2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
2019
2018
2017
2016
2015
2014
2013
7月
8月
9月
10月
11月
12月
全16件 (16件中 1-16件目)
1

機内では、隣のインド人と話しをした。彼は、インド生まれ、アメリカ育ち。仕事はアメリカで、奥さんと子どもはブラジルにいるとのこと。「アメリカに住んでいるんですか?」このはじめの一言が、彼との会話を広げた。昔の私なら、隣の知らない人にそんなこと言い出さなかっただろう。ニカラグアの生活が、私に少しの勇気と、会話の楽しさを教えてくれたのかも知れない。ニューヨーク到着、朝の6時。ニューヨークは13年前に一度訪れた。そのときは、初めての海外旅行で、右も左もわからず。今回は、アメリカのガイドブックを持っていない。まぁ、なんとかなるか。ブラジル滞在中にネットで予約したミレニアムヒルトンに向かう。タクシーで行くと、お金がかなりかかるので、ニューアーク空港から節約するため鉄道を使う。ただし、今日は日曜日なので、鉄道の本数が1時間に一本・・・。平日は鉄道をおすすめするが、日曜日は避けたの方がいいみたい。ホテルに着くと、まだ部屋が用意できないというので(さすがに午前9時なので)、荷物を預けて出かけることに。ホテルでやっと、ニューヨークのマップを入手。まずは、MOMA(現代美術館)へ。以前は、メトロポリタン美術館をみて、美術館を制覇した気になっていたが、肝心のMOMAを忘れていた。MOMAの中でも、ひときわ感動した作品が、ピカソの「馬をひく少年」の絵であった。描かれている馬の力強さに、引き込まれた。MOMAの後、5番街をぶらぶら。Macストアーにはいると、人がいっぱい。さすがにiPhoneは、AT&Tとの2年間の契約が必要なため断念。その後、コロンブス広場の地下にあるスーパーで昼食。ここでは、総菜はかり売りがあり、何週間かぶりに青野菜にありつけた。そのあと、SOHOあたりをぶらぶら。ホテルの近くまで戻って、ホテルの隣のCentury21というディスカウントショップへ。確かに服とか安くなっているが、あまり品は良くないし(まぁアウトレットだし)、第一、まったく試着不可なので、ほとんど何も買わなかった。ホテルに戻って、やっとチェックイン。すごい!部屋が広い~。液晶TVもあるし、ベットがふわふわ。しかも、40階なので、眺めがすごい!目の前は、ワールドトレードセンターである。あのテロがあった現場である。(朝撮影)現場では夜中も工事が行われていた。この場に、いろんな建物が建つ予定みたいだが、まだ何も建っていない。なんだかんだ、ニューヨークを歩き回った一日だった。
Mar 15, 2009

ブラジル最終日。朝の天気は・・・。くもり、でもだんだん晴れてきた!とりあえずチェックアウトした後、ビーチへ。今日は土曜日だけあって、ビーチの人の数が半端でない。早めにビーチで場所を取ったので良かったが、正午になるとびっしり。<イパネマ海岸、コパカバーナ海岸の誤解>・その1ビキニのお姉様方がいっぱいで、ブラジル人は過激!ではありません。ちなみに、この海岸、ほとんどが外国人なので、どっちかというと、ブラジル人以外の方が過激かも。・その2海岸は綺麗で、静かな高級リゾートビーチ!ではありません。売り子がひっきりなしに、「ビールビール!」など大声で通っていって、静けさなんてありません。ですので、ここの海岸は、うるさくて、波も高くて、盗難の危険もあり、荷物から目が離せないので、私はあまり好きではありませんでした。唯一、山並みの景観が独特なので、そこが好きかも。ビーチは、タイのクラビやタヒチなど静かで自然あふれるビーチの方が好きです。(お気に入りの食堂 Sindicato do Apoador で昼食)15時にホテルに荷物をピックアップして、空港へ。空港内の土産屋は、一気にレアル表示からUSドル表示にかわるのでびっくり!18時、サンパウロへ。サンパウロの空港では、もう一度カイピリーニャのお酒が飲みたいと思い、待合い時間にゴクリ。その後、ニューヨークへ。
Mar 14, 2009

