名もなき詩・ニ


名もなき詩<2>

「本当に・・・もう死んでいるやも知れぬな・・・」

もう、例の森に入って随分経った。
常に気配を探り、怪しいと睨んだところは草の根一つ残さず捜してきた。
まして、相手は4ほどの子供。
気を消す術など知るはずもない。
それどころか、大人以上の無邪気な気配を漂わせているのが普通で、彼ほどの忍がそんな気を逃すことなど万に一つもあるはずもない。
それなのに・・・
「ここまで捜しても・・・・見つけることができんという事は・・・・もうすでに・・・」

「お兄ちゃん。」
「!?」

「お兄ちゃん、そんなとこで何してるの?」

急に呼びかけられ、らしくもなく慌てた彼は、それでもすぐにいつもどおりの冷静さを取り戻すと、少し刀の柄に手をかけてじっと見据えた。

「・・・?」
「ねぇ、お兄ちゃん誰?お兄ちゃんも、母さまに言いつけられたの?」

目の前に居たのは、短髪で、非常に眼の大きな、可愛らしい少女だった。
そんな可愛さとは裏腹に、身なりは汚く、衣は破れ、その小さな足は土と泥で茶色く汚れていた。

(もしや・・・この子が拙者の・・・)

『早ク殺セ』

彼の頭の中で、そんな言葉が絶え間なく反復する。

「ねぇ・・・どうしてしゃべんないの?どっか痛い?」
「!せ・・・拙者は・・・」
「?」
何故か、彼は刀から手を離すと、彼女と同じぐらいの高さまでしゃがみこむと、不器ながらも微かに笑って見せた。
本来ならば、躊躇うことなく斬り捨てているはずだった。
なのに、出来なかったのは・・・・

(そうだ、この子は・・・)

「君こそ、こんなところで何をしているのでござるか?母様はいらっしゃらないんで?」
「ああ、母さま?あたしね、母さまに言いつけられて、ずうっと走ってきたの。なるべく、遠くまで行きなさいって。母さまも、すぐに追いつくって。でも、アタし、母さまが迷ったりしないように、ずっとここで待ってたんだァ。」
「!!そうでござるか・・・」




(その母親は、もう切腹をしてしまっているというのに・・・)


「でね、母様がアタイを見つけてくれたら、いっぱい我侭言ってあげるの!あたし、ここまでくるのすっごく疲れたもの。」

「君は・・・母様のことが大好きだったのだな・・・」
「うんっ!大好きだよ。それから、父さまも大好き!あたしをね、よく抱っこしてくれたりするもの。」

(・・・・・そうか、この子は・・・)

「そういう事か。」
「?なぁに?」
「・・・君は、幸せだったんだな・・・」

何も知らない、親の死すらも知らない少女。
それでも、親の姿を求めて、ありのままの心を曝け出して笑っている。
どうりで、なかなか見つけられないはずだった。

(普通の人間ならば・・・・欠片ぐらいは必ず持っている。なのに・・・この子には殺気という物がない。)

「父さまにも、我侭きっと聞いてもらうもんね。」

(この子の素直な考え・・・自分の意思のままに感情を出して、自由そのものを愛している姿が・・・)

「だから、早く母さまと父さま、あたしを見つけてくれないかなぁ・・・・」
「・・・君の、母様と、父様は・・・」
「えっ何々!?母さまと父さまが、どうかしたの!?」
「実、は・・・」

(言った方が、いいのだろうか・・・)

「!!」
何故、こんなことを・・・?
拙者は、一体何をしている・・?
本当は、彼女を殺しに来たはずだった。
それなのに、彼女の生き方に本来押し殺していなければならない”心”を動かされた、などということが仲間に知れたら・・・・もしかすれば、捨てられるかもしれないのに・・・

(早く、殺さなければならないないのに・・・)

僅かに、刀の柄に右手が触れた。
ぴくっと中指が動き、更に強く握り締めようとした時――

「ねぇ、どうしたの?」
その一言で、彼は刀から手を離していた。
そして、また不器用に笑顔を作ってみせた。
「・・・御主の母様も、父様も、きっと迷って見つけられないのでござろうな。この森は、こんなに大きいのに、御主はとても小さい御仁でござるから。」
「そうかなぁ・・・」
「きっとそうでござろう。なんなら、手前も捜してきてみよう。」
「本当!?有難う!!」
「じゃあ、捜してくるから・・・ここで待っていてくだされよ。」
「うん!!」
そして一旦、まるで逃げるようにその場を離れ、元来た道を引き返そうとした。

(何故・・・目的を目の前にして、殺すのを躊躇ったのだ?)

(拙者は、あの子に嘘をついてしまった・・・)

本当は、もう死んでいる彼女の理想。
それなのに、嘘をついて、彼女の喜ぶ様子を見てほっとしてしまった。

(本当は、判っているんだ・・)

彼女の自由な思い、生き方全てが、彼に今『足りない物』だったから。
今まで、上からの命令で多くの血を流し、己の手をそれで赤く染めてきた。
だが、それも全て主君のためにしたこと。
命令されたままに従い、して来た、今までの所業。

そんな生活をしてきた彼にとって・・・自分の意思のままに生きるという光景は、まるで夢のように儚かった。
しかし・・・先ほどの少女の生き様を見たことで、少なからず『自由』と言う言葉が彼の中に芽生えてしまったことは確かだった。


                         ――NEXT――

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