外資系経理マンのページ

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(小説)おれは中小外資サラリーマン


「外資系ですか?」
「そうだよ。ナスダックにも上場している。」
「英語は駄目ですよ」
「いや、英語は必須条件になっていないから大丈夫さ。簿記二級あればいい」
「応募してみるかい?」
「場所はどこですか?」
「蒲田」
 自宅のある藤沢から東海道線で川崎までいき、乗り換えかあ 1時間くらいはかかるかなあ。
「どうします?」
「受けてみます。よろしくお願いいたします。」

 32歳で転職歴三社。決して、少ない方ではない。また、最初の会社こそ営業であったが、あとはすべて国内系の中小企業経理。もちろん、外資系など、初めての経験である。外資というとIBMとかアップルコンピュータとかが思い浮かぶが、アンテラ?きいた事がない。テレビゲームの会社と館山から聞いていたが、テレビゲームはファミコンを 昔買ったことがあった、というだけで深い思い入れがあるわけではない。ゲームセンターにも足を運んでいない。ただ、就職先の選択肢の一つにすぎなかった。
 リクルーテイング社のオフィスのある西新宿のビルを出て駅にむかう途中に 量販店が軒を列ねる一角があるが、その中のひとつ淀川カメラに入って、ソフト売場をのぞいてみた。ちょうど、学校帰りの高校生が、5人ほど、おそらく友達同志だろうか、物色していた。コーナーに入ってすぐの目立つコーナーには、昨日発売になったファミコンソフトが、20本ばかり並んでいた。また、当時はソニーはまだプレイステーションを 出しておらず、任天堂が6、セガが4といった売場の構成になっていた。ただ、どう探しても、アンテラのソフトは見つからなかった。店員に聞くと、品切れで、取り寄せにになるという。ゲームといえば、日本の会社がまず思い浮かぶし、アメリカにゲーム会社がある事自体、松田は知らなかった。いずれにしても、自分で納得のできる商品を扱っている会社にはいりたかったから、ゲーム会社であることに、なんら異論はない。アンテラの広告チラシのサンプルを見せてもらったが、レッスルマニアとかNBAとか日本ではいかにも うれないだろうなというタイトルが並んでいた。また、紀伊国屋書店でゲーム雑誌を見てみると、とにかくマニア受けするゲームしか出していないという印象をうけた。
家に帰ると、リクルーテイング社から 面接の連絡がきていた。妻の恵は、聞いた事のない名前に「なんの会社なの?」と不安気ではあったが、アメリカのゲーム会社で、親会社がナスダックに上場していることを言うと、多少は納得してくれたようではあった。ただし、館山からもらった資料を見ると、日本の会社は資本金1000万円で、社員は30名。あきらかに、中小企業そのものだ。それも出資の60%は親会社だが、40%は株式会社コウとある。あしたの14時に蒲田の本社にこいとの連絡に、転職活動3社目の面接だが、入るかどうかはともかくとして、面接の切符を手に入れたのだから、内定を手に入れるだけだ。むろん、この時点では、ナスダックが何を意味するのか、二人とも理解しているとはいいがたかった。親会社が上場しているのだから、いいんじゃないか?という気持ちであった。
面接の日、松田は はじめて蒲田の駅に降り立った。大森は映画館に行くためにおりた事があったが、蒲田は初めてであった。しかし、かつて松竹の撮影所があった街として、憧れに近い思いをこの街に有していた。撮影所は、このときすでに蒲田から大船に越して半世紀たっていたが、それでも、蒲田行進曲という映画を20回見た松田にしては、面接と言う局面にむかうにもかかわらず、映画の街という印象が第一であった。
駅に着くとまず、駅の構内にあったマックで昼食をとった。もっと気のきいた店は、とも思ったが、面接前でもあり、マックに妥協した。時計は12時半。駅からは5分くらいの距離だ。いちおう想定問答集のようなものは作っていて 転職理由とかを、ハンバーガーを頬張りながら、時折、コーラを口の中に流し込んだ。ただ、外資系だから、英語のことはどう答えよう?ふと不安がよぎった。しかし、館山は 英語は必須になってないと言っていたが、そうは言っても外資系だ。口の中で モゴモゴと英語らしきことばを 喋ってみたものの、そこはいつもの楽天的な性格からか、なんとかなる、と結論づけてしまった。
松田はマックを13時半に出た。まず会社の場所を確認しておきたかった。館山からもらった地図をみながら、駅前の大きなロータリーを渡り、京急蒲田方面に大きな通りを歩いていった。バブル前であったが、そしてバブル後も実はそうなのだが、この街の構造自体ほとんど変化していない。ある意味で昭和の街がそこにあるといった感じなのだ。駅ビルこそマックがあったが、通りの両側には昔ながらの喫茶店とかゲームセンターがあり、あとは普通の商店街が連なり、そこへ申し訳けなさそうに 三菱銀行と富士銀行が通りをはさんで屹立し、駅前には三和銀行もあったが、その風体は、新規の出店店鋪とは違い、石造りの銀行然とした建物であった。それは、とりもなおさず、この街が、昔から経済的に動いていたことを物語っていたことに他ならなかった。
さて、目指す会社は300メートルほど歩いたところで右折し、100メートルほど行ったところにあった。一階はモスバーガーとラーメン屋。松田は和風指向のモスが好きだったから、一瞬、後悔もしたが、けっこう 会社の周りには下町らしい雰囲気がただよっていて、心地よさを感じていた。
松田は、少し先の京急蒲田通り商店街を歩き、途中みつけた小さめの書店にはいった。小さいながらも、文庫、新書は最新刊がそろい、新刊の単行本も、あらかた揃っている。専門書がないだけで、必要最小限の本に対する松田の欲求は満たしてくれる、そんな印象だった。
時計を見ると45分になっていた。松田はふたたび商店街を出て、今きた道を戻るように向かった。いよいよ面接だ。
アンテラは、ビルの二階にあった。入るとすぐに内線電話があり、その隣に「御用のかたは、ベルをおしてください」とある。おすと、身長155センチくらいの、化粧はすこし濃いめの女性があらわれた。年齢は松田とさほど変わらなそうだが、妙な色気を振りまく女だな、という印象をもった。
「きょう、2時に面接でうかがう事になっています松田といいますが」
「お待ちしておりました。どうぞこちらへ」
およそ10メートルほど玄関から歩いたところに社長室があった。社内はパーテションで仕切られ、カーペットも比較的値段のはるものらしく、松田の靴が若干ながら 吸い込まれるかんじがあった。もちろん、誰が来たんだ?という好奇の視線を強く感じた。
「社長、松田さんがいらっしゃいました」
 社長室は通りに面した窓際にあり、そのそばで、70センチ近い筐体の移動対電話になにがしか英語で話していた。松田が来た事を知ると、電話の相手になにがしか 挨拶のような言葉をいい、電話を切った。


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