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ミコノス。海辺のタベルナから見た夕陽です。
2012年12月22日
夏、雨が少ないギリシャ。猛暑と乾燥の影響で、山火事が多数発生しているそうです。ギリシャで山火事頻発被害が広がらないことを祈ります。
2012年07月20日
もうすぐ、ロンドンオリンピックが始まります。写真は2004年、アテネオリンピックの聖火です。
2012年07月19日
すっかりご無沙汰しております。最近はこちらのブログでイギリスの写真を中心に更新しています。http://eliaolive.exblog.jp/こちらもよろしくお願いします。
2012年07月19日
ミュージカル「MAMMA MIA!マンマ・ミーア!」は、ギリシャの島が舞台です。日本では劇団四季が上演しています。ABBAのヒット曲の数々を取り入れた舞台構成で、ベスト盤を持っている私にも聞いたことのある歌ばかり。ABBAのファンという観客の方も多く、楽しい舞台でした。 ギリシャの島で(ミコノスみたい)ホテルを営む母と結婚式を控えた娘を中心にストーリーが進みます。英語版も見てみたいものです。白い建物と石畳は、キクラデス諸島だと思われます。ギリシャの島へ行きたくなります。
2007年10月01日
今日のTBS系「世界ふしぎ発見」は、ギリシャのスパルタがテーマです。 映画300の舞台です。 スパルタへは、2004年の夏に行きました。過去の栄光をしのぶ遺跡も人気がなく、ひっそりとしていて、こじんまりとした落ち着いた町でした。 スパルタといえば、ギリシャ神話で忘れてはならないトロイア戦争のきっかけとなった世界一の美女ヘレネにゆかりのある土地。映画「トロイ」も先日テレビで放映されていましたが、スパルタ王メネラオスの妻へレネが、トロイの王子パリスと共にトロイへ去ったことから、ギリシャ対トロイアの戦いが始まった、と言われているのです。
2007年06月02日
春に旅したギリシャでの最大の目的地は、世界遺産に登録されている「メテオラ」でした。400mにも達するという険しい岩山の上にギリシャ正教の修道院が建っています。メテオラという言葉はギリシャ語の「宙に浮かんだ」という意味に由来するのだそうです。 その名のとおり、天空に浮かぶようにそびえる姿は、不思議な光景でした。私自身「ラピュタみたい・・・」と思っていたのですが、「天空の城ラピュタみたいな」と写真を見た方に表現されました。 まさに「絶景」でした。
2007年05月20日
この春、3年ぶりにギリシャを訪れました。今回は、母と二人の親子の旅。なつかしい人達と再会し、再び、さんざんお世話になりながらの楽しい旅でした。 久しぶりにページを開いたら、ずいぶん機能が増え、驚いてしまいました。現在、友人とHP作成などを進めており、今後もこのブログはあまり更新はできないと思います。折りに触れ、ギリシャの話題をご提供できればと思います。見てくださっていた方々に感謝いたします。
2007年05月06日
旅先で手に入れたものを持ち帰って、眺めていると、旅のドキドキやわくわくがよみがえってくる。毎日の暮らしの中で、いつしか日常に溶け込んでいくものたち。 そんな、旅と暮らしをテーマにした素敵なイベントが青森で企画されています。 「暮らし、暮らす。」展。 作る+旅する=いつもの暮らし。 リネンで作る暮らしの雑貨と、東欧やパリの旅で集めた雑貨たちが作り出す世界。いつもの暮らしを楽しくしてくれそうな提案がいっぱいです。お近くの方はぜひどうぞ!
