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東京番外地、それは普通の人が何となく忌避してしまうところ、近すぎて焦点距離が合わなくなってしまったすぐそこの異界。皇居、歌舞伎町、東京拘置所、山谷、霞が関-。あらゆる違和にまなざしを向けてきた著者が、無意識の底に沈んだ15の「聖域」を旅する裏東京ルポルタージュ。そして初めて出会う、この街の知られざる素顔とは-新たに「番外編・東京ディズニーランド」を追加収録。<感想> ★★★☆☆あらすじにもありますが、本書は東京にある真空スポット的な位置づけをされている場所をルポした作品です。 著者は映像作家の森達也さんです。さて、映像を見ても文章を読んでも森達也という人は極めて個性的だと感じます。 その個性を好きか嫌いかで読者の評価は別れるのではないかと思います。 読書メータのレビューには「煮え切らない」「不完全燃焼」「青臭い」との記述が数多く見られましたが、それを否定するつもりはありません。 ただ、それは、文章や記述の瑕疵ではなく前段で触れた著者のスタイルです。 そのあたりを評価できるなら面白い読み物になるのではないかと思います。
2012.02.25
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恋人との大喧嘩の果て、薬の過剰摂取で精神病院の閉鎖病棟に担ぎ込まれた明日香。そこで拒食・過食・虚言・自傷など、事情を抱えた患者やナースと出会う。普通と特別、正常と異常…境界線をさ迷う明日香がたどり着いた場所はどこか?悲しくて笑うしかない、絶望から再生への14日間を描いた、第134回芥川賞候補作。<感想> ★★★☆☆本書は松尾スズキさんの芥川賞ノミネート作品です。この作品で、作家・松尾スズキを知った方も多いのではないでしょうか?さて、芥川賞ノミネートの時は「ゲロ」が一人歩きしていて読む気がしませんでしたが、思った以上に読みやすい作品でした。 女性の痛さといえば女性作家の専売特許のようなところがありますが、松尾スズキさんはそのあたりも巧みだと感じました。
2012.02.25
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ああ、ゴクラク、ゴクラクやね。湯の中でほどけてゆく心と体、ケンコウランドで出会う女たちのさまざまな生の形。<感想> ★★★☆☆いろんなアンソロジーで名前をみかける稲葉真弓さんの長編。 健康ランドを行き来する人たちの描写が秀逸でした。 それぞれの物語に深く入り込んでいくと読み物として面白くなっていくんだろうと思いますが、そこまで描かないのが稲葉さん流なのかもしれません。 健康ランドはあまり行ったことはありませんが、この雰囲気はパチンコ屋のそれに似ていますな。(笑)
2012.01.04
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可憐な少女姫草ユリ子は、すべての人間に好意を抱かせる天才的な看護婦だった。その秘密は、虚言癖にあった。ウソを支えるためにまたウソをつく。【夢幻」の世界に生きた少女の果ては…。<感想> ★★★☆☆ドーデもいいんだけど、すげぇ~タイトルっすよね。(笑)表題作のみ「青空文庫」で読みました。見え透いた嘘をついて周囲を翻弄する少女を主人公にした『なんでもない』が印象的でした。 彼女は嘘で周囲を翻弄しますが、強い自意識を持て余し、自らを追い込んでしまう彼女自身が地獄に身を置いていたのではないか?などと考えてしまいました。 夢野久作は初めて読みましたが、案外読みやすいように感じました。もう少し短篇で修行を積んで『ドグラ・マグラ』にチャレンジしてみます。
2012.01.04
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シングルマザーの遊佐ひろ子は、お侍の格好をした謎の男と遭遇する。男は一八〇年前の江戸時代からやってきたお侍で、木島安兵衛と名乗った。半信半疑のうちにも情が移り、ひろ子は安兵衛を家に置くことに。安兵衛も恩義を感じて、家事の手伝いなどを申し出る。その所作は見事なもので、炊事・洗濯・家事などすべて完璧。仕事で疲れて家に帰ってくるひろ子にとって、それは理想の「主夫」であることに気づくー。<感想> ★★★☆☆表紙が漫画・・・・改行が多くて余白が多い・・・・そしてなにより中身が軽い・・・・でも面白いから二重丸です。「まっぴら将軍」に笑いました。続編も読みたいです。【送料無料】ちょんまげぷりん(2)価格:580円(税込、送料別)
2012.01.04
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多感な少年期に、見知らぬおバアちゃんのディープキスを受け止め(鼻の穴に)、大人になっては、怪獣人形片手に奇声を発しながら机に向かい続ける作家・シュカワ。カレーが食べられて小説が書ければ、とりあえず幸せ!ノスタルジックで温かな物語で読者を泣かせ続ける直木賞作家が、バカチンで数奇な日常を綴った、笑いで泣かせる初エッセイ。<感想> ★★★☆☆本書は『花まんま』で直木賞を受賞。 癒し系から本格的ホラーまでを手がける朱川湊人さんのエッセイです。装丁から想像がつくと思いますが、爆笑系のエッセイです。個人的にはおっさんホイホイネタの宝庫で、頁をめくるたびに頷いてしまいました。 朱川湊人さん小説に関しては多作ですが、エッセイはそれほど出していないのではないかと思います。 朱川作品のお好きな方はもちろんおっさんなあなたに強くおススメします。
2012.01.04
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元警官越沼が頭蓋骨を冠のように飾られて殺された。それは二十六年前の、「キング」と呼ばれた殺人犯による、迷宮入り事件の手口と同じだった-。弘前中央署会計課の小松一郎は、幼馴染みの警視庁警視正・風間によって、捜査の最前線に立たされる。少年時代の二人はキングの被害者だったのだ…。北の街を舞台に、心の疵と正義の裏に澱む汚濁を描く、警察小説の傑作。<感想> ★★★☆☆本書の著者である香納諒一さんはバカ売れしてはいませんが、そこそこ筆の立つ作家さんで、個人的にはもっと評価されてもいいのではないかと思っています。 主にミステリーを手がけていますが、そこの若干ドロ臭い人間ドラマを織り込んでいます。 お書きになる作品は、いい意味で昭和の二時間サスペンスドラマを彷彿とさせます。 さて、あらすじを読む限りではホラーサスペンスをイメージされると思いますが、基本的には前段で申し上げた昭和の二時間サスペンスドラマのノリです。 警察内部で閑職をあてがわれている主人公の内省や舞台になる青森の描き方が秀逸です。 現代の事件により掘り返されていく過去の事件。 その接点が少しづつ明らかになっていく過程もじっくりと読ませてくれるので、読み応えは十分です。 ただ、着地点に関してはちょっと不満が残ります。 まぁ~サスペンスホラー風味なのでそれなりに納得はできるわけですが・・・・物語の底流をなす独特の雰囲気と、お得意のドロ臭いドラマがパーフェクトだと感じていただけに少しだけザンネンでした。
2011.08.13
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プールで謎の死を遂げた世界的流行作家“ジョー・コモリ”。かつてやり手だった広告代理店勤務の深田貴代美と、売れっ子プランナーの嶋本ミチルは、プライドを懸けた一世一代の大企画のため、彼の人生を追い始めた―。やがて浮かび上がる無名画家の非業の死!!二人の間に一体何があったのか。<感想> ★★★☆☆本書のタイトルになっているのはローリング・ストーンズの"Paint it Black"です。 っていうことは、ローリング・ストーンズ詳しくないと楽しめないのかな??と思いましたが、そうでもありませんでした。語り手の視点がコロコロ変わったりするのは、真梨作品を読みなれていると、それほど苦労はしませんが、この作品の場合物語の核がどこにあるのかを最後まで見極めることができませんでした。著名な作家が亡くなり、それをスキャンダルに仕立てようと企くらむ広告プランナーの痛さのようなものは、相変わらず巧いなぁ~と思うんだけど、その作家が深く関わっていると想定される無名の画家の描き方がどうもスッキリしません。 中途半端な気持ちで読み終えて、感想をチェックしたら、この無名の画家ってゴッホをモデルにしているということがわかりました。 それを踏まえて読むと、この作品の印象はガラッっと変わります。私自身は絵画の知識は皆無ですが、無名の画家をゴッホだとするなら、他の登場人物にも割り振られたキャラクターがあるわけで、それを前提にして読むとするならあらゆる箇所がスッキリしてくるのではないかと思います。ローリング・ストーンズに引っ張られすぎました。本書をお読みになる方はこちらをお読みになってから・・・・・。
2011.07.24
