっぷりの胴長短足にアーモンド型のつぶらな瞳。体重は5キログラムほどで、初心者にも飼いやすいということでした。
夫はぶつぶつ言っていましたが、最終的にはこの犬種にしようということになりました。
それから何ヶ月にもわたって、わたし達はうちで飼うべき子をさがしまわりました。大手のペットショップ、町の小さなペットショップ、犬の繁殖牧場などなど。
でもなかなかこの子という犬は見つかりません。でもいったん飼うことになったら、家族として10数年をいっしょに過ごすことになるのですから妥協はできません。休みのたびにあちこち出かけて、とうとうこの子だという子犬に出会うことになります。
 子犬をさがすのと平行して、名前をどうするかということも夫と話し合い続けていました。メスの方が比較的飼いやすいということなので、犬初心者のわたし達もメスにしようと決めました。
それなのに夫はなんと「バッカス」という名前が良いなどとのたまうのです。お酒が大好きな夫なので、酒の神様であるバッカスを思い浮かべたのでしょう。
でもバッカスはオスの大型犬にこそ似合いそうな名前です。しつけをきっちりしないと「バカ」とか「カス」などと省略して呼ばれかねない名前でもあります。わたしは絶対に反対と意志表明しました。
「だったらおまえが考えろよ」
と夫はご機嫌ななめです。
夫も納得するよい名前はないものか?
考えに考えて出て来たのが「ワイン」です。一応お酒の名前でもありますし、「カワイーン」、「ワーイインダ」などという言葉も想像させる、よいイメージの語だと思いませんか?
それになによりもよいと思ったのは、メスの名前としてもぴったり来るということでした。
バッカスでメスというのは・・・う~ん。






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