Beauty Source キレイの魔法

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エリック1880『デビュー』



私はついに、私の音楽を完成させてくれる存在に出会った。
その存在を、私自身が創り上げたと言ってもいい。
陰に陽に、邪魔者を取り除くことに腐心し続けた結果、
プリマの席は、ついに彼女に明け渡されたのだ。

初めて人前で歌う、やや細い声が、オーケストラボックスの真下に位置する
私の指定席のひとつに響いてきたときは、思わず顔を上げ、拳を握り締めていた。

やがてその声は、周囲の者たちの沈黙に力を得て徐々に豊かさを増し、
最も高音部で遊ぶほどの余裕をもって、去るべきものには成しえない結末を迎えた。
つまり、目と耳が完全に肥え切ったオペラ座の住人たちを
十二分に納得させる歌唱を披露したのである。

即日、私の教え子は新作公演の主役に決定し、
(その時は代役という芳しくない立場にいたが)
急いで彼女に相応しい衣裳があつらえられた。

若さがたやすく保っていた美が、すでに衰え始めていることを
認めようとしない女には決して似合わない、
完全に自己抑制の効いた身体だけに纏うことの許される
純白の裾を長く引いたドレス。

異国趣味で溢れかえった前半の展開からは一転、
シンプルな乙女の祈りでラストを迎えるという、
全体のバランスは決して良いとはいえない作品ではあるが、
若いプリマのデビューとしては、及第点の舞台が用意されたといっていいだろう。

「ありがとうございます、音楽の天使。あなたのおかげで
私は明日、舞台の中央で歌えることになりました。どうか
小さなあなたの教え子が怖くなって逃げ出したりしないよう、
最後まで立派に歌えるように、お力をください」

「立ち上がって、姿勢正しく。歌う用意をしなさい」
地下のレッスン室に用意された祭壇の前で、ひざまずいて祈る小さな姿が、
天の声を聴いて弾かれたように顔を上げ、そろそろと体を起こす。

白い衣裳を身に付けた教え子が真っ直ぐ顔をあげたとき、私は初めて
栄光の陽射し傾きつつある帝国で、いまだ華と謳われる女性の面差しを認め、息を呑む。
たちまちクリスティーヌは、主役の王女としての顔を宿らせ、アリアを唱い始めた。


デビュー当日、薔薇と歓呼に包まれた歌姫は、すべての声を袖にして、
まっすぐ祭壇の前に戻り、いま感謝の祈りを捧げている。

おどおどと怯えながら私の厳しい声に導かれて着実に力をつけ
煌びやかな舞台の洗礼を受けた彼女を、もう幼子とは呼べない。
グスタフ、君の予言が当たったようだよ。
いよいよ、私は完全に彼女を手を取るときが来たようだ。

急がなければ。夏の果実は在るべき場になければ、すぐしぼむ。
ほら、無作法にも私を出し抜こうとする若造が
もう現れたではないか。 2009.12.12


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