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10月のバラ 【11】
ところで、私たちがこの広場に到着してウメ、カメ、マツオババたちに勧められ椅
子に私たちが座った時モーセスは、
「後からダンスが始まるからビデオは後に」と制した後にたしか、
「ユウラ、ステラビーラ?オラ・ファンタボトモ?エンタアーイズエー?」
たぶん、「ステラビールはどうだい?それとも瓶のファンタ?」と勧めてくれたは
ずなのにいっこうに出てこないのはなぜ故に?ムシュ・モムケン(駄目だね)。
妻に回りくどいプレゼントを送った彼はすっかり彼女の信頼を得た従僕か、はたま
た主か、彼女の腕をとりまた妻を舞台へと引っ張っていった。
そして、私には付け合せのツマのような感じで顎を癪って「行いよ」と、合図を送ってきた。--おっさん、えーかげんにせーよ。イザーイ・バ?(で、どうやっ
て?)-- 妻はためらいもせず、すっかり先程のへんてこなダンスで自信をつけ
たようでモーセス になすがまま着いて行っている。オババたちはそのやり取りに
関係なく笑う。
「ギャッハハッハハハッハハハハハアッハハッハアッハッハハハッハハッハ」
一人残された私はどちらを選択しても地獄だった。仕方なく家来の私は妻の後について行った。
オババ達が陣取るステージ正面の壁際の席からステージまではものの30メートルくらいであるが、舞台に上げられることに生きた心地がしない。うろたえつつも、
子供たち親戚まわりの男たちご婦人がたをかき分け進んだ。
舞台上は音楽が中断し、パンチ頭の歌手の兄さんは司会の役を兼務していた。
舞台に上げられると、目の前にはこれからこの先一生係わりあうことはないであろ
う、いや絶対そうである、不思議なご縁でこうして出会えた、禿鷹じいさんやコロ
ンボさんがいる。わずか30メートルの距離が縮まっただけで、とても新鮮な感じ
だ。
パンチ司会は古びた紙幣を片手に掲げて何やら今日の集う人々に説明していた。
そして一通りの喋りが中断すると、ドラム、ベース、ギターのバンドマンは数秒そ
れぞれのフレーズを鳴らすのだった。
私は小学校の校内合奏会以来、印象のない「舞台上」にいることにすっかり蒸気
し、舞い上がっていた。「トルコ行進曲」で一回だけ鳴らすシンバルの役だっ
た・・・。
が、そのとき、咄嗟に気づいたことがある。
--これは、ご祝儀のお披露目ではないか?--
そのとおり歌手兼司会の男が次々と禿鷹から渡される紙幣を掲げては喋り、楽器が打ち鳴らされるということを反復しているのだ。--ビ・カム(いくら?)--
そして、ここまでに至った経過や状況はともかく私たちはこのような素敵な宴に招
かれておきながら、ご祝儀を何一つ用意していないことに、羞恥とじくじたる思い
至った。
--気ぃ狂ったふりして逃げだそかい?あっ、逃げる方向わからん。いかん--
壇上では相変わらず禿鷹が仕切り、パンチがご厚情に感謝するかのように叫んでいる。
―-まてよ--私は慌て者のようにみえるが、ボギーみたく計算高く冷静な男だ。
もしもの時にという状況を踏まえてポケットに仕舞い込んでいた紙幣がいよいよ役
立つ時が到来したのである。紙幣の役割の予測は大きくはずしたとはいえ・・・。
しかしすぐに混乱した。40エジプトポンドと20ドルが左右のポケットにあるは
ずだがどっちがどっちで、またどちらを渡せばよいか分からなかったのである。
ビ・カム?
モーセスは私の横にぴったり寄り添い、見つめている。金がからむ時だけいつもこ
うだ。
私は汗をかきかきしながら、憎きモーセスめはご祝儀を要求するために私たちを舞台へ上げたのだということに気づいた。チェッ。痩せても涸れてもモーセスだっ
た。
モーセスはどこまでもあくまでもモーセスなのであった。チェッ、チェッ!
さてと、とりあえず金はある。ところで、ここの相場である。ビ・カム?
多すぎては失礼、少なすぎると軽蔑されるという図式はきっと万国共通に違いな
い。
しかもここは、通り過ぎる私たちに友達かのような態度で大人も子供も努めて明
るく、「バクシーシ(恵んで)」と要求してくる人々が住む国だ。ビ・カム?
ビ・カム?といって、モーセスに尋ねるのも癪である。ビ・カーム???
こんなことで人格を試されたらたまったもんじゃない。悩んでもしょうがない。
えいやっ、と私は右ポケットから2枚の折り畳まれた紙幣を抜き取った。ビ・カ
ム!!
