宇宙は本の箱

     宇宙は本の箱

私の耳は貝の殻

海のひびきを なつかしむ


昨日は私の車の横を大勢の中学生達が歩いていった。
終業式の終わった生徒達。もう今日からは夏休みなのだ。
庭の桜の木に蝉が鳴く。猫は暑くても大いそがし。ばてて寝る。
猫は耳がいい。
小さな声でざ~ざ~と言ってやると耳をぴくつかせる。

あの遠い夏の、あの白い巻貝の殻はどこにやったのだろう。
たまに思い出して机の引き出しを調べても・・・やっぱりどこにもない。
いつかひょっこり、いつ探しても出てこなかったそこから出てくるような気がするのだけど・・・。


夏は、あいつの季節だと若い頃は思った。
その夏にあいつが人づてにくれた白い貝殻。
その年の夏、私はやっぱり白いスカートをはいてあいつと一緒にいた。七月最初の日曜日。
二年後の七月最初の日曜日、あいつと一緒に泉の広場から登ったら時間が戻るような気さえしたが、あいつは老成した人のようになって、私はというと、、、まだ生きていた。

真冬の潮岬で強風にあおられながらあいつが言った。
「あの貝殻、ここで拾ったんや。ここから見ると地球が丸いってようわかるやろ?」

行っても行ってもな、ここに帰ってくるんや。地球は丸いから。
私はうっかり嗚咽してしまって、そしたらやっぱりあいつが言った。
馬鹿やな~、なんであんたが泣くんや。あんたが泣くことはないよ。


それからまた夏が来て、砂丘に行った。
私は生きていて、あいつは言葉どおりいつも私を護る馬鹿な役目だったが、夕暮れの海もあいつに似合うと思った。秋が来て、あいつが堤防に車を停めて、分りきってるその分ってることを今更のように言わなければ・・・言わなければ?私はどうしたというのだろう??


思い出そうとして・・・死にたかった者にはなにも必要がなかった。
有形無形のたくさんのもの、とあの女性は言った。有形無形の様々のものを私はあの時全部その人にあげた。いらないからただ生きていて。ただ生きていて、、、と言った。
ああ、多分、あの白い貝殻もあの人の所にあるんだといつも思う。
死にたかった者にはそんな記憶ももうなくなってしまっていたんだけども。。。


私の耳は貝の殻


あれから十年もたった頃、あの女性のような女の人と、それぞれの子供達を遊ばせながら
砂浜で携帯用のプレーヤーで浅川マキを聞きながら目を閉じた。
「今でもこんな音楽を聴くの?」
「聴くよ。たぶん一生聴くよ。このまま貝殻になりたいね」
「どうして?」
「貝になって海の響きを聞くなんていいじゃない?」
「そうね・・・」


そうね。
苦しかったあいつの夏。
幸せだったあいつの夏。






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