やくみ



泉屋(四五)男性。バー・マスター。

伊上(四五)男性。バーの客。雑文書き。

喜田(三八)男性。バーの客。カメラマン。

古室(五二)男性。バーの客。作曲家。





●公園・夕
   宵闇せまる児童公園。
   雨降りでもないのに傘を差した女性。
   鼻歌まじりでアンニュイな足取り。
   ショーケン版『ラストダンスは私に』。
   エンドロール。

●ダイニングバー<四つ薔薇>・夜
   闇に沈むスクリーン。
   消えていた店内照明が灯る。
   プロジェクターの傍に泉屋。
   照明スイッチの傍に喜田。
   カウンター居酒屋に毛が生えた店内。
   スクリーンはフロアの突き当たりに。
   観客(カウンター)席に伊上と古室。
泉屋「物申したい事が有りそうな顔だらけ。
 OK、順番に伺うよ」
   いの一番に手を挙げる古室。
古室「僕の作った劇伴はどこ行った。既成曲
 ばかりじゃないか」
泉屋「仮編集でハメてはみたんですよ先生。
 アレは合いません。ギル・メレと冨田勲の
 悪魔合体じゃないですか」
古室「年代物のミニモーグをスタジオに導入
 したんだ。嬉しくなって遊んでる内に魔が
 差してね。だからって全ボツはないだろ」
泉屋「何か使えそうな企画を考えますから。
 今は一先ずストックってことで」
   間髪入れずに立ち上がる伊上。
伊上「ラストのカワイ子ちゃんは誰だ。俺に
 相談もせずシーン追加して・・・」
泉屋「ああ、その点は悪かった。ロケ前夜に
 急にアイデアが降りて来たもので」
伊上「俺が脚本に込めた意図はだな・・・」
泉屋「『明日香』を、ゴドーとか桐島みたいな
 『不在の在』として定義した脚本家先生の
 狙いは十分理解してるさ。ただ・・・」
伊上「ただ、何だよ」
泉屋「僕はね、『美少女を書きたい』という
 君の心の叫びに共鳴して・・・」
伊上「だったら、たまたま俺が現場不在の日
 に呼ばなくたっていいじゃないか」
泉屋「それが本音だろ」
喜田「あの子、姪っ子の友達なんです。今度
 打ち上げセッティングしましょうか」
伊上「・・・よろしく頼む」
泉屋「ラノベのチョロインよりちょろいな」
伊上「おいヘボ監督」
泉屋「何だエロライター」
伊上「審問したいことはまだまだ有るぞ」
泉屋「じゃ、何かつまみながらにするか」
   カウンター内に入る泉屋。

●同・承前
   オムニバスCDが流れる店内。
   BGM『君は人のために死ねるか』。
古室「これぞ日本語ラップの極北だな」
喜田「世慣れた囁きや薄ら笑い、か。日ごろ
 そういう連中に囲まれてるから、自分まで
 染まっちゃいそうでゾッとしますよ」
泉屋「君の場合、石への愛を失わないかぎり
 堕ちる心配はなさそうだけど」
喜田「そう言えばこの間、素敵な横穴式石室
 撮ってきたんです。見ます?」
泉屋「後で拝見するよ。さ、召し上がれ」
   カウンター席の三人に冷奴を出す。
喜田「お、色白できめ細やか。いい肌質して
 ますねえ」
伊上「てか何でやっこ? どちらかというと
 湯豆腐が恋しい季節だろ」
古室「この店でそんな気の利いた肴にありつ
 けると思うか」
泉屋「悪かったですね、三文酒場で」
古室「そこがいいんじゃない」
   泉屋、醤油と葱と生姜を出しながら。
泉屋「さて、グレート伊上のダメ出しを拝聴
 するとしようかな」
伊上「誰がグレートだよ。ともかく、まずは
 墓地のシーンからだ」

●劇中・墓地・午前
   墓石の間を歩むダークスーツの古室。
   その隣に紺の作業着の喜田。
   髪は半白、腕に『案内係』の腕章。
   何か話す二人を望遠で捉えるカメラ。

