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ギロホリック
魔法のクスリ
ロがラボに飛び込んできた。「おやぁ?また夏美にかい~?」クルルはパソコ
ンから顔も上げずにく~っくっと笑っている。「もう我慢できないでありま
す!我輩だって一生懸命働いてるのに・・。夏美殿にもこき使われるつらさ
を思い知らせるでありまーすっ。」ゆっくりと椅子を回しながら向き直った
クルルは「じゃ、こんなのどぉ~?」と何か透明な液体の入ったビンをケロ
ロに差し出した。「ゲロッ、まさか・・」前回同じようにクルルに作らせたウ
ィルスのせいで夏美が高熱を出し、あの後散々な目にあったケロロは「いや
我輩、もうこりごり・・」と、クルルはまた、く~っくっくっと笑いながら
「今度のはそんなアブねぇもんじゃねぇよ。これを飲んだ奴は、目の前にい
る人間の頭ん中を読み取って、そいつの望みどおりに動いてくれるってゆう
しろもんだぁ。無味無臭だからなんにでも混ぜれるぜぇ、おまけに後遺症も
ねぇよ。」「すっげ~!!やっぱクルル、天才っ!!」「それが、オレ
様よぉ。くーっくくっ・・。」ただし、とクルルは付け加えた。「まだ試作品
の段階だから、飲んでからどれくらいで効き目が出るか、どれくらいで切れ
るのかもわからないぜぇ。おっとそれから飲ませるときに、パスワードを言
えよ。それでインプット完了だ。後は頃合を見てもう一度同じパスワードを
言えば、夏美は隊長の思うままだぜぃ。」
「夏美殿~!」勢いよくリビングに飛び込んできたケロロに冷たい一瞥をくれ
ながら「何よ、ボケガエル。また文句言いにきたわけ?」と、夏美は身構え
た。「ち、違うであります。我輩あれからよくよく考え、ただでさえ居候の分
際、夏美殿のおっしゃるとおりこの先はもっとノルマを増やしてもらうのが
妥当と、深く反省したであります。」「あら、よくわかってんじゃない。」
「そ、それで、仲直りのしるしに夏美殿のお好きな宇宙デコポン100パーセン
トジュースをお持ちしたでありますよ。」ケロロは胡散臭そうにしている夏
美ににこやかに缶ジュースを差し出した。「ね?仲直りに乾杯!お願い、夏
美殿ぉ♪」ケロロは自分の分のジュースを掲げながら甘えた声で訴えた。
「しょうがないわね。」と言いながら夏美は内心、さっきはちょっと言い過
ぎたかな、とも思っていたのでケロロの方から仲直りのきっかけを作ってく
れたのが後ろめたくもあった。「じゃ、仲直りに・・」勢いよくプルトップ
を開け、軽く前に掲げてから夏美はコクコクと飲み始めた。いまだっ!
「ド・レ・イ」ケロロは先刻クルルと決めたパスワードをつぶやいた。
「??」夏美が何か言った?といういうな表情を見せた。・・・聞こえた
反応があれば大丈夫、とクルルは言ってたよな、よし、後は頃合を見てもう
一度・・・
飲み終わったジュースの缶を片付けに行く夏美の背に向かってケロロはもう
一度「ド・レ・イ」と言った。「あんた、さっきから何言ってんの?」腰に手
を当てながらこちらに向き直った夏美の視線が険しくなっている。「い、い
やぁ、その~、我輩、もう一生日向家の奴隷でもいいかなー、なんちて。」
「なんか怪しいわねー。まあいいや。じゃ、奴隷さん、今すぐお風呂の掃除し
といて!」「ゲロッ」「あんた、奴隷なんでしょ?じゃあさっさとやる!!ほ
ら行った行った!」「ラ、ラジャー!」風呂場へと向かいながらケロロは
何だよ、クルル効かねーじゃん、と心の中で舌打ちした。
あいつ、また何か変なものを?ジュースの空き缶を覗き込みながら夏美は
不安になっていた。今のところは別段変わったことは起こらない。でも・・
ああ、何飲まされたんだろ、あいつのことだもの、あたしに言うこと聞かせ
ようとするか、そうでなきゃ、あたしに恥かかせるために・・・・・・
と、その時雨音に気づいて慌てて外を見ると突然の雨がせっかく乾いた洗濯
物をぬらし始めたところだった。「キャー、大変!」はきだしからサンダルの
上に飛び降り、片っ端から取り込んでいく。夏美の声でテントからギロロが
顔を出したとき、ちょうど慌てふためく夏美の手元から洗濯物が2~3枚こぼ
れ落ちるところだった。「ふん、しょうがない。どれ、俺も手伝ってやろ
う。」ギロロがそう言って立ち上り、落ちた洗濯物に手を伸ばしたとき、
夏美の動きが突然止まった。と、がくりと地べたに膝をつき、洗濯物が足元
に散らばるのにも気づかない。「夏美っ!おい!どうしたっ!!しっかりし
ろ!!」ギロロは持っていた洗濯物を放り投げ夏美の両肩を強くゆすってみ
た。ゆっくりと夏美が顔を上げる。どこか酔っ払いのような焦点の定まらな
い目でギロロを見つめながら、夏美が感情のこもらない電子音声のような声
でしゃべり出した。「ワタシハ アナタノ ドレイデス。スベテアナタノ
オノゾミノママ・・。」そう言うとギロロのおでこのあたりをじーっと見つ
め出した。いったいどうした?何があった?何をされた?!