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女子大生・瑛は、恋人から逃れて、南の町のホテルにたどり着いた。そこで、ホテルの部屋の電話機に残されたメッセージを聞く。「とても簡単なのですぐわかります。市電に乗って湖前で降ります。とてもいいところです。ボート乗り場に十時でいいですか?待ってます」そして、瑛とニノは出会った。ニノもまた、何者かから逃げているらしい。追っ手から追いつめられ、離ればなれになってしまう二人。直木賞受賞第一作。21歳の女子大生・瑛と7歳の少年・ニノ、逃げたくて、会いたい二人の約束の物語。<感想> ★★★★☆本書は中島京子さんの直木賞受賞第一作です。恋人から逃れた女子大生の主人公と、旅先で出会った訳アリの少年との旅をロードムービー風に描いていきます。 舞台になっているのは架空の南の島かと思いつつ読み進めていましたが、新幹線が出てきたりして・・・・・あっ!ここは○○だと気がつきました。 そのあたりの地域の捉え方がすごく新鮮で、ところどころにファンタジーのように挟まれる歴史のなかでの小さな出来事が強い印象を残します。 それぞれがある理由で逃れるための旅をしているわけですが、切迫感を抱える二人の描き方も秀逸でした。痛快なエンターテイメントを期待するとハズスと思いますが、読んだあとに何かが残る一冊だと思います。
2011.07.05
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父親は、あの台風の三日後、家から消えた。「畜生、俺は負げねぇ」綜一は光を求め駆け出した。最新書き下ろし。<感想> ★★★☆☆本書には中篇が二作収められています。表題作とも父親と息子の話しですが、モデルは著者のお父さんだそうです。 二作とも明るいトーンではありませんが、どことなく光の見えるラストがいいです。芥川賞候補になった『掌の小石』は若合春侑さんが最も得意とする近代文学+エロ風味です。 好みによると思いますが、こういうのを描かせると天下一品ですね。 出版されている若合作品は全部読んでしまいました。 新作出ないかなぁ? 連載情報などお持ちの方がいらっしゃれば教えてくださいませ。
2011.07.05
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文明開化とともに建てられた華麗で、優美な建物・洋館。時代の潮目に現れた稀少な「美」、見事なまでの和洋折衷-。鑑賞のための意外なツボをお教えします。<感想> ★★★☆☆明治期に建てられた洋館を写真中心に解説した本です。いくつかの建物が紹介されていますが、大きく頁をさかれているのが、上野(池之端)にある旧岩崎邸です。 この本を読んでから行くのと、そうでないとでは楽しみ方に大きな差が出るかもしれません。 P1030745 posted by (C)きたあかり
2011.07.01
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昭和20年、知覧。特攻機の整備を担当する須崎少尉は、死に向かって旅立つ戦友たちをひたすら見送り続ける。そんな自らの存在に少なからぬ屈託を覚えつつも、淡々と激務をこなす須崎の前に、不吉な影を纏った特攻隊員・有村少尉が現れる。何度飛び立っても「機体の不調」を理由に戻ってくる有村に基地の空気は冷たい。しかしそれに同調できない須崎は、この戦場で決定的に自分が「局外者」であることを思い知る。<感想> ★★★☆☆本書は熊谷達也さんの最新刊です。さて、本書の舞台は第二次世界大戦末期の知覧。 申し上げるまでもなく、ここで描かれているのは特攻隊の物語です。 その悲劇についてはさまざまな手段で現在も語り継がれているわけですが、本書のの特長は、主人公が特攻隊員の飛行機を整備する士官だということです。 日々、飛行機の整備に情熱を傾けながらも、その矛盾と葛藤するさまがよく描けています。戦争をまったく知らない世代の作家が描く戦争モノといえば、古処誠二さんが思い浮かびますが、語り継がなくてはならないという使命感において二人の作家の思いは共通しているように思います。 ただ、単純に小説として読むならサブキャラクターである有村少尉の謎?が若干消化不良気味でした。 このあたりを深く掘り下げても良かったのではないかと思います。みなさんの感想(読書メーター)
2011.05.08
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多くの女性の心をわしづかみにした、ドラマ「すいか」(向田邦子賞受賞)の放送から7年。その後も、観る者の胸に深く訴えかける作品を生みだし続けているのが、夫婦で共同執筆している脚本家・木皿泉です。家族、愛、自由、幸せ、孤独、個性、笑い、お金、創作、生きること死ぬこと…について、二人が思う存分語りあいます。木皿ドラマは、どうしてこんなにも私たちを惹きつけるのか-。二人の言葉には、その秘密が隠されています。<感想> ★★★☆☆数年前「すいか」というドラマに、すっかりハマってしまったことがあります。 30代独身OLが主人公でしたが、特にこれという事件が起きるでもなく、淡々とした日常をドラマに仕立てていました。そのせいか視聴率はイマイチだったようですが、関係者や積極的に見ていた視聴者の評価はかなり高かったようです。 このドラマの脚本を手がけたのが、本書の著者である木皿泉です。 放映当時は詳細な情報がありませんでしたが、木皿泉は個人名ではなく、男女ペアのユニット名であることがのちのち明らかになりました。本書は、そんな二人のやり取りを描いた対談風のエッセイです。 「すいか」ファンはもちろん。 木皿ドラマにはまったことがあるという方におススメします。みなさんのレビュー(読書メーター)
2011.04.30
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キャリアながら息子の不祥事で大森署署長に左遷された竜崎伸也。異例の任命で、米大統領訪日の方面警備本部長になった彼のもとに飛び込んできたのは、大統領専用機の到着する羽田空港でのテロ情報だ-。<感想> ★★★☆☆本書は警察のキャリア官僚である竜崎伸也を主人公にした「隠蔽捜査シリーズ」の第三弾です。 このシリーズは、一作目が吉川英治文学新人賞。 二作目は山本周五郎賞と日本推理作家協会賞をダブル受賞していて、数多くのシリーズものを手がける今野作品の中でも評価の高いシリーズです。このシリーズの魅力はリアルな警察小説であると同時に、曲がったことが大嫌いなカタブツである竜崎のキャラクター小説として側面を併せ持っている点にあると思います。さて、そんなシリーズ三作目は米大統領の訪日警備を指揮する竜崎が、部下に恋してしまうという展開です。 当然ながら読者レビューは賛否両論です。 私はキャリア官僚でもないし、多少曲がったことでも受け容れてしまうタイプの人間ですが、同じオッサンという立場からいうなら竜崎の行動はありえない!!のひとことに尽きます。 ただ、それが小説として面白いか否かは別の話です。 ありえないキャラクターのありえない行動はそれなり面白いし、今までこのシリーズを読んできた読者に対するサービスであるとするなら、それを素直に受け取るのもやぶさかではありません。 みなさんのレビュー(読書メーター)
2011.04.23
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高2の夏休み前、由紀と敦子は転入生の紫織から衝撃的な話を聞く。彼女はかつて親友の自殺を目にしたというのだ。その告白に魅せられたふたりの胸に、ある思いが…。ベストセラー『告白』に続く衝撃作。<感想> ★★★☆☆本書は快進撃を続けている湊かなえさんの二作目です。ずいぶん前から古本屋さんにも並んでいましたが、おっさん的にはこの表紙がなんともビミョーなんですよね・・・・ちなみにオリジナルはこちらだそうです。さて、本書は人の死を見たい願う二人の女子高生が主人公です。冒頭の遺書がやたらと重たいんだけど、交互に語り手をつとめる二人の語り口があっけらかんとしているせいか、全体を支配している雰囲気はそれほど悪くありません。 しかし深読みするなら、そのあっけらかんがこの作品のキモかもしれません。 町を歩いていて、ときどきふと、いま、自分が発作か何かが起きてパタンと倒れたら、そこのバス停のベンチに座っている女子高生たちは助けてくれるだろうか? と想像してみるんですけど、意外と、「あー、あの人苦しんでる」って、指さされて笑われるだけで助けてくれなさそう、って思うんです。私たちが思っているほど彼女たちは親切じゃないかも知れない(笑)。『少女』はそういう話を書いてみたいと思ったのがきっかけでした。引用はインタビュー記事からですが、そのあたりは巧みに表現されているように思いました。ただ、すべてのエピソードを収斂させながら着地するラストは面白さより違和感が勝ってしまいました。 すげぇ~田舎ならこの展開はあるかもしれないけど・・・・そこだけがちょっとザンネンでした。みなさんのレビュー(読書メーター)2011年01月28日発売告白 特別価格版価格:2,646円(税込、送料別)
2011.04.16
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大正三年、東京。画家を志し、家を飛び出す槇島風波。闇を幻視する美貌の天才画家、穂村江雪華。根津蟋蟀館に集う異形の面々。心を略奪する美の蒐集家。変わりゆく帝都を彷徨う未練者たちの怪異。<感想> ★★★☆☆基本的に図書館を利用する際には予約を入れていますが、この本は表紙を見たとたんにジャケ借りしてしまいました。 さて、昭和30、40年代を舞台にしたファンタジーホラーを得意とする朱川さんですが、本書の舞台は大正浪漫華やかなりし時代の帝都東京です。 浅草十二階。 私娼窟。 新聞縦覧所。 竹久夢二。 遊郭跡。 上野。 二百三高地髷。 そして表紙の高畠華宵。 それらが鏤められた舞台の上に立つのは画学生の主人公と、妖しげな魅力と特殊な能力を持つ天才画家の穂村江雪華。 時代が織り成す光と影。 その影の部分を魔界への入り口と定義して、独特の耽美系ホラーに仕上げています。 ビミョーにBL臭を漂わせているところが気になりますが、男性読者が読んでも許容範囲です。 おそらくこの作品もシリーズ化されるのではないかと思います。
2011.03.26
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「家、欲しいな」思わず呟いた自分の言葉に驚く三十代半ば、独身、アパート暮らしの長田真里。結婚相手を見つけるのでもなく仕事に成功するのでもなく、ひとりで心地よく暮らせる家を建てるのって、ありですか?従妹の友紀子や両親を始め世間の壁を越えることで見えてくる風景。「彼の宅急便」を併録。<感想> ★★★☆☆本書は、リアルな30代独身女性を描き出す中島たい子さんの作品集です。 中編の表題作と短編がひとつ収められています。さて、30代の独身女性を主人公にした作品といえば角田光代さんを思い浮かべる方も多いと思います。 角田さんと同年代の私はそこで描かれる主人公たちをリアルと感じていたわけですが、中島たい子さんの描くキャラクターは若干異なっています。 前者が浮遊感とするなら、後者はしっかり地に足がついているという感じです。 言い換えるなら角田作品はバブル世代の30代の独身女性。 中島作品が描くのは就職氷河期世代のそれです。主人公が家を建てたいと思い立つ過程や、周囲の家族を描くさまはユーモラスですが、それだけではない「何か」が残ります。
2011.03.12
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一九五五年、十六歳の曾我輝雅は家出をし、憧れの船乗りになった。「果てのない果てへ旅している」。それは、妾の子という偏見と差別に苦しんだ末にやっと手にした自由だった。博打に酒、女に喧嘩と破天荒な生活を送っていたが、彼はまだ見ぬ世界を求めていた―。画家・黒田征太郎の青春時代をもとに、戦後日本の風俗をも描き切った感動長編。<感想> ★★★☆☆本書は画家である黒田征太郎さんの青春時代を下敷きにしたフィクションです。さて、梁石日さんはアウトローを主人公した骨太な作品に秀でているという印象があります。 この作品の主な舞台は戦後混乱期ですが、この時代を強く生きるというのは、ある意味でアンダーグラウンドに片足を突っ込んでいることを意味するのではないかと思います。 米軍に徴用されたLSTに乗り込んだり、怪しげな中国人と手を組んだりしながら戦後を逞しく生きる主人公の姿は読みゴタエは十分です。 ただ、前半があまりにも面白いので、後半からラストに向けて物語が失速している感が否めません。 モデルがいる以上仕方ないのかなぁ~とも思いますが、そこが悔やまれます。しかし、地位も名誉もある人が、俺も若いころは・・・・と語りだす武勇伝と考えれば、それ以上の迫力があるのではないかと思います。【送料無料】海に沈む太陽(下)価格:630円(税込、送料別)
2011.03.03
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慢性的な頭痛に悩まされ、催眠療法を受けた男に甦る、存在するはずのない記憶。遠足のリュックサックの中のバナナ、土盛りのダム、見覚えのない同級生たち、そして場所は暮らしたこともない岩手県盛岡…。それは前世の記憶なのか?表題作など八篇。直木賞受賞の『緋い記憶』に続く、「記憶シリーズ」第二弾。<感想> ★★★☆☆本書は直木賞を受賞した『緋い記憶』に続く記憶をテーマにした作品集です。誰しもが微かに記憶している断片的な記憶。 前後の脈略はまったく憶えていないけど、そこだけ強烈な印象を残している。 なぜ、そこだけ憶えているのか? なぜそこだけ(前後の脈略)忘れているのか? そこにはなんらかのワケがあるのではないだろうか?そんなコンセプトで描かれています。そこにホラーやノスタルジーの味つけがなされているわけですが、八編も収められているわりに展開や筋立てがどれも似通っているので、正直言って飽きてしまいます。 特に『緋い記憶』から読み通すと、それを強く感じてしまいます。
2011.02.26
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つらいときは、ここに帰ってくればいい。昭和37年、ヤスさん28歳の秋、長男アキラが生まれた。愛妻・美佐子さんと、我が子の成長を見守る日々は、幼い頃に親と離別したヤスさんにとって、ようやく手に入れた「家族」のぬくもりだった。しかし、その幸福は、突然の悲劇によって打ち砕かれてしまう―。我が子の幸せだけを願いながら悪戦苦闘する父親の、喜びと哀しみを丹念に描き上げた、重松清渾身の長編小説。<感想> ★★★☆☆私はいわゆる泣かせ系の小説が苦手です。それ自体を否定するつもりはさらさらありませんが、泣かせどころにくるとついつい身構えてしまいます。 地震を体験する起震車というのがありますが、それに乗せられたのと似た感覚を味わってしまうからだと思います。さて、本書は泣かせ系の本家本元、重松清さんの作品です。昭和30年代後半から昭和の終焉までを舞台にした父子の物語ですが、それ以上に彼らの周囲を生きている人々を丁寧に描いた人情系のドラマでもあります。オッサン読者であれば父親であるヤスさんの立場で読んでもいいわけですが、昭和37年生まれである息子のアキラと同世代ならば息子の立場で読みすすめると、自分が過ごした子供時代を客観的に振り返ることができます。 親はもちろんですが、近所に住んでいたオッサンやオバサンのことを思い出して懐かしい気分にさせられます。さらに本書を客観的に読むとするなら、戦争や貧しさから自分の父母を知らない世代の人達が、どのように自分の家族を創っていったのか?が第二の柱になっているような気がします。
2011.02.25
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自らが犯した不祥事で職を追われた元警官の佐伯修一は、今は埼玉の探偵事務所に籍を置いている。決して繁盛しているとはいえない事務所に、ある老夫婦から人捜しの依頼が舞い込んだ。自分たちの息子を殺し、少年院を出て社会復帰しているはずの男を捜し出し、さらに、その男を赦すべきか、赦すべきでないのか、その判断材料を見つけて欲しいというのだ。この仕事に後ろ向きだった佐伯は、所長の命令で渋々調査を開始する。実は、佐伯自身も、かつて身内を殺された犯罪被害者遺族なのだった…。『天使のナイフ』で江戸川乱歩賞を受賞した著者が、犯罪者と犯罪被害者遺族の心の葛藤を正面から切り込んで描いた、衝撃と感動の傑作社会派ミステリ。<感想> ★★★☆☆本書は犯罪被害者遺族の葛藤を描き続ける薬丸岳さんの最新刊です。 長編の多い薬丸作品ですが、この作品は連作短編形式になっています。 かなり読みやすい仕上がりになっていますが、そのぶん読みゴタエは薄まっているように感じてしまいました。 ただ、薬丸さんが描き続けるテーマそのものはまったくぶれていません。 愛するものが殺されてしまうという理不尽さと、その命を奪ったもの(犯人)への憎しみ。 その立場に立たされないと感じることのできない苦悩を描く筆はいつもながら秀逸です。ちょっと飛躍してしまいますが、薬丸さんの作品を読むと死刑問題などについても考えさせられます。 前段で申し上げたとおりに読みゴタエには若干の不満が残りますが、薬丸作品の入門書としてはおススメできる作品です。
2011.02.19
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この世界はどこにだって、見えない溝がある。たとえば僕ら二人の間にも。─新入社員の僕とソンウの友情を描く話題の青春小説。第46回文藝賞受賞作。<感想> ★★★☆☆本書は第142回(2009年下半期) 芥川賞候補作です。 社会人デビューしたばかりの主人公と在日コリアンの同僚との友情を描いた作品です。さて、読み始めてみると洗練されたスタイリッシュな文章は良くも悪くも現代的です。 そこに「在日」という比較的重いテーマをどう絡めていくのかなぁ~と思いつつ読みすすめましたが、テーマから逃げることなく真正面から描かれていると感じました。芥川賞の選評で宮本輝さんが「血肉がない」と書いています。 たしかにこのテーマで描かれた従来の作品と比較するならそういうことになるのかもしれません。 しかし、現代の若い世代がこの問題に向き合うというのは、このようなことではないか?などと感じました。
2011.02.18
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大手都市銀行の行員3人がさらわれる誘拐事件が発生した。身代金要求額は10億円。警視庁捜査一課特殊犯係の上野数馬は、覆面捜査専門のバイク部隊「トカゲ」のメンバーとして、東京・大阪間を駆け巡り、初めての誘拐犯逮捕に挑むが…。<感想> ★★★☆☆本書は紺野敏さんの特殊遊撃捜査隊シリーズ(既刊2冊)の第一作です。 警視庁特殊捜査課のバイク部隊「トカゲ」に属する警察官を主人公にしたシリーズ作品で、本書は企業誘拐に携わる彼らを描きます。 紺野作品らしく警察内部の描写や犯人との駆け引きが秀逸ですが、特に警察に張付く新聞記者のキャラクターが練れていて、最後まで飽きることなく読み進めることができました。ただ、読者を引っ張っていく牽引力は相変わらずですが、他の紺野作品と比較するなら掘下げがちょっと甘いかなぁ~という気がしました。
2011.02.10
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昭和二十年八月十四日、敗戦の噂がまことしやかに流れる沖縄の捕虜収容所で、血眼になって二人の人間を捜す男の姿があった。一人は自らの命の恩人・ミヨ、もう一人はその恩人を死に追いやった男・阿賀野。執念の調査は、やがてミヨのおぼろげな消息と、阿賀野の意外な正体を明らかにしていく―。<感想> ★★★☆☆ア○ゾンの読者レビューを読んでいたら、古処誠二さんは不思議な作家であると指摘されている方がいました。 戦争をまったく知らないはずなのに、どうしたらこんなに生々しく戦争を描くことができるのか?元自衛官という肩書きを持っているせいもあると思いますが、この取材力と描写力には作品を読むたびに唸らされます。 まぁ~読んでいる私も戦争を知らないので、その検証はできないわけですが・・・。さて、本書の舞台は敗戦直後の沖縄です。 米軍の捕虜となった主人公が捕虜になるまでと、収容所での日々が描かれています。 戦闘シーンがほとんどないので他の古処作品と比較するならジミな印象が拭えませんが、捕虜となった将と兵の対立。 日系人米兵との関わり、ひめゆり学徒隊と思われる少女とのやりとりなど、私が知りえている数少ない戦争に関する知識とことごとく一致します。 それを踏まえるなら、本書も東京オリンピック以降に生まれた新人類が書いたエンターテイメント小説ではないことは明らかです。しつこいようですが、私はそれを検証する手段を持ちません。 しかし、本書も含めて古処作品には戦争の本質のようなものが描かれているのではないかと強く感じています。若い人に読んでいただきたい一冊です。
2011.02.05
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夫の名は武辜歩、妻の名は妻利愛子。お互いを「ムコさん」「ツマ」と呼び合う都会の若夫婦が、田舎にやってきたところから物語は始まる。背中に大きな鳥のタトゥーがある売れない小説家のムコは、周囲の生き物(犬、蜘蛛、鳥、花、木など)の声が聞こえてしまう過剰なエネルギーに溢れた明るいツマをやさしく見守っていた。夏から始まった二人の話は、ゆっくりと進んでいくが、ある冬の日、ムコはツマを残して東京へと向かう。それは、背中の大きな鳥に纏わるある出来事に導かれてのものだった―。<感想> ★★★☆☆本書は西加奈子さんの三作目にあたる作品です。 デビュー作の『あおい』では独特のキレ味を、二作目の『さくら』は癒し系路線で25万部のベストセラーとなりました。 さて、その次作である本書はいい意味でも、そうでない意味においても二作品をミックスしたような読み味になっています。 語り口は軽くて読みやすい上に、関西弁を駆使した会話はなんとも味があります。 都会から田舎にやってきた不思議ちゃん夫婦の癒し系小説としてだけ読むとするなら格段に優れています。 ただ、たびたび物語が深いところに入っていくので、そのバランスがうまく保たれていないように感じました。 おそらく西加奈子さんの本領は後者において発揮されるように思うので、そこをもっと味わいたいと感じる読者にとっては中途半端感が否めません。しかし、読者が深読みしようという欲を出さず、素直に読めば感動できる一冊になりえます。ちなみに、たびたび差し挟まれる「きいろいゾウ」の話は西加奈子さんのオリジナル。 こんな絵本も出ているようです。
2011.02.01
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まるごと物語にのみこまれることの至福。すべての本とすべての本を必要とする人へのラブレター。<感想> ★★★☆☆本書は角田光代さんが過去に書いた書評や解説。 本にまつわるエッセイをまとめたものです。さて、作家による読書案内のようなものはいくつもありますが、角田さんのそれは読書に対する強い愛情のようなものを感じることができます。 そこが、大学生のための・・・・とか新社会人のための・・・などという読書案内と異なる点で、本書は読書(物語)好きのための小説案内という感じです。 取り上げられている作品に関していうなら、現代女性作家のものが多いように感じました。 もし、読んでいる作品であれば自分の感じた事を検証することができるし。 未読であれば、新しい作家と出会う機会になるのではないかと思います。ただ、角田ファンを自認する方なら、あっ!これどこかで読んだ。という文章に、しばしば出くわすと思います。 ご購入を検討されている方はそれをお含みおきください。しかし、このタイトルはなかなか巧いですね。
2011.01.15
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「もう、駄目だと思った それでも世界続いていた」光に満ちた景色も、暗くて哀しい風景も、すべてがこの世界だ。人間を、世界を、渾身の筆で描写した群像劇。<感想> ★★★☆☆17日発表の直木賞に『月と蟹』がノミネートされている道尾秀介さんですが、今回が5度目のノミネートになります。 本書は4度目のノミネート作品です。 直木賞は逃しましたが山本周五郎賞(新潮社の主催する直木賞みたいな感じの賞)を受賞しています。さて、『球体の蛇』の感想で呪縛という言葉を使いましたが、この作品に関しても本格ミステリーに課せられているレトリックや無理な整合性などを意識することなく読める作品です。 あらすじには群像劇と書かれていますが、6本の連作短編とした方がわかりやすいと思います。 まずは冒頭の『隠れ鬼』ですが、老いた母親を抱える主人公が30年前に起きた事件を振り返るという筋立てです。 思春期だった主人公。 美しい年上の女性との出会いと死。 自殺した父親。 知らなかったはずの母。 それらを30年に一度しか咲かない笹の花に例えて収斂させていきます。 道尾秀介さんの短編は初めて読みましたが、これは逸品です。 思わずため息がもれてしまいました。著者へのインタビューによれば『隠れ鬼』は連作としてではなく単独の作品として書かれたようです。 つまり二作目以降が連作を意識して書かれたということになります。 各々の登場人物はリンクしていますが、読み口はそれぞれ異なります。 それに関して、意地悪な言い方をするなら読者サービスが過ぎるということになるのかもしれません。 直木賞を意識するあまりの迷走などという意見も一概には否定できないような気もしますが、作家や編集サイドの努力を上から目線で斬ってしまうのも大人げないように感じます。 タイトルの『光媒の花』ですが、著者の造語のようです、一般的に植物は虫媒と風媒に分けられるようです。 そのあたりも読み込んでいくと、この作品をさらに楽しめると思います。
2011.01.12
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恋する男に身請けされることが決まった吉原の女が、真実を知って選んだ道とは…。表題作ほか、ワンマン社長とガード下の靴磨きの老人の生き様を描いた傑作「シューシャインボーイ」など、市井に生きる人々の優しさ、矜持を描いた珠玉の短篇集。著者自身が創作秘話を語った貴重な「自作解説」も収録。<感想> ★★★☆☆本書は浅田次郎さんの泣かせ系短編集です。さて、浅田次郎さんと言えば『蒼穹の昴』のような重厚長大系の作品で本領を発揮するのではないか?と感じますが、映像化された作品を含めて、一般的には泣かせ系短編の方が人気があるようです。私も嫌いではありませんが、「ここ泣くところだから・・・・」が意図的に用意されているようで、ついつい身構えてしまうんですよね。ところが今回は不覚にも『供物』で泣いてしまいました。 すげぇ~ベタな作品だと思うんですが・・・・たぶん年齢(とし)のせいだと思われます。この作品集のなかでのベストは『めぐりあい』温泉地でマッサージをなりわいとする女性が主人公ですが、小雪が舞い散る鄙びた温泉地の雰囲気を描き出す筆と、初めと終わりに出てくるタクシードライバーとのやりとりが秀逸だと感じました。ベタな小説で自分の老いを確認した44歳のオッサンでしたが、日曜日から風邪が悪化して、今日(水曜日)も仕事をお休みしています。 いやはや年は取りたくないものですなぁ~。
2011.01.12
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山深き秋田で、足は悪いが誰よりも美しい箕を作る若者・弥平。初めての行商では一枚も売れず。なんとか商いのコツを掴んだ弥平は勇躍、新天地の関東平野へ足を延ばすが、途方もない壁にぶち当たる。それは箕作りへの理不尽な差別。誇り高き職人がなぜこんな目に…。そして、弥平は一人の少女に恋をした。<感想> ★★★☆☆本書はオエダラ箕職人を主人公とする作品です。舞台は大正末期。 主人公が徴兵検査を受けるシーンから始まります。 会話はすべて秋田弁が使われていて、読むのに苦労しますが独特のリズム感のようなものに慣れてくると登場人物の交わす言葉のやりとりが味わい深いものになっていきます。 さて、オエダラ箕の職人として確かな腕を持つ主人公ですが、この地方の職人たちはモノを作るだけではなく、それを売り歩かなくてはなりません。 東北各地はもとより北海道、南樺太。 その先々での経験が本書の中心になってくるわけですが、読みやすさに重点を置いたせいか語り口が軽くて、チョイスした素材やテーマとのアンバランス感を強く感じてしまいまい、ちょっと残念・・・・というのが正直な感想です。ただレビューを書くにあたって、オエダラ箕について調べてみると熊谷達也さんの取材の緻密さや、この作品にこめた想いというものがなんとなく理解できました。 私自身も含めて、多くの読者は直木賞受賞作である『邂逅の森』をモノサシにしてしまいがちですが、それこそは小説読みの浅はかさというもので、熊谷作品の魅力である民俗や土着の要素を見逃してしまうのではないかと思います。下記にいくつかリンクを張っておきます。田口召平さんには本書の巻末でも謝辞が贈られています。あきた杉歳時記/第33回 「オエダラ箕のこと」 <月刊「杉」WEB版>オエダラ蓑を作りました。<秋田市立太平小学校> オエダラ箕職人 7 田口召平さん(72)<秋田長寿社会振興財団>21世紀への遺産 <広報秋田・秋田市>秋田のイタヤ箕製作技術<文化遺産オンライン・文化庁>
2011.01.07
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暗闇をさまよう明日羽に、叔母のロッカさんは“リスト”を作るよう勧める。溺れる者が掴むワラのごとき、「漂流者のリスト」だという。明日羽は岸辺にたどり着けるのか?そこで、何を見つけるのか?ささやかだけれど、確かにそこでキラキラと輝いている、大切なもの。読めば世界が色づきはじめる…“宮下マジック”にハマる人続出中。<感想> ★★★☆☆人間を40年以上続けているとすげぇ~落ち込んだりもすることもあるわけですが、おおむね美味しいものを食べると元気になります。 それは高級素材を使った有名レストランの料理である必要はないように思います。 素朴だけどあたたかいもの・・・・・それを具体的に言い当てているのが本書だと思います。さて、本書が優れているのは結婚式直前に婚約を破棄されてしまった主人公を描くリアルな筆です。 しばしば過剰な表現が好まれるシチュエーションですが、抜け出そうにも抜け出せない袋小路に入り込んでしまった主人公の心理を淡々と描きながらも、悲しみの本質のようなものはしっかり表現されています。 ふと耳にした音楽が婚約者からの着信を知らせるメロディーと同じだと気がつく瞬間。 あ~この感覚だよな・・・などとシミジミとしてしまいました。ただ、気になったのは特異なキャラクターを持つ友人の存在です。 作品のテーマを安きに流れないようにする工夫だとは思いますが、普通の男友達の方が面白い展開になったのではないか?と角田ファンの私は思ったりもしました。(笑)ちなみに、物語のなかで出てくるパンの話ですが、私も中学生の時に国語の教科書で読みました。サスペンスフルな展開と絶妙のオチが印象的で、授業もそれなりに盛り上がっていた記憶があります。「一切れのパン」はF・ムンテヤーヌというルーマニアの作家の作品。 しばらく絶版で読むことができませんでしたが、最近出た光村図書の教科書掲載アンソロジーの中に収められています。↓【送料無料】光村ライブラリー(中学校編 第1巻)価格:1,050円(税込、送料別)
2011.01.02
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恋人と、妻と、兄弟と、家族と、あるいはひとりで…さあ、ドライブに出かけよう。かつてあった愛を探しに、いまここにある愛を確かめに。ここではない、どこかへ。あなたと、ふたりで。8人の短篇の名手が描く、8つの愛の情景。“クルマで出かける場面を用意すること”だけを約束事に8人8様の個性豊かな短篇アンソロジー。<感想> ★★★☆☆本書は日産自動車のTEANAスペシャルサイトに連載されていた作品をまとめたアンソロジーです。 書き手は吉田修一/角田光代/石田衣良/甘糟りり子/林望/谷村志穂/片岡義男/川上弘美の各氏。テーマは“クルマで出かける場面を用意すること”だそうですが、それぞれのキャラクターはTEANAのユーザー層を意識しているように感じました。 おおまかに言ってしまえば40代後半のアッパーミドルクラスというところでしょうか?ロウアーミドルクラスの暮らしを強いられている私は、そのあたりが若干鼻につきましたが、いずれも車を運転してどこかに出かけたくなる工夫がなされています。 都市部に住んでいる作家さんであれば、車を運転する機会などないと思いますが、さすがプロだなぁ~と感じました。個人的には、ちょっとトボケた夫婦が出てくる吉田修一さんの作品。 小品ながらツボを抑えた川上弘美さんの作品が秀逸でした。
2010.12.12
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13年前に札幌で起きた娼婦殺害事件と、同じ手口で風俗嬢が殺された。心の痛手を癒すため休職中の仙道は、犯人の故郷である北海道の旧炭鉱町へ向かう。犯人と捜査員、二人の傷ついた心が響きあう、そのとき…。感激、感動の連作小説集。 <感想> ★★★☆☆本書は休職中の刑事を主人公にした短編集。 申し上げるまでもありませんが第142回直木賞受賞作です。 さて、結論から言ってしまいますが佐々木譲さんは『警官の血』で直木賞を受賞して欲しかったなぁ~というのが正直な感想です。 本書に関して言えば、それぞれの作品で北海道の今をリアルに描き出しているし、受賞作となった表題作のクオリティーも高いように思いますが、直木賞受賞を機に初めて作品を手にとる読者は、この作品で佐々木譲という作家を判断してしまう可能性が高いわけで、長年の佐々木ファンとしてはそこが痛し痒しというところです。この作品期待はずれだったなぁ~という方。 表題作は長編で読みたかったなぁ~という方には↓の二作をおススメします。エトロフ発緊急電価格:820円(税込、送料別) 警官の血(上巻)価格:660円(税込、送料別) 警官の血(下巻)価格:660円(税込、送料別)
2010.12.11
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「結婚することにした」ある日突然、妹から告げられた桐畑露子。お相手は台湾の青年らしい。おくてな妹が自分より先に結婚なんて…27歳、無職で妹の家に居候中の露子は、落ち着かないながらもしぶしぶ職探しを始める。実は彼女も恋人からプロポーズされていたが、乗り気になれないのだった─。娘の国際結婚に戸惑う両親も巻き込んだ、迷走姉妹のユーモラスでちょっとビターな物語。<感想> ★★★☆☆本書は20代後半の姉妹と、その家族を姉の視点から描いた作品です。仕事も充実しながらテキパキと台湾人青年との結婚を決めた妹と、イマイチ結婚に踏み切れず就職活動をする無職の姉。子供の頃から垢抜けていた姉とジミで鈍臭かった妹。 どこで、どう変わってしまったのか?姉妹の対比はユーモラスですが、ところどころスパイスが効いて絶妙な姉妹小説に仕上がっています。 二人の娘に振り回される両親の様子は、向田邦子のホームドラマを見ているような気にさせられます。次女と結婚する台湾人青年ですが、『さようならコタツ』にも出ていたとの情報が・・読み返してみたいんだけど、密林の中にあるので探しようがありません。
2010.12.05
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恋愛の渦中にある人間の息づかいが聞こえてくる名作八篇を、川上弘美が独自の視点で厳選。<感想> ★★★☆☆本書はちょっと渋めの恋愛アンソロジーです。 選者は川上弘美さんです。ラインナップは『桜の森の満開の下』(坂口安吾)『武蔵丸』(車谷長吉)『花のお遍路』(野坂昭如)『とかげ』(よしもとばなな)『山桑』(伊藤比呂美)『少年と犬』(H.エリスン)『可哀相』(川上弘美)『悲しいだけ』(藤枝静男)青字が既読でした。 それって恋愛小説??という感じで読み始めましたが、読み進めていくとそれぞれが一定の基準を満たしていることに気がつきます。野坂昭如さんの『花のお遍路』がいい感じでしたが、やたら印象に残ったのは伊藤比呂美さんの『山桑』 おそらく 『日本霊異記』の焼き直しだと思いますが、いかにも川上弘美さんがチョイスしそうな作品でした。
2010.10.03
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ハードボイルド作家は考えた。「一度は刑務所というものに入ってみたいものだ…」かくして、ちょっとした交通違反の反則金をテッテイ的に踏み倒し続けた著者は、念願の押しかけ入所を果たしたのであった―。入ってみてわかった、塀の中の不可思議なオドロキに満ちた実態とは?読めば読むほどしみじみと可笑しい、傑作ドキュメンタリー。<感想> ★★★☆☆突然ですが「労役」という制度はご存知でしょうか?軽微な交通違反に科される反則金を払わないと、いくつかの段階を経て最終的には「労役」に行き着くことになります。 反則金(罰金)を労働によって支払うという制度ですが、それって「懲役」とどう違うのか?「禁錮」とはちがうのか?という疑問に答えてくれるのが本書です。体験者(著者)はハードボイルド作家の東直己さんです。交通違反をしたのをきっかけに「労役」を目論む著者の姿勢は明らかにふざけていて、読者のよっては噴飯モノかもしれませんが、収監されるまでの手続きや裁判所のやりとりは、我々が知ることのない司法の裏側を垣間見せてくれます。この手のルポルタージュは、ともすれば上から目線のものが多いように思います。 相手がどのような立場であれ対象をこき下ろすという姿勢はどうもいただけません。 それを踏まえるなら、著者の謙虚な姿勢は好感がもてます。 ただ、本書は『獄窓記』のように矯正施設内の問題点を云々などという目的はいっさいないし、学べるものは皆無です。 でも、そこがいいと思うんですよね・・・。
2010.10.03
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身近に起きた命の煌きを活写した感動の私小説。重い病に冒されながらも、気高き優しさを失わぬ「優しい子よ」、名プロデューサーとの心の交流と喪失を描いた「テレビの虚空」「故郷」、生まれる我が子への想いを綴った「誕生」、感涙の全四篇。<感想> ★★★☆☆本書は著者の夫人である高橋和女流棋士(当時)と交流のあった少年を描いた表題作を含めた四篇が収められた私小説集です。 個人的には表題作とリンクしている『誕生』が巧いなぁ~と思いました。さて、この作品集で私が注目したのは、大崎さんの奥さんである高橋和さんです。 子供のころに負った怪我が原因で長く闘病していた高橋和さんが、将棋と出会った経緯などが興味深くて、彼女自身のノンフィクションを読みたいなぁ~という気になりました。女流棋士価格:580円(税込、送料別)
2010.10.02
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鉄道に賭けた父子二代の熱き技術者魂を描く。草創期の蒸気機関車・磨墨からC53、D51を経て新幹線まで、島安次郎・秀雄の情熱は、燃えに燃えた。彼らが取り組んだ鉄道の仕事は、日本の近代技術史上の一大エポックとなった。外国の技術を日本の条件のなかへ移殖し、さらに発展させた父子のドラマを追う。<感想> ★★★☆☆本書は、明治初期から新幹線開業まで、二代にわたって鉄道に携わった父子の姿を描くノンフィクションです。 さて、突然ですが線路の幅って狭軌(1,067mm)と広軌(1,435mm)の二種類があるのはご存知でしたか? 現在、日本の鉄道のほとんどは一部をのぞいて狭軌方式で運行されていますが、世界の大半は広軌方式を採用しているようです。 国土の狭さとコストの点で狭軌方式を選択した日本ですが、速達性(スピード)と輸送性(乗車人員)の点において狭軌方式は圧倒的に劣り、欧米諸国の後塵を拝していました。 明治中期から昭和初期に掛けて幾度か広軌方式への転換が叫ばれますが、その中心にいたのが鉄道技術者の島安次郎です。 国会でも審議されますが、さまざまな思惑のなか立ち消えになってしまいます。 島安次郎は鉄道院(国鉄)を去り、失意のうち昭和21年に生涯を閉じます。昭和33年。 かつて島安次郎が計画した広軌方式の弾丸列車計画をもとにした新線の着工が交通関係閣僚協議会で決定されます。 「東海道新幹線の早期着工」 言うまでもなく新幹線には在来線と異なる広軌方式が採用されています。 そのプロジェクトの中心にいた当時の国鉄技師長の名は島秀雄。 広軌鉄道の夢を果たせぬまま亡くなった島安次郎の長男でした。鉄道を含めた近代史に興味のある方、かつて「プロジェクトX」を毎週楽しみにしていたという方におススメします。
2010.09.20
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「中学生で酒を、高校生でタバコを堂々とやっていた私だが、すき焼きの卵二つはだめだった」。ああ、人生は、なんでジグザグにしか進まないんだ!あっちにぶつかりこっちにぶつかり、ときに迷走、そして瞑想。いつも本気で立ち寄り、本気で考えた毎日を、偽ることなくセキララに描いた、絲山秋子の初エッセイ集。<感想> ★★★☆☆本書は絲山秋子さんのエッセイ集です。一般的に、女性作家のエッセイの多くは女性読者を意識したつくりになっていることが多いように思いますが、一日にセブンスター三箱を灰にしつつ、深酒をしている絲山秋子さんのエッセイはある意味でオッサン向きです。 ユーモアたっぷりの爆笑系ですが、ところどころにトゲがあってオッサンの私はそのトゲを心地よく感じました。 しかし、逆の言い方をするなら、そのトゲを不快と感じる読者もいるかもしれません。 作家になる以前、大手の住宅設備会社で営業職をしていた経験も随所にちりばめられていて個人的には何度もフムフムと頷いてしまいました。現在、絲山秋子さんは群馬県にお住まいのようです。 高崎と前橋の遺恨とか、高校野球がやたらと盛り上がっているなど、知られざる群馬の一面を垣間見ることができました。
2010.09.18
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ただ独りで音もなく犯罪者に食いつく―。「新宿鮫」と怖れられる新宿署刑事・鮫島。歌舞伎町を中心に、警官が連続して射殺された。犯人逮捕に躍起になる署員たちをよそに、鮫島は銃密造の天才・木津を執拗に追う。待ち受ける巧妙な罠!絶体絶命の鮫島…。登場人物の圧倒的な個性と最後まで息をつかせぬ緊迫感!超人気シリーズの輝ける第1作。<感想> ★★★☆☆前から読みたいと思っていた大沢在昌さんの新宿鮫シリーズ第一弾です。若干の不安はありましたが、それぞれのキャラが立っていて面白く読めました。 桃井課長渋すぎて個人的にツボです。それって、ありえねぇだろう!!が随所に散りばめられていますが、TVドラマの「西部警察シリーズ」を見て育った私にとっては見過ごすことのできるレベルです。 書かれたのが90年代の初めなのでイマイチ古臭さは拭いきれませんが、当時の新宿(歌舞伎町)をご存知の方なら、大沢在昌さんの描写力に圧倒されると思います。ちなみに最後に出てくるケータイ電話はこんな感じのやつです。当時、持ち歩いている人を時々見かけましたが、戦争に行くのかよ!!みたいなイキオイでした。
2010.06.13
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夜鷹の女に産み落とされ、浅草の侠客・浜嶋辰三に育てられた神崎武美は、辰三をただひとりの親とあがめ、生涯の忠誠を誓う。親の望むがままに敵を葬り、闇社会を震撼させる暗殺者となった武美に、神は、キリストは、救いの手をさしのべるのか─。稀代の殺人者の生涯を描き、なお清々しい余韻を残す大河長篇。<感想> ★★★☆☆直木賞を受賞されたころにハマって読み漁った伊集院静さんですが、このブログには一冊の感想もUPしていません。 ということは5年以上ご無沙汰ということになります。 短編中心で、しばしば胸を鷲づかみにされる職人気質の作家さんです。 さて、本書は一人のヤクザを描いた大河小説です。 時代は戦前から現代までです。 無頼派と呼ばれる伊集院さんだけあって、時代に流されながらもさまざまにカタチを変えていくギョーカイの変遷がリアルに描かれていて読み応えがあります。ただ、主人公が産み落とされて、浅草のヤクザに引き取られ成長していく過程までは面白く読んだのですが、正直言って、その後の展開が速すぎてついていけませんでした。 外国の組織(マフィア)まで持ち出してきたのも話を広げすぎかなぁ~と思いました。 基本的にアウトローを描く任侠モノは嫌いではないので、この展開はつくづく残念でした。
