バックパッカーの旅Ⅱ(欧州~北アフリカ~欧州~日本)

バックパッカーの旅Ⅱ(欧州~北アフリカ~欧州~日本)

充子さんとの別れ



   アマディオの仲間達と別れて、DANOKの前を過ぎると、地下鉄に乗った。
 ATOCHA駅からも出ていることは出ているが、地下鉄で行こうと決めたのだ。
 地下鉄の路線は、5つあって、NO1に乗ってATOCHAとは、逆の方向のカスティーラ広場へ向かった。

   夜の地下鉄に乗るのは、初めてである。
 BILLETと書かれた、自動券売機に6ptsコインを入れて、自動改札口を通過して地下へ。
 ホセ・アントニオ駅では、かなりの人が車内にいたが、終点のカスティーラ駅では、ほとんどの乗客たちが降りてしまっていて、寂しいものだった。
 スペインの若い娘が、何人かの軍服を着た若者達に何か嫌な事を言われたのか、突然席をたったではないか。

   カスティーラ駅から、日本大使館とは逆の方向に歩く。
 酷く寂しい通りを真っ直ぐ歩いていくと、大きな建物にぶつかった。
 周りは、真っ暗。
 灯りも遠くにあるだけ。
 本当にこの道で良いのかな・・・と、不安が込み上げてくる。
 前に現れた建物が、駅らしい事は分ったが、今工事中で殺風景だ。
 人通りも極端に少ない。
 近くにいる人を見つけて、声をかける。

       俺      「すみません!チャマルティー駅はここですか?」
       通りかかった人「シー!」
       俺      「有難うございます。」

   通りかかった人に聞くと、やはりこの建物が駅舎らしい。
 どうやら今、改築中という事。
 エスカレーターを上っていくと、外とはまるで違っていた。
 二階に上がると、外観とは違い立派な待合室が広がっている。

   プラットホームは、15番線まであって、待合室から直接降りられるようになっている。

       俺 「空港の待合室みたいだなー!」

   待合室の中にある、カフェテリアで食事を取って暫く列車がくるまで待つことにする。
 21:15、プラットホームに下りる。
 すでに乗り込む列車がホームで待機している。
 これからは、この列車の中で朝を迎えることになる。
 ホテルでの睡眠は、期待できないヨーロッパの旅に突き進んでいく。

                        *

   列車に乗り込み、ファースト・クラスに腰を沈めて本を読む。
 さすがに、1・Classは素晴らしい。
 広々としているし、暖房も効いている。
 快適な旅になるだろう。
 6人のコンパートメントに、乗客は二人だけ。
       ”トントン!”
 突然、列車の窓の外から、音が聞こえてきた。
 窓から暗い外に目をやると、白い手が見えて女性らしき顔がボンヤリと見えた。

       俺「えっ????充子さん??・・・・まさか!!!!」

   園部充子さんが見送りに来てくれた?
 早速、通路側の窓を下に下ろす。
 そこには、間違いなく充子さんが立っている。

       俺「やあ!一人かい?」

   平然としているように話し掛けているが、内心飛び上がりたいほど嬉しかったのだ。
 そんな心中を見透かされないように・・・・。

       充子さん「ええ!一人よ。見送りに来ちゃった。」
       俺   「寒くない?」
       充子さん「借り物の分厚い服着ているから・・。」
       俺   「・・・・・。」
       充子さん「赤城さんの時も、間に合わなかったでしょ。だから急いで来たの!」
       俺   「もう逢えないかと思ってた。良くきてくれたねー!有難う。」
       充子さん「そうね、もう逢えないわね。日本に帰るまでは・・・。コペンは26日だし・・・・。」

       俺   「寒くない・・・・。」
       充子さん「少し、寒いわね。・・・・もう出るわね。列車。」
       俺   「ああ!あと少しだ。」

   プラットホームの時計は、21:42を指している。
 無常にも、シューッと言う音とともに、白い煙がホームに広がっていく。
 暗闇が支配する静かなホームの中で、ここだけが舞台のようにスポット・ライトが当たっている。
 まるでドラマの別れのシーンのように。

   他に見送る人も二三人。
 窓から身を乗り出して、充子さんに近づく。

       充子さん「日本に帰るのは、4~5月頃でしょ!」
       俺   「4月頃かな。」
       充子さん「私は、2月に帰るつもり。チェンマイに寄れるかどうか分らないけど・・・・、日本に帰ってまだ一人だったら、阿波踊り見に四国へ行くわ!8月までは居るでしょ!」
       俺   「ああ!今年いっぱいは居るつもりだ。」
       充子さん「元気でね!」
       俺   「有難う!タクシーで来たの?」

       充子さん「いいえ!地下鉄。」
       俺   「もう遅いから、気をつけて帰ってよ!」
       充子さん「ええ!」
       俺   「でも、うれしいな!見送りに来てくれるなんて・・・・・、旅しててこんなに嬉しい事はないよ。」
       充子さん「本当は、一緒に来たかったんだけど、薫さんもいたし、仲間の目もあったから・・・。」

   彼女は照れくさそうに笑った。
 俺がアマディオを発つとき、充子さんは居なかった。
 Barで見かけたように思ったけど・・・、あの時彼女は俺を見ていたのだろうか。
 その彼女が、今ここに居る。

       俺   「あれから、アマディオに戻ったの?」
       充子さん「ええ!でもすぐ出てきたから・・・・。」
       俺   「薫さんは?」
       充子さん「居なかったわ。」
       俺   「お腹が痛いって、ベッドに横になっていたから・・・・。」
       充子さん「まあ、可哀想。」
       俺   「充子さんも、日本に戻るまで頑張ってな。」
       充子さん「ええ!もう出るわね。」

   小さな汽笛が鳴った。
 どちらともなく、手を差し出した。
 しっかりと彼女の白い手を握る。
 暖かい小さな手だ。
 彼女の顔が近づいてきた。
 どちらともなく、唇が触れた。
 暖かい唇の匂いがした。

   唇を離すと、彼女は笑っていた。
 手はまだしっかりと握られている。
 列車が、滑り出した。
 充子さんが、ゆっくりと列車と一緒にゆっくりと歩き始める。
 手が離れる。

       充子さん「これ、列車の中で・・・・・。」

   小さな袋が手渡された。
 シューッと言う音がプラットホームに響く。
 彼女が付いて来る。
 暗闇に、充子さんの顔が浮かんでいる。
 今にも泣きそうな目をしている。

       充子さん「さようなら!!!」

   彼女が微笑んだような気がした。
 今まで一緒に生活していて、見せたことのないような、憂いのある顔を見た。

       俺   「危ないから・・・・・。」
       充子さん「ええ・・・・。」

   しっかり握り締めていた手が解けて、彼女の姿が遠ざかっていこうとしている。
 暗闇の中で、キラリと光ったものは・・・・・・。
 真っ直ぐ立って、手を振り始める。
 それに答えるように、俺も手を振る。

       充子さん「それ飴よ。列車の中で食べてね。」

   いつまでも手を振り続けている。
 プラットホームの明かりが、小さくなって行く。
 この胸の高鳴りは何なんだろう。
 興奮している自分が、窓に映っているのがみえたる。

   まさか、まさか、彼女とこんな別れをしようとは。
 突然の思いがけない行動を、彼女がするなんて。
 園部充子、27歳。
 俺の人生の中に、しっかりと刻み込まれた。


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