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FRB議長 大幅利下げ示唆 サブプライム問題 損失『数十兆円にも』2008年1月18日 夕刊 【ワシントン=共同】米連邦準備制度理事会(FRB)のバーナンキ議長は十七日、議会下院予算委員会の公聴会で、サブプライム住宅ローン関連の金融機関の損失額について、焦げ付きや住宅差し押さえが今後増え、数千億ドル(数十兆円)規模に拡大する可能性があるとの認識を示した。 その上で「追加的な緩和政策が必要かもしれない。必要に応じて一層の追加措置を取る用意がある」とあらためて強調。FRBが今月二十九、三十日の連邦公開市場委員会(FOMC)で、フェデラルファンド(FF)金利の誘導目標を大幅に引き下げる可能性を示唆した。 議長は「財政出動(による景気刺激策)は経済成長の助けになるとの考えに同意する」と述べ、ブッシュ大統領が打ち出す景気対策を支持。「遅すぎると経済活動を支援しない」と時機を逃さず景気対策を講じるべきだと強調した。ただ「はっきりと臨時的なものにすべきだ」とも述べ、米国の財政状態は高齢化や医療費の膨張で構造的に赤字体質であるとし、財政健全化にも配慮するよう求めた。 サブプライムローン関連の金融機関の損失は「現時点で(表面化したのは)一千億ドル程度とみている」と述べた。 米経済については「見通しは悪化し続けている」と厳しい判断を打ち出した。物価上昇圧力は「うまく抑制されている」とし、今後は鈍化するとの見通しを示した。つまりは、嘘偽りが言えなくなってきた。今日の日経平均の怪しい吊り上げオペレーション。この始末をどうするのだろう。なにしろいつもは先導する先物が、なんと「逆ザヤ」である。あげる演出に疲れて買いすぎた先物を売りに売り、とうとう本日日経平均仕舞値よりも先物が遥かに下げている。公的資金で、維持して吊り上げようとしても、外資中心の先物(90%外資)では本音でおつき合いするつもりはサラサラないという意思表示だろう。これで月曜日朝からも爆上げなど期待するほうが不思議。それでも、福田総理のダボス会議での顔をつぶさぬように、無理やり続きで15000円まじかまでは推し戻さなければならないという事情もあるのだろう。バーナンキは、デフレが怖くて絶対に金利を下げたくないと考え続けてきた人物。それが「黒魔術」と協調してヘリコプターからドル札をばらまくような作戦を実行せねばならなくなったという事態で、いよいよリセッションから恐慌への一本道をなんとか避けたいという。「いざとなったらやるだろう」と、言われていたことをとうとうやるようになった。だが、覚えておいて・・・ばら撒くカネは、ドル札だけれどその出処。われわれの年金資金やら簡保資金やら。投資信託。そのためにライスが森に貸しをつくり、森は小泉に実行させますって宣誓。小泉は、パラノイアみたいに「郵政民営化」したのだから・・・日本の損保やら金融機関に、「毒まんじゅう」喰わせてアメリカ中に豪邸を建て。あげく景況が悪いからと、ゼロ金利の日本から調達した金を撒く。ほら、また日銀に米国債が天井抜けるぐらい積み上げさせられるんだから・・・
2008年01月18日
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陸・海・空の統合による「合理化」について考えてみよう。誰でも考えつくことは、管理部門ではまず弾薬部門や通信部門など、陸・海・空軍に共通している機能の統合による合理化だ。弾薬や通信は技術的な面が大きいから、統合化しやすいと考えられがちだ。 だが、実際にはそうは問屋が卸さなかったのだ。陸軍が使う弾薬と海軍が使う弾薬では、種類も性能も数量も違うし、根本的には「使う場所」が違うから「補給ルート」も違う。 陸軍では多種多様な弾薬を、野越え山越え第一線部隊がいる場所まで届けなければならない。それに反して、海軍では、弾薬を使い切れば艦艇そのものが港へ帰ってきて、海辺の弾薬庫から再補給したり、洋上で補給艦から移しかえる。 空軍の弾薬となると爆弾やミサイルなどが主で弾の種類が全く違うし、航空機は必ず基地へ帰ってくるのだから、弾薬はその基地まで大型輸送機で運んでおけばよい。 弾薬と言う点では同じなのだが、全く違う取り扱いをするものを無理矢理に統合してもメリットは少なく、かえって煩わしさだけが残る。おまけに「陸ですか、海ですか、空ですか」などと、毎回余分な挨拶を交わすのは堪(たま)らないということになり、一九八六年になって制服などを元に戻したのだった。 統合するメリットが大きく期待できるのは、弾薬分野では研究開発の部門、情報分野では、収集・処理・分析の部門、軍事医療の部門、隊員募集の部門であった。 わが国でも、技術研究本部や情報本部、自衛隊病院や地方連絡部が事実上統合されていることを見れば、この辺の事情を容易に理解できる。志方俊之(しかた としゆき)1936年生まれ。防衛大学校卒業。京都大学大学院修了。工学博士。陸上自衛隊で陸上幕僚監部人事部長、第二師団長、北部方面総監を歴任。現在、帝京大学教授。あの2ちゃんねるでも自衛隊の「統合軍化」については、まったく話題になっていないようだ。どうも、空、海、陸の3軍構成を、これからも延々日本の安全保障の楯に使い分けたいという発想が、暗黙の前提のようで国民も疑うことを知らずに置かれたままだと思う。日本は、政治も行政も経済も巨大な「不良設定問題」を解き続けなければならないという事態にある。となれば、当然自衛隊においても同様で、かの南方熊楠の研究した粘菌のように縦横無尽に編成しうる組織装備でなくてどうするのだ。「多種多様な弾薬を、野越え山越え第一線部隊がいる場所まで届けなければならない」ような軍隊は、日本では不要である。日本の国土で、このようなバトルラインが発生したならば、負け戦だ。これからの、国家安全保障は日本にとっては「無理矢理に統合」して「メリットは少なく、かえって煩わしさだけが残る」兵器体系を、メリットが発生し、煩わしくないという抜きん出た体系に置き換えるという不良設定問題を解きつくすことに依存している。さもなくば、借金大国日本が巨額の防衛費に疲弊して斜陽な弱小国に低徊するのは必至だ。
2006年12月28日
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このブログに私が登場した頃には、奇異な言説の人と受け止められたものだった。スカイプで私と話、驚いたと正直に伝える人もいた。しかしもはやそのような情報の格差はなくなっていると思う。かつてこのブログで取り上げたことは、すでにテレビ報道されるほどの事態となりつつある。具体的に下記の個別の報道番組のアーカイブスにあたってもらえればと思う。年次改革要望書(フジTV サキヨミLIVE) Part1↑クリック年次改革要望書(フジTV サキヨミLIVE) Part2↑クリック
2008年11月12日
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読書家などという一群の人達は、だからかつては貧困の象徴のようにあまねく存在したという気がする。今日では、組織的な必要によってテーマとスキルが同軸化していなければ集約度の高い読書生活など過ごしようが無いはずだ。漫然と知の世界を彷徨するというのは、一見優雅そうでいて実のところ人性の堕落のような気がする。人は、もっと生臭く野生味溢れて目的達成に心身知を稼動させるべき存在だ。その意味では、知のルートが書物しかないという時代には、全集単位の読書で自己啓蒙をはかるという発想は妥当だったと思う一方、この時代にそれをやるなど意味があるとは思えない。すでに社会は、わずか数十年で過剰なほど豊かになった。この豊かさに最適化された青年たちが、社会の貧困な時代の流儀で現下の切迫した課題解決を強いられれば、受け付けられないのは当然だ。周囲の60代、70代のオヤジらが「最近の若いもんは本を読まない」などと言っているのを耳にするたびに、その連中の読書量の傾向性、偏向ぶり、恣意的なることに失笑せざるを得ない。彼らが軽侮している後輩の私がこれまで状況把握に、どれほどの規模の読書遍歴が関与しているのかを知れば驚くだろう。しかし、そんなものを殊更に彼らに対して言及するのも馬鹿らしい。すでにこの過激な変化の様相を示す21世紀の現在を分析するには、彼らオヤジの流儀はあまりにも体験主義的過ぎるのである。一例を言おう。すでに、世界は静かに恐慌を始動している。