時空の流離人(さすらいびと) (風と雲の郷本館)

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January 22, 2009
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 八幡様といえば、私のような田舎育ちの者には、一番なじみの深い神様である。全国いたるところに祀られているが、その実態は案外しられていないのではないかと思う。八幡神社は、大分県宇佐市の宇佐八幡宮を総本社とし、祭神は応神天皇である。しかし、時代劇で、武士が、神仏に祈る時に「南無八幡大菩薩」と言うように、仏教の菩薩号も与えられている。 「八幡神と神仏習合」 (逵日出典:講談社)は、この八幡神がどのように成り立ってきたかを説いた書である。

○「八幡神と神仏習合」(逵日出典:講談社)


 本書によれば、実は八幡神は元々日本古来からの神ではないということである。我が国の古来の宗教は、神体山信仰であった。宇佐地方にあった素朴な神体山信仰を、新羅系渡来集団が持ち込んだ新羅神に取り込んだ。「八幡宇佐宮御託宣集」に、 「辛国の城に、始て八流の幡と天降って、吾は日本の神と成れり」 という記述があるそうだ。しかし、「八流の幡と天降って」とは、なんだかかっこいい。この新羅神に応神霊が付与されて生まれたのが八幡神だということのようだ。

 この新羅神は、渡来したときから、元々仏教や道教の要素を持っていた。そこに、更に法連による仏教的要素が加わり、ますます仏教的な性格を強めたという。

 明治になるまでは、神と仏の関係はもっと密接だった。神社には神宮寺が置かれ、寺には鎮守の神が祀られていた。これらは、神と仏の境が神仏集合であいまいになったからだと漠然と思っていたが、本書を読むと、ちょっと違うことが分かった。神社に神宮寺があるのは、神が自分が神であることに悩んでおり、その苦悩から逃れるために仏教に救いを求めるという「神身離脱思想」から来ており、寺の鎮守は、日本の神が仏教の諸天のように、仏法を尊び守護するという「護法善神思想」から来ているようだ。一見単に同じ事象の裏返しに見えるようなことでも、突き詰めていけば、それぞれに、面白い思想的な背景があるものである。

 寺社巡りの好きな人は、たまには、こんな本を読んで、寺社に関する蘊蓄を深めるのも良いであろう。 もっと近所の八幡様が身近に感じるようになるかもしれない。

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○関連過去記事
 「はちまん(上)」 (内田康夫)⇒  こちら
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Last updated  January 23, 2009 08:37:34 PM
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