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親父さんは名手だったって聞いてるけど、何で教えてくれなかったん
だろう。
会計が終わり、お客さんの席を片付けながら僕は疑問に思った。
『銀影ちゃんは色んな釣りをやるけど、それも親父さんから教わって無い
って事?じゃあ、全部独学な訳なの』
『そうですねー。親父はほとんど鮎釣り一本だったから、他の釣りと言っても、一緒に行ったのは、渓流の山女とかワカサギとかくらいかなぁ
あと1回だけ親父の付き合いの同伴でハゼに行ったっけ。』
『親父が結婚する前とか、俺が生まれる前は他の釣りもしたらしいんだけど、あまり聞いた事が無いなー。道具は沢山あったけどね。』
彼の親父さんも飲食業をやっていたという。きっとお店の忙しさから
色んな釣りが出来なくなったのかも知れない。僕のように・・・。
彼に背を向け、グラスを拭きながらそう考えていたら、
彼の口から驚く事を聞いた。
『うちの親父は夏になれば鮎に行ったきりで1ヶ月以上も帰ってこない
なんて事もあったからなー。僕らと一緒で狂っちゃったんじゃないかな
鮎に。ハハハ』
『えっ!だってお店やってたんでしょ?』
週に1度しか休めなくて、ただでさえシーズンの短い鮎釣り。
たまの休みに川が濁ってしまうともうがっかりなのだ。
そういう時は遠い川でも出来そうであれば行ってしまうのだが、
シーズンが夏ということも有り、全国的な台風だと諦めるしかないのである。
『そうですよ。お店はやってましたが、とにかく夏以外は滅茶苦茶に
働いて、夏は一気に休むんですよ。
子供ながらに心配になる位にね。俺には(夏は暇なんだよ)
なんて言ってたけど、まさかそこまでして鮎釣りに行こうと
しているなんてね。凄いと思うけど、母親は呆れていましたよ。』
なんと剛毅な人だろうと僕は思った。
体調を崩して何日も休めば常連が減ると思い、実家に帰るのも正月だけに
してなんとか自分の城を守ってきたけれど、世の中にはこんな人もいるんだ
と、僕はオープンしてから変わらない、この店の随分悩んで買った
カウンターの照明を少しばかり見上げていたのだった。