断然崩壊へ向かっていると確信するものだ。だが、その恐慌の姿かたちは既に過去のそれとは極めて違った形態を取っている。これをプロセッサー(PCを始めとする)の駆使により基本情報の取得、表現が読み解き、分析できてこその言論である。そんな言論は、「世界が1000人の村」であったとしても、1人いるや否やである。吉野俊彦氏は、その著書の中で示唆している。(「昭和恐慌は再来するか 歴史派エコノミストの視角」ダイアモンド社)すでに政府与党の長老と呼ばれる連中ですら、昭和恐慌の経済政策を一切教訓としても持ち合わせず、研究職との接触や、知見にあたることすらしていないのだろう。ただの一人として、わが国の経済政策担当者、高級官僚らの中に恐慌を乗り切る経験値を持ち合わせている人間がいないのだ。この事は、最終的に日本国民が個別に思い知ることになるだろう。
2008年04月26日
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2011年05月26日
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2017年12月07日
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ブラックアウトされたようです,,,
2011年04月07日
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原発の海水注入、実際は中断せず 東電「所長判断で継続」 2011/5/26 21:29印刷 東京電力は26日、福島第1原子力発電所1号機への海水注入が東日本大震災翌日の3月12日に一時中断したとされた問題で、実際には注入は中断していなかったと発表した。東電本店は停止を指示していたが、同原発の吉田昌郎所長の判断で海水注入を継続したという。 東電原子力・立地対策本部の担当者が24~25日に吉田所長に聞き取り調査して明らかになった。吉田所長は事故の進展を防ぐためには原子炉の注水継続が何より重要と考え、所長判断で海水注入を続けたと説明したという。 東電によると、原子炉に入れる真水が途絶えたため、3月12日午後7時4分に海水注入を開始。ただ首相官邸にいた東電の武黒一郎フェローが「官邸では海水注入について首相の了解が得られていない」と本店と同原発へ報告し、午後7時25分に本店の幹部と吉田所長らがテレビ会議で注水中断を決めた。ただ実際には中断せず、注水を続けていた。 これまでの政府と東電の説明では、班目春樹・原子力安全委員長が官邸で「再臨界の可能性はゼロではない」と助言したため、3月12日午後7時25分に海水注入を停止。午後8時20分に再開し、55分間にわたり海水の注入が止まったとしていた。ただ、東電は吉田所長には直接確認していなかった。 武藤栄副社長は26日の記者会見で「(吉田所長の)原子炉を冷やすという判断は技術的には妥当だったが、報告が遅れたのは残念だった」と述べた。吉田所長の処分も「検討している」と表明した。 東電は1号機の炉心溶融の状況に変更はなく、今後の工程にも影響しないとしている。ただ注水継続が原子炉冷却に与えた影響については再度検証する。
2011年05月26日
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2011年05月27日
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2011年12月16日
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2011年10月24日
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2011年10月25日
