波乱万歳!!

波乱万歳!!

結婚まで


私は大阪の本社勤務で、夫は名古屋営業所に勤務していたのです。
仕事上、頻繁にやり取りするようになり交際が始まったのですが、
お互い結婚を意識するようになってもなかなか親に紹介できないでいました。

それは私が「在日韓国人」だという事がネックになっていたのでした。
物心ついた時から「日本人とは絶対に結婚してはいけない」と言われ続けて大きくなったのです。
親がそう言うには2つの理由がありました。

まず、両親は小さい時から韓国人(朝鮮人)という事で差別発言を受けていたので、
日本人に対していい感情を持っていなかった事。
そしてもう一つは、韓国人(韓国の家庭)には特有の文化(しきたり、作法)や考え方、親類との付き合い方があるのです。
逆に言えば、日本人の家庭でごく普通に行われる年中行事などを知らないで育っているので、
結婚したら苦労するだろうという心配でした。

そういう事を耳にタコが出来るほど聞かされていたので、
日本人と結婚したいなど簡単に口にできない環境でした。

そして夫の実家の方はといえば・・・
案の定というか夫の母はいい顔をしなかったそうです。
結婚前、夫は母親と兄家族と同居していたんですが、
義母は私が韓国人だという事を兄夫婦にも隠すようにと夫に言ったのでした。
それであるならば結婚しても良いと・・・

夫からその事を聞かされた私は悔しくて泣きました。
韓国人という事を理由に初めて受けた屈辱でした。

何で?どういう事?隠せるわけがないやん!
そんな事両親に話したら激怒する!そう思いました。
父も母も小さい時貧乏で、学も無いけど必死に働いて生きてきた人です。
人様に迷惑かけることもなく、真面目に、そして誇りを持って生きてきたのです。

私の存在そのもの、両親や家族、大げさに言えば韓国人を否定されたように思ったし、
そこだけは譲れませんでした。

その後夫は自分の母親を説得したのですが、無口な人で、また私に心配をかけまいと思ってか、
詳しい話は何も聞かされなかったのですが、
だいぶ後になって兄嫁から真相を聞かされました。

夫は母親に「快く許してくれないのなら親子の縁を切って出て行く!」といったのでした。
夫は三人兄弟の末っ子で幼少期は体が弱く、特に大切に育てられたのです。
32歳になるまで母親の元に居て、反抗もせずにいたかわいい息子から絶縁してでも結婚したいと言われた義母は、しぶしぶ折れたのでした。

幸いにも兄夫婦はとてもいい方でやさしく私を迎え入れてくれました。
ただし、知らされたのは兄夫婦だけです。
その他の親族には一切知らされなかったし、今でも知らないです。
でもそれはそんなに意固地になってまでも守るほどのことではないと思いました。
めったに会わないし、一番近い人が理解してくれてさえいればそれでよかったのです。

一応、夫側の承諾を得て、次は私の両親に話す番です。
初めて夫を家に連れて来た日、話はいきなり「娘さんと結婚させてください」と最重要問題に突入しました。
元々異性関係には厳しい家庭で気軽に彼氏を家に連れてくるなんて事
絶対に出来ない雰囲気だったので、
つれてくる時は最終段階って感じでした。(妹もそうでした)

「韓国人としか結婚したらあかん。」と言いながらも親は覚悟していたのでしょう。
日本で生まれ日本で暮らしているのだから、こうなる事もあるって・・・

父は始めてあった日にすんなりOKをだしたのです。
「やさしさがにじみ出る目をしていた」と後に父から聞かされました。

とにもかくにも、以外にもあっさりと結婚を認められたのでした。

結婚式は全て夫の方の言い分を受け入れました。
女側の言い分を何が何でもと押し通してこじれたら、
私が後々つらく当たられるかもしれないという親の気持ちでした。
結婚式で韓国のチョゴリを着た姿を見るのが母の夢だったようですがそれも諦めました。
でも2年後に同じ国の人と結婚した妹が韓国の伝統衣装を着て結婚式を挙げたので、
母にとってもいい思い出が出来た事でしょう。(その2年後に母は亡くなりました。)

私21歳。夫32歳。新しい人生がスタートしたのです。
その時、結婚生活がたったの5年7ヶ月で終わってしまうなど思うはずもない事でした。


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