奔るジャッドンたのうえ、追っかけ帳

奔るジャッドンたのうえ、追っかけ帳

高松商工会議所主催「創業塾基調講演」



「好景気が悪くてはどうにもなりませんわ。国は“景気は緩やかな回復基調”としきりに言っていますが、私たち中小企業には実感わきません」、「うちもまったくいけません。同感です。国会を中小企業国会などといっていますが、ほんとうにうちみたいな零細企業のこと考えているんですかね」。

最近、経営者の集まりで耳にした会話である。ひっかかったのはこの二人にまるで当事者意識が欠けていたからである。いうなればマクロ的な景気動向と、個々の会社の業績が正比例することを前提に、自分の会社の業績不振は不景気のせい、だから政府に頑張ってもらわないと倒産してしまう、といった話になろうか。この図式を是とするなら、経営者は事業経営に関しては腕をふるう余地はないことになる。二人の話は続く。

 「私なりにリストラをやったり経費を詰めたりているのですが。こう暇ではどうにもなりません」「同感です。打つ手がないというのが現状です」。やはり聞いていて何にかが、おかしいのである。いま彼らが間題にしなければならないことはマクロ的な不況対策などではなく、自店の不振対策、すなわちいかにして自分の店が売れるようにするか、ということではないのか。そもそも不況対策や、リストラに取り組むべきなのは、国であり財界に属する大手であり、中小商店や個人の仕事ではない。またいま商店がやらねばならないことは不況対策や経営の合理化といった店や経営内部の間題ではなく、店の外の変化、つまり個々の消費者がどんな生活を望んでいるのか、何を欲しがっているのかをつかむことであろう。その上で、内部での最重要課題は、「我が店の品揃えを微底的に検証する」といったことになる。

 ただそれは今までみたいに消費者二一ズの平均値をとった最大公約数的品揃えではない。あくまで一人一人の消費者二一ズを捕らえたうえで、それを総和したものが品揃えとならなければ、これまでと同じ結果になってしまう。個々のお客がほんとうは何を望んでいるか検索作業を行い、それを一つずつ積み上げていく。こうしたアプローチを通してみると、今までの店での商晶分類、品揃え、陳列といったことがマクロ的な集約結果に基づいたもので、しかも消費者サイドではなく店側の都合でなされていることが自ずから理解できるはずだ。

 今ほど、企業の諭理(たとえば売るためのお客様第一主義)から、消費者の側に立って掛け値なしにお客様の願望なり利益を優先第一とする思考と行動への切り替えが求められるときはなかろう。それは企業の諭理や行動の暴走を牽制する機能としての企業倫理や人間としての道徳的間題で諭じてもだめである。

 このことは同様の不祥事が繰り返されていることから容易に理解できるはずだ。古くは第一勧銀、朝日ソーラ、ミドリ十字、高島屋、昧の素、麟麟麦酒、野村証券以下4大証券、最近でも、まさに懲りない面々で、彼らには学習効果機能がなきに等しいと言っていいぐらい頻発している。それら企業の不祥事に共通する根本原因は“企業の論理”そのものにある。すなわち企業の諭理による思考と行動が、自ら結局は企業のこれまでの利益と将来の可能性までだめにしてしまい、企業生命を短くしている。企業指導に携わる者の一人として、どうして短期的利益や合理化によって、長期的には命取りとわかっている判断をしてしまうのか、その経営戦略の幼児性に情けない思いを抱いているのである。これらのことが少なくとも企業倫理あるいは一部の特定大企業の間題として捉えられたとしたら、近い将来またほぞを噛むことになろう。なぜなら、「企業の諭理」、かつ戦略欠乏の近視眼的判断のリスクは、大中小間わずすべての企業が内包していると思えるからである。だから「企業の諭理」がまかり通る限り、短期的には生鮮性あがることであっても、長期的には消費者とその位置する社会から否定され、自らの首を占めることになることは、疑いの余地がない。だから、企業が永統的繁栄を望むのであれば、「企業の諭理」を捨て、「消費者の諭理」というメルクマールにギャチェンジすることである。

 ところで私の関心はただひたすら地方の中小企業にある。ここ19年間数多くの零細商店の商人との出会いがあった。それは私から求めたものでもなく、商店主自らが積極的に望んでというケースも希有である。彼らの大半は身銭を切って指導を依頼するほどの規模ではないし、またその気もないからである。だから私の場合は県や市町村や商工会議所等の催す講演会や診断業務を通じての出会いが殆どといってよい。だがかりにそういった席で名刺交換したとしても縁が繋がることは少ない。しかしまれには講演会等が終わった後積極的にアプローチを求めてくる人もいないことはない。まず紹介するYさんはその一人である。彼は昭和52年に金物間屋を脱サラ。畑違いの衣料品の小売りという世界に飛び込む。2年ほど夫婦で行商を経た後、鹿児島市郊外に3軒長屋の一角を借り衣料品店を開店する。わずか店舗面積10坪の店である。私が初めて訪れたH2年の売上が3800万円。数年前からほぼ横這い状況であった。店売りだけでは食っていけないから会場を借りての寝具や呉服の展示即売会を行ったり閉店後訪間販売をやってのこの数字である。それがH3年には4800万円、H4年には5800万円と、急成長し始めた。「こんな店にも来てくださるお客様に対して有り難いと思ったことがあるのか。言っていること、やっていること、結局は全て自分のことだけではないか」H2年9月、たまたま商工会議所主催の臨店指導を行った時。私がYさんに言った言業だというが、私には余り正確な記憶がない。正昧8坪の売り場に布団はある、ベビー用品はある、婦人物の服、セーター、それに紳士物や呉服まである。帳面をみると在庫は過剰、売掛も買掛も極めて多く、ただ現預金だけが過少であったのはよく覚えている。お客を逃したくないから何でも扱い無節操に何でも並べる。売上が欲しいから何時でもよいからと売掛にも応じてしまう。それで資金繰りが苦しくなり買掛金が膨れ上がる。支払いが悪いから良い商品は入ってこない。典型的な田舎のよろず屋のバターンである。もともとアイデアを考え実行するのが好きなYさんは、いろんな店を見たり集まりに顔を出し販促アイデアのヒントを探しては実行に移していた。それはいい。しかしそこに商人としての理念とか戦略がないから、整合性も一貫性もない、他人のアイデアを次々マネするだけである。
 それが、ご覧の通りよみがえったのである。

 次にご紹介したいのは佐賀、武碓市のある『肉のなかじま』である。中島さんはこれから創業される皆さん方に商いのあり方、厳しさを身をもって伝えてくれる。私は、創業のみならず、事業をやっていくには、一定の“己への厳しさ”、すなわち商いの哲学が不可欠と考える。当店は、80余年の業歴を持つ肉の専門唐として地元では評判の繁盛店である。3代目中島佐一郎さんは大学を卒業してすぐ家業に就いた。抵抗はまったくなかったという、そして27歳の時父から引き継ぎ、30余年になる。店は老舗であり、経営者としてもベテランである。4代目になる子息の徹也さんは、7年前28歳で緒婚した。その時期徹也さんは続婚準傭で忙しく店の仕事の合間に縫って外出せざるを得なかった。そのたびに一々出退勤の都度タイムカードを打たされ、抜けた分、賃金をばっさりカットされたという。『後継者だ言うて特権を与えたら人はついてきません。公私混同は甘えです。自分に厳しくせんと中小商店は生きられません。息子には8時間以上、従業員の3倍の効率で働けと言っています』。

 中島さんが淡々といわれていたことが、今でも耳にこびりついている。夕方4時を過ぎると、狭い店内が一杯になる。温泉街特育の有線放送が流れる中で客と従業貝の対話の声が軽やかに聞こえる。しかしよくみられる客を呼び込む声も、ありがとうございました、と大声で叫ぶ声もない。店主の中島さんは「愛想とお客様への迎合は絶対やらない。お客に媚びを売るのは商人でも職人でもない、半人前」と言い切る。だから従業員もお客が入ってきても、作業場から軽く顔を下げる程度で、包丁の手を止めることはない。無愛想な店といってよい。しかし、この無愛想さも中島さんの商人哲学と職人としての腕、そして商品への絶対的な自信に裏打ちされたものであることを見逃してはならないのである。「店はお客の空間でけんね。店側がそれを侵してはいけないと思っとります。お客は今晩の肉料理の献立を想定して来店されるわけですけん、尋ねられないかぎりこちらが勧めることはせんとですばい。勧めるとどうしてもこちらの都合ば押しつける形になりますばい。最高の品質のものをいかに安い価格で並べられるかが、肉屋として私達ができるお客へのサービスと思うとります」。

 店舗は古いが、徹底した清掃で売り場は輝いている。加工品や缶・瓶売り場の売台をなぞっても挨一つ指に付着しない。作業場はさらに見事、壮観である。最近の精肉店は機械化が進み、一見小工場と見間違うほどである。しかし当店には機械の類はなく、すべて手作業。忙しいときは5~6人が捌き台に立ち、淡々と肉塊をカットしていく。それでいて作業所は実に騎麗で清潔なのである。それというのも各人の作業プロセスに狙板、包丁等の掃除が組み込まれているので、何時の時点でもピカピカなのである。「機械は掃除に手間が掛かりますから、かえって非効率になるのです。それに1日終えてからまとめての清掃でしょう。どうしても売り場が匂うようになります」。

 精肉店やスーパーの肉売り場に行くと、大抵は独特の臭いが鼻を突くものであるが、当店には一切それがない。「精肉はそんな匂いしないとです。それは腐っている臭いばい。死臭たい。肉が古いというより掃除が徹底してなかことでしょ。あっちこっちに付着した肉片が腐敗しているのが原因ばい」。

 暖かくなるとハエが出る。精肉店や鮮魚店にはハエで悩んでいるところが緒構多い。中島さんは、そんな唐の経営者は、商人ではないと笑う。「腐りかけのものがあるからハエが出るのです。徹底して清掃した脚こは出ません。新鮮なものには巧ハエは集らない」。店内だけではない。店に向かって左側が奥の自宅へ入る小さな路地がある。ここも丁割こ清掃さ机ている、この路地の端を溝が走っている。下水遺である。驚いたことにこの水まで績麗なのである。今、企業間で環境整傭が話題になっているが、地域の環境を守るのは、本来は企業人である前に一住民としては当然のことであろう。「私達は人様の口に入る仕事をしているのですから、この当たり前のことができなくては肉屋は生かして貰えません。環境整傭が流行のように言われるのはおかしなことです」愛想もなく無口、重い口からぼそっと出る中島さんの話は、今恩い出しても実に面白い。それも商人の、というより職人としての実践から生まれた「本質と原点」だからである。手捌きだから、思うままアイテムが作れる。作り置きせず、その日の分は注文に応じてカットしその日に捌く。パックはゼロである。お客の特別注文はいかようでも応じている。いわば全品が手づくリオリジナルみたいなものであるから、他店と価格を比較されようがない。されたとしても当店の方が安いのである。オリジナル商晶をもつことは、創業にとっては、強力な強みになる。他唐と差別化でき、価格競争が避け得るからである。このことは新規参入するものにとっては、実にありがたい。