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1953年 8月 7日(金)生まれ。大阪府大阪市天王寺区出身。一時期芸名・桑名 将大。天保元年(1830年)創業の廻船問屋「桑文」の 七代目として生まれる。甲南中学出身。 アン・ルイスは前妻。1957年 勝山幼稚園入園1960年 大阪市立住吉小学校入学1967年 神戸甲南中学校入学1969年 大阪市立阪南中学校へ転校1970年 大阪万国博覧会でバイト、渡米を決意。1971年 桑港へ渡米、帰国後ロックバンド「ファニーカンパニー」結成。1972年 ファニー・カンパニー「スィートホーム大阪」でデビュー。1976年 アルバム「WHO ARE YOU?」でソロ活動開始。以降「哀愁トゥナイト」「サードレディー」「月のあかり」「セクシャルバイオレットNo.1」などがヒットし、そのスピード感溢れるヴォーカルとグルーブ感でロックヴォーカリストとしての地位を確立する。ライブ、コンサート活動のほかにも、大晦日恒例の「NEW YEAR ROCK FESTIVAL in KANSAI」などのROCKイベントのプロデュースも手掛ける。現在は地元関西をベースに東京などでLIVEを展開。
2012年07月16日
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【増補版】不倫と経済社会1自分が、楽天広場に来て驚いたのは事前に聞いていたとうり小学生が多い事。噂に聞いていたが(耳打ちしてくださったのはtak-shonaiさん)これ程多いとは。あらかじめ申し上げておきますが、自分は小学生を馬鹿にはしていないんですね。これは持論だけれど、小学四年生ぐらいが男の子の一生で一番正義感が強い。あとは棺おけに入るまでその時代に吸収した正義感を消費していくだけだと思っています。自分なんか、いつも寝る前に自分の小学四年生ぐらいの頃の情感や感情生活を一生懸命の思い出してイメージトレーニングしているぐらいです。だから、そんな年齢層の子供が多い楽天広場でいい大人が不倫だ、浮気だ、愛人だなどと話題交歓をしているのが不可解でしかたがない。こういうものを看過しているのが記憶する自分らの小学生時代には考えられないからです。自分は、40年も前のそんな時代の事ばかりをカキコするので嫌がる人もいるのです。でもこちらはジョンFケネディを尊敬していた半ズボンな小学生時代を、いまだに誇りに思っているので単なる懐古趣味という訳ではないつもりなんで、、、まあ、おつきあいの程。自分が小学生時代。マガジンやサンデーの表紙に女の子が出てくるなんて考えられなかったです。それをあやしみもしませんでした。良い悪いではなく激変したのを目撃したわけなんです。激変を目撃した立場から成立する俯瞰(ながめ)というものもありえるでしょう?そういう知見を排除せず耳を傾けるという処が、この世を楽しくする知恵。異質なものと共存する知恵ではないですか。(笑)イタリア映画「アルジェの戦い」なんかをみていると小学生ぐらいでも立派なテロリストですよ。画像のメガフォンを持っておるマルクロダン大佐だったかな、アルジェリアではテロ弾圧に奔走したがのちにフランス本土側から抑圧されてドゴール暗殺に地下組織つくるという役回り。バリバリのコマンドなんだけれど、その敵対するテロリストが実は小学生ぐらいの子だったりする。(笑)そんな壮絶な時代が60年代だったわけ。経済成長期には差し掛かっていたけれども同じ空の下で往時の日本の小学生も知力、胆力にはそれなりに迫力はあったんですって。8歳の時に、山口二矢が繰り返しニュース映画で報道されていたのも眼にこびりついています。ところが、今の時代。大人が小学生を前にあまりにもだらしない。いや、政治的にだらしないだけではなく、不倫だの、賄賂だの、エロ動画だのという性モラルが不在なのか、朦朧としているのか、軸がぶれているのか、、、、支離滅裂じゃないですか。実は、もしかしたら小学生時代にもっともエロティックな存在(扇情的な存在)だったのはあの政権政党も一目おく存在だった浅沼委員長を一閃でしとめた山口二矢だったのかもしれないと、澁澤龍彦氏の「神聖受胎」なんかを読んでいてつくづく思うんですね。ところが、この時代はエロチックな存在が消失してしまって。それどころか宅間守みたいな人があらわれて刃物もって小学生を追いかけるっていうんだから情けないですよね。まるで「逆さま」じゃないですか。性的なエネルギーが弛緩(ゆるむ)する時代は、実は政治の世界でも見映えのするイベントが発生しないのは間違いないわけなんですよ。大人がケチなぐらいズルくて不公正。