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恋愛小説-ある十年の物語〈1〉〈2〉〈3〉
はじめに言葉ありき。
むかし、ひとつの出会いがあった。
「友達になろうな」
実は私に話しかける人は、言葉をよくよく吟味しなければならなかった。
私は人の最初に言った言葉を、そのままに受け取る子供だった。
よく言えば素直。悪く言えば馬鹿。
当然、言葉には裏切られ続けて来た。
成長と共に、そこにこだわりが生まれた。
その言葉は一生変らない言葉か。
途中で変わってしまう言葉か。
言葉は心の表出。
その心は一生もんか否か。
この人の言葉は私と同じ一生もんの言葉か否か。
私は恋人にさえただの一度も好きだと言わずに来た。
恋人はいつもそれが不満だった。
「千回の好きと、たった一回の好きは、もしかしたらイコールかもしれないじゃーないか。
もしかしたら、私の方がいっぱいいっぱい愛してるのかもしれないじゃーないか」
私はいつもそう思った。
好きだって、愛してるって、言ってあげればよかったじゃないか。人はそう言う。
心の中にあった言葉と口から出た言葉の重さがイコールでなくっても、
そうだ、言ってあげればよかった!私もあとではそう思った。
若き日々の数々のこだわりが少しく滑稽で、同時に愛しくもある。
けれど今は恋人の話ではない。友達の話である。
はじめに言葉ありき
「名前教えてくれる?俺は しんちゃん 言うねん。友達になろなー」
同級生のN君みたいななんの屈託もない丸裸の笑顔。
「うん!」
私は首を縦にふった。
一生のお友達出来ちゃった。
☆ ☆ ☆
===恋愛小説-ある十年の物語〈2〉いきなり最終回。中ほどはぼちぼち。
幼かった私は、しんちゃんの目にどのように映っていただろうか。
一等最初、私はしんちゃんの話を目を輝かせて聞く子供だった。
男女の友情はある。そんなものはない。
互いにそんなことを言い続けた十年。
長かったような短かったような、そしてただただ苦しかっただけのようなそんな十年。
感情を抑えたような性格の二人のやりとりの流れる時間は、
十年の後、ある喫茶店の片隅で終わることになった。
本当に会えない状況になってしまった日から二年くらいたっていただろうか・・・
私は滅多に自分から誰かに電話をすることはないが・・・した。
会った時、なんやこうものすごい懐かしい気がした、
しんちゃんは相変わらず静かな口調でそう言った。
今だったら、これからなら、本当の友達になれるような気がするでしょ?
人生でたった一人だけ友達を選べと言われたら、私は迷うことなくしんちゃんを選ぶ。
だから・・・
私は自分に都合のいいことを言っているだけなのかもしれないと心の片隅で思ったが、
しんちゃんにはただ頷いて欲しかった。
しんちゃんは考え考えるように口を開いた。
あんたのやさしさが好きやったよ。
思わぬ言葉に、私はすぐに次の言葉が出なかった。
うっかり涙がこぼれそうになって俯いた。
私、しんちゃんにひどかった。一番ひどかった。。。
うん。あんたはなんでや思うくらいひどかった。
そやけど、俺、あんたが本当は優しいってずっと知ってた。。。
なんでやろ・・・なんでそう思うてたんやろ・・・
喋り方かな?優しさの隠されへんこやな~思うた。
俺、あんたといて一回だけ、ものすごい幸せな時あった。
こんなに幸せやのに、なんでこのまま帰らなあかんねやろ、
そう思うた時あった。
ああ・・・私はその日を知っていた。
友達になろな と言われてから二年目くらいのクリスマスの頃だった。
電話がかかってきて、「俺、会社辞めたんや」。沈んだ声がそう言った。
待ち合わせた喫茶店で、「俺、金ないから今日は奢ってくれ」。真顔でしんちゃんはそう言った。「いいよ」私がそう答えると、「聞いてもええか?」しんちゃんが尋ねた。
俺、いつも会うたら金払うてきた。彼女やない言う女の子に。おかしい思えへんか?
あんた、男が金払うの、当たり前と思うてるやろ?
思ってる。呼び出した人が払うのは当たり前だし、それに私、自分が男だったら、
自分の彼女でなくっても、女の子にお金なんか払わせない。
へ~え。
私ね、自分は男じゃないけど、
女の子達と一緒に何か食べに行ったら全部自分が払ってるよ。
ほんま?
うん。そういうもんじゃない?
その夜もしんちゃんがお金を持っていないはずはなかったが、男にとって仕事とは何か、会社とは何かを話していても、しんちゃんは沈んでいて、その話の時もそれっきり押し黙っていた。
喫茶店を出ると夜もいい加減の時間だった。街はクリスマス一色だろうに、そこは駅からは随分離れていて人影もなかった。しんちゃんは黙ったまま歩いた。私も黙ったまま歩いた。
そうして駅まで、ただ黙って、ただの一言も喋らずに暗い夜道を歩き続けた。
しんちゃんに歩調をあわせて歩いていると、しんちゃんの心が分かるようなそんな夜道で、別れる駅で、手をあげたしんちゃんは、今までで一番幸せな顔をしていた。
その夜だけが、たった一度きり、私がしんちゃんを幸せに出来た夜だったのだ。
思い出しながら、その夜のことには触れず、私はただ黙っていた。
すると、しんちゃんは続けた。
俺、あんたには嫌いって何回も言われたけど、
友達やって言われる方が、嫌いって言われるよりずっと辛かった。
その日が、男女の友情はないと言っていたしんちゃんとの本当の最後の日となった。
私は結婚し、長男はまだ何ヶ月かの夏だったか、秋だったか。
電話がかかって来た時、
ものすごい昔の懐かしいものがよみがえって来たような気がしたんや。
一番最初、新鮮な子がおるな~思うたんや。
ずっとそのままでいろよ。
いつだったか昔、そう言ってくれたその言葉は、私の宝物だ。
死ぬまで。死んでも。
※写真は【恋愛小説・永遠の片想い】より拝借。
===恋愛小説-ある十年の物語〈3〉
あと一ヶ月もすればクリスマスだ。
ここ何年間かずっと忘れていたのに、今年はなぜかチェックのマフラーがまだタンスの片隅に置いてあることを思い出してしまった。
今はもう捨てたっていっこう構わないものだけど、わざわざ捨てる必要もなく、そのままになっているのだ。
一度も首に巻いて出かけたという記憶のないそのマフラーを、クリスマスプレゼントにくれたのはしんちゃんだ。
思い返してみれば、毎年のようにクリスマスの頃には電話がかかってきて会っていたのに、私の方はしんちゃんにプレゼントというものをしたことがない。元々私は、家族以外の誰かにそういうことをしたことがないのだから無理もないが。
私は十八になっていたろうか、その日、待ち合わせたのは天満橋のとある喫茶店だった。
その頃しんちゃんは専門外の布関係の仕事をしていたようで、
「ショーケンって知ってる?」そう聞いた。
ショウケン、正絹 のことだそうだ。
「あんたにはまだ正絹は似合わんやろ」
そう言って無造作に紙袋を差し出してきた。
そういうことを言う時のしんちゃんの、人を子ども扱いする口調が私は嫌いで、
その時も多分喧嘩別れみたいになってしまったのではないかと思う。
そういうことは幾度もあった。
例えばダスティン・ホフマンの『卒業』。
あれは子供の観る映画やないで。
例えば深夜営業の蝋燭だけの店で
ここは朝帰り出来へん娘には適さなんな~。
一年会わなかった時には、
俺?俺は変ったよ。精神的にも肉体的にも、な。
真面目な話をしていても、話のどこかで私は必ず不機嫌になった。
会うたびに不快な思いを繰り返すことになったから、あまり会う気にはならず、約束をしても破ったこともしょっちゅうで、逢えば会ったで、やっぱりどこかで「アホ!馬鹿!」なんて言葉で別れてしまったりした。
いつから、そうなってしまったのか・・・原因ははっきりしていたが。
確かその日はこんな話があった。
この間忘年会でな、酔うて寝てしもうて、朝起きたらホテルの部屋で、
隣にな、女の子が寝てるんや。
据え膳食わぬは男の恥って言うやろ。
・・・そやけど、俺、そのまま知らん顔して帰って来たんや。
そういうの、どう思う?
どうって?
その人はしんちゃんを好きな人?
どうにかなったほうが良かった?
俺、アホや言われても、それあかん思うんや。
俺、結婚は神聖なもんやと思う。
神聖な男女の営みや。
そやから、その女の子も、俺も、いい加減やったらそれはあかん思うねん。
私はその日、それに対して、何をどう言ったか忘れてしまった。
おそらくは何も喋らなかった。それは多分、飽きもせず「結婚しよう」と言ったしんちゃんに、自分は誰とも結婚しないという話から始まった話で、結婚が神聖な男女の営みかどうかなど、私は考えたこともなかった。
ただその日も気分を害して帰ったことだけを覚えている。
私達の仲が明るいものでなくなったのにはわけがある。
それは、「友達になろなー」から何ヶ月もたたない頃、「結婚したい」と言い出したことに始まる。
からかわれているんだと腹が立った。もし本気ならまともな神経ではないと思った。
けれどしんちゃんは、一旦そう言い出だしたからか、それからは会うたびごとにそう言った。
好きな人がいても、独身主義でも、いつかは変る、そうも言った。
「友達になろうって言ったくせに。嘘つき嫌い!」私はそう言ったが、
しんちゃんが結婚を口にさえしなければ、私達の関係はとてもいいものだった。
本の話。音楽の話。家族の話。人生の話。私達はよく似ていた。
けれど、しんちゃんの「結婚しよう」はどんどんどんどん回数が増えていった。
会ったら五回は言おうと決めてるんや、そう言った。
なぜ?
よう言うやろ?千回言うたら願いが叶うって。
そこで「アホ、馬鹿!」そう言って、私は帰る。そういう日を繰り返すのはひどく苦痛で、
私はいつか知らず距離を置くようになり、会うのは一ヶ月に一回、三ヶ月に一回、半年に一回、遂には一年に一回というふうになって行った。
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