朝から調子が悪い。寝冷えか、昨日飲んだペルーで買ったビタミン剤のせいか。ダウン。でも、3時間後には復活。今日も観光だ!今日は、ボンジアスーカル(砂糖パン)と名のついた丘に出かけることに。またまたローカルバスに乗るが、やっぱり混んでいて、到着まで1時間。ここには二つの丘があり、それぞれの丘にロープウェイがかかっている。44レアル(2000円)、値上がりしていた。こんな高いところを、綱渡りした芸人もいたそうで・・・。ちなみに、007シリーズにも、このボンジアスーカルは登場している。頂上からは、リオデジャネイロ全景が見渡せる。お昼はおなかの調子を整えるため、中華料理。14レアル(600円)ほどで昼のランチが食べれた。その後、ビーチでボーッとする。夕方から大雨だ。雷の音があちこちから聞こえる。インターネットカフェに行って、ネットをみたら、明日の天気予報は雨。えーっ。。。明日一日は、ビーチを満喫しようと思っていたのに・・・。夜は、この前行った近くのお気に入りの食堂で、トンカツ定食15レアル。ブラジル原産?のアサイという椰子のジュースを飲んだ。おいしい!なんせ、ビタミンや鉄分が豊富に含まれているとか。ちなみにリオの街中には、ジューススタンドが多く、生ジュースが3レアル(120円)くらいで飲める。夜は奮発して、ボサノバの生ライブを聴きに行った。チャージ38レアル(1600円)。「カイピリーニャ」というブラジルのお酒を初めて飲んだ。カイピリーニャ=すりつぶしたライム+グラニュー糖+ラム酒おいしい!生ライブは女性の歌い手だった。メジャーな曲は聴けなかったが、本場で生で聴けて良かった。夜には雨があがった。明日晴れますように。
Mar 13, 2009

ホテルの目の前がビーチなので、朝食の眺めは最高だ。イパネマ海岸は高級リゾートホテルが林立しているのかと思っていたが、実はそうではない。もともとここは、高級住宅街なので、家(マンション)の数の方が圧倒的に多い。イパネマの住人は朝が早い。多くの人が早起きして、海岸沿いを走っているか、犬を連れて散歩している。本当に犬の散歩が多い。(犬とともに海を眺めている青年)また、イパネマ海岸、コパカバーナ海岸ともに波が高い。だから、泳ぐのにはあまり向いていない。どちらかというとサーファー向きで、多くのサーファーを見かける。さて、いよいよリオデジャネイロ観光開始。今日は、コルコバートの丘とセントロに行くことにした。コルコバードの丘とは、世界の7不思議にも選ばれている丘の上に立つ巨大なキリスト像のある丘である。ホテルからバス停まで歩いて、バスを乗り継いでいくが、とにかくバス路線の数が多いのと、バスの数が多い。アジア以上にごちゃごちゃしていて、バス停もあるようで、しかし、手を挙げればどこでも止まってくれるし、まぁ、ごちゃごちゃ、大渋滞である。ともあれ、バスで1時間、そこから電車でやっと着いた。でかい!そして、ここからはリオデジャネイロの街全体が見渡せて、とても綺麗だ。(蒸し暑さを除けば、最高)その後、セントロ(中心街)に向かう。リオデジャネイロは、サンパウロと同様、移民の影響か、日本料理屋多い。そろそろ日本料理でも、と思って尋ねたら、「食材がなくなっちゃったわ」と言われ、日本食にありつけず。中心街は、発展し続けている都市といった感じだが、鮮麗されているわけではなく、ごちゃごちゃといった感じ。浮浪者も多く、リゾート海岸とは違った雰囲気。まずは、カテドラル(教会)を尋ねる。外観はモダンだが、中に入るとステンドグラスがとても綺麗だ。その後、カトリカ水道橋へ。ここは予定していなかったが、パンフレットで写真を見て、「これ見たい!」と思って尋ねた。ちょうど水道橋の上を電車が通っていった。警察も所々にはいるが、ちょっと落ち着ける雰囲気ではないので、早々とセントロを去る。地下鉄でコパカバーナまで移動。窓口で買うとカード型の切符をもらう。それを入り口で落として通る。つまり、どこまで行っても同じ料金。コパカバーナの街で、シュラスカリアの店に入る。シュラスカリアとは、日本でも知れたシュラスコ(お肉)の食べ放題である。25レアル(1000円)ほどであったが、そんなに食べれる物ではない。次から次へといろんな肉が回ってくる。食べた中では、Corazon(あえて訳しません)がおいしかった。その後、街中のアイスクリーム屋へ。1コーン3.5レアル(150円)。オレンジシャーベットを食べた。おいしい!夕方はビーチでボーッと。イパネマの海岸に、ぽつぽつと明かりがつき始める。
Mar 12, 2009

