INVICIBLE NIGHT

INVICIBLE NIGHT

SD3



そう――誰も追い付こうとしなかった。

昔は一緒に走ってくれたのに、今は誰も走ってくれない。
だから――自分がどれだけ速くなったのか、判らなかった。

だって仕方がない。誰も一緒に走ってくれないんだから、比べようがない。

考え込んで――ああ簡単な事じゃないかと、自分の頭の冴え具合に感心した。
そうだ、自分がどれだけ速くなったかを確かめるのには、遅いヤツらと走っても意味がない。

自分がどれだけ速くなったかを確かめるには――一番速いヤツと走るのが、手っ取り早いだろう。





















Runner2

「さて――」
レストランの裏口から出て、彼女は一度背伸びをする。機嫌よく、ブーツの底をカツカツと鳴らしながら自宅へと歩を進める。

「いやしかし、面白い」
数十分前の出来事を思い出しほくそ笑む。やっぱり、あれぐらい楽しくなくちゃ、と。

「…勿体無いなぁ…もうちょっとだけいればよかったかなぁ…」
笑みを残したまま惜しむように呟いて、夜空を眺める。

――今日もこうやって、世界はまわっている。それは楽しすぎて、昔の自分がバカのようだ――。

「…ま、後悔しても遅いけどね。今が楽しければ、昔の事はチャラでいいし」
一人割り切って、鼻歌交じりに歩いている――と

「――あら少年?どうしたのさ、なんか用?」
電柱の影に細身の少年が一人、彼女を見つめていた。――何をするでもなく見つめている少年――彼女は見覚えがあるかなとも思ったが、他人の空似だろうと結論付けた――そんなことは、どうでもいいと。

「…アンタ、最速だろ?」
少年は一言。――ただ彼女はそれだけで彼が何をしたいのかが解った。

「そう、キミはまだ走りたいんだ――いいよ、走ろう。追い付けたら、キミが最速――」
不意に、最速の鬼ごっこが始まった。


…runner
放課後――楕円形のトラックを走る部員たち――終わりを告げる、変わった鈴の音――。

一年目――少しきつかったけど、どうしようもないぐらいに楽しくて、皆が皆、走り終わったら笑ってた。
ただ走るのが楽しくて、それが、高校に入ったばかりの自分たちには、かけがえのないモノだったのだ。

二年目――半分の部員が笑わなくなった。楽しくないし、走ってても無駄だと、ヤメテしまった部員もいた。

そんな事をする暇があるのなら、他にもっと重要な事をしろと、誰が言うでもなく、誰もがそれを理解していた。
…なんでだろう。自分にとっては走る事が重要だったのに――他の人は走る事がキライになってしまったのか――そんな考えは、もはや幼稚なモノだったのだと、ある日突然気付いてしまった。

三年目――他の部員は、誰も走らなくなった。「なんで」と聞く自分に、一人の部員は言った。

そっちこそ、なんでまだ走ってるのか、そんな暇があるのか、もう子供じゃないんだから――。

――ああ、そんな事はわかってた。ただ、気付きたくなかったんだ。走りたくて、そんな楽しい事だけを続けていたかったから――ずっと子供のまま、走り続けたかったから。

 皆が皆、ひたすら勉強し、大人への階段を昇る中――皮肉にも、自分には大人になっても走り続けられる才能があった。

皆は社会という常識に適応しようと奔走し――

自分はただ走り続けたくて、止まらずに走り続けた。
――両者の生きていく世界が違うのは当然だった。費やした時間、その結果至る目的が違うのだから。

だから、皆と仲良く出来ないのも当然。自分が走ってる時、大人になろうと必死だった。遊ぶ時間も無ければ、一緒に走る事も、もう出来はしない。

彼女は思う――走ると、皆と仲良くなれないから――。
彼は思う――走りたいけど、皆と走ってももう楽しくないから――。

だから――彼女も彼もやめてしまった。
あんなに楽しかったのに、終了を告げる鈴の音は鳴り終わってしまった。――それでも、走りたいという気持ちだけは、きっと今でも変わらない。

runner3
彼女はアスファルトをブーツで蹴って急加速する――。

最速のAランカー、通り名をrunner――文字通り、走る事のみを追求したスティングである。そのスピードは女性の身にも関わらず、最速を自負するに十分なものだった。
だが――彼とて名のあるスプリンター。runnerとの差は開かない。

「うわ、やるッ」
走りながら賞賛の声を上げた。最速に、無名の新参者が着いてきている――それは今までにないイレギュラーだ。
 そのイレギュラーに急かされ――runnerは更に加速していく。
相手は速い。速いから、もっと速く――そんなのは、久しぶりだった。

――彼は走りながら唖然とする。runnerのスピードは上がる一方だ。その際限の無さに、不覚にも思ってしまった。

目の前を走るアレは速すぎる――異常なまでに速すぎる――!

「クソ…!」
雑念を払って彼も加速する。――ただ、runnerもまた加速する。
差は縮まらず、ついに広がっていった。
障害物など何の苦にもならず、デコボコな道なんて舗装されててもスピードは変わらない。

弓の様にしなる足、振り上げる腕は無理矢理ではなく自然だ。見惚れる程のその連動は両者共に同じ――ただ、スピードだけが、恐ろしいほどに違った。

彼はまた思ってしまった。アレは、本当に人間なのか。人間にしては異常すぎる速さだ。あまりにも常軌を逸脱している――あんな異常なモノに、追い付けるはずがない。
だから、アレは異常者だ。人間として不良品だ。人間らしいのは外見だけで――やってる事が、やってきた事が、非常識すぎる――。

途端――無理だ、と嘆息をついて彼は止まった。息が上がって止まった彼に気付いて振り返ったrunnerは――あろうことか、笑っていた。走った距離は500メートル――全力で走って、まだ余裕があるのか――いや、余裕など無い――単に楽しいだけ。酸欠で疲労してもなお、楽しい、と笑っている――それこそが異常。runnerは真実、走る事に悦びを感じている。

「…ふざけてる」
彼の呟きに、異常な最速は笑う。

「なに、そんな半端な覚悟で走りたかったわけ?」
――その問いは挑発だ。彼とて非常識なまでに走る事に時間を割いてきたのだ――

――それでさえ、目の前の女は、半端だ、と笑った。あまりにも異常――。

「そうガックリしないしない。――最速になるって、こういう事だよ少年?」
――勝負は着いた。それでもrunnerは走り続ける。異常なまでの競走主義。

その異常こそが――最速たる所以だと、彼はようやく気付いた。

アレを追い越すには、非常識になることが大前提だった。


















In restaurant

「…なんとも言えない暇人集団」
気付けばファミレスファミリーなヤロウ三人。いい加減定職に就かないとフリーターからニートに降格してしまうというのに、まあなんとやる気の無さ。…でも周りにそういうニート予備軍な仲間がいると危機感って薄れるんだよね。こうして最近の若者はと言われる若者が出来てくるのだ。でもいいじゃん、最近の若者は最近の若者でうまくやってるんだから。

「…でもどーしょーもないよね、実際」
「あ?何がだ?」
「ああ独り言だから気にしないで」
「えー、仲間でしょー。ネガティブシンキングとかは共有しましょうよー」
「いや、やめよう。そういうの、慰め合いにしかならなくて最後には虚しくなるだけだから――つか仲間違う」
それこそネガティブなのに話してしまうヤロウ三人。救えない。

「…あー、おれっちも早くランカーに復帰しようかなー」
不意に、つまらなそうに誠くんがポツリ。

「いいけどよ、狙うんならBランクにしとけ。そっちのが得だし、手っ取り早く最強になれる」
もうお決まりのクエスチョンフェイス。

「だからよ、勝負を挑むんならBランクにした方が得なんだ。ルール書き、思い出せ」
「…いや、やっぱ解りづらい。解りづらいっつーか解りませんな顔してる」
誠くん、クエスチョンフェイスのまま停止。再起動させなくては。

「簡単に説明しようか。ランカーは、どのランカーに勝負を申し込める?」
「…えーと、自分と同じか、一つ上のランク、でしたっけ?」
「そうそう。じゃあBランカーは、どのランカーに勝負を申し込める?」
「…えーと、Bランクと――ああ、お得っすね!」
一人でガッテン。解ってからは無駄に素早い。
「そういう事だ。BランカーはAランカーに勝負を申し込める。ただAランカーには『勝負を申し込まれたら断れない』っていうルールがある――だからBランクに留まるヤツも多い。Aランカーと勝負が出来て、勝負を断る権利も持ってるからな」
卑怯だよな、と石山はゴチる。…同じAランク、気持ちはわかる。実際、Bランクの方が楽だもんね。

Aランカーになると勝負は断れない。負けは銀;ランクのトレードに直結する。最上位であるAランカーは勝っても留まるだけ。負けたら即Bランクに降格。ウマミのない話である。

「はぁ…そういう抜け道があったんすね」
「あったっつーか必然としてそういう抜け道作ったの、責任者が。『Aランカーは留まったままでは成長しない。追われるが故に成長する』――そういった理由から勝負ゴメンナサイゴメンナサイ出来ないルールが出来たの」
「…あれ?そう語るアニキ達は何故にAランカー?Bランカーの方が得だって解ってるのに」
…もっともなんだけど、まあこれも仕方がないのだ。
「ま、ココだけの話、オレらは負ける自信ってモノが欠片もないから」
「すげぇ!なんて衝撃発言をさらりと!」
うん、衝撃。こんなん血気盛んなBランカーさんに聞かれたら勝負を申し込まれてしまう。…まあでも一番でありたいというのは本心なので。その辺りはまだ子供なのである。

「それと、まずAランカーは負けねぇんだよ。ルール書き、よく考えてみろ」
「…まだなんか解りづらいのが?」
「ある。特にお前みたいなのは知っとけ。ドンマに殴られても文句言えねぇんだ。よく考えてみろ。Aランカーは勝負を断れない…あとこれがルールの難点なんだが――」
石山はため息を吐いて自分の拳に視線を投げる。――その腕は、何人ものスティングを殴り倒してきた。
「ランカーは、自分をスティングともドレイクとも名乗ってもいい。…つまりな、BランクのスティングがAランクのドレイクに、BランクのドレイクがAランクのスティングに勝負を申し込んでも問題ねぇんだ。で、Aランカーは勝負を断れない…ホント、ルール改訂しろよ」
それには同感。…オレもBランクのドレイクを前に逃げたり走り回ったりするのイヤだもん。
「はー…階級がもうなんでもアリになっちゃったんですね…しかし解りづらいルールっすね。誰が作ったんすか、こんなん?」
「…………」
「…………」
…いかん。何故同時に黙ってしまうんだ最速最強。名が泣くぞ。
「…えー…そんなオチ…」
で、誠くんも誠くんで微妙な反応。なんだか哀れみの目を向けられてるよーな。

「…うるせぇ。俺らだってあの頃はまだガキだったんだよ。このぐらいの手違いは…仕方がねぇだろ」
「あーあ…どっかのビッグなお子様が『お前もぶっ倒す!』なんて宣ったから…」
「『受けて立つ!』って言ったのはどこのカメだドンマ」
最速最強にらみ合い。…不毛な争いだと気付いた時には誠くんがため息をついていた。あわれ。

「…で、お二人がルールでっち上げたわけですか?」
「でっち上げたとは失礼だな。元々のをちょいとイジっただけじゃねぇか」
「…その、ちょいとに階級が滅茶苦茶になって、お二人とも自分が作ったルールに苦しめられてるわけですか」
はぁ、とかマジため息を吐く誠くん。…自業自得なのはホント仕方がないんだって。

「…じゃあ元々のルールってのはあって、お二人は何らかの理由でルール改訂出来る立場だったと…じゃあ元々は階級って別個なんですか?」
「…わざわざ聞かなくてもわかるだろ。元々のルールを造った責任者のonlyってグループはな、『唯一最も』が信条だった。最速と最強の階級は・・・;分ける・;事・;に意味があった。…それを信条にしていたジジイがくたばって、onlyの責任者が変わって、ソイツが物好きだっただけでよ」
…それに甘えました。ゴメンナサイ全国のランカーさん。
「onlyって組織名も発足時はthe oneだったんだが……罪を隠してぇっつーか」
…石山、言葉を濁すのはいいけど、ポロリ本音はヤメロ。もうグダグダだからせめて呼称だけでもなんてナンテハズカシイ!若気の至りだと見逃して!

「…なんとも…」
ご愁傷様です合掌なんて冗談じゃないポーズはやめて誠くん。ホント惨めに思えてくるからボクたち。
「…では惨めなアニキたちにもう一つ直球――onlyってのは、何が目的でSDなんか始めたんですか?ガキのケンカに力添え、なんて、なんか込み入った事情がないとやんないっしょ?」
…まあ、それは聞くよね。むしろ最初に思うべき疑問だろう――だろうが、全くまんまなのでどーしょーもない。
「複雑に込み入った事情なんて無ぇよ。ジジイは単に最速と最強――一つだけを追求する人間社会をつくりたい、とか宣いやがったんだ。…老いぼれの幼稚な願望から、onlyなんて国家規模のグループが出来ちまった」
石山はどこか痛々しい目で虚空を睨む――どれだけ足掻いても、お前が歩んできた軌跡は変えられねぇ――それはオレたちが睨むべき相手がいなくなってから得た、当然の結論だった。

ただその時の自分たちはまだガキで、ソイツの望んだ世界は、自分たちの望んでいた世界で――どうしようもなく魅力的で、そんな世界が実現出来ると思えてしまうぐらい、幼かった。…バカな、話だった。
あんなもの、有り得る筈がないというのに――『それだけ』という言葉は、子供である自分たちには抗いようのない誘惑だった。
…ガキのまま天才になってしまった男は自らの過去を悔やみ、どうにか世界を変えたいと、馬鹿な願いを持ってしまったのだ。

「…ま、こんな事に興じられる時間も、もう少ししかない――誠くんも、興じられるうちは、興じる事だね」
「うー。一人で考え込んで極論だけ述べないで下さいよー。おれっちには全く伝わってないっす!アニキたち二人だけで甘酸っぱい思い出を共有しないでプリーズギブミー!」
「甘酸っぱくなんかないよ。ほろ苦いっつーかマジ苦いよ」
「えー」
なんだよブーブー言いたいのはわかったけど、下らない話だから。
「はぁ…いい加減黙れ舎弟。…お前も、SDとか下らない遊びを出来るのはガキまで――それだけだ」
アニキの言葉に「う」と黙り込む。…正直、それは有難い。この手の話は、出来るだけ蒸し返したくはないんだ。
「…じゃあいいっす!おれっち、アニキたちと交友深めてコッソリ甘酸っぱいメモリー引き出しちゃいますから!」
「ああ、それ無ぇ。舎弟にしろっつったのはお前だろ。関係はそれ以上にはなんねぇ」
「うわ!そんな哀しい関係はイヤなんすけど!」
誠くんには悪いが、石山はこういうヤツなのだ。舎弟の申し込みは全て断るが、受けてしまったからには関係はキッチリ、絶対にそれ以上にしない。昔から、そういうヤツだったのだ。

「あきらめな誠くん。コイツ、舎弟以上の関係ってタメだけだから」
…とあるファミレスの店員さん一人を除いては、とはこの場での死語である。口が裂けても言えない。

「えー。いいじゃないですかー。もっとハンパに仲良くなりましょうよー」
「…だから無ぇって。お前みたいな舎弟はな、半端に扱うと後々面倒なんだ」
「同意。舎弟は舎弟のまま、格上げするべきじゃない」
「な!なんでドンマさんまで!そんなツンケンしないで下さいよー!」
んー…悪いけど、舎弟の話も思い出したくはないんだよなぁ…。

スティングとドレイクの、初めての舎弟――。

SDの基盤を壊したアレも、思い出すのは億劫だ。

「えー…どーしても?」
「「無理」」
「く…!即答なアニキたちに俄然やる気になっちまったんだぜ!もうアニキたちが気付かないうちにフレンドリーになってコッソリ過去の思い出にズームインしちゃいますから!」
よっしゃあ!と腕をまくる舎弟くん。…んー、頑張る分にはいいんだけど、取り合う気ない身としては応援し辛い。…ま、本人がその気で頑張れるならいいか。

「あ!もしかしてアネキはアニキたちの過去とか垣間見た事あります?ポロリ教えて下さい」
「――ぶっ!そっちにいくの!?」
通りがかりのAランクスティング、ファミレスの店員さんこと渚の姉御に聞くか!

「申し訳ありません。勤務中なので」
だがそこはさすがボクらの姉御。よくわかってる。黙って座ってろとか命令する目付きなんかもうステキすぎ。

「…勤務時間外でよろしいんなら」
「え!?いいんすか?!」
「ウソです」
「…………」
ウフフと去っていく姉御に沈黙のヤロウ三人。…なんか全部あの人に握られてる感じがするのが恐ろしい。

――そうして一日は過ぎていく。

最速と最強がスティングとドレイクと呼ばれ――

runnerは走り続けると決心し――

最初のスティングと最初のドレイクが最初の舎弟をとり――

――あの、七年前のランカー選抜試験に挑んだ時とは全く違う一日――。

どちらの一日も楽しすぎて手放したくないモノ――。
――ただ、どちらかは時間と共に失わなければならない。
子供のまま大人になれたらと願った子供は、結局つまらない結論を得て、子供としての執行猶予を過ごす。
――ギリギリまでは楽しみたいから、今は、まだ――。





















justice
「――ほっほー…ホント解りづらいっすねー」
陽気に言って、彼はレストランを後にする。――時刻は午後十時、今日に限って街の喧騒はなく、繁華街は不夜城めいていた。――初めて彼と最速のスティングが一騎打ちをした夜と同じステージ――。
「うおー…あれは悔しかった…反則的に強――じゃなくて速い」
予想以上だ、と呟く。――真実、アレは最速を名乗るに相応しいスピードを持っていた。如何な、どれだけの鍛錬をしたのか――アレは、常軌を逸脱していた。
「しかもSDのルールを造った張本人、さらに管理者的な権利を持ってるなんて、反則すぎ」
それも予想外。まさか――八人目で大当たりを引くとは、誰が思ったか――。
「へっへー…アニキたち、なんか忘れてるっす…それとも意識しなかっただけっすかね」

SD――国家規模の、喧嘩上等の子供への支援――そんなものを、国家権力が見過ごすハズがない。

「…犯罪は未然には防げない…やる可能性があろうともやらないなら防ぎようがない――……考えが、生ぬるい」
――人間とは社会だ。そして暴力は社会を壊し得るわかりきった障害だ。そんなもの――

「――やる前に、やる」
暴力を滅するのに同位の暴力が必要ならば――我々正義も、暴力を辞さない。
そも、正義など建前でいい。大義名分で暴力を滅する事が可能なら、それは必要な暴力だ。

「必要悪ってのは、そういう事だと思うんすよねー」

暴力に鈍感な無秩序な社会を許すよりも――

更なる暴力をもって人を従属させた、平和で何もない封建社会の方がマシだ。
「…妥協は嫌いだが…幸、不幸の危ない綱渡りをするぐらいなら――最初から何もない方がマシだ」

10の楽しみを得て、10の苦しみを容認しなければならないのなら――最初から、何もいらない。

10の努力の末、10の目的に至れるのなら――最初から、努力などしない。
幸せになれる人と不幸になってしまう人――その数が拮抗してしまうのなら、どちらにもならない世界を作ってしまえばいい。

それが彼が所属する、正義と銘打った国家権力、通称justiceとのイカれたとも言える信条だった。
――後に彼は知る。身近にいる最速と最強が七年前に願った世界が、自分の願った世界とは真逆であると。





























Supreme being

至上は語る――。
もとより、違う性能――生まれながらに特別なのだと――。

人間の基底を壊した人間。常識にも非常識にも該当しない。
――生まれながらに、生きる世界が違う。

速さのみを極めずとも最速。
強さだけを極めずとも最強。

――非常識からも非常識なイレギュラー。

元最強の王者は二階級制覇に向け疾走し、最速をも成し遂げた。

――彼の王者は至上者。全能を得たアウトロー;追放者。
















After
そこは楽園――。
大人の縛り;道徳がない桃源郷。

ここX町は一言で言って治安が悪い。悪いと言っても重大な犯罪が起きているわけではない。単に、中高生の素行が悪いだけである。
喧嘩上等を掲げる愚連隊の集まりが治安を悪く見せている――と言っても本当に喧嘩しかしないので警察もお手上げ状態。何せクスリも強盗も万引きもカツアゲもしない、ただの他校生同士による喧嘩だけ。学校も学校で
『正しく学校生活を』
と言うだけで他校生同士の喧嘩は止めはしない。いや厳密に言えば止めることなど出来はしなかったのだ。何せ中高合わせて500人の学生、次いで他の町からやってくる他校生が200人前後。もはや打つ手はなかったらしい。
で、そんな学校様のお達しが抑止力になるはずもなく、今日も今日とて、喧嘩は起こってしまうのである。まさに、石山剛健のような人種には楽園のような町だった。

右ストレート。180センチ90キロオーバーの肉体から放たれる拳はここX町でも有名である。
「ぬぁッ!?ぬぁめやがって…!」
前もって言っておくが、石山剛健は欠片もなめてはいない。単に相手の少年がそれだけの相手だっただけである。
「ったく…面倒だな、と」
殴りかかってきた少年に石山剛健の左のボディーブローが入る。それでおしまい。少年の心はやっと折れてくれたらしい。で、数分後
「――いや、ホントすいませんっした!剛健さんの噂は聞いてたんですけど、俺つい調子に乗っちゃって」
これである。
「…調子にのって、喧嘩売るのかテメェは」
「いや、ホント手合わせというかなんつーか…それで剛健さんって、籍空いてます?何ならウチのトップに――」
「悪ぃが間に合ってる。――オメェ、もうとっくに目ぇ付けられてるぞ」
少年が青白い顔をする。剛健の言っている事は嘘ではない。現に先ほどまで静まり返っていた路地にバイクの音が聞こえてきている。何てことはない、立場も身分も弁えない、愚かな敗者への制裁の音である。
「じゃあな、俺は総長と会ってくる。――オメェらのとこは今日でしま;終いだ;いだ」
「そ、そんな…」
青ざめた少年に追い討ちをかけるように、バイクが数台、路地に入ってきた。剛健はその制裁を見るのもつまらない、と路地を出て行った。…本当に面倒な事だが、自業自得だと割り切って。

「――おう剛健、ニナガワ中の連中は片付けといた。明日からまた俺らの株が上がるぞ」
総長――加山久三は両手を上げ剛健を迎え入れた。
廃ビルかと間違われる建物の地下のバー――そこが剛健たちの根城だ。
「ニナガワ中…?先輩、あそこって中高一貫校じゃ?」
「そうだよ。世知辛ぇよな。偏差値もここらじゃ一、二争うらしいじゃねぇか。はは、そいつらが俺らの真似事をしてたなんてよ」
ソファーにもたれかかって加山は愉快だと笑い出す。…もっとも、剛健にとってはつまらないし、聞きたいのはそんな馬鹿どもの事情ではなく末路だ。
「…火遊びに軽はずみで手ぇ出したって事っすね。それよりも先輩、中高一貫ってことはアイツラ――」
「ああ気にすんな。ちゃんと上も片付けてある――ここは俺たちのテリトリーだからな」
「…さすがっすね」
剛健は加山という男を心底尊敬していない。してはいないが、賢君であると認めている。どこをとってもぬかりない。加山を総長とした愚連隊――白鷺をまとめるに相応しい男である。
「それで、今日オメェが腰折ったヤツは、どうだったよ?」
「へなちょこもいいとこですね。どうにも、弱過ぎて」
「ははは、毎度その答えだな!ホントおめぇは強ぇよ!俺よりもな!」
剛健が加山を賢君だと認めているように、
加山も剛健を暴力の天才だと認めている。だが二人にはどうしても食い違う部分がある。
「…本題に入るぞ。ポストは旨いとこを用意してある。剛健、オメェ、白鷺に入れ」
「有難いんですけど、それは出来ません」
即答の剛健にため息をつく加山。剛健は剛健で無精に立っている。これが二人の食い違いである。
加山は仲間と群れることを望んでいるが、剛健はその手の連中と関わるのはあまり好んではいない。加山と関わっているのも、白鷺が融通の利くボスをもっていたからだ。
「群れるのは…嫌か?」
加山が目を絞り剛健を見据える。白鷺の下っ端の学生にとっては声も出せない雰囲気を醸し出している。
「はい。嫌いです」
それに剛健はきっぱり答えた。
しばらくの沈黙の後。
「く…ははは!それだからオマエは…いや、それだからオマエは強いのかもな」
仕方がない――と加山はソファーを叩く。この男が、群れることを好まない剛健が白鷺に仮所属している理由である。加山は剛健に無理強いをしない。
「昔からオマエはそうだったな。入れと言われても喧嘩喧嘩」
「いつの間にか先輩と俺、逆になりましたね。先輩、ずっと野球部に入れって言ってて俺断って」
「いやなに、世間は世知辛ぇんだよ」
加山はどこか虚ろな瞳で呟く。
「ひとときの夢みたいなものなんだよ、ああいうのは。没頭できる時間ってのは、限られちまってるのさ」

この時、剛健には加山の言っている事がわからなかった。その真の意味を理解するのは七年も後の事である。


「きっついな、どうも」
加山と別れて肩を鳴らす。毎度のことながら、加山との会合は疲れる。何せ総長直々に白鷺に所属しろというのを毎度断るのだ。骨の折れる事である。それに比べれば先ほどの少年とのやりとりなど瑣末な事だ。そう、縄張りに入ってきた人一人を蹴散らすなど、簡単なことだ。
「…チ…まったくついてねぇ」
歩道を歩いていると、向こうから目つきの悪い少年が一人歩いてくる。一言で言って、華奢な少年だ。剛健と比べると柄が悪いなどとは言えない。

付け加えると、剛健は喧嘩について「ついてない」と言ったわけではない。また加山に報告しなければならないのが「ついていない」だけで――
「上等」
――好きな喧嘩のチャンスについてないなどとは欠片も思ってない。

「おい、お前」
少年を呼び止める。少年は剛健を一瞥しただけですたすたと歩いていってしまった…少し驚いてしまった。自分の体格を見て無視するなど、今までには無かった事だからだ。
「おい、おま――」
二度目の呼びかけ。それに少年は――あろう事か、剛健に殴りかかることで応えた。
それも極上。右ストレートは剛健の頬に突き刺さる。
まさかの一撃だった。あの石山剛健がよろけたのだ。剛健は今までにない体験に戸惑いを隠せないが――相手の一撃が極上ならば、こちらの耐久も極上だ。
「な―」
よほど初撃に自信があったのか、少年も驚く。ここに、未だかつてない勝負が始まった。

一般に、耐久力のある筋肉を遅筋と言い、瞬発力のある筋肉を速筋と言う。
石山剛健は前者が発達しており、少年は後者が発達しているのは言うまでもない。文字通り、パワーとスピードの戦いだ。
少年は初撃を放った後三歩後退する。無論、力で勝ってる剛健はそれに合わせ前進する。
少年のリーチは剛健程ではないが、長い。間合いは重要だと両者は勘付く。
「―――」
お互いに語ることなどない。未だ相手にしたことがない相手に集中する。
剛健が右足でミドルキックを繰り出す。少年はそれを苦もなく避け、間髪いれずに左フックを剛健の顎に突き刺す。それでも剛健は倒れない。
少年の思惑としては、蹴りは、下手だ。剛健には効くまい。体格で劣っている為、足をとられれば最悪、剛健の独壇場だ。だから拳で少しずつ体を痛めつける。
無論剛健とてそれを受け続ける気はない。第三撃。少年がそれを放つと同時にコチラも同じく一手を撃つ。
そして第三撃――少年は――後退(・・)した。
さらに力をこめた右ストレート。これならば剛健を倒せるとふんで、テイクバックする。
それに剛健は
「応」
応えた。
二人の拳が交錯する。どちらの拳も標的を見失わずに、相手の顎へと突き刺さった。

現実に、こんなことが有り得るだろうかと、思うかもしれないが。二人はそれで、両者ともに倒れた。

意識が朦朧とする中、剛健は何とか立ち上がる。だが少年の姿はもうない。
「何だと…」
まさか、あれほどの拳を受けて、逃げ延びた。
「いや、それはねぇ…」
逃げ延びた、わけではない。剛健の直感ではあるが、少年は仕切りなおしを望んでいる。
「…上等」
勝ち戦は加山に報告する必要があるが――ドローでは報告する必要がない。剛健にもプライドがある。引き分けなど、負けより後味が悪い。

翌日、何の気なしに学校に登校した剛健は驚くべきものを見た。それは、昨日の少年。ぶっきらぼうに転入生歓迎会などに巻き込まれている。
「…こういう場合は、どうすりゃいいんだ」
はっきり言って、頭の中は混乱している。他の町のゴロツキだと思っていたヤツが、しかもいきなり殴りかかってきたヤツが、まさかクラスメイトになるとは。
「…そうだな。共食いはよくねぇ」
もっとも、それもあの少年の意思しだいだが。

そうして、少年、東堂万亀を呼び出すことにした。手紙に書いた約束の時間は午後四時。現在時刻、午後五時。一方的な呼び出しではあるが、殺意が沸いてきた。
「ヤロウ…」
寂れた体育館裏でまさか、と思った瞬間――東堂万亀はやってきた。
「よう」
眠そうに目をこすりながら東堂は声を上げる。
「…遅れたくせにいい度胸だ」
腰を上げる。
「で、話って何?まさか――ってお前!?」
と、東堂が驚いている。なんか結構。
「よう。昨日はありがとよ」
「お前…ここの学校の生徒だったのかよ…体でかいしふけてるし高校生かと思ってた」
どうやら手紙の主が昨日の喧嘩相手だとは思っていなかったらしい。そりゃそうだ。どんなニアミスだろうか。ていうか今さりげに失礼なこと言わなかったかコイツ。
「…で、何の用?昨日の続きでもするの?」
あーもうやだ、という顔をしながら東堂は頭をかく。
「しねぇよ。まあそれもお前の答えしだいだが」
「は?じゃあなんだよ?告白か?そっちの趣味か?眠いから早くしてくれ」
心底面倒くさい、というスタンス。…ホント、遅れてきていい度胸だ。まあいい。本題を切り出そう。
「お前、白鷺って知ってるか?」
「シラサギ?鳥の?」
「ちげぇ。ここら一帯に縄張り張ってる白鷺っていうグループだ」
「そんなの知らないよ。なに、若者のヤクザごっこ?」
「…いい度胸だな。今のを総長が聞いてたらおかんむりだぜ?」
「…だからこの手の連中は性質が悪い。…それで、白鷺がどうしたっていうんだ?まさか明日から頭下げに来いとは言わないだろうね?」
「察しがいいじゃねぇか。その通りだよ。お前、今日にでも総長のところに挨拶に行け」
「なんでだよ…面倒くさい。なに、挨拶しないとフルボッコ?」
「最悪な。だが上手くいけばおいしいポジションにつけるかもしれねぇ。この俺に三発お見舞いしてトンズラこいたんだからよ」
「…ちょっと待て。あー、気になっていたことと言えばそれだ。何でお前、昨日倒れなかった?」
急に思い出した、とばかりに東堂が言う。剛健としては返答のしようがない。何故も何も、倒れなかったのは剛健の喧嘩慣れした体格だからだ。
「お前、何で倒れなかった?体デカイとは言っても、あれ食らって立ってるとか前例がない」
「そりゃこっちに分があっただけだろ。お前みたくヤサくないんだよ」
「あ?ヤサいだって…?」
途端――東堂が目を絞る。どうも剛健の台詞に苛立ったようだった。
「おいお前、今ヤサいって言ったか?」
東堂は剛健に向き直って更に目を絞る。それに対し――剛健も当然のように腕に力をこめ始める。
「あー、俺な、一つポリシーがあるんだわ。昔から細くてね、付き合う人間にはヤサいヤサいって言われてた。だけどな――」
東堂が構える。
「昔から俺のことをヤサいって言ってたヤツはな、例外なく俺にボコされてんだよ!」
東堂が地を蹴る。距離にして10メートルと少し。その距離をコンマの単位で縮めにくる。
「交渉は決裂って事だな…!」
剛健もそれに対し臨戦態勢に入る。ここにきて、二人の第二ラウンドが始まった。

接近した東堂の右フックを、剛健は受けない。それでは前の焼き直しだ。東堂のパンチの
威力は、決して無視できるものではない。
そして避けた後のカウンター――だが東堂は既に第二撃を放っていた。両者の拳は交錯し、相手の額をかする。だがそれではどちらも倒れないのは明白。
間髪入れずに、東堂は右ストレートを放つ。今度は直撃。剛健の顎を完璧に捉えた。そう、完璧に捉えたが――それでは剛健が倒れないというのは前回の戦いで立証済みだ。
さらに剛健には拳を受けた反動などほぼない。東堂の腹へとボディブローを放ち――
「――ちぃっ…!」
思わず舌打ちする。東堂は右ストレートを放った体勢のまま――飛び膝蹴りを放ってきたのだ。それも剛健の拳よりも速く。

――やはり蹴りは下手だ。体格で劣っている以上、足をとられれば終わりだろう。だが――相手が体勢を崩している今ならば、十分に鋭角な膝蹴りを放てる――!
だが――

剛健は膝を掴んだ(・・・)。体勢を崩しながらも、空いている左手で膝を掴んだのだ。それは東堂にとって痛手であろう。体格で劣っている以上、足をとられ地面に倒されればそこで終わりだ。そう、そこで終わりのはずだったのだが
「な」
もはや感嘆。東堂は右足を掴まれている状態で、跳んだ(・・・)。剛健にはそれが何を意味するのかは理解できたが、体が追いつかない。ごん、という音がして、後頭部を東堂の左脚が薙ぎ払う。
それは、効いた。体が仰け反る。少しの間だが、剛健から意識が飛ぶ。それを見極め、東堂は剛健が掴んでいた左腕を振り払う――更に東堂の追撃は終らない。
意識がとんだ後――そこへ東堂の、終わりだとばかりのハイキックが襲う――!

だが。確かにハイキックは剛健へと放たれた――放たれたが――剛健はそれをまたも掴んだ。
「んの、タフ野郎…!」
東堂は左フックを剛健の腕めがけて放つ。…だがそれこそ下手だ。そんなことで剛健の腕が離れるわけがない。
「とったぞ…!」
剛健は当然のように東堂を地面へと押し倒す。それで今度こそ終わり。剛健の独壇場だ。
「は」
さすが、と剛健は笑った。東堂は怯えも見せず、顔もガードしない。剛健は最後に敵への賞賛をたたえ――無慈悲にその拳を振り下ろした――――が
「なんだ…?」
遠くからバイクの音が聞こえる。これは、と剛健が気を抜いた瞬間、東堂が背中を反らせ飛び起きた。
「おいおい!喧嘩の最中に脇見かよ!案外お前も抜けてんだね!」
東堂が再度構える。だが剛健はそれどころではない。
「…おめぇこそ気抜くなよ」
「は?なに言ってんの?」
東堂は突然戦意を失った剛健に戸惑う。それに剛健は低い声で
「総長だ」
制裁の主の名を吐いた。
バイクが数台、体育館裏へと入ってくる。不法侵入など、彼らの常識だ。
大所帯のバイクの中、大型バイクから一人――加山久三が降りて剛健へと歩み寄る。
「よう剛健。また喧嘩か。ふん、忙しいこったな」
歪に笑いながら剛健へと歩み寄り、肩を叩く。そして東堂を一瞥。
驚くべきは
「…ほう、剛健に一…いや二発も食らわして五体満足か。中々見込みがあるな、ガキ」
一瞥しただけで今までの状況を把握したということだ。
「それで、お前はなんだ?ここの制服を着てるってことはここの生徒か?」
加山の笑みが、歪なものから邪悪なものへと変わっていく。それに対し東堂は
「はい、そうです。そうですけど、アンタが白鷺のリーダー?」
「はは!おいおい!その口のきき方はなんだ?もちっと年上には尊敬の念を込めろよ、ガキ」
…独白すれば、剛健は加山のこの横暴さが気に食わなかった。
「すいません、礼儀がなってないんです、俺」
「自覚があることはいいことだ。だが言っちまったもんはなぁ?」
加山は剛健へと視線を向ける。やってしまえと、その瞳が訴えている。
周りは加山の仲間たちだらけだ。いかに東堂が喧嘩慣れしていようと、乗り切れる状況ではない。


それにそもそも

「――すいません総長。こいつ、俺のダチなんです」
あ?と加山は一瞬驚いたような顔をする。
「おいおい待てよ。ダチ同士で喧嘩するのか?」
「はい。こいつとは喧嘩友達でして、今のところドローなんで、手は出さないでくれますか?」
加山は不審な顔をして東堂を見る。
「お前にダチなんかいたのか。それが驚きだ」
「はい。こいつドンマって言うんです。面白いでしょ?」
剛健は明らかに無理やりな笑みを浮かべる。それに加山は何か気づいたようだが
「…まぁ、ならいい。続きはやんのか、お前ら?」
「いえ、喧嘩でアウェイはフェアじゃありません。また仕切りなおしを」

それにそもそも、剛健には加山などどうでもよく、東堂との喧嘩に没頭していたかった。
だがそれもアウェイでは成立しない。おそらく、加山はこの喧嘩に介入してくるだろう。それでは剛健の望む喧嘩は出来ない。
「そうか…まあオメェが言うなら仕方がねぇ。俺らは帰る」
骨折り損だとばかりに、加山は肩をすくめバイクへと戻っていく。なんとか、事は収まったようだ。

そうしてバイクが走り去り、剛健と東堂だけが体育館裏へ残された。
「おいお前、どういうつもりだ?俺がダチ?なに言ってんの?」
「うるせぇ。お前も仕切りなおししてぇだろ。ありゃ建前だ」
それには東堂も同意のようだ。
「…あ、そ。じゃあ今からやる?」
「やらない。またバイクに囲まれると面倒だろ、お前」
東堂が目を点にする。
「あー…なんだ?こういう場合は感謝すべきなのか?」
「いらねぇ。俺ら苦手だろ、そういうの」
だよね、とぼやいて東堂は体育館裏から去ろうとする。
「おい、あと忠告だ。次総長と会うときは敬語使えよ」
「あー、適当になー」
そう言って、東堂――ドンマは去っていった。

...... Supreme being
子供のころから、何をやっても上手くいっていた。
勉強は、気づけば近所で噂されるぐらい秀才に。
運動は、知らないうちに皆に認められ。
家では、そんな気はなかったのに親に自慢の息子だと褒められていた。
そう、自分は周りとは少しズレていたのかもしれない。
努力しなくても報酬は返ってきて、自分自身満足はしなかったけど、それで周りからは万能だと言われていた。
そう、万能だという自覚もないのに、自分は万能だったらしい。それもそのはず。この万能は努力なしで得たモノ、実感など、周りとの優劣でしかわからない。
何をやっても一番で、それは誇りに思っていいことなんだと思うけど、正直、自分は楽しいと思ったことがただの一度もないのだ。
だから新しいことを始めようと決心した。
今までやってないこと。今まで考えてなかったこと。
きっと大丈夫。ボクは、何をやっても上手くできる生き物なのだから。





















One two
動作は決まっている。

初撃は全工程の初動作にすぎない。
第二撃――これをもって戦闘は完遂する。
強打から強打へのコンビネーション。
変則的な動きなど必要ない――二撃完遂こそが最強への近道――。

故にその工程のみを極める。
それしか知らない無骨なボクサー。


























Road master
この場こそが、狩猟の決め手。

戦場は予め用意する。狩り慣れた戦場は城だ。
ただ城壁はない。速く攻める事が最大の守りである。この場は生まれながらに最高のテリトリー。
踏みしめる地はでこぼこだらけ、32度の傾斜――。

走りなれたこの場ならば、誰にも劣らぬ最速を体現できよう。

この場こそが、最速の証だった。

























Right player
鍛錬は自身の特性に合ったモノを――。

足腰は強靭に。左を軸に、右は踏み込みのみに――。
腕はバランスを欠いてもいい。左は補助にすぎない。狙うは使い慣れた右での必中。

ひどく歪な右腕。右でのみの速さを極めたright player


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