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ギロホリック
誕生日の奇跡
「ギロロー!ギロロー?いないのぉ?」
庭に向かって何度も呼ぶが応答はない。突っ掛けを履いて彼の住まいである
テントに向かう。入り口前に立ってもう一度声をかけたがやはり返事はな
い。
寝てるのかな・・。ためらいがちのそっと布をめくって見たが、主はやはり
不在だった。ため息をついて、昨日の出来事に思いをはせた。
ギロロが今年の誕生日プレゼントにと、軍歌のCDをくれたのは昨日のこと
だ。
「軍歌ぁぁ!?」
初めて恋人からもらうプレゼントにしてはあまりにも・・・。
多分その気持ちが顔にも声にも出ていたのだろう。喜ばない夏美を見てギロ
ロは困ったような怒ったような顔で行ってしまったのである。
夕べは乙女心をちっとも解さないギロロに腹も立ち、悲しくもあり、あわれ
なCDは机の上に放置されたままだった。
「でも考えてみれば、あいつらしいよね。あいつが一番好きな音楽なんだ
し・・」
今日になってそう思えるようになり、学校から帰ると真っ先にCDを聴いてみ
ることにした。
CDをプレーヤーに入れてスイッチを押す。・・・が、音が出ない。
引き出しから持ち歩けるポータブルのプレーヤーを出し、そっちに入れ替え
てもう一度試したが、やはり何も聞こえない。
そうだ!ギロロに聞いてみよう。そうすればこれをきっかけに、昨日からの
気まずい雰囲気も解決できる・・・!
・・・と思ったのに・・・。一体どこ行っちゃったの?
そっとテントから出たところで、ギロロと出くわしてしてしまった。
「な、夏美!何をしてる?」
うろたえるギロロがとっさに何かを後ろに隠した。それになぜかめったに着
ないサラリーマン風の地球人スーツを身につけている。
「あ、あんたこそ何動揺してるのよ!今、何か隠したでしょ!見せなさいよ!」
夏美が詰め寄ろうとした時にわかにリビングが騒々しくなった。
見ると、何かが部屋で大暴れしている。ケロロとタママが必死でそれを取り
押さえようとしているようだ。
「嫌だ!あれ・・もしかして・・?」
「宇宙お好み焼きFXだ!」
ギロロがそう言ったのと同時に派手な音を立ててリビングのガラスを割り
そのグロテスクなものが飛び出してきた。
前に見たものより大きいそれは、すばしっこい動きで庭を突っ切り一直線に
夏美に飛びかかって来た!
「いやあ~~っ!!」
「夏美っ!」
ギロロがスーツを脱ぎ捨て、テントから武器を取ってくる間に、宇宙お好み
焼きFXはたこの足のような触手で夏美の首を締め上げ、これまた恐ろしく長
い舌で夏美を舐め回そうとしているところだった。
息ができない・・目の前がだんだん暗くなる・・・。
「その薄汚い物をさっさとどけろっ!!」
ギロロの怒声で振り向いた怪物が、威嚇するかのように馬鹿でかい口を開い
た一瞬の隙にギロロはバズーカをその口めがけてぶっ放した。
「夏美!おい!しっかりしろ!」
ぼやけていたギロロの顔にだんだんピントが合ってくる。吐息がかかるほど
顔が近いのにこういうときは照れたりしないんだね。周りがオレンジ色に染
まっている。もう夕方なんだ・・。
ぼんやりする頭で夏美は、今と似たようなことを前にも経験してるような気
がしていた。
ちょっと離れたところでケロロたちの声もする。
「あ~あ、何もバズーカ使わなくったてねー。」
「おかげで掃除が大変ですぅ。」
ぶつぶつ言う声はやがて家の中へと消えていった。
「デ・ジャ・ヴ・・・」
「なんだって?!おい、大丈夫か!」
ギロロの顔・・あの時もそうだった。切羽詰った必死な顔・・。
「ねえ、前にもこんなことあったよね?夕焼けの中,ギロロがあたしのため
に・・・こんな風に近くにいて・・」
ギロロの目の中から記憶を取り出そうとするかのように、その目を見つめな
がら夏美は続けた。
「・・何か、すごく大切なこと言われた気がする・・。」
「な、な、何のことだか・・・。」
うそだった。夏美が何の話を、いつのことを言ってるか、十分ギロロはわか
っていた。
思い出したくない、でも忘れられないあの日・・・。
あんな状況でなければ俺は一生かかっても言えなかったのかも知れない・・
「似たような夢でも見たんだろう。」
「そうなの?・・そうかも・・。夢だとしてもすごく特別な夢・・。」
ギロロは夏美が起き上がるのに手を貸しながら、何とか話題を変えようとし
た。
「俺に用があったのか?さっきテントにいただろ?」と聞いた。
「あ?ああ、そう。これ、ギロロがくれたCDが音が出なくて・・・。」
「き、聞こうとしてくれたのか?」
「うん。ちゃんと聞いてみたい。ギロロの好きな歌。」
「夏美・・・。俺は・・その・・・」
驚きと喜びでうまく言葉が出ない。くそっ!こんなとき、何て言やあいいん
だ・・・?とその時先ほど脱ぎ捨てた地球人スーツの下から黄色い花びらが
のぞいているのが目に入った。
「しまった!」
慌ててスーツの下から引っ張り出した花束は先の騒動で見るも無残な姿にな
っていた。
かろうじて難を逃れた1本を抜き取り、
「ほ、欲しければやるぞ。」
と夏美に差し出した。
「これ・・・・あたしに?」
それは小さなひまわりだった。ギロロの手の平より一回りくらい大きな黄色
い花が夕日を浴びて金色に輝いている。
まるで小さなお日様だ、夏美は思った。
「これ、わざわざ買いに行ってくれたの?あれを着て?」
地球人スーツとギロロを交互に見る。
「ふ、ふん。」
ずるいよ、ギロロ・・こんなフェイント・・ 。
ものすごくニブいくせ突然こんなことして、胸がこんなに苦しくなっちゃっ
たじゃないの・・!
手のひらサイズのお日様にぽたりと涙が一粒落ちた。
慌てて夏美は、花に顔をうずめるふりをしながら、気付かれないように涙を
ぬぐった。
「ありがとう・・・ものすごくうれしい!」
「お、おう!それよりケロンの軍歌、聞くのか?聞くのなら生半可な気持ち
で聞くなよ!」
照れているせいでいつもよりさらにぶっきらぼうな言い方がおかしい。
「はいはい!正座でもして聞けばいい?」
「すまん、そうだった、クルルのヤツがペコポンの機器に対応させるならこ
れをどうとか言ってのを忘れていた。確かこの辺に・・・」
ギロロはCDの穴の内側から良く見なければわからないほどの小さな突起を見
つけ、パチッと小さな音を立ててそれを取り外した。
「クルル?」
「ああ。あいつはこの手のことはお手の物だからな。ケロン製のCDをここで
も簡単に聞けるようにちょっと手を加えてもらったんだ。」
「へえ~、あいつが素直に人助けをするなんて以外!」
「お、お前の誕生日だから、こんなときぐらいはまともなこともするさ。」
「・・・ふう~ん・・。」
クルルがねぇ・・、でもギロロの言うとおりかもしれないな。
そんな事を思っているうちにプレーヤーから音楽が鳴り出した。
威勢のいい行進曲のようなメロディーだ。
ギロロの肩に左手を回し、右手でこぶしを作って上下に力強く振りながら
「やっぱりどこでも同じような感じね~!」
夏美が言うと、
「こ、こら!まじめに聞かんか!」
ギロロがうろたえる。
ぺロリと舌を出して、今度はちゃんと座り直し歌詞に集中してみる。
『~愛する星のためならば、愛する人のためならば、笑顔で散ろう、俺たち
は・・・』
「・・素敵な詩だけど・・ずいぶんと身勝手ね。」
夏美の言葉が予想外、という顔でギロロが自分を見る。
「だってそうでしょ。自分はそれでかっこいいつもりだろうけど、残される
方の気持ち、何も考えてない。」
「そ、それは・・」
「残った方はそのせいで生きながら死ぬことになるかもしれないのに。」
痛烈な一言だった。
「夏美・・・」
『~いざ行け、つわもの!ケロンの男子・・』
「あたしは絶対嫌だからね。そんなの。」
「お、俺は・・。」
いつの間にか曲が終わっていた。
「ギロロ、あたしのこと、本当に好き?」
ギロロがひゅっと息を呑んで、硬直する。
「一度だけでいいの、ちゃんと聞かせて。」
「お、お、お・・な、な、なつ・・」
あたし、ギロロを困らせてる・・そのことが絶えがたかった。
「・・わかった。もういい。ごめん・・。」
夏美が立ち上がりかけたそのとき、止っていたはずのCDから奇妙な音が聞こ
えてきた。
金属のこすれるよな嫌な音とざらつくノイズ・・おもわず二人が顔を見合せ
る。くぐもった聞き覚えのある声のあと・・・
「・・失敗だな、もう一回。」
この声、クルル?そして次に聞こえた声はまぎれもなくギロロのものだっ
た。
「NATSUMI MY LOVE KISS ME TENDER AND HOLD ME TIGHT FOREVER!!」
「こ、これ・・」
夏美が見るとギロロは完全に度を失っており、またしても頭から湯気を吹き
上げながら大きくあえいでいた。
「な、な、なんで・・!お、お、おれっ!どわああぁぁああっ!!」
頭を抱えたギロロは夏美に背を向けしゃがみこんでしまった。
無意識下の記憶に眠っていたあの日の出来事は今、夏美の頭を、心を圧倒し
ていた。
ギロロがいかにして自分を救ってくれたか・・。ギロロがどれだけ自分を愛
してくれているか・・。
「ギロロ・・あたし、全部思い出した。」
今度は溢れる涙をぬぐおうともせず、夏美はギロロの前に回りそっとその小
さな宇宙人を抱き上げた。
放熱する赤い身体を抱きしめながらその頭の上に囁く。
「ありがとう・・・ずっと・・こんなに大切に思っててくれて・・」
鼻をすする音に顔を上げたギロロの目に自分の泣き笑い顔が写っている。
「だけど約束して。あたしのために命かけたりしないって」
「夏美・・」
「死んだりしたら、あの世まで追っかけていって、その小さなお尻、蹴り上
げるわよ!」
ギロロの口元が奇妙にゆがむ。どうやら笑ったらしい。
「それは困るな。」
夏美に蹴られたら3日はまともに座ることもできないだろう。
「じゃ、約束よ。」
「ああ・・約束する」
「じゃ、契約印を押してください。」
そういって夏美が自分の唇を指差した。
「!!!」
ギロロがまたも放熱し始めた。
「んもう!じれったい!」
軽くチュッと音を立てて夏美がギロロの唇に「契約」を強引に取り付けた。
夏美はこれ以上は危ないな、と思いながら自分の腕の中で放心状態となって
いるギロロの耳元にこう囁いた。
「この次、パスワードじゃなくてちゃんと自分の言葉で言ってくれたら、も
う少し長いのをあげる。」
一方こちらはクルルのラボ・・・
パソコンの画面を食い入るように見つめる緑、黒、黄色のケロン人の姿があ
った。
「おおお~っ!!」
「ナッチー、積極的ですぅ!」
「ク~ックックック・・・」
「夏美殿、我輩たちからのプレゼント、気に入ってくれたようであります
な。」
「でも伍長さんがあれじゃあ、先が思いやられるですぅ。」
リビングに仕掛けたカメラから捕らえた二人の姿は、暮れてゆく陽の中でく
っきりと浮かび上がっている。
夏美の腕の中で先ほどまでくたっとして見えたギロロがゆっくりと顔を上げ
夏美に何事かつぶやいたようだ。
「なんだって?」
「聞こえなかったですぅ」
そして二人のシルエットがゆっくりとひとつに溶け・・・
プツンと唐突に画面が暗くなった。
「あ!なんだよー!いいとこなのにぃっ!!」
「わりいな、こっから先は有料だぜぇ~。」
「ひっでえ!クルル!」
「あんまりですぅぅっ!」
リビングの静けさとは逆にラボの騒ぎはいつまでも続いていた。
おわり
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