昨日の晩、イグアスからリオデジャネイロに着いた。リオデジャネイロは雨だった。Hotel Apoador Innというネットで見つけたホテルにチェックインした。しかし、昨晩は眠れなかった。夜の浜辺を歩いた。危険かもしれなかったが、なぜか部屋にいるのが気持ち悪かった。今朝、部屋を変えてもらった。昨日の部屋はたばこ臭かった。朝食を食べて、ぼーっとする。このホテルのいいところは、目の前がオンザビーチ。有名なコパカバーナ、イパネマ海岸でも、実は、海とホテルの間には大きな国道が走っている。しかし、コパカバーナとイパネマ海岸の間に位置するこのホテルだけは、唯一目の前がビーチなのである。このホテルの良さは立地だけであろう。(部屋はおすすめできない・・・)ビーチ前でぼーっとしていたら、チリ人の画家に声をかけられた。彼は、私を含めたかいがんのえを描いていた。売ろうとしているのか・・・。(絵はうまいが)まぁ、適当に話して。その後、イパネマ海岸の街を散策。街中のCD屋で、ボサノバのCDをたくさん視聴して、5枚買った。DVDも一枚買った。ボサノバが生まれたブラジル。「イパネマの娘」をイパネマで聴く。ボサノバってこの海岸があるこの街だからあうんだな~と感じた。ちなみに、こちらでよく売られているCDの中にも、小野リサさんはたくさん入っている。すごい!有名なんだ。それにしても暑い!温度計を見たら37度だった・・・。街中のレストランは高い。少し外れた街中の食堂で、牛肉定食(13.5レアル:600円)を食べる。(やっぱりお肉はおいしい!)(やっぱりブラジル。サッカー大好き)夕方、ビーチでボーッと。陽が落ちると、大きな月が現れた。
Mar 11, 2009

今日の夕方のフライトで、リオデジャネイロに戻る。夕方までどうしよう・・・。本当は、アルゼンチン側のイグアスの滝をみたかった。しかし、ホテルからのツアーで行くと、安くあがるが夕方のフライトには間に合わない。タクシーをチャーターすると、140レアル(6000円)かかる。友人に電話した。「次にイグアスの滝を見に行くとしたら、また40万かかるよ」友人のことばが、背中を押した。行こう!ホテルのツアーの人の手配が早く、なおかつスペイン語が通じたので、すんなりタクシー、というかツアーの貸し切り車に乗れた。15人用の車に、運転手のホルヘさんと私の二人。ホルヘさんは、アルゼンチン人(スペイン語圏)だったので、道中、ポルトガル語授業を頼んだ。スペイン語でのポルトガル語授業は楽しかった。ブラジル側からアルゼンチン側に移動するが、国境での手続きも全部彼がやってくれた。ツアーって楽だなぁ~(ツアーの良さをはじめて実感)楽しいポルトガル語授業もあっという間で、1時間で、アルゼンチン側の滝の入り口に着いた。アルゼンチン側の見所はいろいろ分かれていて、なおかつ、30分に一本しか出ない電車でしか行けないので、注意が必要。効率よく見るためには、電車の発車時刻を押さえておくと良い。まずは、アルゼンチン側の最大の見所「悪魔ののど笛 Galganda del diablo」である。すごい。その迫力に、ただただ見とれる。向こう側には、昨日のブラジル側の観光ポイントも見える。次に、第2のポイントへ電車で移動。時間的に第3のポイントは無理だろうと、ツアー受付の人に言われていたが、なんとか第3のポイントにも。(アリも大きい!!!)入り口のレストランで、ビュッフェ(35レアル:1500円)を食べる。不思議なことに、ブラジル側の滝(ポルトガル語圏)ではスペイン語をよく耳にした。アルゼンチン側の滝(スペイン語圏)ではポルトガル語をよく耳にした。逆である。それだけ、対岸に行く観光客が多いということだろうか。14時半の迎えにちょうど間に合い、ホテルに一度戻る。途中まではスペイン語で、イグアスの滝についてや、アルゼンチンの経済状態などについて話す。アルゼンチンには、フォードやFiatなどの自動車工場がたくさんあるようだ。国境を越えてブラジルにはいると、「ここからはブラジルだから、ポルトガル語で話そうね」とホルヘさん。道に現れる標識を見て、「これはどう意味かな?」とホルヘ先生。楽しい授業だった。ホテルで荷物をピックアップして、空港まで送ってもらう。ホルヘ先生と固い握手を交わした。ありがとう、ホルヘ先生。やっぱり旅は、人との出会いがあるから楽しいんだ。そう実感できる一日だった。
Mar 10, 2009

リオを夜出発して、リオデジャネイロに早朝到着。空港内で、ブラジル人(ポルトガル語)がスペイン語を勉強するための本(単語帳)を購入。そして、空港内のカフェで朝食。コーヒーには、エスプレッソしかない。パンは、何かな~と思って頼んだら、ポンデケージョ(チーズパン)だった。ポンデケージョは熱々でおいしい。コーヒーは、やっぱりエスプレッソだからかなり濃いが、おいしい。その後TAM航空に行って、イグアスの滝のあるイグアスまでの航空チケットを購入。以前から、ネットで料金をみていたが、往復で7万近くする。やめようかと何度も思った。けれど、ここまで来たんだ。7万払って、航空券を購入。イグアス行きのフライトの中では、隣のおばさんと話した。元イグアスの滝ガイドで、今はドイツに住んでいるブラジル人。イグアスの見所や情報を教えてくれた。空港からバスでホテルへ。バスは2.1レアル(90円)。昨日ネットBooking.comで、HotelSanMartinを170レアル(8000円)で予約。ホテルではスペイン語が通じた。「ここは国境の町だから、スペイン語も必要だからね」とフロントのおばさん。スペイン語で、少し話しがはずんだ。ここのホテル、すっごく広い。隣は野鳥園があって、中庭が森みたいだ。プールまである。部屋にはいると、ベットが3つ。お~っ。バスタブまである。バスタブをみるのは2週間ぶり。あとでゆっくり入ろう。シングルを予約したのに、ファミリータイプの部屋にしてくれたみたい。このホテルから、ブラジル側のイグアスの滝までは歩いて10分。入場料21.5レアル(850円)。入り口から2階建てバスに乗り、途中の駅から歩き始める。滝が見えてきた。神秘的だ。アメリカ、カナダのナイアガラの滝を見たことがある。だから、イグアスの滝はもういいか、と思っていた。しかし違う。ナイアガラの滝は、やっぱりアメリカっぽく、ドーーーーーーーッ、とアクションっぽく流れる。しかし、このイグアスの滝は、1,国立公園の中にあって、大自然の中の一部2,いくつもの滝が流れている3,世界遺産に登録だけあって、ナイアガラの滝とは全然違うイグアスの滝は、ブラジルとアルゼンチンの両国に接している。向こう側には、アルゼンチン側の観光客も見える。(これ、イチョウではありません。蝶です)イグアスの滝のすばらしさを、表せることばが見つからない。みとれるとはこういうことを言うのかもしれない。いつまで見ていても飽きなかった。来て良かった。
Mar 9, 2009

朝から、Fuego de Borbora(花火)の音がうるさい。Hotelが街中心の広場に面しているので、そこで毎週日曜にはイベントがあるらしかった。朝食を食べて、街を散歩する。「12角の石」との名前の通り、本当に12個、角がある石を見つけた。間にはカミソリ一枚入らない。すごい石の技術だ。写真を撮っていると、写真を撮らないかと原住民が声をかけてくるが、断る。撮りたいなんていうと、どんだけ料金をふったくられることやら。(これは普通に歩く原住民の人)空港までタクシーを拾う。ペルーのタクシーははじめに交渉して乗るので、ことばができるとありがたい。タクシーの運転手と、クスコの文化や、現在の経済状況について話し合った。空港でチェックインをすませる。南米の空港会社は、どこも搭乗券がレシートである。コスト削減であろうか。しかも、レシートにはバーコードが印字され、搭乗手続きのの時には、バーコードリーダーで読み取られる。日本より進んでいるかもしれない。11時。搭乗時間30分前になってもゲートが開かない。尋ねてみると、「機材の調整のため、お知らせできるのは午後1時になります」と。えーーーーーーーーーっ。飛ばないんじゃん!!!困る・・・困ります・・・。今日の夜のフライトで、リマからリオデジャネイロに行くのに。いろいろ航空会社の人に尋ねてみたり、ゴリ押ししたりするけど、飛行機がないためどうにもこうにもならないらしい。12時半になって尋ねてみると、「みなさんの搭乗は、午後2時頃になります」と。いかん、油断していた。ここがニカラグアなら、彼らの言うことを信じずに、いろんな人に交渉するのだが、ペルーなので(ペルーはニカラグアと違ってかなり<教養のある人=常識が通じる人>が多い)安心していた。動かねば。別のフライトで、13時のフライトがあるので、そこのゲートに言ってしゃべり倒す。しかし、WEBで一番安いチケット(ランクが下)を買っているので、優先度は低い。13時だ。「あと席は一つ」。航空会社の人たちのことばが飛び交う。あ~乗れないか・・・。そう思ったときに、「行きなさい」と航空会社の人に言われた。あ~最後の一席に乗れた・・・。ほっ・・・・。乗る前に、日系のお母さんに「13時のフライトにぎりぎり乗って帰るから」と電話。リマには15時前に到着。空港にはなんと日系のお母さんが迎えに来てくれていた(涙)。日系のお母さんの家で、お昼ご飯をごちそうになって、少し休んだ。その後、また空港まで送ってもらった。空港には、日系のお母さん、そしてその娘、その家で下宿している女性の3人が来てくれた。今日のお昼代と、休憩代を払おうとしたら、「いらない、いらない」といわれた。見知らぬ日本人が急に来て、3泊だけしたのに、こんなにお世話してくれて、とってもありがたかった。「また来てね」また来たい。旅は、人と人を結びつけてくれる。そして、次の旅は、その人を訪ねるためにはじまるような気がする。
Mar 8, 2009

