宇宙は本の箱

     宇宙は本の箱

街角の珈琲館で



道行く他人の無関心の中に 安息を見出していた頃の街角と同じ

静かにクラシック音楽の流れる 黒い板床の懐かしやかな珈琲館

挽きたての豆の香り 

音もなく置かれる珈琲カップ


恋人たちはただみつけあってほほえみ、

あちらでは開いたノートにペンをはしらせる

さらさらさら さらさらさら・・・


そういう光景が日常茶飯事だったあの頃

ペンをはしらせていたのは私

ママさんはどこへいったのだろう

あの黒板に演奏者の名を書いていたあの女の子は一体どこに行ったのだろう

街角から街角へ

気に入った珈琲館ならどこへでも立ち寄ったあれら日々。

あの人はどうしているだろう

やっぱり今も まだ来ぬ人を待つように

どこかの珈琲館の壁に背をもたれ 目を閉じて音楽を聞いているだろうか

かつて その人にせがまれて 小さな声でうたってあげた歌を思い出した。


     ふたり暮らしたアパートを ひとり一人で出てゆくの

     すんだことなの 今はもう

     とても 綺麗な夢なのよ

     あなたでなくてできはしない 素敵な夢をもつことよ

     およしなさいね 悪い癖

     爪を噛むのはよくないわ



         西宮を過ぎたあたりから風景が変わる。昔からの事だ。
         駅のホームに立つ人も、街を歩く人も、
         珈琲ショップで珈琲を飲む人も変わる。
         皆、なんとなくそれを感じるから、リッチになりたいんだと思う。
         よその地から来たクウさんが
         「あっちの電車に乗ってる女の子達と
         こっちの電車に乗ってる子達と違うでしょ?なぜなんだろう?
         僕、あっちの女の子と結婚したいと思っちゃったよー」
         と言った事を思い出して、一人苦笑した。
         「けばけばしいとか派手っていうんじゃなく、しっとり品があるんでしょ?
         貧民窟にも品のある女の子はいるから、そういう子を探せば?
         しっかし、残念ながら
         クウさんはクウさん好みの女の子にはモテそうにないね~」
         「当ってるけど、それって傷つきやすい少年にきつくない?」
         「いえいえ、現実みつめましょ!」
         笑いながらクウさんとそんな話した事あったけど、
         昨日は、いや、まてまて。どこかの奇特な女の子が、
         背中を丸め一人淋しく生きてる彼を愛しく思うって事も
         なきにしもあらずだ、なんて、
         また一人クスクス笑ってしまった。



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