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ギロホリック
チョコレートパニック 3
苦い土の味、頬に当たる銃の感触、捻りあげられた腕の痛みが、これは夢で
も冗談でもないと告げている。
「わかったか」
深くよく響くその声は、まさしくギロロ本人のもの。だがいつもと全然感じ
が違う。何があったの?!なんでギロロ、急におかしくなっちゃったの?
・・さっきのチョコ!!何か入ってたんだ?!
「答えろ。」
今は逆らっちゃダメ。言うとおりにしておいた方がよさそうだ。
コイツの中の何かがそう感じさせる・・。
夏美はゆっくりと一度だけこくりとうなずいた。
耳の中で自分の血がドクドク流れる音が聞こえる気がする。
「貴様、日向夏美だな。」
こくり。
「ここで何をしている?」
何って・・あんたにチョコレートを持ってきて・・・
ああ、待って!待って!!考えなきゃ!!
「ボケ・・ケロロ軍曹に、あんたを呼んで来いって言われたのよ。」
「ふん・・よし。では一緒に基地へ行くぞ。立て。」
『基地まで行けば・・誰かいるはず・・・。』
ギロロに促され、家の中に入った。
『あのチョコの謎も分かるはずだ。』
地下へ通じるはしごを降りる。
『ボケガエルのやつ、一体何考えてんのよーっ!!』
ふいに、背中をつつかれる感触で我に返った。
目まぐるしく回転していた頭が急停止する。今、背中にあるのは、すり減る
ほど磨いていたヤツ・・?
「変な気は起こすな。」
これはいつものギロロじゃない、クスリか何かのせいで、別人になっちゃっ
てるだけ・・。
『大丈夫よ。すきを見てとっちめてやる。だってあたし、ギロロと闘って一
度も負けたことないもん・・。』
少し弱気になった自分を心の中で叱咤しながら背をしゃきっと伸ばす。
途端に別人になってしまったギロロがさらに強く銃口を押し付ける。
その痛みで初めて夏美は気付いた。
『今まであたしが負けたことがないのは、あいつが勝とうとしなかったから
だ。でも、今のギロロは、私が何かしたらためらわず引き金を引くか
も知れない・・。
そしたら、この家は?冬樹は?ママはどうなっちゃうの?
それに・・・地球は!!』
プシューというドアの開く音で、基地に着いたことに夏美は気付いた。
中ではちょうどケロロとモアがゲームをしていた。夏美たちの入ってきた音
で、コントローラーを持ったまま二人が顔をあげた。
「あれ?夏美殿?ギロロ伍長も、おそろいで♪」
「お二人で寄り添ったりして!てゆーか、相思相愛?」
「ふざけるな。おい、これは一体どういうことだ。」
抑揚の無い声でギロロが言う。
「ちょっと面白そうなゲームを買ったからサー、モア殿とためしてんの。
ギロロもやる~?」
バシュッという鈍い音がした次の瞬間、ゲーム機が白煙とともに吹っ飛ん
だ。
「もう出来んな。残念だ。」
手にあるコントローラーからブラブラと千切れたコードをぶら下げたままケ
ロロが口をあんぐり開けている。
「捕虜を自由にさせておくとはどういうことだ」
「??????」
ケロロはまだ声もでなければ、瞬きも出来ないらしい。
「・・・軍曹が決めたことよ。周りに怪しまれないよう、日中私たちは普段
どおりの生活をする。あとはすべて指示に従う・・そうよね。」
ギロロに気付かれないように夏美がケロロに目配せを送るが、ケロロは訳が
分からない、と言う顔をしている。
「そのとおりですよ。ああ、夏美さん、いつもどおり基地のお掃除お願いし
ますね。そのあと夕飯のしたくも。」
勘のいいモアが取り合えず夏美を救ってくれた。
「ふ・・ん。それにしても貴様、捕虜のくせに口の利き方がなっとらん
な。」
ギロロが夏美にぐっと近づいたとき、モニターが日向家の玄関を写した。
スピーカーから冬樹の声がする。
「ただいま~。」
「ギロロ伍長、もう一人の捕虜が戻った。ただちにここへ連れてくるであり
ます。あ、くれぐれも怪我をさせないように。今、色々うっさいからね。」
ケロロもようやく異変を悟ったらしい。
「了解!」
ギロロが基地を出たことを確認すると
「こんぬおー!ボケガエルぅぅっ!!」
夏美の怒声が響いた。
「ちょ、ちょっと待つであります!何があったの?ギロロは・・」
「あんたのせいでしょー?!」
夏美は今までのことを手短にケロロとモアに話した。
「げろっ?我輩、そんなのタママに頼んでないでありますよ!」
「しらばっくれよーったって!」
夏美がこぶしを高く上げた。
「だ、だって夏美殿に用があるなら、我輩、自分で頼むでありますよ。
それに、モア殿に何かプレゼントするなら、自分で渡すであります!」
頭をかばいながらもケロロが反論する。
「おじさま!モア、感激です!そうですよ夏美さん、こんなことおじ様らし
くないって思いませんか?ってゆーか、疑心暗鬼?」
ケロロの前にモアが立ちはだかる。
そう、たしかにコイツらしくない、と今更ながら夏美も思う。
「モア殿♪」
「おじさま♪」
仲むつまじい二人を見ながら夏美がつぶやいた。
「じゃあ・・タママの仕業?なんで?」
「・・・私がいけないんですね。きっと。」
悲しげにモアが微笑む。
「モアちゃんが?どうして?」
「・・・タママさん、きっと淋しいんだと思います。」
うーん、、とケロロがつぶやく。
「何にしても、タママひとりでそんなもの作れるわけないし・・」
3人が顔を見合わせて同時に叫んだ。
「・・・クルル?」
もうすぐギロロが戻ってくる。それまでにクルルにどうなってるのか、聞か
なきゃ!・・・時間がない。
「ねえ、あたしはラボの掃除に行ってることにして。今のあいつ、すごくヤ
バイからちゃんと見張っててよ。冬樹のこと、頼むわね。」
それだけ二人に言うと夏美はクルルのラボへと急いだ。
ラボは相変わらず暗く、空気がよどんでいる。
「だから教えてよ!あれは一体何のクスリなの!どうすればあいつは元に
戻るのよ!」
のらりくらりと一向にまともに取り合わないクルルに痺れを切らした夏美が
大声を出した。
「く~くく。まさか、おっさんが食っちまうとはなぁ~。」
机に短い足を上げたままそっくり返ったクルルが、パチンとチューインガム
を鳴らした。
「・・お願い。教えて・・。」
夏美の苦しげな声にクルルがガムを噛むのをやめた。
「・・なんだって、そんなに元に戻してぇんだ~?」
「あったりまえじゃない!そんなの!!あいつをこのままにしといたら、
地球が・・あたしたちの地球がなくなっちゃう!!」
「それだけか~ぃ?」
「と、当然でしょ!」
クルルはつまらなそうにまたガムを噛みだした。
「なぁ~、俺もここを侵略に来た宇宙人なんだぜぇ。このままおっさんが
サクサク進めてくれりゃぁ、俺も早く家に帰れるってわけだ。くっく・・」
夏美が肩を落としてうなだれた。
「・・・・・・」
「分かったら出てってくれよ~。」
「・・・・嫌。」
「そうだよ、俺はどこまでもイヤなやつ・・・」
きっと顔を上げた夏美の叫ぶ声がラボの壁に反響した。
「嫌なのっ!こんなあいつは嫌っ!いつものギロロがいい!こんなの・・
こんなの、あたしの知ってるギロロじゃないっ!!だから、だから、あた
し、取り戻したいの!!」
シーンと静まり返ったラボに今度はクルルの忍び笑いが響く。
「そういうことなら、まあしょうがねぇか。」
カタカタとパソコンに何か打ち込むと、モニターに人型と訳のわからない記
号とゲージが映し出された。人型の口から記号が入って体内を落ちていく。
すると胸にあったハートがみるみるしぼんで消えてしまった。横のゲージの
目盛もあっという間にゼロになる。
「おっさんが飲んだのはこれだ。」
「・・どーゆうこと?心臓が・・・・?!」
またしても忍び笑い。
「死んじまうわけじゃねえよ。あんたもどうなったか見たんだろ~」
「・・・心が・・死んじゃうの?」
「まあ、そんなとこかねぇ。友情・思慕・愛着・恋情・・ようするに、好き
だったものに対する感情だけが消えちまうってことだな。永遠に・・・。
くっくっく。」
ある程度、予想はしていたが、それほどのものとも思ってなかった。
しかも効果覿面だ。ギロロからそういった感情を排除すれば、本当に冷徹・
非道の闘うだけが能の男になる。このまま永遠に・・?
夏美は思わずかぶりをふり、クルルに向き直った。
「も、戻せるわよね。なにかあるんでしょ?」
「ま、こんなこともあるかと、一応、作っといたぜぇ。ただし・・」
クルルが薬品用の保冷庫の中から出した小瓶は透明の液体がほんの少しだけ
入っていた。
「まだ完全じゃねぇよ。おまけにこれしかできてねぇ。効くかどうかは運し
だい、だな。」
「これを飲ませるのね。」
「ああ、泣いても笑ってもそれっきりだなぁ。」
「一発で決めろってことね。」
「あんたなら出来るんじゃねぇのかい~?くっくっく・・。」
ふうっとひとつ息をついてから夏美が言った。
「わかった。やってみる。クルル・・・ありが・・」
「もう用はねぇだろ。行けよ。」
ドアに向かって歩き出した夏美の背中にクルルが声をかけた。
「なんならあのスーツ、出してやるぜぇ。今のおっさんと渡り合うならアレ
を着といた方がいいんじゃねぇ~?」
立ち止まって黙っていた夏美が振り向きもせず答えた。
「・・ううん、いらない。」
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