外資系経理マンのページ

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小説(19)


「チャンスじゃない?そういうのって」
 妻の恵のその一言が松田のモチベーション、仕事に対する思いを再び、若干ではあるが、よびおこさせてくれた。恵のひとことにはいつも救われるところがある。
 会社につくと、空いた机が3ついつもと同じ朝日をあびていたが、今日からは違う一日が始まる。松田は自分にそう言い聞かせた。デスクにつき、総務として年賀状を各人ごとに仕分ける。安藤、赤城、安川あての年賀状もあったが、やぶり捨てたい衝動にかられた。そんななか、松田あてにも年賀状が数枚きていて、なかに会計士の安保からのものがあった。
「ことしもよろしくお願いいたします」
 事務所の既製はがきに、自分の手をくわえたものと見受けられた。そう、今年はほんとうにお世話にならなくてはならない、と思った。そのとき、深田の声がした。
「おーい、集まってくれ」
 これまでなら、赤城と一緒に「なんなんだろう」とか喋りながらいくところだが、きょうからは1人だ。といっても、ほかの社員とも2か月めにはいろうとしているとはいえ、組合活動で顔と名前は一致するようになった。
 会議室にはいると、真正面のまん中に深田。そのとなりに、多少ウエーブのかかった髪の毛をした、そして年齢は40代後半といった感じの男が、多少、おどおどした雰囲気で部屋にはいってくる社員をみていた。
「おめでとう。今年は川崎大師もいかなかったから、みんな初めてだな」
 2年前までは、正月二日に蒲田の本社に集まって、川崎大師に初もうでをしていたらしい。しかし、組合発足前夜の去年から、その恒例行事はなくなった。もちろん、この話をきいたところで、このアンテラジャパンが外資系という一般的なイメージで語れないことは松田もじゅうぶんに承知できるようになっていた。
「まず、ここにいるのは川越君だ。今日から副社長としてアンテラにきてもらうことになった。川越君は今後、実務を私にかわってやってもらう。かれは、みんなも知ってるかもしれないが、おもちゃの外資チェーン トイダラケのバイヤーをやっていた。優秀なバイヤーだったというはなしだ。な、そうだったな?よろしくたのむ。じゃあ、川越君」
「優秀は言い過ぎですよ。川越です。みんなよろしく」
社員の好奇の目が川越に注がれた。安藤、安川、赤城のことは特に語られることもなく、自身の進退についての話もない。そして、この川越だ。
 松田の第一印象は、にやけた男、だった。トイダラケといえば日本でも着々と商圏を拡大してきている。そんな会社のバイヤーが副社長待遇で入社するなら、かなりの実力派ということになるだろうし、そうでないなら....。松田としては 「そうでないなら」でないことをひたすら祈りたい気持ちであった。


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