2006年09月18日
今年は9月にギリシャへ行こう!と計画していたのですが、残念ながら行くことができなくなりました。 先日、ギリシャ料理店へ行き、久々にギリシャ料理とギリシャビール、ギリシャワインを味わい、なつかしい味を堪能しました。 メニューは・・・ グリークサラダ、ムサカ、スブラキ、サガナキ・・・と、定番のギリシャ料理ばかり。白と赤のギリシャワインを飲み、学生時代の友人たちとの話も弾み、楽しいひとときでした。あまりに会話が面白く、大笑いしていて声が大きくなってしまったのも、ギリシャ流? 少々うるさかったかもしれませんが、楽しい時間を過ごせました。ギリシャワイン
2006年09月14日
今年は、ギリシャへ行く予定です。電器店へ行くと、東芝がテレビでギリシャの映像を流しているようで、ミコノスやサントリーニの鮮やかな風景が映し出されていました。 写真は、サントリーニ島、フィラの街で、崖の上から海を望んだものです。
2006年07月05日
なんだか急に暑くなってきました。ギリシャの青い海をなつかしく思い出しています。
2006年06月07日
このところ、困ったコメントや書き込みがあり、不本意ですが、書き込みやコメントを受け付けないことにいたします。 日記へのコメントなど、楽しみにしていたので、残念です。ご了承ください。
2006年06月06日
来日中のギリシャでお世話になった日本人女性Mさんと、親戚のギリシャ人女性リリーさんと、もう一日お会いすることができ、私の母と一緒に、出かけることになりました。 母の提案で出かけたのは、ビール工場。私は行ったことがなかったのですが、母が面白い、とすすめ、お二人も興味があるということで、行ってみることになりました。 ぎりぎりに家を出たら、途中、工事中で私が15分も待ち合わせに遅れてしまうという失態を演じてしまったものの、お天気もよく、途中、麦畑や緑に囲まれた湖が見えたりと、なかなか快適なドライブでした。 私が遅れたせいで、工場に着いたのはちょうどお昼前。しかし、12時からの見学は、私達4人だけで、ゆっくり説明してもらえました。 ビールの原料の大麦を食べさせてもらえたり、ホップの香りをかいだりと、体験しつつ工場内を見学しました。見学旅行なんて高校生以来のことで、なかなか面白く過ごしました。お二人も興味深く見ていらっしゃいました。リリーさんは、その工場を訪れた初めてのギリシャ人、ということです。工場では、ビールだけでなく、コーヒーやミネラルウォーターなども作っていて、次々とボトル詰めされていく様子は圧巻でした。 最後は、お楽しみの、試飲体験。ビールや清涼飲料水を3杯まで試飲できるのですが、ビール2杯目の途中までしか飲めませんでした。友人に、「ビール工場のビールはうまい」と聞かされていたのですが、確かにできたてのビールはおいしく、ふだんあまりビールを飲まないというMさんも「おいしい」と飲まれていました。 その後、工場敷地内にあるレストランで、当然ビールとともに、乾杯。ぜひまたギリシャへおいで、という言葉に、母も一緒に行こうかな、という話になりました。 工場からは、直行の無料バスに乗って帰りました。行きと違う道で、川の流れや、新緑が美しく、リリーさんは、さかんにカメラを回していました。 母は先に帰り、私はお二人と、神社へ行きました。その後、用事を済ませてから待ち合わせ、中国茶の店へ案内しました。中国茶の専門店は初めてだったそうで、工夫茶(でしたっけ?)と花茶を試していただきました。楽しんでもらえたようでよかったです。 またギリシャで会いましょう、と言って別れました。ギリシャでお会いしたMさんと、すれ違いで会えず、日本で初めて会えたリリーさん。日本で一緒にいるのが不思議なような、でも自然なような、ひとときでした。 今年は、ギリシャへ行くしかありません。
2006年05月13日
このところ、なんだかギリシャづいている。偶然、ギリシャの映像を電器店で見かけたり、ギリシャでロケが行われたCMに使われていた歌を耳にしたり。 そんなとき、携帯に残された留守電を再生すると、なんと、ギリシャでとてもお世話になったMさんが、日本へ来ているという。さっそく連絡をとって、先日お会いした。 日本で会っているのが不思議なような、でも、自然なような気もしながら、楽しい時間を過ごした。 強まっていたギリシャへ行きたい気もち、ますます強くなるいっぽうだ。できることなら、今すぐ行ってしまいたい。
2006年05月10日
電器店を歩いていると、テレビの大画面に、青い空に映える白い建物が印象的な街並みが映し出されていた。サントリーニ島の景色だ。なつかしく、思わず足を止めて見入ってしまった。やはり絵になる風景だ。
2006年04月29日
先日、沖縄に行きました。梅雨入り前だからか、残念ながら晴れていても雲が多い、すっきりしないお天気。帰る直前になって日が差してきたときに、ようやく鮮やかな海の色を見ることができました。それでも、曇っていてもきれいな海に、ギリシャを思い出しました。(写真はギリシャの海です)
2006年04月27日
先日、お花見の会のお手伝いに行ったところ、おみやげにギリシャのオリーブを持ってきてくださった方がいらっしゃいました。お仕事でギリシャに滞在された経験があられるそうです。 いただいたのは、ギリシャのカラマタ産のもので、赤い色のオリーブでした。カラマタは、ギリシャのペロポネソス半島にある町で、オリーブの産地として有名なところです。オリーブの店[オリーバ・オリーバ]で、カラマタのオリーブを扱っていらっしゃいました。
2006年04月08日
ギリシャを一緒に旅した友人とは、毎日のようにギリシャのお酒を飲んでいました。ワインセミナーに通ったときに、ワインと料理は同じ地域のもので合わせるとよい、と習いました。やはり、ギリシャ料理にはギリシャのワインが合うようです。 お酒が弱い私が最初に飲むようになったのは、甘いカクテル。次に、甘口ワインを飲みはじめ、ワインに興味を持つようになりました。ワインセミナーに通ったことがきっかけで、今では、ワインの奥深さにすっかり魅せられてしまいました。 日本酒は、たまに口をつける程度でしたが、新潟で初めて日本酒のおいしさに目覚めました。まったく手を出したことのなかった焼酎ですが、黒糖焼酎というものがあると知り、興味を持って飲んでみたところ、意外に飲みやすく、甘みもあっておいしい。その後、焼酎好きの友達から芋焼酎を飲ませてもらい、焼酎のおいしさを知りました。初めに飲んだことから、黒糖や芋の焼酎を飲むことが多かったのですが、米焼酎にもいろいろなタイプがある、ということを知りました。 焼酎は、減圧、常圧の蒸留の違いや、麹の種類によって、味わいに違いが生まれるのだそうです。 今年の2月に発売になったばかりの球磨焼酎「こめの」を、お世話になっている方から試飲させていただきました。4つのタイプがあり、それぞれ、まったく異なる味わいです。米焼酎である球磨焼酎はとても幅が広いものだとか。白麹はさらりとした味わいで、黒麹や黄麹は、力強い味わいだそうです。今、この焼酎を、応援したいと思っています。(球磨焼酎卸問屋) 今まであまり日本酒や焼酎を飲めなかったこともあり、地元のお酒を飲む機会がありませんでした。これからは、日本のお酒、地元のお酒についても、目を向けてみようと思っています。 こめの 渕田嘉助仕込 白麹 28度 750ml こめの 深野誠一仕込 白麹 25度 750ml【0325アップ祭2 0330アップ祭2】 こめの 深野誠一仕込 黒麹 25度 750ml こめの 恒松良孝仕込 黄麹 35度 750ml ギリシャワインのショッピング
2006年03月26日
アンジェリーナ・ジョリー主演の「トゥームレイダー2」がテレビ放映されていた。冒頭で、ギリシャ・サントリーニ島の情景が映し出されている。映画は、アレクサンダー大王の秘宝「パンドラの箱」にまつわるもの。 ギリシャ神話では、この世で最初の人間の女性パンドラが、この箱を開けると、世の中に災厄が満ち溢れたが、最後に箱の中に「希望」が残った。これを外へ出したおかげで、私達は希望を失わずに生きていけるのだとか。
2006年03月12日
10000アクセスを数えることができました。見てくださった皆様、ありがとうございます。長らく更新できず、申し訳ありません。このブログをはじめてから、気づけば、1年以上が経っていました。そして、まだ、2004年の3ヵ月のギリシャの旅について、書き終えることができずにいます。今後も、気長にお付き合いいただければ幸いです。
2006年03月11日
2004年にギリシャを旅したときに、友人Yが日本から持参していたのが、エスクァイア日本版Esquire2004年8月号「ギリシャ、エーゲ海の休日」。ギリシャのエーゲ海の島を大特集。この雑誌を見て、二人でサントリーニの至福のタベルナ「カティーナ」へたどり着きました。 いまさらながら、バックナンバーを購入。写真が美しくて、見ているだけでうっとりします。ステキなホテルがたくさん紹介してあり、次の旅では、優雅なヴァカンス気分を味わってみたい!と思いながら眺めています。 とても詳しく書かれた、楽しいギリシャの島案内です。
2006年02月21日
トリノ五輪が開幕しました。闇に輝く聖火や開会式の模様を見ていると、アテネ五輪をなつかしく思い出しました。 トリノで五輪スタッフとして働くギリシャ出身の青年が、南国ギリシャの、と紹介されていたのですが、実はギリシャでも雪は降るし、スキーもできるのだそうです。内陸部などには人気のスキーリゾートもあるとか。 海と島のイメージからはちょっと想像しにくいですが、ギリシャでスキー、というのも楽しそうです。
2006年02月12日
ギリシャを旅していたとき、友人のtajim夫婦が缶詰を買ってつまみにしていた。これがなかなかおいしい。特に気に入っていたのが、タコとサバの缶詰。 イギリスへ帰る前に缶詰を買い込んでいた2人につられて、私もタコとサバの缶詰を買い、結局重たいので日本へ送る荷物に入れてしまった。 先日、残っていたスモークとトマトソースの2種類のサバ缶を開けた。友人の送別会で提供。気に入ってもらえたらよいのだけれど。 料理同様、缶詰もギリシャの味は日本人の口に合うと思う。最初にギリシャを旅したとき、船で一緒になったオーストラリア人の女の子から分けてもらったトマト風味のタコの缶詰が、初めて食べたギリシャの缶詰だったことを思い出した。
2006年01月23日
今年届いた年賀状の中に、エアメールが混じっていました。友達からかな、と差出人を見るとギリシャから。2004年の夏にギリシャを旅したとき、キティラ島という島へ行きました。そこで出会ったギリシャ人女性に話を聞き、写真を撮ったので送る約束をしておきながら、ずっとそのままになっていました。これではいけない、と思いようやく写真を送ったのが去年のこと。島の写真にMerry Christmas and Happy New Yearの言葉とメッセージを添えたカードに、遠い夏の日のことがなつかしく思い出されました。この島での経験が、私の旅での忘れがたい、もっとも大変なことだったのですが。いずれご紹介したいと思います。
2006年01月17日
あけましておめでとうございます。新しい年が、穏やかで素晴らしい1年となりますように。
2006年01月03日
ヴォロスのバスターミナル前から、シャトルバスで会場のスタジアムへ向かいます。チケットを持っていれば無料で乗れました。 スタジアムはとても立派なもので、写真を撮り合いながら、中へ。アテネからずいぶん離れているため、残念ながら空席がいっぱい。でも、そのおかげで、勝手に席を移動してよい場所で見れました。 初めての日本代表のサッカー観戦。しかもオリンピック。サッカーが大好きで詳しいTさんと知り合ったおかげで、いろいろ教えてもらいながら見ることができ、よい経験になりました。 試合は残念ながらイタリアに敗れるという結果に終わり、隣席でイタリア人観客の喜びの声を聞きながら、がっかりしてスタジアムを後にしました。 会場では、日本代表を応援しているギリシャの人の姿を見かけ、不思議に思いました。帰りのバス乗り場へ向かっていると、「イタリアは近いけど、日本が好きなので応援した」といううれしい言葉をかけてくれる人がいました。(2004年8月)
2005年12月28日
ギリシャでは、クリスマスには家族が集まり、一緒に過ごすそうです。アテネのシンタグマ広場はイルミネーションが輝き、とてもきれいだとか。いつかギリシャでクリスマスを過ごしてみたいものです。
2005年12月25日
去年ギリシャを訪れたときに、ぜひ行きたいと思いながらとうとう実現しなかったのが、世界遺産にも登録されているメテオラへの旅。 一緒に旅した友人Yと電車の時間まで調べながら、クレタ島と迷った末にメテオラを後回し。クレタの旅で疲れ果て、メテオラへ行く元気がありませんでした。 写真や映像で見ると、想像を絶するような風景。険しい断崖絶壁の岩山の上に修道院が建つギリシャ正教の聖地でもあります。次こそはあの景観をこの目で見たいものです。 そんなメテオラがNHKの番組「探検ロマン世界遺産」で紹介されるそうです。12月15日(木)20:00~20:43 とても楽しみです。
2005年12月14日
ギリシャ料理は初めてだというTさんと一緒に、海辺のタベルナへ入りました。海沿いにずらりとタベルナやカフェが並んでいますが、中でも人でにぎわっている店を選びました。 まずは定番のグリークサラダとカラマリ(イカのフライ)、そして炭火焼の魚を食べました。ビールはギリシャのMythos。 後から入ってきた日本人グループが隣席のギリシャ人グループに「一緒に日本を応援しよう」と話しかけ盛り上がってました。 腹ごしらえも済ませ、ほどよい時間になったので、バス乗り場へ向かいました。
2005年12月08日
ボロスに到着し、まずは、帰りのバスチケットを買うために地図を見ながらバスセンターへ向かいました。無事、帰りのチケットが確保でき、まずは一安心。チケット売場の女性にオリンピック競技場へのバス乗り場を尋ねると、知らないという答。 驚きながらも、向かいのインフォメーションセンターへ。男性係員はとても親切に対応してくれ、博物館の開館時間も確かめてくれました。そして、ボロスのピンバッジもくれました。 街中へ向かって歩いていくと、途中ですれ違った日本人女性が声をかけてくれました。東京から来たというTさんは、初めての海外で、一人旅。しかも、ロシア経由で来たというから驚きです。 不思議な縁で、一緒にサッカー観戦をすることになりました。
2005年12月08日
アテネオリンピックで何を見よう?と考えたとき、一度見てみたいと思っていたサッカーはぜひ観戦したい、と思いました。 しかし、日本の試合が行われたのは、すべてアテネから離れた地方都市。どうしたものかと迷ったものの、とりあえずボロスという町で行われる試合のチケットを購入しました。テッサロニキはさらに遠かったので。 オリンピックが始まる前に、とある島へ渡り、ホテルが見つからず野宿の危機に陥った私。すっかり懲りて、ギリシャで購入したガイドブックに載っているボロスのホテルに電話してみましたがすべて満室。実際に行ってみたら掲載されていない宿があるとは思ったのですが、なにしろ野宿の恐怖に懲りていたので、どうするか迷いました。 まず、前日に現地入りしようと思って友人から誘われていた日本のバレーボールの試合を見に行くことを断念。しかし、結局ホテルの当てもないので、いろいろ調べた結果、当日アテネを出発し、夜行バスで帰ってこようと決めました。バレーボール見に行けばよかったと後悔です。サッカーの試合は夜8時半にスタート。終了時間も遅くなるので大変です。 8月15日、国鉄が出発するアテネの駅に到着すると、日本代表のユニフォームを着た人たちの姿が。隣接する「Olympic Catering」という名のカフェに入ると、日本語があちこちから聞こえてきます。ギリシャ入りして以来、これほどたくさんの日本人と一緒になることがなかったので、なんだかおかしな気分です。 駅のトイレに入ると、入り口におばさんが座って待っています。チップ制で50C。しかし、ホームに出るとホームのトイレはタダでしかもキレイでした。 やってきた電車に乗り込み、指定の席へ。1等と2等がありますが、2等でもゆったりとして快適でした。 車窓から広々とした田園風景が広がり、アテネやキクラデス諸島の乾いた風景を見慣れた目には新鮮に映ります。また違うギリシャの一面を見ることができました。 4~5時間くらいかかったでしょうか?ようやくボロスに到着しました。
2005年12月08日
アテネオリンピックの開会式を夜に控えた2004年8月13日の午後。用事ができ、メトロでアテネへ向かいました。オリンピック時には危険かもしれないからアテネには寄りつかないかも、なんて言っていたのですが。 日本の友人から「アテネ戦時下」といった見出しの記事を見たけどだいじょうぶ?とメールが来ましたが、確かに警官の数は増えていましたが、みんな笑顔で談笑したりしていて、「戦時下」なんて状況ではありませんでした。 メトロはいつもよりも外国人観光客の姿が多く見受けられました。駅にはインフォメーションコーナーが設けられ、ボランティアスタッフが働いています。けれども、これがもし日本で開催されたりしたら、いろんな面でもっと大騒動になっているだろうと思われます。 街中にはオリンピックカラーののぼりがはためき、オリンピックムードが高まります。けれども、大多数のギリシャの人たちは、いつもどおりの生活を送っているようでした。(2004年8月)
2005年12月08日
ピレウスの国鉄駅の近くにギリシャサンドイッチの店を見つけました。チェーン店とはまた違う具がそろっていて、楽しい。ナスのフライなどもありました。 ホットサンドイッチと一緒に、あまりにおいしそうだったので、ピザとクリームパイも購入。ピザは分厚いパン生地タイプでボリュームがありました。
2005年11月23日
アテネオリンピックの開会式。21時スタート、と思って少し前にテレビをつけると、既に始まっていた。 開会式では、ギリシャの神話や壁画をモチーフにした扮装をした人々が、ゆっくりと会場を回っていく。女神アテナの姿や、クレタ島のイラクリオンで見た「百合の王子」「アクロバット」などの壁画をモチーフにしたものが出てきて、うれしくなる。 ギリシャの人を白く塗ると、ギリシャ彫刻になるんだなあ、ギリシャ彫刻って、ギリシャ人なんだなあ、と妙に感心。もちろん古代ギリシャ人と現代ギリシャ人は同じではないはずだが、あの彫りの深い顔立ちは、今に通じるものなのだろう。 とてもよくできた構成の開会式だったと思う。素晴らしいショウを見ているようだった。 1週間ほど前にスタジアムを見たいと思って近くまで行ったが、その時は既に関係者以外近づけないようになっていた。写真も撮ってはいけないようだった。それでも、6月に見たときと駅前の変わりように驚いたものだった。 夜の闇に照らし出されたスタジアムに花火が上がる。これが、あの建設中だったスタジアムと同じものかと驚くほど、素晴らしい光景に、なんだか感慨深くなった。
2005年11月22日
