『ルーム804』



登場人物表

阿月 エリ(二〇)女性。大学一回生。

沼垂 トミ(一九)女性。大学一回生。

鹿路 カレン(一九)女性。大学二回生。





●トミの部屋・午後
   画面の中のエリ。
   カメラ目線でレポーター立ち。
エリ(声)「あーテステス、聞こえますか」
   ブラシをマイクに見立てて。
トミ「感度良好・・・」
   相手に聞こえないのを思い出すトミ。
   スマホでエリを呼び出す。
   画面の中のエリ。
   ブラシを持ったままスマホを手に。
トミ「感度良好です。引き続き意識せず過ご
 して下さい」
   画面の中のエリ。
   塞がった両手で頭の上にマル印。
   トミ、思わず破顔。
トミ「使えばいいのに、手に持ってるやつ」

●女子大学・中庭・昼
   樹の下のベンチにトミ。
   膝にごつい本を開いて読書中。
エリ「隣、空いてる?」
   ベンチの後ろから覗き込むエリ。
   トミ、すっと隣を空ける。
エリ「お邪魔しまーす。お昼は?」
トミ「サクッと済ませました」
エリ「そ。じゃあ失礼して」
   隣でスティックパンを食べ始める。
   その様子を横目で探るトミ。
トミ「あの、やはり学校では接触を控えた方
 が・・・」
   エリ、口を動かしながら目で問う。
トミ「あまり認めたくないんですけど、私、
 ここでの評判があんまりで・・・ムゴッ」
   口に突っ込まれるスティックパン。
   エリ、わざとらしい怒り顔。
   黙ってパンのご相伴に預かるトミ。
   穏やかな沈黙がしばらくの間つづく。
トミ「お友達はいいんですか」
エリ「お友達は最近忙しいみたい」
   水筒のお茶をコップに分けて。
エリ「入学が一年ずれるとさ、色々とずれて
 くるんだわ。生活時間とか交友関係とか」
トミ「苦手分野なので、何とも・・・」
   エリ、背凭れを使って大きく伸び。
エリ「うーん、ここ案外いいね」
トミ「分かります?」
エリ「大学ってなんか、どこ行っても他人の
 テリトリーみたいな感じで落ち着かないの。
 強いて言えば、お友達のいる部室くらい?
 でもここ、暫定で同率一位に急浮上」
トミ「心霊スポットかと思うくらい人来ない
 んです」
エリ「心霊スポットの方が来るよ、たぶん」
   足下で小鳥が悠々と何かを啄む。
   気の早い落葉が爽風に踊る。
トミ「エリさんって意外と」
エリ「ん?」
トミ「隅っことか好きですよね」

●804号室・洋室(カメラ視点)
   ベッドと壁の作る角に凭れたエリ。
   少年マンガに夢中。
エリ(声)「うわー、そう来る?」
   ページをめくる手が止まらない。
エリ(声)「えっえっえっ、死んでないよね。
 やめてやめてマジやめて・・・」
   ベッドに転がって悶えるエリ。
エリ(声)「ぐはー、胃が取れるー」
   *****
   同じ場所、別の時。
   エリ、メッセージアプリ推敲中。
エリ(声)「これだけだとなー。いかにもっ
 て感じなんだよなー」
   真剣な表情でスマホと対峙。
エリ(声)「何かないかな♪何かないかな♪
 うーん・・・あっ、そうだ」
   猛然とタップ&フリック。
エリ(声)「ところでうざくって何だっけ。
 『うざくって何だっけ』っと。送信!」
   *****
   同じ場所、別の時。
   画角は変わらないがエリは不在。
   微かに聞こえるシャワーの水音。
   それを上回る音量の歌声。
エリ(声)「たのしいときもケロヨン♪さび
 しいときもケロヨン♪」

●女子大学・中庭・昼
   自然にニヤついてしまうトミ。
トミ「あと、独り言も多いですよ」
エリ「うそっ。私そんなに声に出てる?」
トミ「お蔭で何も起きなくても退屈しなくて
 助かります」
エリ「ちょっと。それ当初の目的を逸脱して
 ませんこと?」
   エリの追及を掌で跳ね返す。
トミ「ご懸念なさらぬよう。研究者の本分は
 しかと果たしていますから」

●トミの部屋・夜
   腹を抱えてウヒウヒ笑うトミ。
   画面の中のエリ。
   勉強中に派手に居眠り。
   ヘッドバンキングのようなコックリ。
   勢い余って座卓でおでこ打ち。
   夢から醒めて見回す周り。
トミ「もう、気をつけて下さいよ・・・」
   エリ、頬杖をついて大きな溜息。
エリ(声)「あー何かいいことないかなぁ」
   その時、トミの耳に微かな高周波音。
   すかさず別のモニターを確認。
   各種計器の数値が視覚化されている。
   どこにも異常な振れは見られない。
トミ「・・・耳鳴りかな」

●深まる秋の情景・街~キャンバス

●804号室・洋室・夕(カメラ視点)
   玄関ドアの開く音。
エリ(声)「エリ、おかえり」
   カメラの画角に入ってくるエリ。
   洗濯紐に吊るしたブラを指でチョン。
エリ(声)「おっす、いい子にしてたか」

●804号室・洋室・夜(通常視点)
   座卓を挟んでエリとトミ。
   真ん中にパーティー開けしたポテチ。
   交互に黙々と箸でつまみ続ける。
エリ「・・・出ないね」
トミ「出ませんね」
エリ「ほんとに何も映ってないの? 影とか
 モヤモヤとか。足音だけ録れてたとか」
トミ「正真正銘のボウズです」
   再び無言でスナックポリポリ。
エリ「どうする? 明日で一週間だけど」
トミ「・・・出ないものは仕方ないです」
エリ「じゃあ諦める?」
トミ「諦め・・・はしないですけど」
エリ「私は考えてもいいけどな、延長戦」
   さりげないエリの一言。
   目を輝かせてエリの両腕を掴むトミ。
エリ「・・・すっごい食いつくね」
トミ「観測本部・・・801号室は幸い契約
 が残っているので、もう少しだけご厚意に
 甘えても?」
エリ「条件があります」
トミ「な、何なりと」
エリ「今までと同じやり方じゃ、あと一ヶ月
 続けても埒が明かないと思うんだよねー」
トミ「う、確かに・・・」
エリ「だから、スポンサーが納得するような
 ブレイクスルーを見せてよ」
   人差し指を額に考え込むトミ。
   やがて立ち上がり一冊のノートを手に。
トミ「・・・もういちど原点からやり直して
 みようと思います」

●ローカル鉄道・客車・朝
   ボックスシートにトミ。
   酢昆布を咥えながらノート熟読中。
   細かく記された時系列と目撃情報。
   よみがえる前夜の会話。
トミ(声)「この週末を使って、過去の住人
 に直接当たってみます」
   ノートに並んだ幾つかの住所。
トミ(声)「実は、それぞれの現住所は既に
 把握済みでして」
エリ(声)「手回しいいじゃん」
トミ(声)「行き詰ったときは人間に還れ、
 それが元興寺先輩の口癖でした。ですが私、
 ご承知のようにそういう面は少々・・・」
   のんびりした車掌のアナウンス。
   トミ、スマホで乗り継ぎを確認。
エリ(声)「大丈夫だよ。トミの<真剣>は
 きっと伝わる、私に伝わったみたいに」
   スピードを落とす車両。
エリ(声)「ついでに旅を楽しんできなよ。
 土曜の夜は私も外出するからご遠慮なく!」
   前方にアンティークな無人駅。

●農村・午前
   刈入れが終わった田んぼ。
   リュックを背負って農道を歩くトミ。
   一見、ソロピクニックの中学生。
   背景の山が黄紅に染まり始めている。