20ドルだった・・・・・・・。
私は損したようなホッとしたような複雑な気持ちで取り出した紙幣を、注目している観客に気づかれないようにモーセスへ渡した。 モーセスは当たり前のような顔をして紙幣を受取り、額を確認して自分のポケットわからも赤で印刷された紙幣を何枚か数えて司会の男に渡した。一瞬のことだったが--モーセスめは私が渡した金が思わぬ多い額だったので、猫糞したのではないか--と疑う私は猜疑心が強すぎるだろうか?すでに、金はモーセスからパンチ司会へ渡っていた。
「アシャーハルシャラーヂュイデー、ジャパニーズーピープル」
パンチ司会は紙幣を頭上に誇らしげに掲げて私たちを紹介した。ビ・カム・・・・?ジャパニーズ・ピープル-日本人の人-と言うのもなんだけど・・・・・。
兎にも角にも彼が少しキザっぽくも笑顔でいてくれることに安堵の胸をなでおろした。
そして、またイントロが始まるのだったが今度はなかなか止まらない。
するとコロンボが「こうして踊るんだ!」とばかりに自ら腰を揺すって誘導してきた。
モーセスは私と彼女の手を左右に握り輪を作って舞うようにして踊りはじめた。
突然、「指示する行為」しかかいま見せてくれなかった禿鷹じいさんまで輪の中へ飛び込んできた。自分で言うのも何だけど、なんとも奇妙な組み合わせの人の輪ができた。
コロンボは陶酔しきって自らの腰振りをいっそう激しくして私たちを導いた。
「もっと真ん中へきてもっともっと腰振らんかい!」熱く熱く・・・。
長いイントロのフレーズの後、パンチ司会は本来の役目である歌を歌い始めた。 コロンボの自身の腰振りと、私たちへのその強要はますます激しくなってきた。 私は下手と気恥ずかしさから踊りの方は妻とモーセスと禿鷹じいさんにまかせて、写真やビデオ撮りに専念することに頭を切り換えた。ビデオがないとどうも落ち着かない。
しかしそのビデオは、さっき舞台から上がる前、モーセスの指示によりモーセスの子分2号という感じの男(「第3の男」登場だ)に預けてあったのだ。子分2号はシャツから胸をはだけ出してニタニタしている。その男はファインダーから珍しそうにこの光景を見つめていたばかりではなく、しっかり録画していたのだった。おまけに何処でその技術を体得したのかズームボタンを押しており、その焦点の先は妻がふりふりする腰やら臀部やらを捉えていたのだった。彼から奪い取ったビデオを再生して唖然とした。
「ここには変な奴が一杯おるよ。ビデオであんたお尻撮られよったよ」
「一番変なのはここにおる」と私を指さし屈託なく笑う。
神よ、願わくば二人の男と一人の女に災いを、モーセスと子分2号とこの女に与えよ。でも、その録画部分は消さずに置いといたのだけどね・・・。
曲はもうかんべんしてよというくらいアップテンポになり、そのうちパンチの兄さんはまた息切れしたのか、曲は中途半端なまま打ち切られ、モーセスは余韻に浸る隙も与えず、妻の手を取り壇上から引きずるように降ろした。
私は、相変わらずニタニタ笑うギザの下町のあんちゃんにニタニタして別れ、愛すべきオババたちの元へ戻っていた。
オババたちの席のまわりは、先ほどまで放牧された羊のように無邪気に群がっていた女の子たちの姿がなかった。シャイマーは妻の踊りを観ずじまいだったのか。
いなきゃいないで目立つ彼女はやはり特別な存在だった。
「きれいな子には甘いんやから。」は妻の私に対するいつもの口ぐせだったけど。
「だから、あんたにもやさしいやろ。」と私は言う。
「え--っ!?」間髪入れず、必要以上に絶叫した。アラーの神よ直ちに災いを!オババたちはわけもわからずやんややんやの喝采を送りもうお馴染みの、
「ギャハハハハハハハハハ」笑いを送ってくれる。
この席一帯は無風地帯だった。再び私はビデオを通して会場をくまなく見渡した。
広場の会場の主賓席ともいうべきこの席はオババらの他にも赤ん坊を抱いた母親
や、黒頭巾の女、そして遠巻きにして舞台上を眺める男たち、・・例のジョージ・ルーカスやジョンウェインをはじめとした長衣のジュラバを着た男たち。そしてキザ屋君。微動だにせず、表情一つ変えない、モーセスと同じように黒いジュラバを着た渋いオジサンは若き日のゲーリー・クーパーだった。
「シブーイ」渋すぎる。ゴルゴ13にも対抗できる雰囲気を持ったお方だ。
ただ、ルーカスやジョン同様この場にあまりふさわしくない気がするけど・・・。
彼はビデオに動じることなく、真っ直ぐ舞台に目を向けている。
舞台前は踊りに興じる若い女たちや、私たちとあまり係わなかった子供達。
新郎新婦の前に陣取るのは雰囲気からして親戚まわりの人々と察せられる。
その何処にもシャイマーやシーワを筆頭にして、妻と朗らかに戯れていた天使たちの姿がなかった。
宴もたけなわの最中に消えた子どもたち・・が、消えたのは一瞬だった。
やがて、シャイマーがシーワが白のドレスの子が舞い戻って来た。妻の周りはいつもの人だかりとなった。女の子達は手に手に何か持っている。
そして、一列に並んで次々に妻へ渡しだした。花らしかった。
もちろん、最初に妻の手に渡ったのはシャイマーの花だった。
シャイマーは続いて我先に渡そうとする年下の女の子たちの順番を仕切り、女の子たちを一人ずつ紹介しだした。
妻に渡されている花はピンクや赤のバラの花だった。
それらのバラは、まだ蕾であったり若々しいものだった。
私がその光景を真摯に見つめながら、だんだん目頭が熱くなってきたのは、-----バラを巡ぐる、ある小さな物語--を思い出していたからだった-----
-。
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