2010.06.06
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角田光代、井上荒野、唯野未歩子、栗田有起、川上弘美さんら人気作家5人が描く「女ともだち」。主人公は誰もが「派遣」。仕事や恋をからめた「友だち模様」が、じんわりとくっきりと描かれた魅力たっぷりの小説集。 <感想> ★★★☆☆本書は「女ともだち」をテーマにしたアンソロジーです。 収められている作品は、『海まであとどのくらい?』(角田光代)『野江さんと蒟蒻』(井上荒野)/『その角を左に曲がって』(栗田有起)『握られたくて』(唯野未歩子)/『エイコちゃんのしっぽ』(川上弘美)トルストイの論に当てはめるなら、男同士の友達づきあいはどれも似たようなものですが、女同士の友達づきあいは実にさまざまなのではないかと思います。 この作品集で描かれているのはそんな「さまざま」です。 5編中4編が女性同士の友達づきあいなので、女性読者なら自分自身の友達づきあいを当てはめて読むのも面白いかもしれません。 作品自体も短めなので、さらりと読むことができます。 個人的には『野江さんと蒟蒻』(井上荒野)が秀逸だと感じました。 男性目線で描かれているので、アンソロジーのコンセプトとは若干異なりますが、井上荒野さんの実力をまざまざと見せつけられました。 他の作家さんたちも悪くはありませんが、このクオリティーの前に霞んでしまった感が否めません。 巧い短編小説で唸ったあとに、旨い蒟蒻の煮物で誰かを唸らせたいとお思いの方におススメします。 蒟蒻の下ごしらえ
2010.06.05
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丘の上の遊園地は、俺たちの夢だった─。肺の悪性腫瘍を告知された三十九歳の秋、俊介は二度と帰らないと決めていたふるさとへ向かう。そこには、かつて傷つけてしまった友がいる。初恋の人がいる。「王」と呼ばれた祖父がいる。満天の星がまたたくカシオペアの丘で、再会と贖罪の物語が、静かに始まる。<感想> ★★★☆☆本書は典型的な泣かせ系重松本です。それぞれの想いを抱えた幼なじみが二十年ぶりに故郷で再会するという物語です。 舞台は現代の北海道。 本書の基本的なテーマは「赦し」です。 この舞台でこのテーマといえば三浦綾子作品を思い浮かべる方も多いと思いますが、それぞれの贖罪の物語としては三浦作品に勝るとも劣らない仕上がりになっているし、疲弊しきった炭鉱の街の末期を描くさまも秀逸です。ただ、個人的な意見を言わせていただけるなら重松さんが最も得意とする「泣き」の部分が冗漫気味でダレてしまいました。 メインキャラクターの「死」と、テーマである「赦し」を組み合わせるとそれぐらいの尺が必要になってくるとは思うんですが、「死」の演出が過剰気味だと感じました。 私は重松さんがメインターゲットにしている世代ですが、『その日の前に』で強く感じたリアルな「死」をこの作品ではあまり感じることが出来なかったというのが正直な感想です。 とは言うものの何度かはウルウルしちゃいました。アポロ11号の月面着陸やジャコビニ流星群はあまりにも幼くて覚えていないけど、ボイジャーはよく覚えているという世代におススメします。ボイジャーは、まだ旅を続けてます。
2010.05.16
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俺は私立探偵。ちょっとした特技のため、この業界では有名人だ。その秘密は追々分かってくるだろうが、「音」に関することだ、とだけ言っておこう。今はある産業スパイについての仕事をしている。地味だが報酬が破格なのだ。楽勝な仕事だったはずが―。気付けば俺は、とんでもない現場を「目撃」してしまっていた。 <感想> ★★★☆☆なんやかんやで道尾作品三作目です。正直って、こういうのが今は売れるんだなぁ~程度の印象ですが、ブック○フの100円コーナーにあるとついつい買っちゃうんですよね・・・。ちょっとクセになっているのかもしれません。さて、本書の主人公は人並みはずれた聴力を持つ私立探偵です。 あちこちで書評を読むとライト(軽めの)ハードバイルドと書かれていますが、ハードボイルドの基本はしっかり押さえた書き方をされているかなぁ~と思います。 これを「硬」とするなら、主人公の周囲のキャラは「軟」。 読み始めはこの「硬」「軟」に戸惑いますが、文章のテンポで読者は引きづられていきます。 後半になると「軟」の部分も深いのではないか?というエピソードがいくつか出てきて、この手の作品がしばしば陥る中途ハンパ感や破綻は微塵も感じさせません。 基本的にテーマがしっかりしているせいだと思いますが、この点に於いて道尾秀介さんは巧みです。ちょいと辛口になりますが、作家としての力量を十分備えている道尾秀介さんが直木賞受賞にいたらないのは、昨今ブームのレトリック(読者騙し)にあるような気がしてなりません。 読者が何を望んでいるのか?を意識するのは作家としてあるべき姿だし、このスタイルで売り上げを伸ばしたいという出版社サイドの思惑もあると思います。 ただ、あまりにもそれにがんじがらめになってしまうのはいかがなものでしょうか?伊坂幸太郎さんの例を引くまでもなく、直木賞が作家としての頂点などと申し上げるつもりはありません。 しかし、作品を読むたびにこの作家の真剣勝負を見てみたいと思っている小説読みは私だけではないはずです。
2010.04.25
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「N」と出会う時、悲劇は起こる─。大学一年生の秋、杉下希美は運命的な出会いをする。台風による床上浸水がきっかけで、同じアパートの安藤望・西崎真人と親しくなったのだ。努力家の安藤と、小説家志望の西崎。それぞれにトラウマと屈折があり、夢を抱く三人は、やがてある計画に手を染めた。すべては「N」のために─。タワーマンションで起きた悲劇的な殺人事件。そして、その真実をモノローグ形式で抒情的に解き明かす、著者渾身の連作長編。『告白』『少女』『贖罪』に続く新たなるステージ。 <感想> ★★★☆☆本書は『告白』を大ヒットさせた湊かなえさんの最新刊です。さて、四作目の本書も基本的には登場人物たちのモノローグ形式ですが、今までの作品に見られた「毒」は抑え気味になっています。 あちこちの読書サイトをのぞくと、その点の物足らなさを指摘されている方が多くいらっしゃいます。 ただ、それを続けているとするなら作風がワンパターン化してしまうわけで、ある意味での新境地といえるのではないかと思います。タイトルのNですが、この作品の登場人物すべての名前にNがつきます。 つまりは、ひとつの事件に関して、いくつもの「Nのために」が存在します。 そのあたりで読者は混乱しますが、そこがこの作品の肝です。 読書メーターの感想で、芥川龍之介の『藪の中』を引き合いに出されている方がいらっしゃいましたが、そのような読み方をするとさらに楽しめるのではないかと思います。 ↑文庫出ましたよ♪
2010.04.11
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新緑まぶしい春。小学五年生の和也は県内の小さな町から憧れの仙台市に引っ越してきた。隣町に住む同級生ユキヒロとナオミと友達になろうとする和也に対して彼らは冷たい態度を取る。二人がクラスで浮いた存在で、江戸時代から続く因習がその原因であることを和也は知る。偏見にとらわれない子供たちの無垢な姿と、昭和の時代背景をノスタルジックに描いた傑作。 <感想> ★★★☆☆本書は小学生を主人公にした三丁目の夕日・仙台版といったところです。田舎から転校してきた少年の心理や、当時の教室の様子などはよく描けています。 文章も平易で、おそらく主人公と同世代でも読みこなすことができるし、イジメに対して前向きに解決しようとする少年の姿勢は感動的です。ただ、ここに差別問題を持ち込んでいるのはいかがなものかと思います。著者は子供の目から見た差別問題という描き方をしたかったんだと思いますが、あたかも子供たちの勇気ある行動や、理解のある大人たちだけで、それを解決できるのではないか?というような安易な展開が気になりました。ムズカシイことを言うつもりはありませんが、もう少し深く掘り下げる必要のあるテーマなんだろうと思います。
2010.02.21
