INVICIBLE NIGHT

INVICIBLE NIGHT

SD



階級は二つ――。
スティング(S)とドレイク(D)。

限りなくスピードを追求したモノをスティングとし――。

限りなくパワーを獲得したモノをドレイクとする――。

最速と最強。
最速はただ速さだけを、
最強はただ強さだけを――究極の一としてそれらの名を誇る。

 最速に力などいらない――スピードに勝るモノはいない。

 最強に速さなどいらない――パワーを屈するモノなぞ有り得ない。

その名を轟かせ、極へと至るが彼らの命題。

oS(only Sting)、oD(only drake)には五つのランクがある。このランクの格付けは2000年に行われた選抜試験で決まっている。試験を行ったのは当時1200人。Eランク600人、Dランク300人、Cランク190人、Bランク97人、Aランク13人。
これらのランクに選抜された者をランカーと呼ぶ。
なお試験に参加しなかった者でもランカーを倒せばそのランカーの称号を剥奪できる。無論剥奪された者も現役のランカーを倒せば復帰する事は可能である。

 1200、とはあくまで定員数であり、同一人物が2000年以降、スティング、ドレイク、両方の称号を手に入れる事もルール違反ではない。スティングからドレイク、ドレイクからスティングへと転向する事も違反ではない。

参加者は自分をスティングともドレイクとも名乗って良い。スティング同士、ドレイク同士、合意した時点で勝負は始まる。
 制限時間はない。リング;戦場も一定していない。レフェリーもいない。どちらかがギブアップないし戦闘不能の時点で勝負は決まる。
 勝負を申し込む権利には制限がある。
A、B、C、D、E、自分よりも下位のランカーに勝負を申し込む事は許されない。逆に下位のランカーは自分よりも一つ上のランカーか同位のランカーにしか勝負を申し込めない。下位のランカーが上位のランカーに勝利した時点でランクは入れ替わる。下位のランカーは昇格、上位のランカーは降格する。上位のランカーが勝利してもランクに変動はない。
 上位のランカーには勝負を申し込まれても拒否する権利を与える。
 ただし、最速、最強を謳うAランカーに拒否権はない。

 ランカーには体に我がグループの銀装飾を身に付けてもらう。試験時に配られた銀装飾は、Eランクはバングル、Dランクはブレスレット、Cランクはネックレス、Bランクはピアス、Aランクはリング。

 勝者はこれらの銀装飾を敗者の銀装飾と交換する。



警告。銀装飾を不正に入手、偽造した者には処罰を下す。

The one S. the one D.計画草案者 真道道耶


















S&D

 とある全国チェーンのレストラン。(ぶっちゃけ安っちい)ファミレスのドアを引くと、カリンと鈴の高い音が鳴った。いい加減五月蝿いので変えろ、と言ったのだが、前の鈴をオシャカにしたのは文句たらたら垂らしてる自分なんで強く言えない。…でもあれは仕方ないよあれは。
 店員のお姉さんは久しぶりに来店した常連客を睨み付けながら舌打ちしながら四番テーブルへと案内してくれた。…よくわからないのだが、この人は前の鈴がお気に入りだったらしい。

「お水はセルフサービスです」
と立ち去っていく店員さん。いやセルフサービスなんてこの店通ってて初めて受けるご奉仕なんですが。てかコップはどこですか。
水が飲めないのでソフトドリンクを注文するか、とメニューを拝見。

「…今でも値段の端に0をつけて遊ぶ輩っているんだなぁ…」
殺伐とした世の中にもこういうユーモアを持つ人間はいるらしい。持つ人間はいてもいいのだが、それを全国チェーンのレストランが見逃すのはいかがなものか。油性インクを消そうと努力した痕跡すら無い。

「ソフトドリンク、一つ」
店員のお姉さん、それだけか、という目はヤメテほしい。今時はソフトドリンクで二時間以上居座る事も常識なのである。

ソフトドリンクもセルフサービスです、無いコップを探せと本心をさらけ出したそうなお姉さん。でもさすがにそれはなく、ものがきていないのにもう伝票をテーブルに貼り付ける嫌がらせだけで調理場へと一時撤収。でもやっぱり気が済まなかったのか、コーヒーカップを持ってきてくれた。ホット用。炭酸入れたら泡で埋まってしまうサイズである。

仕方が無いのでオレンジジュースを入れに行くことにした。…しかしまあ、日曜の夕方だというのに客が少ない。ていうかいない。オレだけです。
 一人さびしくオレンジジュースのボタンを押す…この手のファミレスのオレンジジュースはボタンを押すと原液と水が混ざって出てくる仕組みになっているのだが、しかし薄い。果汁8パーぐらい。どうやら原液がきれてるらしく、ほぼ、水だけが出てきている。だけどやっぱり原液はちょっぴり混じっていて、水でもない。口に含むと何とも言えない味だった。…店員さん、たぶん原液入れてくれないなぁ。いやもしかしたらオレが来るタイミング見計らって原液抜いたのかも。

ビミョーな水分を手に四番テーブルへと戻る途中、鈴の高い音が一度聞こえた。

カリン、という鈴の音に似合わぬ大男登場――もとい来店。強盗かと勘違いするよあの風貌。
もちろん、覆面を付けてるとか包丁を握っているとか物騒な装いではない。こんなことを言っては失礼だが、単に体格が物騒なのだ。身長は190を悠に超える。肉付きもよく、体重も三桁に突入しそう。
しかも付いている肉が贅肉の類ではなくほとんど筋肉の類なので怖さ倍増。黒のノースリーブシャツから伸びる腕はこん棒のように太く、青いジーパンの太ももはパンパン、マッチョ様である。
 そして大男、店員のお姉さんに手を上げて挨拶。お姉さん、少し頬を赤らめて応対。点…なんだあの雰囲気は!ちょっぴりイイ雰囲気じゃないか!

だが大男、お姉さんより他に用があるらしく店内へと入っていく。

「おう、ドンマ」

大男、接近。ていうか目の前に着席。

「ドンマとか言うな。てかドンマはどっちだ。時間、遅刻」

店内の時計を指差す。やっぱり安物の時計――時刻は午後の五時半。大男――石山剛健は三十分遅刻したことになる。

「ちっちぇなぁ…たった三十分に…」

「その三十分、オレが何やってたか教えてやろうか?」

「…なに言ってんだお前。そんな事に関心あるわけないだろ」
…もっともである。オレンジジュース(果汁8パー)をグラスごと床に叩きつけよう寸前だったと言ってもつまらない話だ。石山なら「…バカかお前」と冷めるがオチである。だがコヤツは知らない。店員のお姉さんとオレが険悪なムードにあると知らないから冷める事が出来るのだ。

「…で、なんだっけ、用」
でも一から説明する程こちらも面白いヤツじゃない。さっさと本題に入る事にした。
石山は店員のお姉さんから普通に(!)水を受け取ってから話し始める。

「なに、ちょいと小耳に挟んだ噂話でな。情報の真偽はわからねぇが、気にはかかることなんでよ」

石山は声のトーンを下げて話す。

「SD関連だ」

SDとはonly S、only D――通称スティングとドレイクの略語で、2000年、都心を中心に始まった格闘技である。実際は格闘技とは名ばかりで、タイマンの、なんでもアリのケンカである。ちなみにロボットとかとは関係ない。

「どっちだよ?S?それともD?」

「多分、お前の管轄だな。速い方だ」

速い方、とはS――スティングの事だ。最速を、ケンカにおいてスピードを重視するSDの参加者、ランカーと呼ばれる者の事。単純な例えで言えば、スティングはパンチ力よりも、パンチのスピードを重視するケンカ屋。

「なんか出たの?人?モノ?」

「両方、だな。Eランクの連中、銀を獲られまくってる」

「別に獲られるのは道理だろ。新参者がとってもいいルールなんだから」

SDのルールでは銀のアクセサリーを身につけていなければならない。Eランク、という事は銀のバングル。ランカーでなくとも、ランカーを倒した時点でその称号を剥奪し、SDに参加できる。石山が言ってる、銀を取られたEランカー――そこに問題はない。

