やってきましたシアトル!シアトルではないんですね、実は。実際はシアトルの隣、ベルビューという住宅街。ステキな町です。あのイチローのいるシアトル。現在はイチロー、佐々木がいることで有名ですが、当時は佐々木しか(?)いなかったのであまり知られてない都市でした。マイクロソフト社のお膝元・シアトル。ボーイング社のあるシアトル。有名な物はたくさんありました。 わたしはそんな知識もなく、なんとなくそんな土地へやってきたのです。
そして、ホストは最悪でした・・(毒)いやぁ、ホント最初の印象どおり怖い。マジで怖い。日本じゃ考えられないような規則に従わなくてはならなくて、ストレスの毎日。
1.シャワーは5分以内(ありえない!)
2.シャワーは早朝と夜11時以降は禁止(夜遊びできない!)
3.洗濯は週1回のみ。曜日も決められていた。
↑これらが代表的なルール。他にもいくつかあった。最初は普通に(?)過ごしていたけど、友達の話を聞けば、うちがおかしいんだと気付くのですよ。同額のお金を払っているのにこういう対応はないんじゃないかと。イヤなのはこのルールだけじゃなく、家族の会話。ホストマザー(以下魔女)の娘夫婦も一緒に住んでいて、すごくよく喧嘩していた。それもお金のことで。
だんなサマはかわいそうだった。古本屋で半額の本を買ったのに、奥様に怒られていた。「なんで本なんか買うのよ!もったいない!」などと。本くらいいいじゃん。変な本じゃないんだし。
わたしもその魔女の娘によく怒られた。お腹すいてなくてご飯いらないと言ったら激しく怒られた。「いらないの?」と。そして、聞こえるように魔女に「彼女、ご飯いらないですって!せっかく作ったのに。」みたいに。それで済めばいいけど、さらにひどい時は「どうせ、英語わかってないから何言ってもいいのよ!」と吐き捨てる始末。っていうか、それくらい分かりますって感じでした。しゃべれなくてもリスニングができる日本人はたくさんいるのだ。
インディペンデンスデイについにわたしは体調を崩した。忘れられない7月4日。ホストと過ごす日々は半月過ぎたあたりだった。アメリカでの生活にもなれ、学校も友達ができて楽しくなってきてた頃。独立記念日なのでその日のあたりは連休になるのだ。学校には行かないので家で過ごすのだ。苦痛の日々がつづいた。この日が終われば、学校に行ける。そしたら、また友達にも逢えるし。なんて考えていた。しかし、ストレスで吐き気と腹痛、色んな症状に襲われました。ご飯なんて食べられるはずもなく、授業も受けられない状態。保健室に行き、英語で症状を訴える羽目になるが、そんなに英語も話せなくて胃薬だけが処方された。そして、薬は効かない。もう、死ぬのでは?!とよからぬ想像までした。友達はすごく力になってくれた。
学校から帰って「今日はご飯いらない。お腹痛いから」と伝えたら、やっぱりキレる、ホスト。で、洗濯の日だったんだけど、そんな体力もない。体調が悪いことを分かったらしくとりあえず優しい言葉を掛けるホスト。「何かして欲しいことはある?洗濯しようか?」などと。でも、もう体調が悪い原因がわかっているので、「何もいらないし、洗濯もしなくていい。」と答えた。もう関わりたくないと思った。回復してからは家を変わる準備に励んだ。友達に励まされ、家を出ることを決めた。
つづく・・・