Hau'oli Cafe ~フラガールのLOHAS的生活~

Hau'oli Cafe ~フラガールのLOHAS的生活~

大学時代~20代後半

大学時代

いま考えればあの頃本気で勉強すればかなりの英語力はついたハズ。。。
こんな後悔をしようとは思いもせず、大学時代はアルバイトと部活に明け暮れてしまい、非常にもったいないことをしました。
卒論に関しても「これじゃレポートと変わらない」と教授に怒られつつギリギリなんとか卒業。

なぜ、あの時勉学に打ち込まなかったのだろう。
今じゃ行きたくたって4年分の学費など出せるわけがない。
週に1度、英会話スクールにも通い始めたが、大学の授業を熱心に受けた方がよっぽど力がついただろうと思う。

また大学生の時に初めてハワイに行き、ハマル。
何にって、ブランド買いに!当時雑誌JJがわたしのバイブル。
卒業旅行の季節になるとJJにハワイの特集が組まれ、わたしも毎年同じようにワイキキで高級ブランド品を買い歩く恥ずかしい日本人の一員になってました。

今思えば、あのお金で毎年短期語学留学などができたはず。
本当に両親には申しわけない!

新社会人~3年間

初めは英語を使って空港で働きたいという密かな夢を抱き、日航系のグランドホステスや入国管理局員を目指し公務員試験を受けるが、
結局あるアメリカ人が個人経営する英会話スクールに就職する。主に幼児の英会話クラス、中高生の文法クラスなどを受け持つようになるが、アメリカ人のボスや各国から来ている同僚とコミュニケーションをとるためにも、遅ればせながら焦って英語を勉強し始めた。
この頃はNHKラジオの「英会話」と「ビジネス英語」を毎日聞き、専用ノートを作って本文を暗記したり、アメリカの人気ドラマ番組「フルハウス」をビデオに取り、英語音声で見ながら口真似をしたりしていた。

さらにこの頃は日本人の友人と遊ぶよりも、ネイティブの同僚と遊ぶことが自然と多くなり、生きた英語と好きなだけ接せられた。自分は勉強が好きなんだと気づき(遅いっ)、社会人大学や資格習得の本などを読み始めたのもこの頃。

26歳ワーホリへ!

諸事情で英会話スクールを辞め、自分探しにもがいていた頃、ニュージーランドの雪山で働き口があることを知る。
いずれはワーホリや短期語学留学をしたいな~とは思ってたが
貯金など全くない状態だった。
しかし今しかないと思い、借金をしてニュージーへ!
この時の借金を返すのに2年かかりました。それ以来ローンなどには懲り懲り!
でも、そのぐらいの勢いでないと、あの貴重な経験はできなかったと思う。
人間、どうしても安定した生活の方を望んでしまうけど、その生活を捨てても
その時にしかできない経験って生涯の宝物になると思う。

ニュージーでの仕事はゲレンデで、日本人相手にスノーボードを教えるコーチの通訳。
専門用語には苦労した。だけど、自分もスノーボードは大好きだったし通訳しながら自分の勉強にもなった。
ただ日本人3人とフラットをシェアしての生活だったので英語を喋る機会は1日の半分くらい。
それでも、この旅で自分は海外でも何とか暮らそうと思えば暮らせるんだという自信が持てた。

英語からかけ離れた数年

ワーホリから戻って翌年もニュージーが忘れられず1ヶ月だけ滞在したが、それ以降英語をほとんど使わなくなる。自分の英語力がどんどん落ちていくのがわかるが、何も努力をしなかった。



© Rakuten Group, Inc.
X

Create a Mobile Website
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: