新発想ビジネスヒントフォーラムWEB2.0

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2008年04月25日
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本を読まなくなった。興味深い本が、少なくなったことも理由としてあげられる。

自分らの年代では周囲に解説書とか新書本で概略を掴むというような発想の男の子は少なかった。岩波新書をざっくりと読んでもなんだか隔靴掻痒で、本質的な議論にまで踏み込んだ気持ちになりにくい。自分は、高校時代に図書館の棚に並んでいる全集を選んですべて読むことにしようと考えた。どうせ借りて帰るには、無償である。相性の良い作家と出会えれば、全集(全仕事)を読んだほうがよほどスキルと生涯の俯瞰がもらえるのではないかと考えた。

69年以前のティーンエイジャーには、地域にも繁華街にも遊興施設が極めて少なかったのである。大島みち子を引き合いにだして恐縮だが、生きるの死ぬのの瀬戸際まで追い詰められていながら、あの時代の人間は死ぬ前にさんざんエッチでもして愉しもうというような発想が枯渇しているのである。いまから考えると、アホのような話なのである。社会体験も処世術的な器用さに置いても、当時のように多少世事についてやや貧困ぐらいである事が高潔さの秘訣なのかもしれない。


69年、学生叛乱期を通過文部省は露骨に路線変更をする。


学生に政治関心を奪うには、政治党派やイデオロギーに駆り立てているエネルギーをそぎ落とせと来たもんだ。突然、青年向け週刊誌にヌードグラビアが多くなり、教務担当者の学生への締めつけが緩くなりだした。はては少年マガジンやサンデーの表紙にまで、水着のアイドル滲出し始める。かつて零戦と戦艦大和が毎号のようにしめていた指定席にである。制服は、学校側が競って緩和し始め私服登校を極左自治会が要求に掲げる前に校則で自由化する始末。昭和30年代生まれ以降、公立高校生が放課後からホテル街に出入りする姿がみえても補導する教員がいなくなった。これみな国策。極左学生組織は、空港反対闘争だのなんだのとドサ周りしているあいだに指導層が、どんどんぶち込まれ。後輩とは寸断され、あっというまに風紀紊乱もなにも何でもありの70年代になってしまった。この変化は、渦中にいた自分らも呆れるほどてきぱきと進行したものである。


そういうわけで、自分らはメデアと世相から隔離された「変わり者」という事になるのかもしれない。とりわけ、読書傾向がその後の流れとは丸で違うと痛感する。


高校一年、自分が手を出したのは「武者小路実篤全集」だった。新左翼系からはさんざん馬鹿にされたが、単純に面白かった。それから日本教文社「フロイト選集」。そして平行して、中央公論「日本の歴史」「世界の歴史」などを全集単位で読んだ。同級生や友人たちも、「エドガー・アラン・ポー全集」とか、新潮社「ドストエフスキー全集」とかを読んでいる者がいた。自分は、ようやく高校2年夏ぐらいに「武者小路実篤」を終えて、「谷崎潤一郎全集」と三島由紀夫を全集スケールで読み始めていた。


そんなこんなで、18ぐらいから中央公論「日本の名著」「世界の名著」を読むことになる。それらからは、強い影響を受けたと思う。少なくとも朱子学と陽明学の初歩的な解説書を読むという発想は無かった。なぜならば、結局そのほうが早道だと知ったからだ。














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最終更新日  2008年04月25日 22時56分47秒
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