バックパッカーの旅Ⅱ(欧州~北アフリカ~欧州~日本)

バックパッカーの旅Ⅱ(欧州~北アフリカ~欧州~日本)

カスバの巨大な迷路に入った




  バス・ステーションを右に折れると、”カスバ”への入り口となっているらしい。
 ペンションとかホテルなどと書かれた建物が多く見られだした。
 北アフリカとは言え、ここモロッコはアラブに属する国。
 あっちこっちで、アラビア文字が目に飛び込んできて、目の前を通り過ぎていく人達の顔を見ると、旅をしてきた中近東の国々を思い出してしまう。

  生活様式の何もかもが、パキスタンやアフガニスタンと同じ雰囲気をかもし出している。
 ただ、砂漠の中の町か海に面した街なのか、それだけの違いのような気がする。
 ここタンジールの町は、砂漠の中の町にはない華やかさがあり、カブールは自然との生死をかけた闘いの街と言う、大きな違いが見受けられる。
 珍しいものでも見つけたのか、目の前を通り過ぎていく人達は、決まって俺をジッと見据えていく。
 ここでは、俺が風変わりな異国の人間なのだ。
 異邦人とでも言おうか。

                    *

  ガイドと称するおっさんの後を、石畳の道を踏みしめながら登って行く。
 少し行くと、細い路地に入り、迷路のような”カスバ”らしきところを、右に折れ左に折れ、自分が今何処にいるのかさえ分からない状態になっていく。
 まるで迷路遊びをしているようだ。
 映画風に言えば、これから危険な匂いのする所へ、連れて行かれる主人公のような気分になってきた。

  頼りになるのは、今俺の前を歩いているペテン師かもしれないガイドらしき男だけである。
 とは言え、ここは小さな港町。
 海に向かって下っていけば良い。
 心地よい不安だけが、頭を過ぎる。

  何処をどう歩いてきたのか、やっと彼の案内でペンションらしき所にたどり着いた。
        ガイド「ここがペンションだ。安いよ。」
        俺  「いくらなの?」
        ガイド「一泊9ドラハム(540円)だ。」
        俺  「良いじゃない!」
        ガイド「気に入ったかい!」
        俺  「アア!」

  二階の部屋に通される。
 部屋の中には、ダブルベッドが一つに、イスと小さなテーブルが一つ置かれているだけの部屋。
 アルジェシラスと違っているのは、部屋が広い。
 小さな窓が、半開きになっていて、部屋そのもが少々変な匂いが立ち込めているのが気になる程度。
 この匂いが、この街特有の匂いなのだろう。
 これは慣れないといけない問題なだけ。
 中近東、アラブ特有の匂いなんだろう。

                   *

  青く塗られた壁に、白い天井。
 天井からぶら下がっている、裸電球が暗く光っている。
 荷物を部屋に置いて、外に出るとガイドのおっさんが待っていた。
 どうしても、お前のガイドをするというのだ。

       ガイド「ここカスバでは、ガイドがいなけりゃ何処へも行けないぜ。危険だし。」
       俺  「俺は腹が減っているんだ。」
       ガイド「レストランは後ろだ。安いレストランを紹介するよ。他のレストランへ行けば、旅行者用の値段でしか食わしてくれないぞ!」
       俺  「俺は一人で歩きたいんだ。」
       ガイド「無理だね。俺が案内するから。」

  路地の方へ俺の手を引っ張って行く。

       俺  「どのくらいかかるんだ?」
       ガイド「50分ぐらいだ。歩いて一回りするのに50分。それから、バス・ストップに出てレストランを紹介するよ。」
       俺  「分った、分ったよ!」

  とうとう、粘りにまけてガイドを頼む事になってしまった。

                 *

  石が積まれて建てられた建物に囲まれた、細く薄暗い路地の中を歩いていく。
 右に折れ左に折れ、カスバの中を縦横に走っている巨大迷路の中を歩いていく。
 子供達が明るい表情ではしゃいでいる。
 目だけ出して、あとは黒い布で顔や身体を覆った女性達が、折れの横を通り過ぎていく。

       ガイド「あれはテーラーだ。」

  ガイドがいきなり叫んだ。
 ガイドの指先の向こうを見ると、狭く暗い部屋で、家族だろうか皆で服を縫っているのが見えた。
 これと同じ光景をネパールでみたような気がする。
 それに我が国でも、戦後日本のよき時代に見られた光景と、なんら変らない光景ではと思った。
 そんなテーラーがあっちにもこっちにも見る事が出来る。
 観光用の服を縫っているのだろう。

       ガイド「あれは学校だ!小さい子が学ぶ学校だ。」

  ガイドらしくなってきた。
 小学生低学年だろうか、幼稚園児だろうか。
 小さな子供達が暗い教室に、十数人詰め込まれ、手にはノートの代わりなんだろうか、板切れのような物を持ち、それに字を書いて練習しているのが見えた。
 覗き込んでいる俺に気がついたのか、先生らしき老人と子供達が、いっせいに授業を中断し珍しいものでも見るように俺のほうを向いた。
 まるで江戸時代の寺子屋だな。

  小さな部屋に、外の明りだけが頼りの照明。
 石畳に薄汚れたジュ-タンを敷きこみ、その上にぺたりと座り込んでいる。
 手には紙も鉛筆も持っておらず、貧しい子供達の授業風景がそこにはあった。
 しかし、表情には暗さは微塵もない。
 明るく、楽しそうに授業をしている。
 勉強できる幸せにひたっているのだ。
 日本の学生達のように、恵まれれば勉強する楽しみまで失ってしまう。
 それがないだけ、この国の子供達にとっては幸せなのかも知れない。
 紙がなくても、鉛筆がなくても、勉強できる幸せを手にしている。
 そのこと自体が日本の子供達にない幸せというものだろう。

  そこを過ぎると、ジブラルタル海峡の見える広場に出た。
 ここからは全てが見渡せた。
 眼下にタンジールの港町が見える。
 湾が見える。
 海峡が見渡せる。
 湾に沿ってレールが延びているのが見える。
 ほとんど全てが見渡せる。

  この広場も学校らしい。
 さっきの学校とは違う雰囲気をもっている。
 身なりの良い小さな子供達が、学校の帰り道だろうか、楽しそうに遊んでいる。
 ほとんど今の日本の子供達となんら変らない服装をしていて、何処となく品の良い顔立ちをしているではないか。
 どうやらアラブの金持ちの子供達らしい。



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