宇宙は本の箱

     宇宙は本の箱

恋愛小説-ある十年の物語〈4〉



つきあいだしてから数年以上はたっていただろうある冬の日、
私はミナミの静かな音楽喫茶にいた。
私がしんちゃんより先に来て待っていたのはその時が始めてだった。
私はいつも遅れた。わざと、三十分、一時間。そんなことはざらだった。
いなければいないでも良かったし。

私は確か十九歳だったような気がするが、あの頃は自分がすでに老婆のような気もしていたから、随分老け込んだ十九歳ではあった。
十分か二十分か、クラシック音楽を聴いていた。わざと早く来たのだ。
自分が呼び出したのだし、音楽も少しは聴きたかった。

その時は半年ぶりか一年ぶりかくらいだったと思う。
しんちゃんは椅子に座りながら、長く会わなかったそれが挨拶だったのか、
いきなり聞いた。

 俺と結婚する気になった?

 まだ言ってる・・・

会うなりのその言葉に、私は苦笑した。

あの日、私達は何か話しただろうか?話したとしたら何を?もうすっかり忘れた。
覚えているのは結婚の話だけだ。
笑っている私に、しんちゃんは問い詰めるように言った。

 じゃあ聞くよ。
 俺は会うたびにこんだけ結婚しようって言うた。
 千回は言うって決めてた。
 そんだけ聞いても、一回も俺との結婚を考えたことはない?
 俺との結婚生活を想像してみてくれたことはない?

 あるよ。。。

 どうやった?

 幸せになると思った。

 なら、そんでええやないか。

しんちゃん、立派だから。。。

 俺ほど尽くし甲斐のある男はおれへんで。

 うん、知ってる。でもやっぱり立派だから。

 違うんや、俺はな・・・俺は、、、

 知ってる。でもやっぱり立派だから。。。
 でも、どうしてそんなに私と結婚したいの?

 良妻賢母になると思うんや。

 良妻賢母になんかなれないな~。

私は、いつだったかの『山内一豊の妻に』といわれたことを思い出し、そしてそっくり同じことをつい最近、むっくんに言われたこともついでに思い出して、男の人はどうしてそんなに結婚したがるのか、それが理解できなかった。

 男の人はなぜ結婚したがるのかな~?養うの大変だし、自由はなくなるし、
 私が男だったら結婚なんかしないで、一生遊んで暮らすんだけどな~。
 でも私は女だし、つきあってる人と結婚するかもしれない。。。

 ・・・・・

 エプロンの似合う可愛い女の子と結婚するのが夢なんでしょ?

 ・・・それが結局ダメやったんやないか。


それから何を話したか。
しんちゃんに感謝してると言えたか、言えなかったか、まるで覚えがない。


心斎橋は相変わらず人の波で、歩くのが困難で、パチンコ屋から抜けようと。
そこで折角だから・・・あいてる所、あいてる所。
二人並んで打ち始めたら、私の方ばっかり出てしまって。

 うまいな~。

 プロになれそう?

しんちゃんの煙草はなんだっけ?景品に煙草貰って、御堂筋に抜けた。
しんちゃんが手を振った。

 またな。

しんちゃんは決してサヨナラと言わない人だった。
喧嘩しても、不機嫌でも、サヨナラは別れの言葉のようでイヤだと言った。

 またな。

手を振るしんちゃんを見て、私達はまたいつか逢うのだろうかと思った。
そう思うと、その日は私がしんちゃんを見送った。
それもはじめてのことだった。



© Rakuten Group, Inc.
X
Create a Mobile Website
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: