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番組構成師 [ izumatsu ] の部屋
NHK「女性国際戦犯法廷」番組関連訴訟
信じられない。
NHKが放送したテレビ番組が、「取材申し込み時と内容が大幅に変更している」として取材対象者から訴えられていた訴訟の判決。
東京地裁は、NHKには責任なしと判断、番組制作を発注したNHKの子会社をも通り越し、実際に番組を取材制作した孫請けの制作会社に慰謝料として100万円の支払いを命じた。
番組を作らせ、放送した本体・NHKは何のおとがめもなく、仕事を受注した孫請け制作会社(ドキュメンタリー・ジャパン)が罪を負い、罰を受ける?
信じられない。わけがわからん。
経緯をかいつまむとこうなる。
ある団体が2000年に東京で「女性国際戦犯法廷」を開催した。これは慰安婦制度に対する責任はどこにあるのかを模擬法廷で裁くもので、5日間に渡り行なわれ、当時話題となり注目もされた試み。主催者側は、ドキュメンタリー・ジャパンの要請に応じ、取材に特別な便宜を払った。
ところが、実際に放映された番組では、慰安婦制度の責任は昭和天皇と日本国家にあるとした法廷の結論など、重要な場面がすべてカットされていた。これを不服とした団体側が「意図に反する内容に改変された」としてNHKを相手に2000万円の慰謝料支払いを求めたのだ。
東京地裁がNHKに賠償責任が無いとした理由はこうだ。
(以下、カギカッコ内は朝日新聞の記事より引用)
「放送事業者(テレビ局など)には
取材素材を自由に編集して番組制作することが保障される」
これは当然だ。作る側がどのような規制・圧力からも守られていないと、事実・真実を広く告知するというメディアとしての責任を果たせない。この判断は正しいし、その判断にのっとってNHKに賠償責任はないとしてNHKへの請求を棄却したのも正しい。
では、なぜドキュメンタリー・ジャパンは罪に問われたのか?
東京地裁は、こういう。
「取材される側が報道内容に抱いた『期待・信頼』は
法的保護の対象になる。
この『期待権』を侵害した場合には取材者に賠償責任が生じる」
今回の場合、取材対象者である「女性国際戦犯法廷」を開催した団体は、その試みによって導いた結論、慰安婦への性暴力が昭和天皇と日本国家に責任があるという部分が番組に取り上げられ、視聴者に広く認知されることを期待したと思われる。その期待は当然だ。しかし、その部分はまったく番組には反映しなかった。
その『期待権』を侵害したから、取材制作したドキュメンタリー・ジャパンは慰謝料を支払えというのが東京地裁の判決。平たく言えば、取材対象者が期待していた通りの内容ではなかったから謝りなさいというのだ、ドキュメンタリー・ジャパンにだけ。NHKはおとがめなしである。
まず『期待権』という考え方からして疑問があるが、それは後回しにして、まず責任の所在認定のおかしさから。
番組はドキュメンタリー・ジャパンが企画し、NHKに提案、採用されたという。この流れは、キー局ではごく一般的なものだ。
これはぼくの推測だが、企画の段階でドキュメンタリー・ジャパンは各方面から議論噴出の慰安婦問題を深く掘り下げ、視聴者が慰安婦問題を正面からとらえる端緒としたいと考えていたと思われる。だから「女性国際戦犯法廷」というユニークな、しかし非常に重要な視点を取材ターゲットにし、その視点が導き出すところの結論を視聴者へ提示したかったはずだ。
ところが番組にはその「結論」が抜けていた。なぜか? それは、放送直前、NHK教養番組部長なる人物の指摘により、番組内容が大幅に改変されたことによる。とすると、取材対象者が抱いた『期待権』を侵害したのはドキュメンタリー・ジャパンではなく、NHK本体なのではないか?
しかし、東京地裁は、
「『法廷』を歴史的潮流全体の中に位置付ける方向で
編集しなおした点は『編集自由の範囲内』」であり、
だから「NHKに賠償責任はない」
と言うのだ。わけわからん!
