Beauty Source キレイの魔法

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ルイーズ1854『伝言』



「伝言」

「ジェラールさん、もしご褒美をくださるのなら歌をひとつ、教えていただきたいんです。」
私は猿のオルゴールが『仮面舞踏会』とは違う曲になったことを話しました。
「よく気がついたね。あのオルゴールはいろいろ仕掛けがあってね。
左の靴を抑えると『今宵、君の手をとりて』、
右の靴を引くと君の歌った祝福の歌に切り替わるんだ。
ルイーズが見つけたのはどの曲かな。」

私がハミングすると、ジェラールさんのお顔の色が少し曇りました。
「ああ、それはまだ完成していないオペラの中の曲なんだ。
歌うには、君はまだ早過ぎると思う。」
「音は取れているんです、もしよかったら曲名と歌詞を。」
「歌えるかどうかではなく、歌うには君は幼すぎるのだよ。」
「私、もうすぐ9歳なんです。ジェラールさんは私の歳には、もうお家を出られて、
旅をなさっていたのでしょう?」

突然、肩をつかまれ、私の顔は仮面のすぐそばに引き寄せられました。
「・・・ルイーズ。知らない方がいいこともある。
聴いてしまったら、もとには戻れなくなるかもしれない。
その覚悟はあるのかな。」

仮面の奥の光、なんて青なんだろう。
いったい何が隠されているというの?
「私、知りたいんです。」
微かにため息の音がして、肩から力が引いてゆきました。
「よろしい。聴かせよう。神に背き、凱歌をあげ続ける男の曲を。」

「君をここへ 連れてきたのは私
 別々に 燃えさかっていた炎が 
 次第にひとつに 結ばれてゆくように

 まだ引き返そうとしているのか
 振り返ろうと無駄な抵抗を
 駆け引きはもう終わったというのに 」

ああやっぱり。
オルゴールの音でさえ、心臓がどきどきしてくるのだもの。
マントに覆われた立ち姿で、この声で歌っていただいたら。
体の表面を駆け巡る美しいビブラート、力強いアクセントに満ちた言葉。
頭の中まで熱くなって、私は最後のフレーズまで聴いていたのかしら。
夢かうつつか、はっきりしないままに、くり返されるあのフレーズ。

控え室の長椅子の上で起き上がったとき、手には二枚のカードが残されていました。
両方ともとても端正な文字で綴られていて、一枚目はあの曲の歌詞、
もうひとつは出発のメッセージ。

「可愛いルイーズ

 ルイーズ、君はきっと、とても早くレディになるだろう。
 あの歌を知ってしまったからにはね。

 これから私は、東の端の国へ向かう。
 君は聞いたことがあるだろうか。
 極東の小さな島に、いま続々と各国の船が迫っているのを。

 フランスも遅れをとらぬよう、山と文明と叡智を誇示するものを携えて
 かの地を目指すことになり、私の目眩まし、それと建築の技術にも白羽の矢がたったのだ。
 いや、本当はどうしても忘れたいことがあって、公爵に頼んで、
 政府に口をきいてもらったというのが実際のところなのだが。

 結婚するときは、必ず招待状を。必ずだよ。
 式には行けないかもしれないが、そのときは工芸技術が優れているというかの国で、
 花嫁人形でも作らせて贈ろう。
 それとも君には、チョコレートの方がいいのかな。

 忘れたい場所と同じ大陸にあるここを去るのが、寂しくなるとは思わなかった。
 とにかく、私は出発する。

 クレアによろしく

                           かつての導き手より」

もう戻れないっておっしゃったのは、あなた。
地の果てまで離れても、時がたっても、
たとえ私が他の誰かのものになり、
あなたの記憶そのものが薄れてしまっても、
逃れることはできない、
あの青い光からは。

クレアお姉さまには、何も言わない、
あなたから教えていただいたことのすべて。


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