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家族戦隊ゴニンジャー
生きていたいから
もう招待状の発送も済んでいたし、
私も花嫁修業と称して、既に退社して、さまざまな雑用を片付けていた。
深夜2時。
けたたましい電話のベルに目を覚ます。
非常識な。
どうせ間違い電話なんだから、無視していよう・・・
と思って布団をかぶったのに、ベルは10回を越えても鳴り続けている。
ふと、不安な思いが胸をかすめた。
母さんは高血圧だから、もしかして急に倒れたのかもしれない。
それとも、父さんが。
「もしもし、磯崎ですが」
「磯崎、佳奈子さんでいらっしゃいますね」
「はぁ、そうです」
「夜分遅くに申し訳ありません。
こちら、警視庁の者ですが、お宅様の知り合いに三好竜太さんと言う方がおられますか?」
竜太? 彼が、何をしたって言うの!
「ええ、おりますけど」
「では、三好さんのご実家のご連絡先はおわかりになりますか?」
こんな夜中に、いたずらなの? なんか嘘くさい電話だわ。
「いったい、何ですか? そんなの本人に聞けば・・・」
「あ、すみません、あの、三好さんが交通事故に遭われまして、意識不明なものですから。
お宅様の住所が書かれた手紙と、免許証しか、身元が確認できるものがなかったんです。
でも、免許証の住所には、どなたもいらっしゃらなかったので・・・」
警察官の声は、途中から聞こえなかった。
竜太が事故。それも、意識不明の?
何故。どうして。
頭の中は訳のわからない単語だらけになり、
もう自分で何を考えているのかさえ、はっきりしなかった。
「とにかく、ご家族に連絡を・・・」
「私、婚約者です。今から行きます。どこの病院ですか?」
「あ、新宿の・・・」
果たして、私はどうやって着替え、タクシーをつかまえ、病院にたどり着いたのか。
そして、いつの間に竜太のご両親に連絡したのか。
今となっては、全く思い出せないのだけれど、
とにかく気づいた時には、
私は、機械に沢山のチューブで繋がれた竜太の傍らに、じっと座り込んでいた。
竜太は、真っ青だった。
その目は固く閉じ、頭にはあちこち血が滲む包帯が巻かれている。
酸素マスクをつけ、途切れがちに息をしているようだった。
こんなの、私の竜太じゃないわ。そう思って、
何度も立ち上がりかけたが、そのたびに竜太のご両親が視界に入り、
現実を知って座りなおす。
いつかしらじらと夜も明け、日勤の看護婦たちが廊下をバタバタと歩いていく音が聞こえる。
けれど、ICU(集中治療室)に窓はなく、時計すら見当たらないので、
今が何時なのか定かではない。
ふと、自分の膝の上に置かれた竜太の荷物・・・
血だらけの鞄を開けると、中に時計が入っていた。
ガラスが砕け、時計の針は12時を過ぎたところで止まっている。
「失礼します」
ドアが開き、医師が入ってきた。
もちろんここはICUだから、看護婦もつきっきりで見てくれているし、
当直の若い医師も、何度となく様子を覗きにきていた。
しかし、今ドアから入ってきたのは、
いかにもベテランそうな中年の医師だった。
「ご家族の方、ですね」
無言のまま、3人でうなずいた。
正確に言えば、私はまだ家族ではないけれど。
でも、誰よりも竜太を大切に思っていることに、違いはない。
「単刀直入に申し上げましょう。息子さんは、もう意識を取り戻す見込みはありません。
この脳波計をご覧になればわかると思いますが、
いわゆる脳死状態になってしまっているのです」
竜太のお母さんが、こらえきれずに嗚咽を漏らした。
ハンカチをしっかりと握り締め、口元に持っていきながら、肩をわなわなと震わせている。
お父さんも、床に視線を落としたまま、顔を上げようともしなかった。
「医者としても、残念に思いますが、どんなに我々が手を尽くしても、もうどうにもなりません。
このままでは、あと半日のうちに心臓も停止するでしょう。
頭蓋骨以外に損傷はないのに、お気の毒としか申し上げようがありません」
しばらく沈黙が流れた。
私は、竜太が死んだのだと聞かされているのに、
何か夢の続きを見ているようで、どうにも信じられず、
目の前でゆるゆると呼吸を続ける竜太を見ていた。
今にも起き上がりそうな、とは思えないくらい状況は悪かったが、
でも、確かに息をしているのだから。
「実は、ですね。息子さんの定期入れの中から、臓器移植のカードが発見されたのです。
お父様のサインもありますね。
お願いです。息子さんの臓器を提供していただけないでしょうか」
医者は、上目遣いに私たちを見ながら、ゆっくりと切り出した。
まだ、お母さんは肩の震えが止まっていない。
お父さんは。
いつもの朗らかな様子とは大違いで、顔をキッと上げ、医者を睨みつけた。
「そんなもの、書いた覚えはない! 竜太を、切り刻もうって言うんですか!」
「ご家族の方には、つらい決断かもしれません。健康なときには同意していても、
いざとなると反対される。
そういうご家族は大変多いです。
けれども、脳死の状態で移植するのと、心停止してからでは、
天と地ほども差があるのです。
どうか、息子さんの一部分だけでも、生かしてあげようと思ってはもらえませんか」
「竜太は生きているんだ!」
口調は荒かったけれど、お父さんは落ち着いていた。
竜太の僅かに上下する胸を見ながら、きっぱりと申し出をはねつけている。
「お願いします」
私は、自分で自分の言葉が信じられなかった!