誰が見ても、ドキュメンタリー・ジャパン側が制作した内容(特に、慰安婦に対する責任が昭和天皇にあるとした『法廷』の結論)に対し、NHKの制作責任者が難色を示し、強引に内容を変更させたと考えるのが自然だろう。言わばNHKの“検閲”により変更させられた内容で番組は放送され、その結果、取材対象者が抱く『期待権』が侵された。こうしたはっきりした流れがあるのに、どこをどのように考えれば、『期待権』を侵害したのはドキュメンタリー・ジャパンだ、と言えるのか?
だいたい、“歴史的潮流全体の中に位置付ける方向で編集しなおした”というのはどういう意味なのか? 当然、裁判官は編集しなおす前とあとをご覧になって判決を下されたのだから、“歴史的潮流全体の中に位置付け”ることの意味はお分かりの上なのだろう。
慰安婦問題を歴史的潮流全体の中に位置付けるとどうなるのか?
これまでどおり、慰安婦はいたのかいなかったのかわからない、真実は深く潜行し、汚泥を抜け出てくるガスの塊のように時おりぶくぶくと現れては消える、そんな存在になってしまうのではないか?
慰安婦は確かにデリケートな問題で、テレビ局はその扱いに敏感になっているのは事実だ。その存在を証明する日本軍の極秘資料があり、そして慰安婦として働かされた女性そのものの証言さえありながら、「慰安婦など存在しない!」と声高に叫ぶ人たちがいる。そうした人たちは、多少なりとも慰安婦側に心を寄せる番組が放送されると、その放送局にねじこむこともある。
慰安婦問題について積極的に発言してきた某大学教授は、その筋から狙われ、自宅に帰ることもままならない状況だと聞く。慰安婦など存在しないと主張する人たちの中には、そこまで過激に反応する人たちがいるのも現実なのだ。
そんな状況下、視聴者に真実を知らせるという使命を持つはずのマスコミ、中でも民間放送はピリピリビクビク。まして、親方日の丸・日本放送協会が「慰安婦に対する責任は昭和天皇と日本国家にある」とする内容を含む番組を流すワケがない。極力波風立てまいとするのは至極当然。ドキュメンタリー・ジャパンの制作した番組内容を編集しなおさせた部長は、誉められこそすれ、決してそしられることはないだろう、少なくともNHK上層部からは。もし万が一、今回の問題で責任を取らされるようなことがあっても、それは形式上に過ぎない。
孫請けのみが責任を問われた今回の判決。
NHK側は広報局を通してこうコメントしている。
「判決は、今回の番組が放送事業者に保障された
編集の自由の範囲と認めており、主張が受け入れられたと考える」
ほんとうにそう考えているのか?
ここでNHKが最低限主張すべきは、この番組の取材制作を委託した主体として、罪に問われたドキュメンタリー・ジャパンを擁護する意思、判決を不服とする意思ではないのか?
「末端の弱者に責任を負わせたのは我慢できない。
制作現場をさらに萎縮させることにつながる」
NHKのコメントではない。当の取材対象者、原告側のコメントだ。
自らを訴えた原告、その相手がこうした言葉を吐く。
報道機関として、NHKは恥ずかしくないのか?
NHKのコメントから想像されるもの・・・・。
国から「よくぞ押しとどめた。えらいえらい」と誉められ、尾を振り喜んでいる姿。
『NHKスペシャル』も『プロジェクトX』も『人間ドキュメント』も『その時、歴史が動いた』も、よく見るし、よくできている番組が多いと思う。
しかし、ことタブーとされること、国が表ざたにすべきではないと考えることに正面から対峙する番組を見たことがない。
闇に隠されたもの、それは日本という国に住むぼくらにとって哀しみであり、恥辱となることかもしれない。しかし、それが真実である以上、受け止めざるを得ない。見ないふりをして通り過ぎるのを待つわけにはいかないのだ。
自己検閲することで、真実に迫る道を自ら閉ざしたNHK。
今回の出来事で、NHKはその限界を改めて露呈した。
(2004.03.26)
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