 昨年この会場で創業の貴重な体験談を誘してくださった、新潟、越後湯沢の高村さんの唐も品揃えの半分はオリジナル商品である。彼の店を事例に取り、成功の原理を考えてみたい。JR越後湯沢駅構内にある「ぽんしゅ館」は新潟の地酒を楽しめる酒の博物館である。一昨年以来、彼の店は苗年対比150%の伸びを続けている。平成8年7月3-4日に日本青年会議所(JC)薪潟ブロックの研修会で、たまたま私が講演の中で「饅頭を8つに切って試食に出す土産品店の愚かさ」を例に引いた。聞いていた高村さんは、『私の店のことではないか』と思い、顔色を変えて質間してきた。『丸ごと試食させたら利益が落ち、損するじゃないですか』って。そこで私は『買ってもらえなかったら、もっと損する』と言ったんです。彼は頭を抱えたまま考え込んでしまった。翌日、会社に帰り即、役員会議を開いた。予想どうり全員が反対。人の意見を掌重する彼が、初めて自分の考えを強行した。でも「お客さまが次々と何個もポケットに入れて、1個も買わなかったら、いく先は破産……。」大袈裟ではなくそんな幻想が頭を過ぎり、不安だったという。1ケ月たった緒果は、さっき申し上げた通りである。この「ぽんしゅ館」の実例は、1にお店で損益計算(取らぬ狸の皮算用)をしても、客数は傭びないがお客に有利な判断をすれば伸びる。2に経費は借しむものではなく最大の成果を得るためのもの。客数が増えなければジリ貧になる。3に考えたり計算したりだけでは成果はゼロだが、やればうまくいくかいかないか、いずれかの成果を得ることができる。うまくいけば自信とノウハウが身につく。うまくいかなかったら次の手を考えればよい。だからまず実践することだ、といった教訓を教えてくれる。わかっていても、たいてい下手な釣り人のように100の撤き餌を借しみ、20の撤き餌で100匹狙い20匹にある。

「新商品開発のヒントを得るため、それこそフランス料理やイタリァ料理、その他いろんな料理を食べ歩きました」実にネーミングがユニークである。食べ歩きから「柳川鍋」からヒントを得た「玉子とじとんかつ」や「お寿司とんかつ」「アラブとんかつ」。最近の傑作では「黒茶わんぴんころ」がある。何かおわかりだろうか。ほっこりしたもち米に香ばしいピーナッッと肉が入った味付き御飯のことである。「スワンゴー」というのもある。これは松阪牛ロースを中国風のタレで昧あうしゃぶしゃぶ料理につけられた名前である。トンカツの本場名古屋だけあって、この奇抜つさに対して、邪道ではないか、と厳しいことを言う人もいるときく。「何といわれようがとにかく美味しくて、見た目が美しく、楽しくて、お客様が喜び、満足していただければそれで良い、というのが私の信念です」63年の大改装から、それまでトンカツを主にした食事の店であったのを「お酒の飲めるトンカツ中心のレストラン」へ変身。その店舗だが、入口を入るとすぐ右手には木製のワインクラー、そして正面には金属性のボトルキーブラックが目にいる。トンカツ店と呼ぶにはあまりにおしゃ机な店づくりで、まさにお酒落をして出掛けたくなるカジュアルレストランといってよい。

 登一さんは、昨年10月、最近一息、子の勝彦さんに社長を譲った。子息の勝彦さんはいう。「当店の風変わりメニューはすべて父によって編み出されました。そのコツを一言でいうと“出会い”なのです。つまり今まで縁のなかった素材と素材の出会いが思いがけない美昧しさを生んでいるということです。それで新しいメニューが生まれるたび、美昧さが付加されていることに気付きました。我が父ながらこれは凄いことだと思います。父はますます昧の追求には厳しくなっていますが、その分儲けには無頓着になる一方です。母が昔からもう少し商売を考えてくれたら、と愚痴っていた気持ちがよくわかります」45年間素材と素材の出会いからアイデアを出し続けることによってより高度な美昧さを追求し続けてきたのが、当店の人気の秘密であろう。

 H市に店の全ての商品が手作りのオリジナル商品というパン屋がある。リッチドントという店である。父母、兄弟姉妹とその家族で3店舗経営している。各店でそれぞれ製造直売、それもすべて自家製オリジナルである。オリジナル商品と称しても他社のコピーだったりラッピング等で目先を変えているに過ぎない例が多い。自ら昔労してオリジナル商品を創り出すより都会の著名店の製晶を模倣しさえすれば、地方では充分先端を走れる、といった安易な風潮でもその是非はともかく好景気の時は売れていたから、まだ良かった。しかしそうした商品の動きはびたっと止まってしまうのである。そもそもアイデアやネーミングの面白さだけの新商品は始めは売れても後が続かないのである。元祖さえブームが去れば売れなくなる時であるから、ましてコピー組の行く末は押して知るべしとみてよい。オリジナル製品づくりはその前提条件としてお客の二一ズを中心とした情報としっかりした技術面の支えがあって初めて成り立つ。