お昼はアグアカリエンテス村で。メイン通りは、外国人向けで、一品800円くらい。ボトルの水も、外国人なら倍になる。少し離れた、現地の人の村まで歩くと、ランチセットが180円だった。アグアカリエンテス村から、オリャタイタンボまで電車。ちなみに、この電車も国際学生証があれば半額・・・。あ~学生なのに・・・。オリャタイタンボからクスコの街までタクシーで50ソル(1500円)。6ヶ月の赤ちゃんを連れたお母さんも同乗。タクシーの運転手が駐車違反をしてたらしく、警察に止められた。そこにお母さん、「赤ちゃんが急病なの。早く病院に連れて行かないと」もちろん嘘である。全世界、考えることは同じである。マチュピチュに来て良かったのは、遺跡もあるが、このオリャタイタンボからクスコへの道である。ヨーロッパのような田園風景が延々と続き、本当に見ているだけで心が落ち着く。ここでは、たくさんの野菜やお茶が栽培されているとのこと。クスコでは、アルマス広場前の「Hotel Virrey」に泊まる。場所もいいし、部屋もきれい。一泊30ドル。無線LANもあるし、熱いシャワーもでる(これは受付に言わないと出ない)クスコ内の街並みは綺麗。街全体が世界遺産である。しかし、標高3400メートル。マチュピチュより高い。走ると、ゼイゼイ。階段登ると、ゼイゼイ。民芸品市場まで行く。クスコは、たくさんの民芸品を売っている。リマでも、マチュピチュでも買わず、我慢していた。残念ながらカメラをおいてきたので、写真に収められなかったが、一畳ほどの店が100くらいひしめき合っている。ここで、ポンチョと帽子、手袋、織物などを買った。もちろん値段はないので、交渉次第である。こういうとき、ことばができると楽しい。駆け引きだけでなく、「なぜスペイン語ができるの?」ってところから話しが広がる。糸を草木で染めて、手編みの帽子や手袋を作っている現地のおばちゃんとたくさん話した。話してみると、実は、すごーい技術者&織物の教祖であった。晩ご飯、何を食べよう。一通り、ペルー料理は満喫したし。ファーストフードに挑戦することにした。友達が、Bembos(ベンボス)というマクドナルドよりおいしいファーストフードがあると教えてくれたので、ホテルの横にあるBembosへ。ちなみに、マクドナルドのハンバーガーは、今まで一度も食べたことがないので、ちょっととまどうが、味はおいしかった。
Mar 7, 2009

朝4時過ぎに起床。荷物の準備をして、5時に受付に降りる。受付に・・・誰も・・・い・な・い。仕方ない、置き手紙をして、いらない荷物を置いて出かける。が、入り口に外から鍵がかかっている・・・。出られない!!!え~~~~っ!!!あらゆる出口を探すが、どこにも見つからず、誰もいない。どうしよう・・・。朝一番の5時半のバスに乗らなければ、マチュピチュの朝日は拝めない。そのために、ここまで来たのだ。唯一、2階のベランダから飛べそうだ。でも高い。どうしよう…。足がすくむ。でも迷っている暇はない。ここまで来たのだ。5時半のバスに乗る!!!えーいっ。無事着地。あ~日頃から鍛えてて良かった(^^)急いでバス停に向かうが、すでにすごい列。昨日、バス会社の人に尋ねたら、「22台も来るから大丈夫よ」って言ってた。無事バスに乗って、山上のマチュピチュ遺跡へ。くねくね道のハイランビンガムロードを登っていくのは、神秘的だ。入り口に着くが、また長蛇の列。朝6時15分なのに・・・。入場して、急いでワイナピチュというマチュピチュ遺跡の隣にある山の入り口まで行く。ワイナピチュは、マチュピチュ遺跡を上から眺める絶景のポイントだ。しかも、一日の入場制限が400人と限られている。入場整理番号が100番であった。5時半のバスに乗らないと、ワイナピチュに登るのは、まず無理だろう。7時にワイナピチュに入る。ワイナピチュ、はっきりいってなめてました。標高2400mからさらにその上のワイナピチュ。登るのはかなり大変です。ちゃんとした運動靴でしか登れないほど、急な傾斜を登ったり下ったり。汗だくだくで、1時間半。途中、死にそうな人、カップルを何人も見ました。私もその一人。でも、ワイナピチュの上から眺めるマチュピチュ遺跡は・・・その疲れも吹き飛ばしてくれるほど、絶景でした。その後、マチュピチュ遺跡内を見学。ちなみに、マチュピチュ遺跡の橋からも、綺麗な全景を収めることができます。体力に自信のない方は、ここでもいいかも。マチュピチュ遺跡を後にして、アグアカリエンテス村に戻る。
Mar 7, 2009

朝早く、お世話になっている日系のお母さんに、空港まで乗せていってもらう。リマの空港では出国税を別に払わなければいけないので注意。飛行機の中で、持ってきたDVDを見た。NHKの「世界遺産 マチュピチュ」である。よくできているDVDで、歴史などがよくわかった。おすすめである。リマからクスコに到着。飛行機の中にガイドブックを忘れるというトラブルがあったが、ここはクリア。やはり言葉ができると、問題がおきてもすぐ対処できるので楽である。クスコの空港は標高3400メートルのところにある。空気が薄い。タクシーと交渉して、空港からオリャタイタンボというところまで、60ソルで(1800円)。そこでちょっと昼食。地元の人が食べている露天で注文。(スペイン語ではなくケチュア語を話す地元の人たち)鶏の煮込み、6ソル(180円)。オリャタイタンボから電車でマチュピチュのふもとアグアカリエンテス村に向かう(バックパッカークラス34ドル)。アグアカリエンテス村はクスコより低く、標高2200メートルくらい。一般的に3000メートルを超えると、高山病が起こりやすいそうだ。宿は特に決めていなかったが、駅の近くのHospedaje Parqueに50ソル(1500円)で泊まることに決めた。途中、雨が何度か降る。マチュピチュは雨の季節である。でも、現地の人に聞くと、雨が日中降れば、翌日の午前中は降らないよって言ってた。明日は晴れますように。ここ、アグアカリエンテス村では、マチュピチュ遺跡の入場券を買うことができる。大人は4000円くらい。学生は半額になる。あ~国際学生証作ってくれば良かった。明日のマチュピチュ遺跡までのバスのチケットも買う。往復14ドル。これも学生証があれば半額・・・。食料を買い込んで、今日は早めに寝ることとする。↓見つけたオレオのイチゴヨーグルト味。たぶん日本にはない?おいしい!!
Mar 6, 2009

お世話になっている日系のお母さんが働いている市場に出かける。市場の中で、セビッチェ(マリネ)が食べれるところを紹介してもらう。魚のセビッチェと、魚のフライ、パパアラワンカイーナとインカコーラ。インカコーラとは、ペルーオリジナルの微炭酸ジュースだ。インカコーラ=キリンレモン-炭酸+砂糖といったところ。全部で11ソル(330円)。おいしかった。その後、ペルーの旧市街Centro(セントロ)に向かう。カテドラル(教会)や旧市街の街並みを楽しみながら、明日のクスコ行きの航空券支払いを済ませる。LAN航空は南米中心の航空会社で、HPで航空券を購入する。購入する人は、日本のクレジットカードは使えないので注意。Metroという支払いを選択し、請求書を印刷。その後、リマ中にあるスーパーのMetroで、現金かクレジットカードで支払いをする。そして、24時間前から搭乗券は自分でネットから印刷するのである。ちょっと進んでいるようで、ちょっとめんどくさい。話しはかわるが、私は日本の公立学校で、外国人児童生徒に対して日本語支援や生活支援を行っている。ペルー人の女の子をこの2月まで受け持っていたが、彼女のおじさんがリマにいるということなので、会うことにした。スタバでコーヒーを飲みながら、姪っ子の話や、日本、ペルーの話をした。ここでも不思議な人との出会いがあった。人は世界中でつながっているんだなと感じた。<追伸> T.Mさん、スタバにはペルーオリジナルのタンブラーはありませんでした(>_
Mar 5, 2009

まずはブラジル大使館に向かう。日本のパスポートは、わりとどこでも行くことができるくらい信用されている。しかし、ブラジルに入るにはVISAが必要だと、出発の2週間前に知った。日本で申請したのでは間に合わないので、ここペルーのブラジル大使館で申請することにしたのだ。とりあえずブラジル大使館で申請に必要なものを確認し、VISA用の写真をとり、VISA申請代金を銀行に払う。ペルーのブラジル大使館でVISAをとる人は、申請は朝、受け取りは夕方になるので注意。通常3日以上かかるとあるが、日本人だからだろうか、明日にはできると言われた。日本人って、いや、日本のパスポートってすごい。ミラフローレスという地域に向かう。海岸沿いに綺麗な公園が続いており、ショッピングモールがせり出している。日本よりも都会、というか素敵だ。Calle(通り)を歩いていて、地元の人がたくさん入っているComedor(食堂)に入った。前菜とメインと飲み物のランチセットで7ソル(210円)。パパアラワンカイーナ(パパ、洗わんかいな?)とPollo(鶏)のセット。おいしかった。ちなみに、ペルーは、トマトやジャガイモ、トウモロコシなどの発祥地である。
Mar 4, 2009

エルサルバトルからペルーのリマまで直行。機内は満席。右隣のお姉さんはアメリカポートランドからおばあちゃんの90歳を祝うため帰国。左隣のおばあちゃんは、アメリカのサンフランシスコから。みんな長旅だ。空港を出たら、旧友が迎えに来てくれた。彼は、ドミニカ共和国に派遣された青年団の一人で、現在はペルーの大学でスペイン語を勉強している。明日日本に帰国するとのことで、ぎりぎり再会することができた。彼が滞在している日系人の家にお世話になった。とても素敵な日系のお母さん。夜遅くまで、彼と近況について話し合った。以前とは違う国で再会できたことを幸せに感じた。明日はペルーの首都リマの散策だ。
Mar 3, 2009

レオンを離れ、マナグアに向かう。マナグアのバス停で、旧友と再会する。彼女は、協力隊派遣前訓練で同じスペイン語のクラスだった人。彼女はボリビアに派遣されたが、まさかここニカラグアで再会するなんて思っていなかった。夜は久しぶり?にグルタミン酸が恋しくなって、韓国料理に出かけた。ここでも、旧友と再会。彼女はニカラグアの隊員で、現在はニカラグアの日本大使館に勤務している。ニカラグアのビールTona(トーニャ)を片手に、昔話や現在、そして将来について話し合った。それぞれの進路が違っても、ここニカラグアで、昔の話ができることを幸せに感じた。翌日、空港まで送ってもらう。3,4年がかりでできた空港だが、ちょっと無機質に感じた。プロペラ機でエルサルバトルに向かう。途中いくつものVolcan(火山)が見えた。レオンの街も見えた。さようなら、そしてまたいつか。
Mar 3, 2009

何年ぶりのブログ更新だろう。改めてブログを書こうと思ったのは、今、ニカラグアにいるから。そして、旅で感じている今の気持ちを残しておきたいからかもしれない。2009/2/27に成田をたつ。当初は、ペルーとブラジルへの旅行を考えていた。ニカラグア行きは迷ったが、チケットが10万プラスになるので、あきらめていた。しかし、日本のラジオから流れるスペイン語の音楽をきいて、ニカラグアで生活したときの思い出が鮮明によみがえった。「やっぱり行こう」2/27同日に、ニカラグアの首都、マナグアに着いた。夜のマナグアは、何もかわっていないように見える。ニカラグアの友人が空港まで迎えに来てくれた。遠く離れていても、かわらず覚えていてくれる友人を大切にしたい。2/28はサンマルコス。はじめてのホームステイ先の地だ。連絡がつかなくて不安だったが、再会を果たせた。はじめてのホームステイが、2003年だから6年も前。子どもたちもみんな大きくなっていた。その後、3/1に任地であったレオンへ。第2のホームステイ先である家族とも再会できた。残念ながら、自宅は全てスペイン人に貸しているため、ホテルを押さえてくれていた。そして、3/2に職場であるレオン市役所へ。「あ~Yoichi!戻ってきたの!うれしいわ!また働けるの?」再会する人みんなが、私の名前を呼んでくれる。レオンを最後に離れてからもう4年が経つのに、私の顔を見ると、驚きながら、私の名前を呼んでくれた。今日は何人の人と、ハグをし、挨拶をかわしただろう。30人、50人、いやもっとかもしれない。自分が確かに、ここに存在したんだ。ここで確かに、彼らと時間を過ごしたんだ。そう思える一瞬一瞬が、とてもうれしかった。ニカラグアに来て良かった。そう思える大切な時間だった。
Mar 2, 2009
全16件 (16件中 1-16件目)
1