●須永の実家・庭・午前
   農家の広い庭。
   洗濯物を干している若い女。
トミ「須永さんですね」
   トミ、門の外から背伸びして。

●同・客間・午前
   年月を経た十畳敷きの座敷。
   正座のトミの前に湯呑を置く須永。
須永「・・・あなた一回生?」
トミ「はい、三年後輩です」
須永「で? 大体の事は知ってるんでしょ」
トミ「学校の怪談レベルの噂話なら」
須永「あーあ、嫌だ嫌だ。人の噂もナントカ
 って誰が言い始めたんだか。もう一年近く
 前の話よ。当人がとっくに辞めてるのに、
 噂だけ一人歩き?」
トミ「一人歩きして成長もしてます」
須永「嬉しくない報せ。どんな尾鰭がついた
 かなんて聞きたくもないわ」
   向かいの座布団につく須永。
須永「噂話の伝播の法則でも調べるつもり?
 一回ならゼミじゃないよね。サークル?」
トミ「ええまあ」
須永「本当なら思い出すのも苦痛なんだけど」
   トミの誠実な瞳を受け止めて。
須永「まあ、一度くらい正確な内容を誰かに
 聞いてもらうのも悪くないか。いいかげん
 区切りもつけたいし」
   ノートの新しいページを開くトミ。

●同・承前
   庭先で猫がトンボと戯れている。
   訥々と語り続ける須永。
須永「私たち幼かったのかな。二人一緒なら
 どんな困難も乗り越えられるって、根拠も
 ない万能感なんか抱いちゃって。まだ何も
 成し遂げていない学生の分際で・・・」
トミ「・・・・・・」
須永「結局、悪いことは全部あの部屋のせい
 にして逃げ出した。そうしたところで事態
 が好転する保証なんか無かったのに」
トミ「それで彼氏さんも・・・」
須永「私が部屋から逃げ出して、彼が私から
 逃げ出して。笑えないよね」
   悲しそうに笑う須永。
   隣の部屋から赤子の泣き声。
須永「ごめんなさい、今日はご機嫌斜めで」
   席を離れた須永、襖の向こうへ。
   泣きわめく赤子を抱いて戻る。
須永「この子が無事に産まれてきてくれた。
 それ以外のことはいいの、もう」
   赤子のピンクの頬に震える産毛。
   思わず指を伸ばすトミ。
トミ「あの・・・」
須永「どうぞどうぞ。優しくしてね」
   トミのタッチに一瞬泣き止む赤子。
   不思議そうに見て、再び大泣き。
   慌てて指を引っ込めるトミ。
須永「まだ寝足りないみたい」
   トミ、膝を正す。
トミ「あなたが804号室で目撃したという
 子供の姿形をくわしく教えてください」
   身振り手振りを交えて。
トミ「五・六歳くらいの着物姿の女の子で、
 背丈はこれくらいで・・・そう、私みたい
 な髪型ではなかったですか」
   キョトンとする須永。
   腕の中でむずかる赤子。
須永「違う違う。子供って言っても、もっと
 小さな・・・ハイハイできるようになった
 ばかりの赤ちゃん。そう、この子より少し
 お姉さんくらいかな」
トミ「え・・・」
須永「それと、傍に赤い着物の女性が立って
 いるのがぼんやりと見えたの」

●マンションの最寄り駅・夜
   プラットホームを歩くトミ。
   疲れた体にリュックが重く。
トミ(声)「須永さんが見た母子・・・」
   トミ、階段の下り口で躓きかける。
トミ(声)「祢津さん。合格確実だった学士
 試験に落ちて今は予備校の講師」

●予備校・ラウンジ・午後
   片隅のテーブルにスーツ姿の女。
   積み上げた教材の向こうの無表情。
祢津「あれが見えるようになって、それまで
 自覚してなかった不安が急に膨れ上がって。
 本当の自分は何の才能もない凡人なんじゃ
 ないかって。一度そうなったら終わりなん
 です。いくら勉強しても何も身につかない。
 焦りと苛立ちだけが日に日に募って・・・
 え、母子? 何おっしゃってるんですか?
 あれはどう見ても馬・・・目玉が飛び出た
 馬です!」
トミ(声)「金銭トラブルで身を持ち崩した
 小那木さんは・・・」

●スナック・夕
   開店前の店内でモップに寄りかかる女。
   若さを侵す疲れを化粧で覆い隠して。
小那木「二度と見たくないわよ、あんな縁起
 の悪いモノ。小汚い恰好してガリガリで、
 髪もバッサバサだからジジイかババアかも
 分かんなかった。そいつが手に持った団扇
 をこうやって、お前もこっち側へおいで~
 って・・・貧乏神だわ、絶対そう!」

●マンションの最寄り駅・夜
   改札から吐き出されるトミ。
トミ(声)「みんな違うモノを見ていたんだ。
 それと、不幸のトリガーは退去という行為
 じゃない。あの部屋に住み始めた時点から
 少しずつ進行するんだ。見えない病魔に侵
 されるように」
   タクシー乗場には長い行列。
トミ(声)「座敷童だなんて、無責任な噂を
 疑いもせずに私・・・」
   諦めて商店街方面へ足を向けるトミ。
   バス乗場のベンチに誰か座っている。
   何気なく近づいて絶句するトミ。
   ラフな服装のエリが大口開いて爆睡中。
トミ「エリさん、ちょっとエリさん」
   トミの揺さぶりに首ガクンガクン。
トミ「なんで半袖? 風邪ひくって」
エリ「んんー何だあ? もうラストオーダー
 でしゅかあ?」
   エリの息に顔をしかめるトミ。
トミ「うへえ・・・チェッカー要らずだよ。
 基準値天元突破。逮捕だタイーホ」
エリ「アレ? トミーじゃん」
   急に素に戻るエリ。
トミ「はいはいトミーですよ。ってか、また
 新しい呼び方。それよりどうしたんですか、
 上着とか着てこなかったんですか」
エリ「上着? 上着はねー、ライブの時邪魔
 になるでしょー。汗ダックダクだし・・・」
   再びヘロヘログニャグニャ。
トミ「とにかくここで寝たらダメですから。
 タクシー並びましょ、ね」
   いきなりスッと立ち上がるエリ。
   バランス崩してこけかけるトミ。
エリ「歩く」
トミ「イヤイヤイヤ・・・」
エリ「歩くの!」
   宣言と同時に歩き出すエリ。
   意外としっかりした足取り。
   慌てて追いかけるトミ。

●商店街・夜
   両側にシャッターを下ろした店舗。
   早足のエリに必死で食らいつくトミ。
トミ「ちょっと・・・ペースダウンを・・・
 こっちは荷物持ってるんですから・・・」
エリ「フンフフン♪ フンフフン♪」
   音程が迷子の鼻歌。
トミ「それと声・・・抑えて・・・通報され
 ちゃう・・・」
エリ「ホームランきょおーしつー♪」
   ダッシュしてエリの口を塞ぐトミ。
トミ「痛っ」
   そのまま思わずしゃがみ込む。
エリ「ごめ・・・歯当たった?」
トミ「手じゃない足です。馴染んでない靴で
 めっちゃ歩いたんで・・・」
   エリ、心配そうに見下ろして。
エリ「オマジナイしてあげようか」
トミ「謹んで遠慮申し上げます」
   無視してトミの足に手をかざす。
エリ「オン・アビラウンケンソワカ」
トミ「痛いの痛いの、じゃないんだ」
エリ「ヨシ! それパス!」
   返事を待たずにリュックを奪うエリ。
   一気に背負うも二三歩ふらつく。
トミ「気をつけて・・・」
エリ「何この重さ、質量兵器か」
トミ「お土産も入ってるから」
   しっかり足を踏ん張るエリ。
エリ「OK、もうだいじょぶ!」
トミ「大丈夫じゃない、服、見えちゃうから
 色々と・・・」
   見え隠れする肌色を献身的にカバー。
トミ「ハイ、裾も入れて」
エリ「今日はトミーがお母さんだね」

●土手・夜
   川風が吹き抜ける道を歩くエリとトミ。
   少し落ち着いた足取り。
   トミ、うろ覚えの『ケロヨンのうた』。
   エリ、控えめの声で合わせて。
   二人の小合唱。

next


© Rakuten Group, Inc.
Create a Mobile Website
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: