ちなみに,これはずいぶんと昔,学生のころに,精神科医の笠原嘉(よみし)さんの本で読んだのだが,苦しい境遇にあるときの症状の出方を,(1)精神的な変調,(2)行動化,(3)身体化の3つに大別する考え方がある。性格タイプによって,この3つのうちで取りやすいものが違ってくるのではないか,という。 この本の主人公(たち)のように,悩みが強迫症状として表現されるのは,その本来の悩みが,本人には認めたくないものであるために抑圧されてしまい,その押さえ込まれた感情が行き場を求めて噴出するが,本人には抑圧した悩みそのものの自覚がないものだから,原因の見当がつかずに困惑する--というようなことなのだろう(「抑圧」という機序を症状の根本に置く考え方はフロイトに始まるもので,確かにわかりやすいけれど,言ってしまえば非常に古くさい症状観ではある)。 これは一見すると(1)の「悩んじゃう型」のようだが,抑圧→意外な形での症状化というメカニズムから言えば,むしろ(3)の「身体化型」に近いタイプということになるような気がする。主人公(たち)は確かに悩むが,それは当初,(本来の)対人的なトラブルについてではなく,突拍子もない衝動や不安についての悩みなのである。 主人公(たち)は,(そしてもちろん,主人公に感情移入することができた読者も,)ファンタジーの域と言ってよい伊良部医師の天衣無縫すぎるあり方にふれることによって,その「認めたくない」という気持ちの元になっている意地や体面やプライド(すなわち社会的感情)の馬鹿らしさを教えられ,「癒される」。ハチャメチャな伊良部先生を仮に(2)の行動化型だとすると,これは,生真面目で抑圧的な「身体化型」としての主人公(と読者)が,気ままではた迷惑な「行動化型」の人物に出会って成長する,Type A meets type B. とも言うべき物語である(もちろん,実際の「行動化型」の人間の大部分は,伊良部医師のような傍若無人で気ままな人間とはまた違ったタイプのはずだが)。