何を言ってるの、佳奈子。竜太は生きている。
お父さんだって断った。
私に何の権限があるというの? まだ家族でもないのに。
そう頭の中では考えているはずなのに。口に出しているのは違う言葉だった。
「竜太・・・ さんは、死んではいけないと思います。
例え、肉のひとかけらになったとしても。
天国に行ってしまうより、この世で行き続けて欲しい。
私は移植に賛成です。それが竜太の意思なのですし」
「佳奈子さん! あんた、自分が何を言ってるのかわかってるのか?
今、ここで生きている竜太を、殺せって言うのか?
私は認めない。そんな酷いこと・・・」
「あなた、よしましょう。生きているなんて。
死んでいるんですよ、竜太は。
もう、生き返りはしないんですよ。
それなら、私も佳奈子さんの意見に賛成します。
どこか一部分だけでも、この世に生きていてくれる。
そう思ったほうが救われますよ。
竜太もそれを望んで、お父さんにサインしてくれって頼んだんじゃないんですか」
お母さんは、いつの間にかしゃきっと背筋を伸ばし、ハンカチを膝の上に置いていた。
お父さんは、味方だと思っていたお母さんの反撃に、言葉を失ってしまった。
そして、ぽろぽろと頬を涙が転げ落ちていった。
竜太は、この二人にとって、たった一人の大事な息子なのだ。
そして、私にとっても、たった一人の。
「賛成、していただけますか? 一応、臓器移植の同意書をお渡ししておきます。
出来れば、1,2時間でお決めになってください。
私たちも、その間に移植可能患者をリストアップします」
医者は、手にしていた封筒をお母さんに手渡すと、
務めてそっと、病室を出ていった。
「私は・・・ 竜太をこんなに早く、亡くしたくはなかった。
もっともっと、私らよりも長生きしてくれると信じて疑わなかった。
こんなに突然、奪われるとは・・・」
「お父様。
私だって、竜太さんがいなくなるなんて、今まで考えたこともありませんでした。
でも、もう竜太さんは戻らないのだと言います。
それなら、せめて同じように子供を、愛する人を奪われつつある人たちに、
生きるチャンスをあげましょうよ。
竜太さんのおかげで助かる命があるのなら、それだけでもきっと、
竜太さんの生きてきた価値があると思います。
人は、どんなに努力して生きても、他人の命を救うほどの偉業は、
そうそう成し遂げられないのですもの。
これも、きっと竜太さんの他人を思う優しい性格が招いた宿命ではないでしょうか。
竜太さんだって、まだ生きていたいはずです。
他人の身体の一部分としてでも。
竜太さんを、本当に死なせないでください」
お父さんも、お母さんも、ただ涙をこぼしていた。
私が再び竜太の鞄を開け、彼のボールペンを探して黙って差し出すと、
お父さんは震える指で受取り、同意書にサインをした。
「それで、竜太さんの臓器は、誰のところにいったの?」
「うん、まだ日本では心臓移植なんかは難しいでしょ。
だから、肝臓と腎臓、それに角膜を使うって言われたんだけど、
それ以上は、新聞報道で見ただけ」
「え? それじゃ竜太さんが、どこの誰の命になったのかわからないじゃない」
「でも、いいのよ。
だって、もしわかったとしても、患者さんに適合せずに結局亡くなったとか聞いたら、
哀しいじゃない。これでよかったのよ」
「そうかしら・・・」
全然納得がいってないような妹の顔を見つめながら、
もし、私が突然死んだら、この娘は移植に同意するだろうか? と考えてみた。
きっとしないだろうな。結構保守的だから。
私は、献体として、医学生に解剖されると言われても承諾するけれど。
燃えて灰になってしまう前に、何か生きていた証を残したい。
それが、生きるということじゃないかと思い始めている。
竜太、生きることの本当の意味を教えてくれて、ありがとう。
私、竜太の分まで幸せになるよ。
強く生きていけるよ。
だって、竜太は今も、この世界のどこかで私を見守っているんだものね。
作者注:この作品は、今から10年以上前、臓器移植法がなかった頃に書いたものです。
そのため、現在の状況にあわせて、加筆訂正をしている部分があります。
実際、作品を書いた数ヵ月後に、義理の従弟が、移植云々部分以外はそっくりな
亡くなり方をしてしまったので、自分自身、怖くなった話でもあります。
(挙式1ヶ月前。夜中の交通事故。頭蓋骨だけの損傷。脳死状態というところまで)
彼への追悼もこめて、再録に踏み切りました。
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