オリンピアの土産物店に並んでいた小さな羊の置物。ミノア文明期に作られたもののレプリカらしいです。 いろいろな動物がありましたが、中でも気に入ったのが、鳥とこの羊。羊のほうがやや値段が上でした。大して高いものではないのですが、まだ旅を始めてすぐだったので、買おうかどうしようかとずいぶん迷ってしまいました。 さらに、鳥と羊を両手に持って、迷った末に、このりりしい目元の羊を選びました。 ツアーに参加し、先に日本へ帰る母に託して持ち帰ってもらった後、ずいぶん長い間、母の元へ「里子」に出されていました。部屋を片付け、“ひつじ”をお迎えしようと思いながら、ずっとそのままに・・・。 今、とある場所に出張してもらっています。戻ってきたら、どこへ飾ろうかと思案中です。
2005年11月15日
先日、テオ・アンゲロプロス監督の映画「エレニの旅」を見てきました。 ヴェネチア映画祭金獅子賞やカンヌ映画祭パルムドール大賞を受賞したギリシャを代表する映画監督ですが、私は、初めて作品を見ました。 上映最終日だったので慌てて行ったのですが、一日一回の上映に遅れてしまい、初めの10分ほどを見逃してしまいました。 20世紀という時代を生きた一人の女性エレニを通して、激動の時代を描いています。この時代を生きた監督の母へのオマージュでもあるそうです。 孤児となったエレニは、移民として住んでいたロシアから難民となり、ギリシャへ逃れてきます。成長したエレニは、愛するアレクシスと村を逃げ出しますが、ささやかな幸せを得たように見えた二人に、その後も、次々と困難が降りかかります。エレニの旅は、終わることなく続きます。 映画はラストへ向かうにつれ、悲しい場面が続きます。最後のシーンには、胸が詰まりそうになりました。 兵士となり参戦した夫が、自分の見た夢のことを綴り、エレニに宛てた手紙の一節。 “君が手を伸ばして、葉に触れ、水滴がしたたった……。地に降る涙のように。” 明るく美しいギリシャの風景の陰には、暗く悲しい歴史があったのだと知りました。独立戦争、世界大戦、それに続く内戦。ギリシャの歴史のほんのわずかな一端を知り、ギリシャ人の友人に、「ギリシャにこんな(大変な)歴史があったことを知らなかった」と話すと、「それは日本も同じでしょう」と言われたことを思い出しました。激動の20世紀は、日本もまたくぐってきた時代だったのです。 村を一から作ったという壮大なセット。悲しくも美しい風景が、心に残る映画です。 (映画の公式サイトを参照しました)
2005年11月08日
ギリシャで撮った写真を集めて、小さな写真集を作りました。いつも、心に残る、青い海と空の色。タイトルは、「Greek Blue」と決めました。 ギリシャの青を集めた写真集。よろしければ、のぞいて見てください。 Greek Blue
2005年11月08日
アテネオリンピックの期間中にギリシャにいるのだから、やはり一度はオリンピックを見てみたい。とはいえ、世界的な大イベントのオリンピック。テロの危険に備え、五輪史上最大の保険をかけた、NATOが警備に協力、などなどの情報に少々不安を覚えてしまいました。 さらに、ギリシャへ向かう私に、友人知人からも、気をつけるようにとの言葉。危なそうだったら、(それに物価も高騰するので)オリンピック期間は、アテネから離れるかもしれない、と言って出発しました。 ところが、実際現地に到着すると、確かに警官や警備の人々は多いのですが、街自体は少しもぴりぴりした空気がありません。さすがに、オリンピック開幕前には、警戒レベルも上がり、飛行船まで飛んでいたのですが、やっぱり、不安を覚えるような緊張感はありませんでした。 そういうわけで、初めは試合を一つか二つくらい見れたらいいや、と思っていたものの、実際には、初めの予定以上にいろいろと見ることができました。 しかし、私がギリシャ入りしたのは6月。そのころは、まだオリンピックの競技日程も決まっていない状態だったので、いつ日本の試合があるか分からない。さらに、ネット環境もあまりよくなかったのと、ネットカフェに行っても、メールの送受信などで忙しく、試合日程の検索があまりできない、やっても、ほしい情報をうまく見つけられない(単にネットを使いこなせてないだけですね)。 そういうわけで、必要な情報を、大学のサークルの友人、とりわけスポーツ好きで詳しいIさんにメールでお願いして、教えてもらっていました(Iさん、ありがとう!)。 ギリシャでオリンピックのチケットを手に入れるには、いくつかの方法がありました。一番簡単なのは、専用のチケット販売ブースで購入すること。アテネでは、パナティナイコスタジアムの前にある販売所を見つけました。 しかし、試合日程を把握していなかったのと、元来、何事も取り掛かるのが遅い私は、いつまで経ってもチケットを購入せず、7月に入ると今までがらがらだったチケット売場に行列ができていて、わざわざ売場までやってきたのに、並ぶのが面倒で引き返す始末。 その後、メインスポンサーの一つである銀行でも購入できることを教えてもらい、今度は、ようやく列に並んで、おとなしく待ちました。銀行の中ならば、冷房が効いているので、販売所で強烈なギリシャの太陽に照らされながら順番を待つよりも、ずっと楽です。 