宇宙は本の箱

     宇宙は本の箱

どんな未来か


学校のことは学校任せ、私は委細関知せず、ただ子育てと仕事に没頭していればそれで時間は幸せに過ぎた。

ところで、多くの若い子と付き合うようになった頃、その不快はまた私にやって来た。
バブル崩壊不況下の就職難でやむをえないという事でない、どこで洗脳されてきたものやら、高齢化社会に備えての介護関係就職を疑問も持たず受け入れていた若者が多く来ていた頃だ。
30前後の介護関係に行ったことで心療内科に通うようになった者が多く来ていた頃でもある。シングルマザーというのもいた。


行き過ぎた福祉は社会を破滅させる。正常な社会にはたいした福祉はない。吉本はどこかに書いていた。そして人の世とは、進歩すればするほど法を沢山創っていくということであり、法でがんじがらめにして、自分達の許容範囲をどんどん縮めていくということであると、確かそんなことを書いていた。


国を支えてきた若者がいまや年を取り介護が必要な時期がきた。年寄りにいい老後を生きてほしい、体が動かないなら介護してあげたい、それは分かる。しかし、意識と無意識の狭間に食い込むように、高齢化、介護、介護、福祉関係は将来性有る職業だと、福祉事業家と政府とマスコミがまるで結託してるような文言を毎日のように電波に乗せるはいかがなものか。
深層心理地帯への入植作業。

私は考える。長い時をかけて深層心理地帯に植え込むのは、年寄りが介護されずに最後の日まで生ききる方法であるべき。人と産まれたからには国家のお荷物なんぞには出来るだけならず、国家の役に立つべき。最後の最後まで誇り高き我であるべき。どうせ洗脳するならそのような洗脳に多くの時間を費やすのが本当ではないのかな?
私は見事なまでの男尊女卑の家に育ったから、昔の忍耐強い女性をいやというほど見てきている。だから家のために子供の為に、嫌なことも皆辛抱し、耐え、決してそれがいいとは思わないが、安易に離婚を選ぶ人の中には、福祉をあてにしている者も沢山いるのではないのか、また自分で選んでシングルマザーになるというのは、決して福祉には頼らず、責任もって母親となるそれ相応の覚悟があるのではないのか?

私はあの頃、介護関係に就職したという報告を聞くたびに首を傾げた。その中の何人が真に介護に当たってもやっていける人間としての基礎を持った者だったろうか。おそらくそのうちの半数以上が給料待遇などの問題とは別のことで辞め、心療内科に通っている筈だ。
当然だろう。自分のおかしさに気付かぬ親に育てられた精神的未熟児が、精神的にも肉体的にも立派な大人でさえ悩んでしまいかねないような職場で、どのように老人に向き合い、どのように自分と向き合って仕事をすすめていけるというのだ?

若者への就農政策は色んな不満はあってもまだしも、国家が介護職を声高に推進するものではない。いずれの職業も実際問題真に必要なのは上に立って命を下す者ではなく、よく言われた3Kに従事してくれる者で、なりたい職業への問いに、これから国を背負って立とうとする若者や子供の返事が『介護職』であると言わせるような国が健全な国のはずがない。
断言してもいい。私の息子の小学校時代のなりたい職業のNO,1はサラリーマンだった。そんな回答しか引き出せない社会の未来が明るい社会の筈がない。


年寄りを生かす為に若者が活躍する社会?
若者を生かす為に、年寄りがいるのでは?







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