怯惰が、コンクリート化している。こういう時代っていうのは世間で思われているのとはまったく逆。間違ってもエロティックなものが存在しえない時代なんですね。だから小学生や中学生がヒマをもてあまして自傷したの、リストカットしただのって多発するわけなんですよ。人生がエロティックで満ち満ちている時代ならば、だれも死に急ぎはしませんって。じゃあ、なぜって、、、ここも踏み込んで大の大人もはっきり考えてこないでしょう?仕方ないから、私がやりますよ。ここビジネスヒントフォーラムなんだけれど、このレベルの事をきちんとやる人がいないから貧相なオヤジが政治の話題、性モラルの話題に越境せざるを得ないというのを理解してください。 キリスト教徒とか、ユダヤ教徒っていうのは「汝、姦淫するなかれ」なんですね。だから、ストレートに「姦淫だめ」「不倫だめ」「売春だめ」なわけですよ。これは実行されているのかどうかとは別問題です。実行されているのは悪いけれど、やっちゃっているという事ですよね。我々の社会では、実は法的に売春や不倫が悪いとかいう風に云う弁護士さんがテレビにはでてくるけれど根拠はつまるところ「人権のシステム」なんですよ。つまり他者の所有権を侵害するという、これはいけないよ。債務不履行ですよ、っていう考え方なんですね。(1)所有権の侵害(2)生命身体に対して危害をくわえる(3)他人の自由を束縛することこれらの結果で、他者に危害を加えていなければ犯罪にならないというのが近代 のシステムなわけです。そこで、冷静に日本の社会で売春や不倫を悪いといっている ものを調べると大半が状況的な議論なんですね。付随する現象ばかりを叩いていて、本質的な議論は逃げるといういつものパターンなんです。売春だって、金のカタで縛るなとか、健康に良くないとか、子供ができたらどうするの、お嫁に行けなくなるよ、社会には悪影響があるんだ、というお話が大半です。たとえば、売春防止法という立派そうな法律がありますが戦前は「公娼」といって売春は政府公認だったわけです。いまでも大阪の飛田新地などという旧赤線地帯では堂々と遊郭が復活していますし、地域の入り口には交番まであって実態で政府公認みたいなものなんです。つまり、売春防止法という法律は売春がいけないという法律じゃあないんですね。「えっ」と、思うんだけれどそうなんですよ。実は、売春防止法というのはそのココロ的には管理売春禁止法なんです。(笑)女の人からは、いとも簡単にピンハネできるのですぐに管理売春が発生しやすい。だから女の人を守ろうという法律なんですよ。実態で。つまり、売春は事実上肯定されているに等しいの。だから、1958年4月1日(売春防止法施行日)からこちら倫理的なステージでは売る側も買う側も処罰されていたわけではないんですね。それで、ビジネスのカテゴリーにこの種の「稼ぎ」も俎上にのってしまうわけなんですよ。理由は、ひとつです。最初から・・・売春が悪である、という社会合意を形成していないんだ。これって、まさしく今の小泉がやっている「海外派兵」と同じでしょう?(笑)日本国憲法があるのに、憲法第9条があるけれど、とりあえず自衛隊派兵させて、、、立派な不倫だよね。反対に、「売春は悪い事」だという主張についてどこが弱点なのかを考えないといけません。いや弱点があるに決まっていますよ。これだけ制動かけそこねているんだから、理念として必ず欠陥がある筈なんです。また、これが分ればなぜ不倫が消えないのかも同じ根としてみえるという風に思います。売春が悪い、そして不倫が悪い。その理由は、そのふたつが「多量の罪悪感」を発生するからです。これが真実でしょう。その罪悪感のリソース(あらわれる元)がどこか。これを問い詰める事が課題です。家庭にはいった女性には、「母親」「妻」というパーソナリティがあってこれが際立って強くでてくるために「女」ですよという面を背景に隠すような仕組みになっています。親と子には、有名なタブーがあります。近親相姦のタブーです。親と子のあいだで下手を打つと社会全般から相当手厳しく叩かれます。このタブーは、堅牢に社会的合意を形成できている。ある意味で「売春」や「不倫」以上に合意形成に成功していますね。これが極めて厳格に性的行動をコントロールしているために、家庭では「家庭を含む不特定多数との性行為」という考え方を排除している。これが理念の側のエネルギー源なんです。その証拠に、「家庭を含む不特定多数との性行為」が罪悪感を発生させない社会では売春とか不倫とかが家庭となじんでいる。そんな国もこの世にはあります。これはあります。(明日以後は、なぜ売春や不倫を退けるモラルを家庭で紡ぎだす事態にならずけして排除されないのかを私論的に読み解きします。)不倫と経済社会2へは、こちらをクリックされると近道です。
2006年11月13日
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2018年11月03日
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2020年09月27日
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Facebookは積極的に事実確認をさせない匿名介入を繰り返しています。
2020年12月02日
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2020年12月31日
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2021年01月23日
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2021年01月28日
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2021年03月03日
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渡辺安次は、先任参謀・黒島亀人、渉外参謀・藤井茂、機関参謀・磯部太郎、従兵長・近江兵治郎だけが参加した戦艦「武蔵」での通夜で「同乗者達は長官を火災から守るため、機内で自ら盾になった。長官は無事脱出したが、捕虜になることを恐れて拳銃で自決した」と語っている。遺体はラバウルで火葬に付され、木箱の底にパパイヤの葉を敷いた骨箱におさめられた。遺骨はトラック諸島に一旦運ばれて、その後内地に帰還する戦艦「武蔵」によって日本本土に運ばれた。遺族には4月20日夕刻に海軍大臣・嶋田繁太郎と秘書官・麻生孝雄が戦死を告げている。山本の遺体を火葬した際の灰は、ブイン基地の滑走路隅に埋められ、パパイヤの木が植えられた。公式には、遺骨は郷里長岡と多磨霊園に分骨されているが、河合千代子の元にも分骨されて内輪だけの告別式を行っている。連合国軍最高司令官ダグラス・マッカーサー元帥は、山本を「連合国との戦争に反対し、開戦となると真珠湾攻撃で大成功をおさめた。ソロモン群島での日本側の作戦を全般的に指揮し、日本海軍のおこなった戦争努力の戦略的頭脳と一般にみなされていた」と評している。辻政信陸軍大佐は、山本について「名実ともに元帥だった」と述べている。愛人の河合千代子によれば「姿勢が良く、柔軟性があり、一旦決めると考えを変えない。社交にたけ、国際感覚に富んでいた」という。山本は博打が好きで腕もよく、特にポーカーやブリッジに強かった。山本は「博打は一ドルなら一ドル出して自分の言葉に責任をもつこと」「博打をしないような男はろくな者じゃない」「2年ほどヨーロッパで遊べば、戦艦1-2隻の金はつくれる」「私欲を挟まない。科学的数学的でなければならない。冷静に観察し、計測すれば必ず勝つ機会が判る」と語っている。山本は「予備役になったらモナコに住み、ルーレットで世界の閑人の金を巻き上げてやる」と語ったこともあり、モナコではカジノ協会からあまりに勝ちすぎるため出入り禁止令を受けたという。今村均陸軍大将によれば、山本とは中佐・少佐時代に友人の家でトランプ遊びをした時以来の知己であり、毎週末に山本、今村、安達二十三陸軍中将らの家でポーカーが開かれていたという。海軍次官時代に副官を務めた横山一郎は「山本のブリッジはブラフ(はったり)が多い。堅実にやったら必ず勝てた。山本のブラフと僕の合理的な方法なら、僕が勝つ」と述べている。1933年(昭和8年)発行「非常時国民全集・海軍篇」(中央公論社)でも第一航空戦隊司令官山本五十六少将の博打好きが紹介されている。酒を飲まなかったが、甘いものが好物で、夜食に汁粉が出ると喜んだ。副官は「虎屋の羊羹を切らさぬように」と近江に注意をしている。山本の同期生嶋田繁太郎大将も「長門」を訪れた際に大量の「虎屋の羊羹」を土産に持参した。あめ最中も好物としており、新潟市白山駅の「渡辺あめや」には礼状が飾ってある。日本では柿、南方ではパパイヤを好物とし、「大和」の冷蔵庫にはパパイヤが山のように保存されていた。水饅頭が大好物であった。ただし、これはくず粉を用いて作った透明の生地で餡を包んだ夏季の生菓子の水饅頭ではなく、酒饅頭を冷水で浸したものに砂糖を掛けたものであった。非常にお洒落な人物であり、大切にしていた特製のサージの軍服は、逆光で青色に光った。毎日5足以上の靴を磨かせて並べて履き替えていたが、靴の中が熱くなるのを嫌っていたからであった。従兵長達が山本のために精一杯豪華な食事を用意し続けたため窮屈な軍艦内部の生活が原因で運動不足になり、高血圧か脚気になった可能性がある。山本は1942年末-1943年にかけて手足のしびれ・むくみを訴えたため古賀峯一大将が心配している。女性に対して細やかな気配りを見せ、得意の逆立ちで宴席の場を盛り上げる等、花柳界ではかなりの人気者だった。その一方で山本は下戸であり、一説によると彼の徳利には番茶が入っていた。連合艦隊旗艦「長門」艦長・大西新蔵は、宴会で専用の徳利から酌をされる山本を目撃している。海軍将校間の宴会では無口だった山本だが、拳骨の腹に徳利を吸いつけて酌をする隠し芸を披露した。他人に揮毫を頼まれた時は「常在戦場」と好んで書いている。この言葉は、故郷旧長岡藩の藩是である。「号」は「兜城」(長岡城の別名)、のちに「長稜」(長岡の雅名)を使った。戦前、山本は「支那の夜」(渡辺はま子)という流行曲を気に入り、昼食時に軍楽隊に演奏させていた。逆立ちが得意で「アメリカ行きの船の中で催されたパーティーで、階段の手摺の上で逆立ちを披露した。続いて皿回しを披露して乗客を唸らせた」「妙義山頂の岩の上や加治川急流下りの舟の舳先などで逆立ちを行い、皆がハラハラする様を楽しんだ」といった話が伝えられている。河合千代子不在の折に妾宅を訪れ、山本とは面識のない千代子の兄が留守番をしている前で、逆立ちをし、屁をひとつひって、「これでも海軍大佐だ」と自己紹介した事がある。山本五十六は、昭和5年(1930年)ごろに、何かの送別会で河合千代子と出会う。昭和9年(1934年)9月、山本五十六がロンドンの軍縮会議に参加する直前に二人は結ばれたそうだ。それから8年ほど二人は愛人関係にあった。山本五十六は河合千代子よりも20歳ほど年上である。50男が芸者にうつつを抜かしている。それは、戦争が始まり国難の時でさえも、彼女からの手紙が彼の唯一の慰めであったようだ。彼女宛の手紙には、「世界中で一番心配したり喜んで呉れる千代子様」とある。ミッドウエー海戦の前には、彼女宛に、「私は国家のため、最後の御奉公に精魂を傾けます。その上は、万事を放擲して、世の中から逃れてたった二人きりになりたいと思います。」そして「うつし絵に 口づけをしつつ幾たびか 千代子と呼びてけふも暮しつ」という歌を送っている。さて、この本の著者の半藤一利は山本五十六のこの恋に対して、手厳しい評価をしている。「山本贔屓のわたくしにも、恋文にかんする限り唖然とさせられる。」「国家の興亡を賭した戦争の全指揮をとる現場の長として、しばしば夢かうつつかの境にあるとは、重い責任の放棄」(p.411)と述べている。山本五十六は妻との関係は冷え切っていたようだ。映画『山本五十六』では、役所広司が演じる山本五十六が出陣の時に、恩賜の銀時計を妻に渡しているが、これは本当は河合千代子に渡したもののようだ。山本五十六戦死ののちは、軍から、彼女は山本五十六からの恋文を提出するように言われ、恩賜の銀時計と共に提出している。しかし、彼女は大切な手紙の幾つかは自分の手元に置いたのである。
2021年06月26日
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2020年12月01日
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