名もなき詩・三


名もなき詩<3>

彼は其の後・・・里へと戻った。
勿論、少女の首も持ちかえれないまま。

「・・・もう帰ったのか?早かったな。」

「・・・ああ・・・・」

里の入り口で待ち構えていたのは、見張り役の忍者だった。
軽い返事で頷くと、其のまま通りすぎようとしたー・・・・

「待ちな。」

きつい口調で制されて、その場に立ち尽くした。

「・・・なんだ急に」

「お前、殺してねぇだろ。」

「!!」

瞬時焦ってしまったのを、見張りは見逃さなかった。
二人とも里きっての忍者で、彼らの間にはぴりぴりとした緊張感と殺気が漂っている。

「何故そんなことが言える?」

「お前、俺を舐めてんのか?くせぇんだよ。」

「なんだと?」

「子供くせぇにおいがする。殺すはずの子供と会ったんだろ。ほれ、あの大名の。」

「それは・・・」

「が、何よりも其の子供の血のにおいがしねぇ。鉄錆見てぇなにおいがな。大体、おかしいと思ったんだ。暗殺しに行った野郎が、そいつの血で汚れてないなんてな。」

「・・・・・」

見張りの推測は正しかった。
確かに、殺すべき子供を殺していないし、指一本触れてなどいない。
何故か彼は、殺す気が失せてしまっていた。

「・・・炎霧殿。」

「なんだよ。」

見張り・・・・改め、炎霧は、今までもたれ掛かっていた門口の柱から離れると、鋭く、陽に当たって良く光る紅い眼を彼に向け、じっと見据えた。
暫く、じっと見詰め合う状態が続き、先に口を開いたのは炎霧だった。

「何、待ってんだ、お前は。」

「・・・・御主こそ、拙者を殺さぬのか?」

「・・・・そうだな。」

そう言うと、炎霧は腰に結わえ付けてある忍刀の柄に手をかけて、すっと抜いた。
そして、四、五米程離れている”彼”に逆手に持った刀の刃を向けた。

「お前ぇ、いくら忍としての実力がすごくても・・・」

「?」

「心まではそうなり切れねぇみてぇだな・・・・・・鳶丸。」

彼・・・・”鳶丸”は、眼を大きく見開いて炎霧を見た。
炎霧は、そんな鳶丸の動揺に満ちた視線を軽くあしらうと、刀の切っ先を降ろし、紡ぐように話し始めた。

「今のお前見たら誰でもわかるってもんだ。いつものすかした冷たい表情はどうしたんだよ。・・・・明らかに・・・・・今朝までのお前じゃあ・・・・ないよな?」

それは、と言いかけた鳶丸に、間髪いれず言葉を投げかける。
そんな炎霧の表情は・・・悪さをして、何の抗議も出来ないまま・・・・一方的に怒っている親のような、そうは見えなくても、何かを言い聞かせるような、鋭く厳しいそれになっている。

「お前は、一体、今日行ってきたところで何を見た?そんで何を聞いたんだ?」

「何をって・・・」

炎霧の問いかけに、鳶丸は何も答えなかった。
否、答えられなかった。

「どうして答えない?いや・・・・・答えられない理由でもあるのか?」

”どうして答えない?”

答えられない?・・・ああ、答えることなんて出来ない。
答えたら、きっと今ここで殺されるだろうな。


『母さまと父さまをここで待ってるの。』

自分の意志を出し、何物にも束縛されない自由な生き方を望み、ただひたすらに逝った親を信じ続ける少女。
例え彼女がそんなことに気付いていなくても、彼女とまったく逆の生き方をしてきた鳶丸にとって、其の素直で、にごりのない眼を見たとき・・・
そして、同じように汚れることのない、彼女の”生きていこうとする”姿を見たとき、彼にどれだけの影響を与えていたことなど、彼女はおろか、鳶丸でさえも気付かなかった。

『どうして、拙者は影としか生きられないのだろう。』

そんな、忍として愚問とも言うべき言葉が彼の脳裏に浮かんだ。

『どうして、自分の意思のままに生きることを許されないのだろう。』

そこまでじっと考えて、鳶丸はぐっと顔をこわばらせた。
そんな、刹那の瞬間を、彼の言葉を静かに待っていた炎霧は、容易に気付くことが出来た。
それでも、少しも表情に出さず、炎霧は鳶丸の顔をのぞきこんだ。
そして、鳶丸の様子に・・・少しだけ驚いて、言った。

「何を我慢してんだ、お前・・・」

「我慢・・?」

「里でも指折りの名忍者が・・・面目丸つぶれだな、鳶丸。」

「何のことだ・・・」

「別に。ま、気付かない方がおかしいがな。・・・・いや、そうでもないか。」

「だから、何の事かと申しているで御座ろう!?」

「フン・・・」

鼻で返事をすると、炎霧は足音も立てずに鳶丸に近づくと、左手で鳶丸の目尻のあたりを拭った。
鳶丸はというと、一体何をされたのか、明らかに混乱してしまっている頭では解らず、どういう反応をしたらいいのか、戸惑っているらしかった。

そんな鳶丸の様子に、心底呆れたように、炎霧は息をついた。

「・・・心の無い筈の、一端の忍が・・・よわっちぃ人間みてぇに泣いてんじゃねぇよ・・・・!」

「な・・・?」

「ったく・・」

「拙者が泣いていただと?流し方も知らない、拙者が?」

「・・・なんなら・・自分で確かめて見ろ。」

炎霧にそう言われて・・・鳶丸は、恐る恐る自分の眼を少し拭ってみた。

(濡れてる・・・?)

確かに、触れたところはうっすらと濡れていた。
それは、不覚にも鳶丸が泣いてしまったということを、十分に語っていた。

「はっきり言ってなんだが・・・」

「・・・?」





「お前、ここで忍者を辞めちまえ。」




                        ――NEXT――


なんか、やっと主人公の名前公開(笑)
鳶丸(とびまる)です。
たかまるじゃありませんよ。(爆笑)


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