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川田幸代。29歳。会社員。腐女子。社の秘められた過去に挑む─。本間課長は言った。「社史編纂室でも、同人誌を作ろう!」その真意はいかに?風雲急を告げる社史編纂室。恋の行方と友情の行方は、五里霧中。さらには、コミケで人気の幸代の小説も、混乱に混乱を!?これでいいのか?わたしの人生。 <感想> ★★★☆☆本書は、オタク界の急先鋒とされる腐女子OLを主人公にした作品です。節操がないぐらいに様々なジャンルを手がける三浦しをんさんですが、この作品はコミカルに仕上がっていて笑えます。 腐女子ってコトはBL・・と腰が引けている男性読者もいると思いますがノープロブレムっす。 あらゆる読者の期待を裏切らない信頼のブランド。 それが三浦しをん作品です。さて、この作品は腐女子OLである主人公のキャラクターを前面に押し出して展開していきます。 そこに勤務先のドタバタを絡めていくわけですが、フツーの作家なら破綻をきたしてしまうような題材にも関わらず読者をぐいぐい引っ張っていく手腕は本書でも見事に発揮されています。ただ、29歳の独身OLのキャラクターがすごくよく描けているので、会社絡みの陰謀(ドタバタ)がちょっと余計な気がしました。 冒頭で腐女子という言葉を使いましたが、言い換えるならオタク。 その言葉に抵抗があるなら趣味です。 自分のやりたいことと仕事や結婚(恋愛)の両立。 趣味にこだわっている方ならオタク領域?を超えて感情移入できるのではないかと思います。 活字オタクの私も彼女たちの言葉に何度もふむふむと肯いてしまいました。 最近、腐女子とか歴女とか女のオタクに関してメディアが騒いでるけど、昔からヤオイはいたし、他にもオタクはたくさんいるんだから騒がれるようなコトではないのではないか?・・というメッセージも籠められているような気がしました。『咳をしてもオタク』『損得を度外視して熱中しちゃうのが、オタクの特徴ですから。』 よろしいのではないでせうか。
2010.01.31
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「僕は先生のことを愛しています。今度のテストで100点取るので結婚してください」辞めてやるって思うことも時々あるけれど、せんせいの毎日はそれ以上の感動がいっぱい。小説家・瀬尾まいこがデビュー直後から3年半にわたって書き綴ったエッセイ集。 <感想> ★★★☆☆本書は瀬尾まいこさんのエッセイです。ご存知のとおり瀬尾さんは現役の中学教師ですが、このエッセイの内容も瀬尾まい子先生の日記のような体裁になっています。 職場である中学校の先輩教師や同僚教師。 学校での行事。そして生徒のこと。 教鞭をとりながら作家活動をしていたといえば北村薫さんが知られていますが、荒れる中学生(←四半世紀ぐらい前から同じこと言われてますが・・)やモンスターペアレントが話題となる昨今、よくこのエッセイが書けたなぁ~というのが正直な感想です。 さて、瀬尾作品に悪人なし。と言われますが、このエッセイにも前向きなことしか書かれていません。 ただ、学校の先生ってそんなに気楽な稼業ではないはずです。 それを踏まえて読むと、そんな言葉の端々からもまい子センセイの苦労や悩みを感じ取ることができます。さらに、我が事に置き換えてみれば、仕事や暮らしのなかでネガティブな面に足をとられがちです。 しかし、ポジティブなことを書き連ねてみれば「まぁ~人生そんなに悪くないかも・・」という気分になるかもしれません。そんなメッセージが込められているからこそ、まい子先生は周囲の理解を得て、作家瀬尾まいこを続けられるのではないかと思います。
2010.01.10
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1989年の香港ツアーで一人の青年が消えた。彼が想いを寄せていた女性、同じツアーに参加した会社員、添乗員…青年を取り巻く人々の記憶は、肝心なところが欠落していた。15年後、彼の行方を追う駆け出しライターは、当時ひそかに流行していた「迷子つきツアー」という奇妙な旅に行き着くが─。記憶のいたずらが、一人の人間の運命を変える。現実と虚構の境が揺らぐ、ミステリアスな物語。 <感想> ★★★☆☆さまざまなジャンルを手がける中島京子さん。 それぞれに出来が良くて、ハズレを掴むことはありません。 まさに信頼のブランド中島京子。さて、本書はそんな中にあって、ミステリアスな味付けがされています。 展開は村上春樹さん風で、そこに中島さんのオリジナリティーが盛り込まれています。 正直言って、二つのパーツはあまり相性が良いとは言えないし、前半の展開に関しても散漫気味です。 しかし、後半に向け散漫気味だと感じたエピソードが収斂していく過程がとてもスリリングで、頁をめくる手が止まりません。 1989年という時代や、返還直前の香港の雰囲気も描く筆も秀逸です。 ラストに関して不満が残るという意見もあるようですが、個人的にはアリではないかと思います。
2010.01.02
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時代を超えて読まれ続けている近代文学の魅力とは何か?当代の人気作家6名が、それぞれ好きな近代文学作品をモチーフに短編を書き下ろし、自らが選んだ作品のおもしろさについて語る。モチーフになった文豪の作品も収録。合わせて比べて楽しめる、近代文学がより身近に感じられるトリビュートアンソロジー。名作には別の顔があることを、作家が教えてくれる。 <感想> ★★★☆☆本書は最近ブームの兆しを見せている近代文学トリビュート(オマージュ)作品をアンソロジー形式にした作品集です。ラインナップは以下の通りです。『縁側』(北村薫)/『門』(夏目漱石)『虎』(田口ランディ)/『山月記』(中島敦)『あるソムリエの話』(貫井徳郎)/『セメント樽の中の手紙』(葉山嘉樹)『陰陽師 花の下に立つ女』(夢枕獏)/『桜の森の満開の下』(坂口安吾)『手袋の花』(宮部みゆき)/『手袋を買いに』(新美南吉)『洋館』(吉田修一)/『トロッコ』(芥川龍之介) 『蟹工船』ブームの余波でブレイクした『セメント樽の中の手紙』も含めてメジャー作品を売れっ子の現代作家がトリビュートするというコンセプトです。 元になった作品はもちろん。それぞれの作家のインタビューも含んでいるので、近代文学に触れる機会になるのではないかと思います。 この分野を十八番としている中島京子さんは、比較的マイナーな作品をチョイスする傾向があります。 個人的にはそのあたりが魅力だったりする訳ですが、ちょっと手が出ないなぁ~という方には近代文学トリビュートの入門書としておススメします。
2010.01.01
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辺境の地、東海道を西へ西へ、山を分け入った先の寂しい土地、鳥取県赤珠村。その地に根を下ろす製鉄会社の長女として生まれた赤緑豆小豆は、鉄を支配し自在に操るという不思議な能力を持っていた。荒ぶる魂に突き動かされるように、彼女はやがてレディース“製鉄天使”の初代総長として、中国地方全土の制圧に乗り出す─あたしら暴走女愚連隊は、走ることでしか命の花、燃やせねぇ!中国地方にその名を轟かせた伝説の少女の、唖然呆然の一代記。里程標的傑作『赤朽葉家の伝説』から三年、遂に全貌を現した仰天の快作。<感想> ★★★☆☆本書は『赤朽葉家の伝説』のスプンオフ(番外編)作品です。 本編をお読みになった方は、タイトルをご覧になっただけでお分かりになると思いますが、第二部から派生する物語です。 主人公の名前などから考えれば、毛鞠が書いた漫画をノヴェライズしたという設定がされているようです。さて、はじめに申し上げておきますが、本書に本編(『赤朽葉家の伝説』)のイメージを期待するなら思いっきりハズしてしまいます。 あくまで、毛鞠が作中で書いていた『あいあん天使!』のノヴェライズです。 更に言うなら、冒頭のクセのある独特の文章に慣れないと最後までストーリーに入り込めないかもしれません。 本編の感想でも書きましたが、私は毛鞠と同じ丙午生まれです。 80年代の前半に中高生だったわけですが、あのころ蔓延っていた不良文化が余すことなく描かれています。 今考えると何だったんだろう・・・と思うわけですが、当時の子供たちは熱病にうなされたように暴れまくっていました。私も当時は改造したバイクで・・というのはウソですが、誰もが作り上げられたフィクションの世界を生きていました。 本書をヤンキーが主人公のドタバタ小説と斬り捨てるのは簡単ですが、当時の雰囲気や登場人物のモノの考え方などが、よく描けていて、笑いながらもフムフムと肯く場面が多くありました。 やっぱり三原じゅん子さんが好き。 いとうまいこさん(伊藤麻衣子)の代表作は「不良少女とよばれて」だ!と思うバブル世代の方。 あるいはココの桜庭一樹さんを見て桜庭一樹最強!と思える方におススメします。
2009.11.30
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