「ところがだ。獲ってんのは新参者じゃねぇ。現役バリバリのランカーだ、ってのが噂だ」

「…ありゃま。違反しちゃったわけか」
ランカーは自分よりランクの低いランカーに勝負を申し込めない。必然、最低ランクであるEランカーは現役の上位ランカーに勝負を申し込む事は出来ても勝負を申し込まれる事はない。それに同じ階級、同じEランカーに勝負を申し込まれたとしても、Eランク同士では勝っても負けても相手の銀のバングルを奪う事は違反だ。違反は即刻失格、処罰の対象となる。

「それさ、奪いまくってるって事?…ルール書き、やっぱわかりづらいなぁ…とっていいのは二つまでなのに…」
…って、ちょっと待った。
「なんでお前に先に情報入んの?普通、オレの方が先じゃない?」

苦い顔をしながら聞くオレに、石山はもっと苦い顔で答えた。

「このドンマ。いいか?被害にあってるのはスティングだがな、被害を加えてるのはドレイクだ……って噂だ」

あー…そゆこと。

「…つまりオレら二人の管轄だってことで、情報を共有しろ、と。…確かに、被害の拡大に気付かなかったオレもオレだけど、加害者出しちゃってるお前も強く言えないわけね。そのくせドンマとはヒドイ」

「うるせぇ。言われたくなきゃ体だけじゃなくてメンタル面も鍛えろ」
話は終わりだ、とEランカーで戦績が低いランカーの名簿をテーブルに置いて石山は席を立つ。今後の方針も決めずに筋肉バカ起動。

「おーい、どーすんだよー?」

「やる事なんて決まってるだろ――違反者は即刻、潰すだけだ」

oD――ドレイクの、七人しか認められていないAランカーの目は既に、見えぬアウトローに照準を変えようとしていた。




SvsD

ガガガガガガ―――上に視線を投げると、丁度鉄橋を電車が通過した。通常、そんな余裕はSDに参加するランカーでは体験し得ない――特に、スピードで勝負を決めるスティングである彼にとっては、初めて体験する余裕だった。その余裕を許した相手――

「お前、ドレイクか?」

屈強な体をしたランカー。どう見てもスティングの体格ではない。ドレイクの――

「…そのネックレス…Cランクだろ?なら勝負はナシだ。…この通り、俺はEランクだからな」

少し躊躇ってから彼は右腕に付けた銀のバングルをドレイクに見せ付ける――その、ケモノの興奮を和らげる仕草は、余計ドレイクを興奮させた。ただ不動。エモノにのみ照準を合わせている。

不夜城めいたステージ。狩る側と狩られる側の睨み合いは、ドレイクが両腕を上げる事で終わった。

彼はドレイクをなんとか説得しようとし――ドレイクが上げた両腕――そこに強引に嵌っている合計六つのバングルを見て言葉を失った。

「…ルール…を…」
破ったな、と口にする前に、戦闘は始まっていた――。



SvsD&S

スティングである彼にとってこの戦場は好ましいものではなかった。鉄橋の下――後ろには三メートルの金網、左右は共に鉄橋を支える柱――そして正面にはドレイク。彼は舌打ちしながらも敵であるドレイクに感服した。
ドレイクはスティングである彼の特性をよく理解している。スティングとはスピードに長けたランカー――この狭い戦場では本来のスタンスを保てない――場を用意したドレイクに、既に分があった。いや厳密に言えば『分を作った』というべきか。
 彼は相手がランカーだとはわかっていた。ただ、Cランクのドレイクが、まさかEランクのスティングに勝負を仕掛けてくるなど思っていなかった――なにより、スピードさえあればいつでも逃げられるとタカをくくっていた。――これが彼の敗因、少しばかりの、ただ致命的な余裕――。

ドレイクは緩慢だ。もとよりドレイクとは攻撃をする、受ける階級――スティングの攻撃など蚊ほどととったか、ただゆっくりと歩を進める。――彼はそれを勝機と見た。
――あまりに愚鈍、15メートルの距離を、ドレイクはゆっくりと真っ直ぐに歩いてくる。

それはスティングである彼にとっては挑発ともとれた。徒競走のスタートを余裕で走る人気者を見ている気分。それが、どうにも癇に障った。

スピードに関しての挑発には乗るのがランカー、スティング――夜な夜なSDに時間を費やすケンカ屋――ただスピードのみを求め、スピードこそが戦闘の核であるという信条を持つ階級。愚鈍なドレイクの動きに、彼は少しばかりの余裕を持った。
当然だ。ドレイクは歩いて向かってくるだけ。そんなもの、衰弱した野良犬と変わらない。

 15メートルの距離――スティングである彼ならば、コンマ九秒でドレイクに肉薄出来る。
無論、距離を詰めるだけでは1200のランカー、スティングには生き残れるはずがない。

スティングの格闘とは、いかに相手よりも速く初撃を放てるか、というモノだ。ただし初撃だけでは相手を倒せない。最低でも三つの打撃が必要――だがそれは同じ階級、軽量であるスティングが相手の話。今の相手はドレイク、最低でも四つは必要――。

初撃――顔面への正拳突きでドレイクの視界をぶれさせ、第二撃は右脇腹へのブロー、スティングが相手では必要のない第三撃は鳩尾への突き、最後に右ロー。
――その工程を考えるのに要した時間は秒に満たない。ドレイクは一歩しか接近できていない。

これが勝機と見て、スティングは急加速した――。

スティングの急加速――サッカーのように左へのフェイントを入れてからの加速――コンマ九秒の肉薄――。
それがドレイクの目にはどう映ったか――流れる様な軌跡を描いて接近するスティング、そこから放たれる、槍のような正拳突き――。
その一撃は明らかに必勝のものではない。パンチングマシーンで言うのなら90キロ程度の重さ。受けても倒れる事はない――だが無視出来るものでもない。
スティングは顔面を揺らす事で一時、ドレイクの視界を奪う――そこからはスティングの独壇場だ。ドレイクはされるがままに敗北する。
その一撃に両者は笑った――スティングは避けようともせず正拳突きを受けようとしているドレイクを愚鈍だと嘲笑い――
「――ハ」
――ドレイクは、マニュアル通りの動きしか出来ないスティングの一撃を愚直だと笑った。
正拳突きはドレイクの顎に突き刺さる――それでスティングの勝ち。後は肝臓、胸、足と順々に潰していく――はず、だったの、だが――

視界を奪うはずの拳を受けたドレイクの視界は奪われず、

正拳突きと交差するカタチで、ドレイクの右拳がスティングの鳩尾を突き上げた。

「……―――!?」
声など出るはずがない。パワーを突き詰めたドレイクのブロー――呼吸さえ出来ない。
 ただスティングは苦しくて、呼吸を再開させようとする――それさえも愚直だと、ドレイクは笑った。

「ホントマニュアル通り。順序が逆だろ?そんなん、するがままされるがままやられるがまま」
――順序を、スティングは間違えた。呼吸を再開するだけの体力があるのなら、腕を振り上げているドレイクの第二撃――これを回避する事を最優先にすべきだった。
風を切る音――首への強引なラリアット――敗者を金網へと吹き飛ばし叩きつける。
これがこのドレイクの常道――第二撃で相手の意識を刈り取り勝負を決める――スティングが意識を失うのは必至だった。


ガガガガガガ――鉄橋を終電の電車が通過していく。七つ目のバングルを手に入れ、ドレイクはため息をつく。

「…やっぱEランクはコノ程度か…弱肉強食っても、こりゃヒドイ」
次の獲物への期待を真に祈り、静まり返った繁華街へとドレイクは歩を進める――。




The only

夕暮れ――。
夏の熱気にやられたのか、自分たちはいつにも増してケンカに明け暮れた。

ただ、速くなりたくて、
ただ、強くなりたくて――。

ボロボロな体で次の因縁はどうやって吹っかけるかと考えていたら

「すごいな、お前たちは」
中年、と呼ぶにはまだ早い男が一人、羨ましそうに話しかけてきた。

ゴロツキだった自分たちでも知ってるソイツは、俗に『天才』と呼ばれるヤツだった。そんな『天才』が、ただケンカをしてただけのゴロツキである自分たちに「すごい」「羨ましい」「俺もそうなりたい」などと次々宣ったのだ。皮肉にも程がある。だってソイツは誰もが知ってる『天才』なんだ。ありがとよと殴ってやろうかと思ったけど、本当に羨ましそうだったから、どうにも、自分たちはソイツを殴る事が出来なかった。

羨望の眼差しを向け、男は一方的に語る。

「お前たちの様に何か一つに明け暮れ、それだけを出来たら、俺も、ホンモノの天才になれたかもしれない」

…言ってることが、よく、わからなかった。なに言ってんだおっさん。アンタ、いかれるぐらいの天才じゃねぇか――アイツの言った言葉に、男は「まさか」と笑った。

「くく…天才、か……いいか?天才と呼ばれる者はな、そこ彼処に五万といる。石ころの様の転がってるのだ。
――だが、真に天才など、おそらくは一握りしか在りはしない」
ソイツも夏の熱気にやられたのか、何かを憎むように、語り続ける。

「元々、人間という生き物には時間という限りがある。だというのに、人間という社会は傲慢でな。全てを学べと、教育という制度を――ルールを作ってしまった。…馬鹿な話だ…何かに長けた人間を目的とするのなら、時間はその長けた事への鍛錬にのみ注ぎ込めばいいものを」

そうすればホンモノの天才になれたのに――天才である男は嘆く。

「俺は全てを学んでしまった。10あるうちの時間を、10の分野に使ってしまった――それ故に、ただの一つも、極められなかった」

自嘲気味に笑う――憎しみは、更に強く。

「万能とは社会から事故を守る鎧だ。万能を学ぼうとしなかった人間は社会から疎まれる。人は『群から外れたくない』という自己防衛本能に従い万能を学ぼうと奔走する。それ故に天才は生まれてこない」

男は憎しみを吐き終わって、鬱憤が晴れた様に笑う。

「だがお前たちは違う。何か一つだけ、その一つだけを極める――その在り方は、至極羨ましい」

ただ純粋に速くなりたかった夢と、ただ純粋に強くなりたかった夢――。
子供である自分達にはそれしか見えていなくて、男の羨ましそうな顔を見て、理由はよくわからなかったけど、なんだか無性に腹が立った。睨み付けたら、苦笑いをして背を向けた。

「いつか知る。この世界の成り立ちと、自分たちの果てを」

――ただ、今は知らなくていい。知るまでは、ただそれ一つのみに没頭しろ――男はそれだけ言って満足したのか、機嫌良く歩き去っていった。

夕暮れ――自分たちは天才である男に認められ、速くなりたい事と強くなりたい事、それだけをやり続ければホンモノの天才になれるんだと、勘違いの夢を抱いてしまった――。


ガガガガガガ――ピー。
「…ん?」
なにか、体が揺さぶられ…

「お客さん、終点ですよー」
目を開けたら中年の男――車掌さんとご対面。寝起きにおっさんとは何とも言えない夢の無さ。

時刻は午前一時半。電車に揺られる事一時間、どうやら駅を二つほど寝過ごしてしまったらしい。変な夢を見たせいか軽い頭痛がするが、家に帰るには二駅分歩かなくてはならない。自称フリーターにタクシー代などあるはずもなく。

ホームから改札を出て、駅から繁華街へと入っていく。繁華街は吸い込まれそうに静かだ。

いつもは煌びやかだというのに、数時間前までいたファミレス同様に人気は全くない。真に不気味なので、さっさと足を進める。

ファミレスを出てから三時間、石山が言っていたドレイクを探していたが、人一人を見付けるのには捜索範囲が広すぎる。都心から離れてるとはいえ、田舎でもないこの街は二十万の人口を誇る。さらにドレイクの顔や背格好は不明。ドレイクから何かを起こしてもらうしかない。どこにいるのやら。

「…って言っても、ホンと人っ子一人いないね」
季節はギリギリで夏。残暑お見舞い申し上げた人たちは自宅でクーラーフル稼働させてるのだろうか。…羨ましい限りである。オレのアパート、空調工事の『話』でさえ上がっていないのに。
じとじとと蒸し暑い。頬には汗が滲んでいて、ゆっくり歩いていると蜃気楼でも見えてきそう。
「…しんきろー?」
まじでと、ピタリと立ち止まる。――繁華街の出口に立っている、陽炎の様な男――それは幻ではない。
屈強な体格、こちらだけを見ている目――そして腕に光る、七つのバングル――。
それらは相手を何者かと判断するには、十分過ぎた。

「――ドレイク」
――呟きながら自分の置かれた状況を確認する。繁華街――商店が乱立する一本道、道幅は18メートルといったところか。抜け道はない。状況は好ましくない。出来るのは後退か前進――前進は戦闘を意味する。

「おっす。スティングのランカーさん」
不意に、ドレイクが場違いな挨拶をする。挨拶をしてきた相手がどんなヤツだろうと挨拶を返すのが自分の流儀である。無碍に扱うのは礼儀がなってない。

「はいこんばんは。キミは、ドレイクのランカーさん?」
聞くと、ドレイクは少し驚いてから答えた。
「へぇ…今までのEランクとは微妙に違う対応だ――でも残念。今のおれっちはドレイクじゃなくてスティング」
ドレッドの長髪を揺らし、舌を出して笑う――体格、身長は180と少し、右腕を軸に鍛えている。

「見た目ドレイクだけど…スティングに転向したの?物好きだね、スティングってBランクまでは少ないんだけど」

「んー、転向っつーか、今だけ。いつもはドレイクなんだけど、今はスティング。Eランクのスティングとして勝負を申し込みたいんだけどいいかな?Eランクのスティングさん?」

ドレイクはこちらの腕に嵌っている銀のバングルを見ている。…あー、ホント運悪っ。

「ちょっと待った。確かに自分をドレイクともスティングとも名乗っていいルールだけど、キミ、Cランクだろ?オレには勝負を申し込めない」
ドレイクは銀のネックレスを付けている――それはCランカーである証だ。Cランクはドレイクであろうとスティングであろうと、オレに勝負を申し込めないルールだ。

「え?なんで?ほらバングル、Eランクの証」
…だというのに、聞く耳を持たない。ホント、運が悪い。

「あのね、現役のCランカー――それがドレイクでもスティングでも、自分と同じか一つ上位のランカーにしか勝負は申し込めないの。ネックレス持ってるんだったらどう名乗ってもCランク。だからそのバングルも持っててもあんま意味無いよ。新参者や同じランカーから勝負を申し込まれて勝負する事はあっても、Cランカーであるキミが自分から勝負を申し込めるのは同じCランカーか一つ上のBランカーだけ」

ドレイク、クエスチョンフェイス。全く理解していない模様。…やっぱあのルール書き分かりづらいって。

「とにかく、キミはオレに勝負を申し込めない。Eランクのスティングと勝負したいんだったら、そのバングル、全部onlyに返してからだね」

「えー…なんだよソレー。意味わかんねぇーっつーか分かりづらい」
ドレイク、クエスチョンフェイス。納得がいかないらしい。ただ、イライラしている、というわけではなかった。坦々とブーイングをしている。

「お…じゃあさ、このバングル全部捨てたらいいの?今だけだけど」

「ダメ。ダメなモノはダメ。ていうかそんな事したらonlyにぶちコロされるから、やらないにしても口にも出さない様気を付けた方がいいよ」

えー、とドレイク。…いい加減疲れてきた――本題に入るとしよう。

「ルール教えてあげたから一つ質問させてね――その七つのバングル、どうしたの?」
ドレイクはクエスチョンフェイスを中断してこっちを見る。

「どうしたって、戦って手に入れたんだって。決して不正に入手したわけではわりませんっ」
「自信ありげなとこ悪いけど獲得していいのは最高でも二つまでだから、七つも獲ったらバリバリの不正」

こちらの台詞に棘を感じたのか、ドレイクは顔をしかめる。――ガッカリだ、と。

「…アンタまでそういう事言うのかよ。別に弱い者が獲られるのは道理だろ?ルールを守れなんて、くさすぎるぜ?」
ふふん、とドレイクは鼻で笑う。…あーあ、言っちゃった。

「バカちん。ホントにonlyにぶちコロされるよ?言葉には気を付けなよ」
その台詞に今度は何を感じたのか――

「うるせぇうるせぇよ、マニュアル通りの最下位が――」
ドレイクは腕を上げ一歩踏み込んできた。やる気満々。

「待った。こういうの、好きじゃない」

「あー、やっぱ微妙に今までのEランクとは違うなアンタ。普通はこの時点で顔面蒼白、二歩目で構;臨戦え;態勢に入って、三歩目で走りかかってくるんだけど」

二歩目――ドレイクは腕を更に上げる。
「うわ、ホント違ぇ。構えもとらないなんて、スゴイよアンタ!」
三歩目――何が楽しいのか、ドレッドの長髪を揺らして笑う。


そして四歩目――それを踏み出させる前に、体はドレイクへと疾駆していた。

「――――」
今までのスティングとは違う動きをするスティングに驚いたのか、ドレイクは目を見開いている――だがそれでもCランク、腰を低くし対応する――それは愚鈍に見える。

――二歩目で臨戦態勢など、三流のやることだ。この体は、敵を視認した時点で戦える状態に入っている――故に愚鈍。ドレイクの思考回路の汚点。

ドレイクは初撃に備えている。一撃目を顎ととったか、首に力を込め姿勢を低くしている――少しおかしかった。マニュアル通りは、結局どっちなんだって――。

スティングである自分の一撃は顎ではない。それも三流のやる事だ。鳩尾へのブロー――ドレイクはそれを一瞬の失態と見たか、カウンターで同じく鳩尾を狙ってくる――やっぱり愚鈍。
ドレイクとの距離を詰めるのに要した時間はコンマ六秒――驚愕の表情を一瞬で元に戻すあたり、さすがCランクである。

距離を詰めてからの初撃――ドレイクは受け、こちらが初撃成功への愉悦に浸っている瞬間に鳩尾を打とうとして――

風を切る音――中指の第二間接を突き立てた一点集中の打撃――それはどうやら、愚鈍なドレイクには視認できなかったようだ。

「…――!?」
声など出るはずがない。最速を誇るランカーの拳を打ち込まれたのだ。息さえも出来ない。

ドレイクは膝を地面に付いてこちらを睨む――お前は、なんなんだ、なんだ今のは、と言いたいのか、口だけを動かす。

「言ったでしょ。Cランクであるキミはオレに勝負を申し込めないって。ランカーは一つ上のランカーにしか勝負を申し込めないんだ。勝負を申し込むなら、まずはBランカーを倒してからにしてね」
ドレイクは目を見開く。…もっとも、ドレイクはオレがAランクだという事には驚いてはいるが、もっと別のところに驚異を感じているのだろう。
――視認を許さない速度の拳。そんなものが、有り得るのか。大抵は皆、そこに驚異を感じる。
…でもまあ、七年もやってればこんな芸当も出来てしまえるわけで。Aランクならコレぐらいは最低条件なんだけどなぁ…。

なのにドレイク、まだ拳の速さの話をしたいらしい。こっちも個人的にはそうしたいんだけど、社会的にもうそろそろ終わりにしないと。

「これは最速の証、銀の指輪。Aランクですけど…」

…チクショウっ。みんな全然ココで驚いてくんないんだもんなぁ…例に洩れずドレイクも拳の話を続けたいらしい。正直それは嬉しいんだけど、「えーAランクだったのー」とも驚いてもらいたい。色々と困る。これからかっこよく説明しようと考えてた自分とかを思うと頭がイタイ。

「…あーコレ?」
仕方がないので強引に。ごめんねドレイク。
「この前さ、バカなEランクのドレイクと一悶着あってネー。不本意だったけど、あっちはやる気満々でどーしょーもなかったから、とりあえず勝負したんだヨ。ドレイクとの勝負って久々だったから、少し周りのモノ壊しちゃったけど――でもあの鈴を壊したのはオレのせいじゃないってー」
鈴ぶち壊れ。店員のお姉さんぶちギレ。ドレイクよりも店員のお姉さんの方が圧倒的に恐かったのは余談だ。
そして強引に説明を進めた結果、余談を笑い話にする余裕も無く、ドレイクは全くついてきていない。ここまでかっこ悪いオレをどうしてくれる。
「…えーと、それにだね、問答無用で殴りかかってくるランカーは放っておけない。ルールは守ってもらう。処罰の一環としてバングルを没収させてもらったの。で、預かり品のはずだったんだけど、持ってた方が色々と出来るぞとどこかのバカちんが宣いやがって、今のonlyの責任者も責任者で『勝負は舞い込んできてかつ、自分からは勝負を申し込めない。鍛錬の一環としては面白いじゃないか』とか宣いやがったんだ。仕方なく付けてんの、コレはっ」
どうだコレ。Eランクと見せかけてAランクな反則キャラ!でも目の前のドレイクはそっちに関心がないので結果としてかっこ悪いオレだけが残る。
「SDの統治してる人に文句言ったら何されるわからないし。下手したら筋力増強の薬物実験とかー―うわ考えたくないっ」
…いやんポーズをする惨めなオレにさえ関心を寄せてくれないドレイク。うう、悲しいっつーかハズいっ。
「…そういう事だから、バングル没収。一から出直しだね。キミ、ドレイクとしてのセンスは悪くはないんだから」
完全に戦意喪失のドレイクからバングルを外す。…だからこういうの好きじゃないんだよ。

「大丈夫だってー。違反者は永久追放されないのが普通。また新参者として参加すればいいんだよー」
…いや、色々とダメだ。かっこよくドレイクの肩に手を置いたつもりがドレイクは沈黙したまま。そしてやっぱりオレは無残な笑顔を振りまいてフリーズ。

――時刻は午前三時。草木も眠る丑三つ時、くそ暑い我が家へ帰るのは気が引けるが、今はすぐ帰りたい。穴があったら入りたい状態。なによりバングルを八つも持ってたら新参者さんに絡まれる。そう理由つけて帰ろうマイホーム。あそこは惨めな自分を晒せる唯一の場所なのだ。

呼吸が正常に戻ったドレイクに「じゃあね」と手を上げて、足早に去る。途中、ドレイクが何事か呟いたが聞き流した。

「――有り得ない」

これで同じセリフが三人目。…なんで皆そんな事を言うんだろうか。これがオレにとっての普通なんだけどなぁ…。



runner

ただ――速くなりたかっただけ。

速くなりたくて、修練に没頭した。友達との時間も割いて、早くなる事だけを追い求めた。
結果として、誰もが追い付けない程速くなれた。――優れているなんて、とても気分が良かった。誰よりも速い。それは子供である自分には誇らしかった。

走って、走って、ただそれだけでよかった。

でも誰よりも速いなんて優越感は、すぐに消えてしまったんだ。

――ああ、こんな事、もっとハヤくに気付けばよかった。

誰もが追い付けないわけじゃなくて、

――誰もが追い付こうとするのを、やめてしまっただけ――。

残ったのはスティングの名を得た自分だけ。誰よりも速かったのに、誰よりも孤独になってしまった。

――天才を目指すとはそういう事。
だから――もう『最速』なんて邪魔なだけの、変わったアダ名に思えてしまったんだ。
























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