そうして、ようやく最初に手に入れたのが、シンクロナイズドスイミングのデュエット(テクニカル)のチケット。本当はチームが見たかったのですが、既に完売で、デュエットもフリーは売り切れでした。 6月にギリシャにいたのに、何をしていたんだろう、と自分に呆れてしまいました。 その後、会場のブースでチケットを購入して観戦したり、ダフ屋から額面どおりで手に入れたり、少しばかり高い値段を出して購入したり・・・。販売所で売り切れになっていたのであきらめたチケットを、メインスタジアム前でダフ屋が大量に売りさばいているのを見て、ショックを受けたこともありました。 開幕してからは、プラカにチケットを扱う販売所ができ、モナスティラキ広場には、チケット売買所のようなものが出現して、チケットを売りたい人、買いたい人でごったがえしていました。 観戦していると、だんだんオリンピックの熱気に当てられたのか、「もう二度とオリンピックを見るチャンスなんてないかもしれない」と思って、かなり散財してしまいました。 スポーツ音痴の私がオリンピックを見るなんて、もったいないなあ、などと思いながらも、貴重な体験ができました。この先、またオリンピックを見ることがあるでしょうか。
2005年10月31日
2004年8月に開催されたアテネオリンピック。 子どものころに読んだ神話や叙事詩の影響で、ギリシャに興味を持ち、実際に訪れてからは、現代のギリシャという国にも、深い興味を覚えるようになりました。 「オリンピックの年にギリシャへ行く」という願いがかない、さらには、生まれて初めてのオリンピック観戦も実現しました。 あの夏の日々から、1年以上の歳月が経ってしまいましたが、オリンピックのふるさとギリシャへ里帰りしたアテネオリンピックについて、少し思い出してみたいと思います。
2005年10月30日
そろそろ、街中に、クリスマス用品が並ぶようになってきました。 春と夏にしか行ったことがないため、ギリシャのクリスマスについては、残念ながら体験したことがありません。ギリシャ正教の国では、重要な祭日のひとつです。 『読んで旅する世界の歴史と文化 ギリシア』(新潮社)の「家庭生活」によると、11月14日から12月24日までの40日間は、「ミクリ・サラコスティ」と呼ばれる「クリスマス」の準備期間。「クリスマス・イヴには子供たちが家々をまわってカランダを歌い、家庭では『フリストプソモ』と呼ばれるパンケーキが焼かれる」。子供たちはクリスマス・プレゼントをもらえます。 クリスマスに作るお菓子にもいろいろあるようです。『見て楽しい 作っておいしい ギリシア料理』では、クリスマスやお正月に全国的に作られる「ディプレス」、ギリシャ風クリスマスのお菓子「メロマカロナ」、クリスマスのクッキー「クラビエデス」などが紹介されています。 ギリシャでお世話になったMさんのお話では、クリスマスは家族が集まり、ご馳走を用意して過ごすそうです。遠方に住んでいる人たちも帰ってきて、久しぶりの再会を喜ぶようです。クリスマスの飾りつけもとてもきれいだとか。一度行ってみたいものです。
2005年10月28日
キクラデス諸島のミコノス島は、「エーゲ海の宝石」とも称されるという、エーゲ海に浮かぶ美しい島。真っ白に塗り上げられた家並みが、青い空に浮かび上がる。 迷路のようなミコノスタウンを歩いていると、どこを歩いているのか分からなくなってくる。ぐるぐる迷いながら歩いていると、かわいらしいショップを見つけたり、素敵な商品があったり、思いがけない発見があるかも。 ミコノス名物の風車。春は花々に囲まれ、夏は青い空をバックに、いつも、観光客の人気を集める、絶好の撮影スポット。 ミコノスには、白い壁に青やピンクの屋根を持つ、かわいらしい教会がいくつもある。私たち旅行者にはエキゾチックに見える教会は、人々の信仰の場でもある。 強烈な陽射しが降り注ぐ昼間には、シェスタをとるために店を閉めるところも多い。ミコノスタウンの通りも、ひっそりと静まり返り、歩いているのは、観光客ばかりになってしまう。こんなときは、旅行者も島の人にならってシェスタをとるか、ビーチでくつろぐのもいい。 夏の太陽がようやく傾き始めると、再び店が開き、通りに人があふれる。夏のギリシャは、遅くまで明るい。海風が吹く中、美しい街並みを、のんびり散策。白い壁に色鮮やかに咲き誇る、ブーゲンビリアの花と出会えるかもしれない。
2005年10月24日
エーゲ海の無数の島々の中でも、キクラデス諸島は、白く塗られた建物が、青空に映え、とてもきれい。 青い海、青い空、白い建物・・・と、あこがれのエーゲ海のイメージが、現実のものとして、目の前に現れる。 中でも、世界的な人気を誇るのが、ミコノス、サントリーニ。 サントリーニでは、交通の中心であり、崖沿いに建つ建物、青い海という美しい光景で人気が高いフィラ、夕陽がきれいなことで有名なイアの2つの町が有名。 どちらも、通り沿いに、アクセサリーや土産物などを扱う店がずらりと並び、海を眺める崖沿いには、カフェやタベルナが建つ。細い通りを、ぐるぐると歩いてまわるのも楽しい。 夕暮れの涼しい風が吹き始めたら、のんびりさんぽに出るのもよいのでは。 かわいらしいまるい屋根の教会や、ブーゲンビリアの花が咲く道を、海風に吹かれながら歩いてみたい。
