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2020年03月21日
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テーマ: 精神の世界(125)
カテゴリ: 宗教
鈴木正三の「五戒を守って天に生まれるの理、分明である」と「わしは三十年前に死んでおいたわい」との言葉によって、彼が生天体験をしたことを明かしているし、禅僧としても「生死の身体を何とも思わず打ち捨てることより他の仏法を知らず」という立場を固持していたことから、彼の法実践は生天法即解脱法だったことも分かる。

しかし、ここで注意しなくてはならないのが「五戒を守って天に生まれるの理、分明である」の発言だが、この言葉は正しくない。五戒を守るということが天に生まれる因とは云えないからである。この言葉は、彼が生天体験を持ったという事実を伝えるためだけに述べた不正確な言葉に過ぎない。彼が伝えたかった意味は、むしろ「人間として真実な生き方を求める者は天に生まれるであろう」というような言葉にすべきであり、更に「真実な生き方を得るためには、身命をも捨てる覚悟を持たなくてはならない」という言葉も付け加えるなら、もっと真実な言葉になるのだ。

では、なぜそのようには言わなかったのかとなら、それでも生天の法を伝えるには不足したものが多すぎるからだ。ということで、「えい、面倒臭い、これでいいや!」とばかりに「五戒を守って天に生まれるの理、分明である」と。

ところで生天と解脱とでは到達地が異なるのに、どうして同じ法が生天法と解脱法になるのか、という疑問が生じるかも知れない。しかし、これも説明しようとすると非情にややこしくなるので、簡潔に言えば「用いる状況が違う」ということでよかろうか。つまり生天と解脱では、実践する法は近似しているが、その差は用いる状況の次元差によって様相が微妙に変わってくるということなのだ。いや「微妙に変わる」のみならず「百八十度変わる」ところもあるとさえ付け加えたい問題でもある。





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最終更新日  2020年03月21日 19時21分07秒
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