「クルルのやつか!」勢いよく顔を上げた瞬間、夏美の柔らかな髪がギロロ
の頬をかすめ、甘い花と果実の混ざったような香りに全身が包まれていた。
ふわりと自分の身体が浮いた気がしたが、現実とは思えない。何か起こって
はいるが、夢の中にいるような・・
息がちょっと苦しい。・・でも柔らかで夢見心地のこの感触は・・?!
「んななななつみいいィィィッッー!!」我に返り完全にパニックに陥った
ギロロは夏美に腕の中で必死に戦った。甘い誘惑とそしてそれに屈しそうな
自分と。ええい、今の夏美は本来の夏美ではないんだぞ!しっかりしろっ!
「はははは離せっ!おおおおおれはっ!!」 「ワタシハ アナタノ ドレイ
デス・・」雨は降り注ぎ、今や夏美の髪の先からも幾筋もの銀色の糸が流れ
て落ちていた。まずい、このままでは夏美が風邪を引いてしまう・・・。
とギロロが思った瞬間、ぱっと戒めが解けた。ギロロを離した夏美がゆっく
りと立ち上がり「タオル ヲ オモチシマス」そう言うと家の中に入ってい
った。・・頭の中を読み取るのか?!こっちが望んだものを・・?
今の状況をちゃんと把握しなければ。とにかく冷静になろう、と縁台に腰を
下ろし考える。
・・・ノゾミノママ・・・俺が望めば答えるのか・・・いや、考えるな!
・・でも、もし俺がほんの少しだけ・・・そうだちょっと頭の中でイメージ
するだけで・・夏美は・・!ダメだ!ダメだ!!夏美は薬か何かで一時的に
ああなってるだけなんだぞ!!
「ゴシュジンサマ」飛び上がって声がした方を振り向くとそこに、スク水に着
替えた夏美がタオルを抱えて立っていた。
「ッドワアァァァァァーーーっっっ!!!!」とたんに噴水のように鼻血が
噴出し、頭からも音を立てて湯気が立ち始めた。
「ちちちちちちちがーううっ!俺はっ俺は、こここここんなことはーー
ー!!」夏美はゆっくり近づいてくる。「スベテ アナタノ ノゾミノママ」
「ちがうっ!ちがうぅぅぅー!」「スク水」夏美はもう目の前まで来ていた。
「ち、ち、い、いやもちろんそれも好きだが・・ああ、何を言ってるんだー
っ俺はーっっ!!」「フタリデ ヤキイモ」夏美が一歩近づく。ギロロは酸
素不足の魚のようにただ口をパクパクさせることしかできない。
「オハナバタケ デ ピクニック」また一歩。「ソレカラ・・」夏美はもう
手の届くところにきていた。夏美のしなやかな指先が自分に向かって伸びて
くるのが、スローモーション映像を見ているようだ。「ダメだ!夏美!!」
と言ったつもりだったが、それはうめきでほとんど声になっていなかった。
ゆっくりと抱き上げられると目の前に夏美の顔があった。どうしても目は桜
色の唇に吸い寄せられてしまう。その唇がゆっくりと開き夏美の顔が自分の
顔に影を落としながらかぶさってくる・・・・。「ぶしゅっ」鈍い音がして
意識が自分の手から零れ落ちていくのを感じながらギロロは、最後に
夏美がこ言ったのを聞いたような気がした。「ウマレテクル コ ノ
ナマエハ・・」暗闇に引きずり込まれる快感に身ををゆだねながらギロロは
おいおい夏美、俺が望んだのはただひとつ、一度でいいからお前に・・。
・・・そしてようやく安息が訪れた。
「・・ロロ・・ギロロ、ギロロってば!しっかりしてよー!!」
ずきずきする頭を抑えながらゆっくり焦点を合わすと、自分を心配そうに覗
き込む夏美の顔があった。「ななな夏美っ!」「ああよかったー、やっと
気がついたー!」その時初めて自分が夏見の膝枕で寝ていたことを知ったギ
ロロは「だああぁぁーっ」と叫んで飛び起きた。とたんに激痛に襲われ頭を
押さえてしゃがみこむ。「バカねー!」ひょいと抱えられ元の膝枕に戻され
てしまった。「あんたたち、いくら回復能力に優れてるって言っても、血管
一本切れたんだからもう少しおとなしくしてなさい。」
ああそうか・・・。急に先ほどのことが思い出され居心地が悪くなったギロ
ロは「ふ、ふん。これしきのこと・・。あ、後は大丈夫だ。テントに戻っ
て・・。」そこでギロロは夏美が元に戻ってることに気づいた。服も着替え
ている。「俺のことよりお前は大丈夫なのか?」自分の痛みも忘れて夏美の
目を覗き込んだ。「う、うん!全然大丈夫だよ!」少し頬を赤らめながら夏
美がが切り出した。「あのね、ギロロ・・ちょっと聞きにくいんだけ
ど・・。」「な、なんだ?さっきのことならもうすんだことだろ。」「う
ん、あのね、あたしはあまり覚えてないの・・。気がついたらあんたを抱い
て、スク水で突っ立ってた。」
夏美が覚えていないと知りギロロは、ホッとしているのか、がっかりしてい
るのかわからない自分がおかしかった。「あたし、なんかものすごく恥ずか
しいこと、言わなかった?でなきゃあんたに何かした?あたしが覚えてる
は、あんたが気を失う直前に言ったことだけなの・・・。」今や夏美はギロ
ロと同じくらい真っ赤になっている。その恥らう様子の見惚れながら、「あ
あ、焼き芋がどうとか、お花畑がどうとか・・」「やだー!もう忘れて!
あたしが勝手にそんな風にできたら楽しいかなー、なんて思ってただけで
・・って、もうばれちゃったよね。そうなの、それがあたしの気持ち。」
「おい、ちょっと待て、何を言ってる?あれはいったい・・」「自白剤み
たいなもんかな?ボケガエルに何か飲まされたんだと思う。でも今はちょっ
とあいつに感謝してるの。今日のことがなかったらあたし、いつまでたって
も言えなかったかも。あの・・だから・・・」意を決してギロロを見た。
「・・・ギロロのこと、好きだって。はぁ~、言っちゃった・・」
・・・・夏美は今なんと言った?まさか・・!
ギロロは自分がまだ失神していて、気まぐれな神がいたずらに都合のいい夢
を見せてるのだと思った。だから夏美にまた抱き上げられたときも、抵抗し
なかった。そのまままた膝枕で寝かされて夏美にこういわれるまでただうっ
とりしていた。「じゃ、かなえてあげるね。ギロロの望み。」「なななにぃ
~?!」ほらっと夏美が小さなフワフワした綿毛がついた棒を振って見せ
る。「動かないで!鼓膜破けちゃうよ。そんなもんあるかどうかわからない
けど!ギロロの一番の望みが膝枕で耳かき、なんて!」いたずらっぽく夏美
が笑う。「あなた失神しかけてたけど『一度でいい~!頼む~』ってはっき
り言ってたわよ。何度も何度も『頼むー!夏美~!』って。」
なんだって?俺が?口に出して言ったのか?!オレノバカバカバカバカバカ
バカバカ「っううううるさ~い!」バカバカバカバカバカ・・・・・!!!
今の俺は戦場の赤い悪魔からはほど遠いな・・
「あれ?でも何でスク水着てたの?あたし・・」
「そ、そ、それはっ!」口が裂けても俺の脳内ではお前はいつもあの姿だ、
とは言えない。「あ、そっか。ばかねー、あたしったら。薬のせいに決まっ
てるじゃない。なんかあたしが恥ずかしくなるようなことするように仕掛け
がしてあったんだ。まったくボケがえるのやつ・・・。」
夏美が都合よく解釈してくれて助かった。思わずふっと笑いが出てしまった
「いやだ思い出し笑い?!もー、ギロロったらすけべ!」
すけべはどっちだ、俺は子供、なんて大それたことは想像すらしたことない
ぞ。そもそも子供を作るには・・・唐突に夏美の膝の上にいることを意識
しだしたギロロはまたしても顔から蒸気を立て始めた。「やだ、ギロロ、大
丈夫?」覗き込まれると目の前に柔らかな膨らみが・・。「ぶしゅっ」
きょう二度目の血管が切れる音を聞きながら、このまま死んでもいいと思う
ギロロだった。
その頃クルルのラボでは、モニターで一部始終を見ていた二人がいた。
「おっかしーなぁ。我輩の前では効かなかったのに・・」ケロロが首をひね
ると「言ったろぉ?試作品だって。」ちぇっ、つまんねーの、とぶつくさ言
いながらケロロはラボを後にした。
ひとりになったクルルはまたパソコンに向かった。
『被験者 日向 夏美 地球人 女・・・』
カタカタと緑色の文字が打ち出されるのを見ながら、「惚れちまった相手な
ら目を見りゃあ、何でもわかるってことかねぇ。まあ、おっさんの場合わか
りやすすぎか・・。おまけに夏美は至極単純、ケロロに一服盛られたと思っ
た時点で暗示にかかっちまったんだなぁ。ま、恋の力は偉大ってヤツぅ?」
『・・使用薬剤の種類 ビタミン剤・・・』
暗いラボにカタカタという音とクルルの忍び笑いだけがいつまでも響いてい
た。
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