2005年10月19日
アテネの街は、歩いて回るのにほどよい範囲に、いろいろな見どころが集まっている。おさんぽ気分で街中を歩き回るなら、やはりスタートは、アテネの中心、シンタグマ広場から。 シンタグマ広場の正面にある無名戦士の碑の前では、民族衣装の制服を来た衛兵が二人、身動きひとつせずに立っている。30分ごとに、足を大きく上げて歩き、持ち場を交替。衛兵交替の時間になると、大勢の観光客がカメラを手にし、集まってくる。日曜日には、大規模なパレードも行われる。 シンタグマ広場から、道を渡ってまっすぐに伸びるエルムー通りへ。洋服、靴、バッグの店が建ち並ぶ中を、ウィンドウショッピング。通りは、買い物を楽しむギリシャ女性と観光客でいつもにぎわっている。 エルムー通りから、19世紀の街並みが残るプラカ地区へ。土産物店やタベルナ、カフェなどが集まり、夜遅くまで人通りが絶えない。 (2004年夏撮影。オリンピックのため万国旗がはためく) プラカから坂道を登り、奥へ進むと、街の喧騒が嘘のように、ひっそりと静かな街並みが現れる。真っ白に塗られた壁や、石畳の道。 ここは、エーゲ海の島、アナフィから移住してきた人々が住んだことから名づけられたという、アナフィオティカというエリア。エーゲ海の白い家並みを思わせる建物は、故郷の家の造りを用いたからだとか。 坂道の向こうには、アクロポリスの姿が見える。
2005年10月17日
エーゲ海の島、ミコノス島。真っ白に塗られた家並みが印象的な美しい島。 迷路のように入り組んだミコノスタウンの通りを、迷いながら歩いていく。何気なく通り過ぎてしまいそうなところに、思いがけず美しい光景が現れる。 真っ白な建物の間に、細くのびる路地。ブーゲンビリアの花の色が、ひときわ鮮やかに見えた。
2005年10月13日
シンタグマ広場からパナティナイコスタジアムへ向けて歩いていると、大統領官邸で、民族衣装姿の衛兵たちが立っていた。官邸前には政府関係者らしき人々の姿が見え、ブラスバンドの演奏も聞こえる。国賓か来客を送るか迎えるかのセレモニーではないか、と想像してみる。 警備に当たっている警官に写真を撮っていいか尋ねて、写真撮影。民族衣装の制服を着た衛兵は、大統領官邸前と、シンタグマ広場の無名戦士の碑の前で見ることができる。
2005年10月11日
7月のアテネでは、夏のセールが始まっていました。店の前には“SALES”と書かれた紙が貼られ、ショップが集まるエルムー通りは、ギリシャの女性と観光客とが大勢行きかっています。 「セール」の文字を見ると、やはり、わくわくしてきます。ギリシャならではのリゾート仕様な洋服やサンダル、帽子がいっぱい。ついつい、うろうろしていると、あっという間に時間が経ってしまいます。 (2004年7月)
2005年10月10日
ギリシャでお世話になったMさんの甥Aさんの子ども、マキシムくん。とても、とても、とても、かわいい! まだ1歳にもならないというのに、このくっきりとした目鼻立ち。将来、いったいどんなイイ男になってしまうことでしょう? このころは、まだつかまり立ちができるようになったくらいでした。きっと今は、ずいぶん大きくなっていることでしょう。
2005年10月08日
アテネの地下鉄の駅には、構内にまるで博物館のような展示スペースを持っているところがある。 シンタグマやアクロポリの駅には、発掘品がガラスケースの中に飾られている。駅を造るときに発見されたものもあるようだ。アクロポリには確か彫像のレプリカもあったと思う。 地面を掘ったら遺跡にぶつかってしまいそうなアテネの街。駅のすぐそばで、発掘が続けられているところもある。地下鉄に乗る前、降りた後、ちょっとした博物館見学の気分が味わえる。
2005年10月07日
ギリシャ料理に欠かせないものがオリーブ。ギリシャにはさまざまな種類のオリーブがあり、古代ギリシャの時代から、利用されてきました。 市場には、たくさんのオリーブが、ずらりと並べられています。種類や調味のしかたで、それぞれに、味わいが異なります。サラダや料理に加えたり、そのままつまんだり。塩気が効いて、ちょっぴり酸味もあるオリーブは、日本の梅干のような存在なのかもしれません。 黒オリーブの王様、ギリシャのイリダ・カラマタ オリーブ栽培発祥の地、ギリシャのイリダ・グリーンオリーブス
2005年10月02日
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