●ダイニングバー<四つ薔薇>・夜
   豆腐に醤油だけかける伊上。
伊上「喜田くんの役作り、アレ誰のつもり?
 殺し屋とエージェントの設定だったよな。
 どう見てもお墓で働いてるシルバー人材の
 オッチャンなんだけど」
泉屋「それ役者発のアイデア。監督としては
 積極的に取り入れる方針でね」
喜田「すいません。色々と試してたら加減が
 分かんなくなって。死の案内人のイメージ
 だったんです。髪は銀髪のつもりで」
伊上「白髪にしか見えん」
喜田「実際の画面だとここまで印象が変わる
 んですねえ。勉強になります」
伊上「映す方の本職が何言ってんだか」
古室「マスター、辛子ないか。僕は冷奴には
 断然辛子派でね」
泉屋「和がらしor普通のからし?」
   二つのチューブ辛子を差し出す。
古室「和がらしで行こう。一応和食だし」
喜田「その二つの違いって何ですか。洋辛子
 はマスタードですよね。また別物?」
泉屋「和と洋で原材料からして違う。さらに
 このメーカーの場合、無印のからしは和洋
 のミックスなんだ」
喜田「ややこしいな。力と技のV3みたいな
 もんですか」
伊上「辛子はどうでもいいって。映画の話を
 しようぜ」
泉屋「そうだった。お次は」
伊上「オセロのシーンだよ」

●劇中・池の畔・午後
   寒々しい池を悠々と泳ぐアヒル。
   池畔の東屋に古室と喜田。
   墓地シーンと同じ衣裳。
   二人の間のテーブルにはオセロ盤。
   互いに人名を言ってから石を置く。
古室「リッキー・ホイ」
喜田「岩下志麻」
古室「マイケル・パレ」
喜田「レオナルド・ディカプリオ」
   『プリオ』の言い方が妙に可愛い。
   素で吹き出しかける古室。
古室「・・・大和田獏」
喜田「あっ、ズルい」

●ダイニングバー<四つ薔薇>・夜
   BGM『悲しみにつばをかけろ』。
   喜田に詰め寄る伊上。
伊上「ズルいって何だよ、ズルいって」
喜田「すいません、素で言っちゃった」
古室「あのシーン自体、ほぼ全編がアドリブ
 だからな。素人には荷が重いよ」
泉屋「大御所風ふかしてるけど、素人なのは
 先生も同じでは」
喜田「大和田って言うからてっきり伸也の方
 かと思ったら獏が来るんですもん、ズルい
 ですよ」
古室「別にズルかないだろう。獏さんだって
 良い役者だぞ」
伊上「そもそも尻取りが要らないんだって。
 単純にオセロだけでいいの」
   しんと静まり返る店内。
   本郷直樹の歌声だけが響く。
伊上「え? 要らないよね? シナリオにも
 書いてないし・・・」
   急に不安になる伊上。
古室「いや、要るだろ」
喜田「要りますよねえ」
泉屋「要るに決まってる」
伊上「いやいや、余計なことするから肝心の
 オセロまでミスってる。石一個返し忘れて
 ましたよ先生」
古室「ああ、斜めか」
伊上「それと大和田獏からの・・・」

●劇中・池の畔・午後
   石を一つ返し忘れる古室。
喜田「クリント・イーストウッド」
   喜田が自分の石を置く。
古室「新作、もう観たのか」
喜田「観ました。いい年の重ね方でしたね」
古室「あえて衰えを隠さないのがいい」
喜田「歩く姿なんか映画史そのものですよ。
 どうせ老いるなら、俺もああいう爺さんに
 なってみたいものです」
古室「まあ、お前にはなれないだろうな」
喜田「どういう意味ですか」
古室「果たしてその年まで生きられるか」
   二人の間に緊張が走る。
   古室、ニヤリと笑って。
古室「ドニ・ラヴァン」
   石を置いたオセロ盤に積もった枯葉。

●ダイニングバー<四つ薔薇>・夜
   古室、豆腐をパクリ。
   死角に潜んだ辛子の塊。
古室「尻取りからちゃんと本筋に繋げた点は
 評価してほしい」
   鼻への刺激に涙目になりながら。
伊上「それは認めますよ。認めますけどね、
 最後の落ち葉! あの積もり方はさすがに
 おかしいでしょうよ」
古室「やっぱり和がらしの方が辛いな」
伊上「だからやっこは醤油だけで食べるのが
 一番・・・じゃなくて葉っぱ!」
泉屋「時間経過を表したんだ。一瞬に見える
 二人の対峙を永遠に引き延ばしたのさ」
古室「その長い長い対峙をドニ・ラヴァンが
 終わらせたわけだ、尻取りと同時にな」
   古室、したり顔。
伊上「いや、全然うまくないです・・・」

●同・承前
   BGM『昭和ブルース』。
   突っ伏して不貞腐れる伊上。
伊上「寄ってたかって人のシナリオを玩具に
 しやがって・・・」
泉屋「機嫌直せよ相棒。もひとつどうだ」
   余っている冷奴を差し出す。
伊上「いいよもう。もう書かない」
喜田「伊上さんも伊上さんですよ」
   突っ伏したまま顔だけ向ける伊上。
伊上「どういう意味」
喜田「ラスト以外、ほぼほぼ現場にいました
 よね。僕が出てるシーンは代わりにカメラ
 回してたし。それを今さら・・・」
古室「待ってました正論パンチ」
喜田「平凡パンチみたいに言わない」
泉屋「水臭いぞ。演出に不満があるなら現場
 で言ってくれよ」
伊上「映画は監督の物だ」
泉屋「・・・・・・」
伊上「シナリオを監督に託した時点で脚本家
 の仕事はおしまい」
泉屋「・・・・・・」
伊上「そんなこと分かってんだよ・・・でも
 分かってほしいんだよ、このジレンマを」
   珍しく神妙な雰囲気の店内。

●池の畔・午後(回想)
   伊上、三脚に乗せたカメラの後ろに。
   古室と喜田の尻取りオセロが続く。
   真剣な表情でカメラを覗く伊上。
   ファインダー内、石を返す古室の手。
   繊細に手の動きを追うカメラ。
   煽るようなアヒルの鳴き声。

●ダイニングバー<四つ薔薇>・夜
   BGM『愛に野菊を』。
伊上「・・・実験でもする気か」
   麺つゆとなめ茸の瓶を持った泉屋。
   目の前には余った冷奴。
泉屋「ちょっとした魔法さ」
   豆腐の上にたっぷりなめ茸を乗せる。
   その上からドバドバと麵つゆ。
   伊上、うへえ顔。
   仕上げに大葉を一枚乗せて。
泉屋「〈四つ薔薇〉風・欲張り冷奴。騙された
 と思って一つ」
   伊上の前に押しやる泉屋。
   半信半疑で箸をとる伊上。
   豆腐を薬味ごと割り取って口に運ぶ。
伊上「・・・・・・」
   止まらなくなる箸。
   その様子を微笑ましく見守る三人。

●同・承前
   空になった冷奴の皿。
伊上「もっと早く教えてくれよ」
喜田「薬味は冒険。失敗を恐れてたら新世界
 なんて夢のまた夢です」
   喜田が食べ終えた皿は真っ赤。
古室「何をかけたらそうなるんだ?」
喜田「ガーリックチップにラー油ですけど」
古室「・・・若いな」
   スパイス瓶を眼前に並べる泉屋。
泉屋「薬味を足すのも監督の仕事」
伊上「シナリオ、そんなに淡白だったか」
泉屋「まあね。ぶっちゃけ遠慮しただろ」
伊上「え」
泉屋「尺の都合とか撮影の面倒さとか。色々
 考えすぎて窮屈になってた」
喜田「らしくなかったですよ」
古室「君の持ち味は後先考えない天衣無縫さ
 なのにな」
喜田「行き当たりばったりとも言う」
伊上「・・・・・・」
泉屋「サンタだってそうだよ」

●劇中・公園・朝
   サンタ姿の喜田がやって来る。
   遊んでいる子供たちの目も気にせず。
   シーソーの片側に掛けている古室。
   喜田サンタがもう一方の端に掛ける。
   そちら側に傾くシーソー。
   背負っていた袋の中を探る喜田。
喜田「サンタさんのささやかな贈り物」
   喜田、バーボンの瓶を古室に放る。
   キャッチして一口あおる古室。
泉屋(声)「これがもし薬味抜きなら」
   喜田のサンタ衣裳が消失。
   シーソーに座るダークスーツの二人。
   古室、喜田に瓶を投げ返す。
   残りを一気に飲み干す喜田。
泉屋(声)「公園で飲んだくれてるリーマン
 二人の図になる」

●ダイニングバー<四つ薔薇>・夜
   劇中のバーボン瓶を出してくる泉屋。
   四つのショットグラスに均等に注ぐ。
泉屋「初稿にあったサンタ衣裳を一旦削った
 のはどうして?」
伊上「撮影中に不審者通報でもされたら困る
 だろ」
泉屋「それだよそれ。ライターが作品の幅を
 狭めてどうする。だから復活させたんだ」
喜田「そんな心配するくらいなら、小道具の
 酒は偽物にしといてください」
古室「本気で飲むやつが悪い。飲んだフリで
 いいのに」
喜田「先生は一口だけど僕は飲み干さないと
 いけなかったんですよ。ワンカットで干す
 フリなんてできると思います?」
伊上「それこそ俺に言うなよ。小道具の面倒
 まで押しつけられてたまるか」
泉屋「僕の配慮が足りなかった。次回からは
 麦茶に入れ換えとくよ」
   ショットグラスを三人の方へ。
泉屋「これは本物」
   四人、グラスを軽く合わせて乾杯。

●同・承前
   BGM『いつか街で会ったなら』。
   温かい酔いに抱かれた店内。
泉屋「そもそも僕ら自体、薬味まみれの存在
 じゃないか」
古室「そうそう。この店も」
   雑然としたインテリアを見回す古室。
喜田「会話だって。我々のお喋りから薬味を
 引いたら後に何が残ります?」
伊上「出涸らしで淹れた茶みたいなもんか」
泉屋「そりゃ面白そうだな。試してみよう」
   泉屋が指を鳴らした瞬間。
   中村雅俊の歌声が消える。
   ドロンとブロンソンのポスターも。
   腰をくねらすヤクシニーも。
   西洋甲冑や鋼鉄の処女も。
   天井から吊られた星座のモビールも。
   ことごとく消え失せて殺風景な店内。
伊上「・・・最近どう?」
喜田「全然ですね。ギャラは下がる一方だし
 コンプラコンプラうるさいし」
伊上「グラビアから足洗えば?」
喜田「かと言って今さらブツ撮りに戻るって
 のもねえ・・・」
伊上「不本意な仕事なら俺だって。成人誌の
 オカルトネタなんて誰が喜んで読むんだ?
 風俗記事の方が読まれるだけマシだよ」
喜田「埋め草ってやつですか」
伊上「不毛。草も生えない」
喜田「・・・・・・」
伊上「・・・・・・」
古室「マスター、この辺が痛いのって何?」
泉屋「十二指腸・・・いや膵臓かな」
古室「ただの筋肉痛ってことない?」
泉屋「知りませんよ。不安なら医者行ったら
 いいじゃないですか」
古室「だって怖いこと言われたら嫌だし」
泉屋「また子供みたいに」
古室「いっそ子供に戻りたい。朝起きて快調
 な日なんか一日たりとも無いんだぞ」
泉屋「だからそういうことは医者に・・・」
古室「あと五年もすれば君だって分かるさ」
泉屋「・・・・・・」
古室「・・・・・・」
   会話も音楽も途絶えた店内。
泉屋「こりゃかなわん。元に戻そう」
   指を鳴らす泉屋。
   たちまち店内元通り。
泉屋「ね。要るでしょ?」

●同・承前
   カウンターで舟を漕ぐ古室。
   伊上と喜田は無駄話に夢中。
伊上「法則がさっぱり分からん」
喜田「法則って大げさな・・・」
伊上「いや絶対あるはずだって」
喜田「芥川、太宰、三島、寺山?」
伊上「漱石、鴎外、一葉、露伴。ホラ」
喜田「時代ですかね」
伊上「でも芥川は大正寄りだし」
喜田「うーん・・・乱歩と横溝・・・」
伊上「清張を『松本』とは呼ばないよな」
   泉屋、看板を片づけて戻ってくる。
泉屋「どうしたの、二人して頭ひねって」
喜田「作家を苗字で呼ぶか名前で呼ぶか問題
 です」
泉屋「好きな方で呼べばいいじゃない」
喜田「いや、あくまで一般的な話」
伊上「戦後作家は苗字呼びが多いと思う」
泉屋「安吾は?」
伊上「安吾は安吾だなあ」
泉屋「安部公房は?」
伊上「安部公房だろ」
喜田「ますます混沌としてきましたね」
伊上「あっ、ハルキ!」
泉屋「アレは龍もいて紛らわしいから」
喜田「そう言えば映画監督って大体苗字呼び
 ですよね」
伊上「ほう」
喜田「クロサワ、オヅとか」
泉屋「ミゾグチ、キノシタ、ナルセ」
伊上「あーホントだ。フカサク、ソウマイ、
 オオバヤシ!」
泉屋「逆に名前呼びの監督っているのかな」
喜田「新たな難問をぶっこんできましたね」
伊上「うーん」
喜田「『石井』はたくさんいるけど、名前じゃ
 呼ばないですよね。輝男、隆、聰亙とか」
泉屋「聰亙は岳龍だよね、今」
伊上「慣れないよな、いつまでたっても」
泉屋「名前、名前と・・・」
喜田「・・・・・・」
泉屋「・・・・・・」
伊上「・・・・・・」
古室「ZZZZZZ」
   再び訪れる沈黙。
   が、今度の沈黙は心地よい。
伊上「あ」
泉屋「あ」
喜田「あ」
   お互い指を差しあう三人。
伊上「喜八!」
泉屋「清順!」
喜田「ハヤオ!」
古室「何だ何だ、もうエンドロールか」
   大声に驚いた古室、寝ぼけまなこで。
喜田「先生、エンドロールなら最初に流れた
 じゃないですか」
伊上「喜八のパクリだな」
泉屋「バレたか。でもせめてオマージュって
 言ってくれよ」
伊上「それも薬味ってことか」
   しょうもない笑いが時を満たす。
   今夜もバー〈四つ薔薇〉の夜は長い。

●真のエンドロール
   バックに流れる自主映画の映像。
   公園の築山で鳥のポーズをする古室。
   暗転。
子供の声「なに撮ってはるんですか?」





                   了


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