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「毎日新聞」10日の「井上英介の喫水線」というところに、『「土佐源氏』実は創作だった』という文章が載っていた。 題を見たときには、「なにを今更」と思ったが、ちゃんと調べて書いていて、よくできていた。 著者はかつて、「土佐源氏」はありのままの聞き書きだと思っていたのだが、現地に取材に行って真実を知る。 「土佐源氏」にされてしまった人物のひ孫に会い、乞食ではなく、水車小屋を持っていて、精米や製粉で妻子を養っていたことを知る。 さらに、井出幸男という国文学者に取材し、宮本常一作と考えられる「土佐乞食のいろざんげ」をもとにしたものであることを確認する。 ちゃんと「土佐乞食のいろざんげ」も自分で読んでいる。 その上で、「土佐源氏」には、作品としての価値があると考えている。 書かれた側にとっては不快な著作だろうが、評価する側からすれば価値があるということなのだろう。 先日、NHKの「100分で名著」で「土佐源氏」を取り上げたときに、講師は、ずいぶん曖昧な言い方をしていた。研究者なら、これは創作であり、もとになった小説があることも知っているはずなのに、なぜそれをはっきりさせないのだろう。 なお、この記事は、毎日新聞のサイトで途中まで読むことができる。
2024.08.11
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朝食は食べられない。 朝、医師たちが来て、12時か12時半から始められそうだとのこと。点滴も思ったより早めに付けに来た。 昼前に妻が来て、看護師から12時15分から手術と連絡が来たので早めに内視鏡受付に行く。妻にはPHSが渡された。受信専用で、容態が急変したり、手術が終わったりしたらそれで呼び出されるので、手術の間に食事をしたりしていられる。 貴重品を妻に預け、処置室へ。スタッフが何人もいたので驚く。 ベッドに横になると、「眠くなる薬を入れます」と言われ、マウスピースをくわえ、ないし起用の準備をしているのを見たのまでは覚えているのだが、気がついたら自分の病室のベッドに寝ていた。腕度毛を外していたので時間はわからないが、3時半ぐらいになっていたのだろうか。 2時半ぐらいだったろうか。ストレッチャーで運ばれてきたのだろうが、全く覚えていない。 気がつくと胸が痛い。胸の中心部。がんがあると言われたあたり。なぜか胸骨と皮膚の間あたりが痛いように感じる。 恒に痛いわけではないが、痛む時はかなり痛い。やむなくナースコールで痛み止めを頼んだ。痛み止めの点滴が始まると少し楽になり、また眠りに落ちた。その時に看護師に聞いたら、妻は、私が寝ているので帰ったそうだ。書き置きもあった。 しばらくすると看護師さんに声をかけられ、目を覚ました。トイレに行くかと聞かれた。最初は付き添いが必要なのだ。尿意はないので痛み止めの使いを頼み、また寝てしまった。 昨夜よく眠れなかったためがすぐに寝てしまう。そのおかげてあまり痛みを感じないで済む。 夕方暗くなってからまた看護師が来てくれたので、自力で歩けるかどうか確認したいのだということがわかり、ためしに歩いてみたら、問題なく歩けた。 痛みは少し治まったので、次の痛み止めは就寝の10時の30分前に頼む。 時間通り、9時半に点滴をしてくれた。前次
2017.12.21
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かつて、竹宮惠子の「少年の名はジルベール」を読んだ時、自伝なのに萩尾望都のことばかり書いてあるのが妙な気がしたものだった。(その時の感想はここ) 竹宮惠子は、「距離を置きたい」と言って離れることにしたと書いていたが、実情はそんなことではなかった。 何があったのか、萩尾望都側から書かれている。おそらくこれは実際にあったことなのだろう。それくらい、萩尾望都の中では忘れようのない出来事だったのだ。その後一切関わりを持たず、竹宮惠子の書いたものも目にしないようにしてきた理由が書かれている。 萩尾望都の、デビュー何周年かの冊子(単行本のような体裁ではなかった)で、大泉時代のことを、竹宮惠子はグループを作っていたが、自分は一歩引いて関わりを持たずにいた、というようなことを言っていた。ずいぶんあっさり片付けているな、と思ったが、その理由もわかる。 「大泉サロン」「24年組」というようなくくりも、ただ迷惑なだけなのだ。 かくいうわたしも「24年組」という枠でくくっていた。いわゆる「24年組」の中で、最も読んだのは樹村みのりだ。樹村みのりも萩尾望都も同じグループなのは不思議な気がしていたが、もともとそんなグループなどなかったのだ。 萩尾望都は当時の心境を「困惑」として語り、「怒り」としては語っていない。 しかし、大きな「怒り」があったはずだ。 巻末の、マネージャー的存在の城章子の文章の中に、「両方の先生の行き来がなくなった話」と聞いた人物の言葉としてこうある。 「あの頃、漫画を見ててわかったわよ」 「モーサマの絵柄が変わったから。登場人物の目が怒ってたの」 この本は注釈が細かく、読み始めてすぐのところで、里中満智子や青池保子にまで注釈が着いていて、「この本を手にする人間にこんな注釈は無用だろう」と思ったのだが、それは浅慮だった。 注釈のおかげで、「ささやななえ」が「ささやななえこ」と改名していたことを知り、作品を読んだことのある漫画家の中には、すでに故人となっている人もいることを知ることができた。 個別の作品には初出誌や発行時期が注としてつけられている。資料としての価値を重視したわけではなく、時系列をはっきりさせておきたいという意図があったのではないだろうか。 この本の中ではあまり触れられていないのだが、萩尾望都と両親の話は興味深い。 親には、何をしても否定されて育ってきたこと、親のために苦しんだことをインタビューなどで語っている。 ところが親の方では全くそれを理解していない。先に挙げた冊子の中でも、萩尾望都は両親に苦しめられたことを書いているのだが、同じ冊子に両親も寄稿していて、自分たちが娘の仕事を手伝ったというようなことを自慢して書いている。それがかえって娘を苦しめていたのに。 前書きで、この本の内容について、「人間関係失敗談です。」と述べている。親との関係も含めて「人間関係失敗談」なのではないかと思う。
2023.02.16
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千葉県野田市を歩いてきた。 おそば屋さんの暖簾。看板にもこの字体で店名が書いてある。 「古当婦喜」で「ことぶき」。 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ
2015.10.10
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いつもは疑問を抱くことが多い「チコちゃんに叱られる!」の説明。今回はよかった。 「なぜ漢字に書き順があるのか」ということを説明していた。 理由は、「先生が教えやすいから」ということ。 それまで、筆順には統一した基準はなく、人によってことなる筆順で書いていた。 それを昭和33年に、当時の文部省が基準を決めたという話。 筆順がバラバラでも誰も困らないのだが、小学校で教える際に、統一した基準がないと困る、という理由で基準が作られた。 その説明に出てきたのが、大学教授の松本仁志という人。 筆順については、ずいぶん前に、「「正しい書き順」?」で書いた。確認したら、なんと、その時もこの人が出ていた。 その時の番組では、文部省の基準で書くべきだということになっていて、松本教授もそれに同意しているような内容だった。(松本教授は筆順については番組とは異なる意見を持っていたようなのだが、番組内では番組の既定路線に合わせていた) 今回は、「正しい筆順はない」という結論になっていて、文部科学省が示している基準にある注意事項の、ここに取りあげなかった筆順についても、これを誤りとするものでもなく、また否定するものでもない。という文言を紹介している。 簡単に言えば、「正しい筆順」などというものはないのだ。 筆順にとらわれる必要はないが、画数が変わる書き方をしてはいけない。画数が変わってしまうと、似ているだけの別の字になることがある。 例えば、果物の「柿」と、演劇界で使われる「杮《こけら》落とし」の「杮」。 「カキ」はナベブタを書いてから巾を書くが、「コケラ」は右側の縦画が上から下まで貫かれた一画だ。 それにしても不思議なのは、いわゆる「漢検」の問題で、漢字の一部をさして、それが何画目かを問う問題があることだ。その設問自体が文部科学省の方針に反しているのに、どうして文部科学省は放置しているのだろう。
2023.10.28
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もと全日本プロレスの四天王の一人、田上明の店、「ステーキ居酒屋チャンプ」に行ってきた。 車でなくては行けないところなので、土日のランチを食べに。 駐車場がどうなっているのか不安だったので、事前に下見に行ったが、その店の前を2度通り過ぎてしまった。 2回から上はアパートになっていて、入り口も写真のようにあまりにもさりげないのでわかりにくい。 駐車場があることはわかったので、土曜日に食べに行ってみた。 営業時間にはちゃんと目立つように幟が立っていた。 ランチは肉の量に応じて値段が異なるが、最も少ないので1000円。 サラダが出て、次にメインのステーキが出てくる。 赤身肉だけのステーキ。 牛でも豚でも魚でも脂身が多いのを珍重する傾向があるが、赤身だけというのはさっぱりしていていい。これなら多めに頼んでも胃もたれしない。 食後にはアイスコーヒーも出た。これで1000円なら安い。満足。 田上明はいなかったが、店内には現役時代の写真がいろいろ展示してあった。 公式サイト
2022.07.04
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左端の字は「多」の草書体。 「たんぽ」ではない。 その上の「登録商標」や、下の「本家」でわかるように、「ぽんた」である。 これは横書きではなく、一行一字の縦書き。楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へどうぞ。
2006.11.18
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成田山新勝寺の参道で見つけた看板。 「桜せんべい」と書いてある。 「べ」は「遍」の草書体に濁点をつけたもの。 楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ
2007.05.25
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【『私家版 差別語辞典』上原善広氏インタビュー】「″差別用語″を使って何が悪い?」過剰な自主規制にモノ申す!という長い見出しの記事を読んで疑問を感じた点。部落問題で言えば、時代劇に穢多・非人が出てこない。武士が十手を持っていたりする。十手を持っているっていうのは、穢多か非人身分なんです。そういう時代考証も、わざとかどうかまで分かりませんが、間違っている。些細なことかもしれませんが、それって歴史を捻じ曲げているとも言える。 岡っ引きは日常的には持っていなかったが、同心などは十手を持っていたはず。 明治になってからの聞き書きに、十手の房がきれいに流れるように練習したとあったはず。 岩波文庫で読んだもので、今でも我が家のどこかにはその本があるはずなのだが、見つからない。 死刑執行係と混同しているのではないか。 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ
2011.07.03
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朝熊山頂展望台から名古屋駅に向かう途中のサービスエリアのトイレで見たもの。 いかに外国からの観光客が多いかわかる。
2024.11.06
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茨城県浦尾市という架空の市の市役所で働く主人公(柳楽優弥)。自閉スペクトラム症の弟(坂東龍汰)と二人で暮らしている。 弟は美術に関する才能があり、アーティストとして働いている。障害の描き方はステレオタイプではあるが、わかりやすく描かなくては話が作れないのだろう。 架空の市は、神栖市あたりにあるらしく、海岸の風力発電の風車が出てきたりする。買い物をしたスーパーがカスミで、茨城で撮影しているらしい。 弟との暮らしの中に、正体不明の、ライオンと名乗る少年が入り込み、生き別れの姉の存在がからみ、ヒューマンドラマではなくミステリになっている。 周囲の人物も、好意を寄せているようでいながら何か策略があって接近していることが視聴者にはわかるようになっている。 ミステリとして、なかなかっきょうみを引くように作ってある。公式サイト
2024.11.10
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昨日の書き込みに関連して。 歌詞が聞き取れず、字幕のおかげで理解できていることは多いが、歌番組で歌詞が表示されるようになったのは、サザンオールスターズがきっかけだそうだ。 桑田佳祐の歌い方が独特で、歌詞が聞き取れず、トレビ局に問い合わせや要望が寄せられたことがきっかけで字幕が出るようになったのだそうだ。 私は、サザンオールスターズに関しては歌詞が聞き取れないことはない。だいたいわかる。 ところが、歌詞が聞き取れない歌い方をする人が現れた。 ミスター・チルドレンだ。 日本語だということはわかるのに、歌詞が聞き取れない。 不思議な体験だった。 私より、年配の人は、サザンオールスターズが登場したときに、同じ思いをしたのだろう。
2024.11.24
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