僕のできる事

僕のできる事

ある男の人生2章


一也は、翌日朝7時に家をでて、国道15号線沿いにある川崎区の職業安定所の駐車場で事務所のあくのをまっていた。
8時30分になり、事務所はあいたが、受付は9じからということで、開いているいすにすわりまち、時間と同時に受け付けにいき、
ことの事情を話し、すぐにでも仕事がしたいというと、
“それでは、2番の番号の前で、おまちください、番号札がありますので、かならずお持ちになってお待ちください”
いわれたとおりにしていると、名前を呼ばれ希望職種、給料、経歴をきかれ、どこの職安でみつけてもいいといわれたので、翌日からは、水道橋まで足をのばし、2度と家族に心配かけまいと必死だった。
一也は、自分に合う仕事がみつからず、十月になったとき、仕事をすることを優先に自分のことより、家族の生活を考え連日、面接
をうけはじめ、5回目の面接に落ちた時、
十一月最初のころ,川崎の職安できになっていた,基本給9万から27万,職種,小売,コンビニエンス・ストア,仕事,地域開発、
開発という響きに不安を感じたもの、何時までもぶらぶらしているわけには、いかなかった。
川崎の職安で一時間前からあくのを待ち、開いたと同時に、ブルーのフアイルの販売をとり、そのページを見つけてほっとし、そのページを抜き取り、受け付けに行き、受付の方
に丁重に電話をしていただき、面接日を決めていただいた。
いよいよ、面接の日、一也は、早めに家を出た、もしものときのことを考え1時間前には面接するビルの前にいた。
その時は、忠実屋のビルだったが、今はダイエーのビルとなっている、5分前に受付に行き、“首都圏地域スパ-本部の面接にきたものですがと伝え、
“少々、おまちください、只今おつなぎいたします”
と言って2言、3言交わした後、
“それでは、小野様そちらのエレベーターから、5階までおあがりください、担当者の方がお待ちしておりますから“
“ご親切にありがとうございます”
とお礼を言って、緊張をしながらも、自分の服装のチエックをした、今日の一也は、一番
気にいっている、ダーバンの紺の三つ揃い、髪は、きちんと、7,3できめていた。
エレベーターが5階につき、扉があくと、一也が今まで見たことも無い、活気にみちた、
集団がいた。
こんなところで働けたらいいな、と一也は心の中で思い、気持ちを入れ替える為に、両手にこぶしをつくり、自分自身に気合をいれ、
“小野と申しますが、首都圏ー本部はどこでしょうか?面接にきたのですが“
“少々おまちください、ただいまお呼びいたしますので“
制服をきちんと、着た女性が応
対してくれて緊張感が少しほぐれたような気がする、
“いやあ、たいへんおまたせしました、私総務の新藤と申します、履歴書はおもちですね
“ハイ”
“それでは、拝見させていただきます、それでは、上司に報告してきますので、お待ちいただけますか!“
しばらくすると、びっこをしきながら、とても感じのいい紳士があらあわれた。
“渋谷ともうします“
と指しだされた名刺には開発部長渋谷要之助
とかかれていた、一也は、ありがたく両手を差出し、丁重に受け取ると、
“まあ、そんなに硬くならず、楽にしてください、それでは、経歴からお伺いしていきます”
履歴書
小野 一也 男
昭和24年6月4日生まれ
現住所
川崎七〇〇―一八七
本籍
同上
経歴
昭和三十一年 小学校入学
昭和三十七年中学校入学   昭和四十年 私立大森工業高等学校入学
昭和四二年 大日本印刷株式会社入社
昭和五十年 有限会社大九食品入社
昭和六二年 大九食品河原町店 閉店
 現在に到る   以上
“それでは、給料についてですが、基本給は9万として、営業は自家用車を使って頂くということが、条件の一つ、外勤手当て、小売の経験などを考慮いたしますと、25万の支給額になるとおもいます、詳細は追ってお知らせいたします。
それから、何の音沙汰も無く1ヶ月がすぎたろうか、電話がなった。
“一也様のお宅でいらっしゃいますか?
覚えていらっしゃいますか、首都圏地域スパ―本部の渋谷でございます、今ごろになって大変失礼だとは思うのですが、さんが、面接を受け付けた新藤がその日に急死いたしまして、いろいろとあったものですから、もし、まだお仕事がみつからないで、当社でよければ、採用ということで決まっておりますので、いかがでしょう、ご検討いただけませんか?“
“いや、そんなにご丁寧に、こちらこそ宜しくお願いいたします”


© Rakuten Group, Inc.
X

Create a Mobile Website
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: