宇宙は本の箱

     宇宙は本の箱

雨の降る夜




幾年月 恋のうたは忘れてしまい、流れるように雨が降る

わたしはうつぶせに寝転んで 流れる雨の音を聞く

そうじゃない、なんて言ったっけ?

そうだった まだ用事があるって言ったんだった



やさしさが売り物だった昨日までの愛人のようなジャズ

街にしのびこむ一糸の雨

水に書かれた物語




抱き合うのに傘はいらないと思った日々があった
それはあなたにわかることではなかった

やさしさが命取りになると言われた夜があって
やさしさが命取りになった日があった
おいそれとは引き返せない日を明日に控えて
無造作におかれたリンゴ、
カラになったショートホープ

酒はあなたを抱きしめながら壊す

あなたはいつもリンゴをかじりながら立っていた
私は帰らなかった
あなたの待つ時間には帰らなかった
それだのに抱き合うのに傘はいらないと淋しく笑いながら歩いた
いつも一方的に好きだったと言われれば、
一生一方的に好きなんだと思うよって私は答えた
私は振りかえらなかった
あなたがカーテン越しに私の背中を追いかけてることを知った日から
もう振りかえらなかった

あの日、私は言おうとした
誰にも言わずに来た言葉
その言葉は私の心を告げるためのものか
あなたの心を確かめるためのものか、
考えつ考えつ振り向いた時、言葉はこの胸におさめられた


今はもう誰にでも言えてしまう言葉
そんな言葉もあったことが
懐かしく思い出される雨の夜


抱き合うのに傘はいらないと思った









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