 しかし地方零細企業では自らオリジナル製品を作り出すことが難しいのも事実である。技術は刻々と進歩発展するし製品のファッドも変化する。それらに対応するためにはズバリ言って金が掛かるからである。ところがこの店では零細規模にしては過大とも思える金を払い、日本でも指折りのバンづくりの権威者を顧間に迎え情報と技術指導を受けているという。こうして高い研究開発費を掛けて、創案したオリジナル商品だが、この店は絶対に卸しをしない。自分の店で、売れる都度、作る。「うちは出来たてのバンを食べて戴こう、と考えて作った店。白分たちが丹精込めて作ったパンが他の小売店でどんな風に売られているかわからないことほど心配なことはないので卸しは絶対やらないのです」と店主は言う。

 最初は多くのパンメーカーも自分で販売するために製造していたに違いない。しかし機械化が進み、最新式の機械が投入されるたびにその製造能力が増し、やがて自分の店の販売能力を遥かに越すパンが製造されることになる。そうなれば白分の店で売るだけではなく小売店に卸した方が得だし、またそれ以外に機械からみた効率化を計る手段はない。しかし製造した数と卸す数が一致するという最高の効率レベルに達したとしても、卸した数と小売店で実蜘こ消費者に販売された数とはまず一致しない。大抵は卸し数が小売店での販売数を上回り、その差が返品となって返ってくることになる。逆に販売数が卸し数を上回ることが明らかになれば、これ増産のチャンスとみて工場ではさらに製造能力の大きい機械を導入し増産するだろう。したがって仮需である製造数は実需である小売数を上回ることになる。こうした繰り返しで大きく成長したメーカーもあり、消えていったメーカーもある。今ここでその是非を論じるつもりはない。多分この店の手作りで作っただけ売る、売れただけ作るというやり方では大きくはなれないだろう。しかし小としての強みを生かし小の役割に撤することで不況下でも堂々生き抜いているという事実から、これから創業しようという皆さんが学び得る教訓は大きいと、いうことを指摘しておきたいのである。

 この大型店時代に、これから小さな事業を創業して、大丈夫だろうか、という質間を受ける。皆さんもそうした不安をお持ちかもしれない。確かに商業統計で見るたびに中小店での購買率は低下しその数も激減している。「大駐車場を持つ大型専門店とSCが充足したら、中小店の役割は買い忘れ補充、近いだけが便利だけ、それもCVSが果たしてくれるから中小商店は不要」1といった声さえ聞こえる。元来商店は、地域社会を構成する住民への利便性を求める二一ズがあり、その利便性の提供という形で必然的に生成されたものである。しかしその利便性をより充足してくれる代替店がでてきたら、なくてもよいというわけである。しかし「大には大の、刺こは中の、小には小なりの機能と使命がある。それぞれの規模においてそれぞれの機能と使命を果たすなら小といえども存立できる」という仮説を実証するため旅を続けている私には、この意見にはとうてい賛成できない。地方郡部にも小さくとも頑張り堂々と生き抜いているお店を数多く見ているからである。彼らに共通しているものがある。それは1に地域住民に支えられてこそ存在が許されること。2に商人自らもその地域の一構成員であり、住民あ一人として日常生活の中で商売を抜きにした結びつき、義理、しがらみ、縁といった極く素朴な人間的なつながりの中で生きていること、この2つへの思い入れが強いことである。これが第一。第二にはこの認識を前提として、小さくとも頑張る中小店では、いわゆる「売る人買う人」の関係、り章り住民との関係を商人と消費者、商店主と買物客、といった対立構図からの脱却に努めている、ということである。人は他人との関わりと地域との結びつきの中で生きていることを考え、それらを商人官ら積極的に求めていく。

 この基本姿勢が欠ければ、孤立し情報も遮断され、小さい店はたちまちその存立基盤を危うくするということを彼らは本能的、あるいは経験的に知っている。だから販促やイベントを単に売上を稼ぐとか即効性ある集客手段としてだけではなく、地域住民との心の通い会える機会とレて提え、実に上手に実施している。また目先の損得ではなく、先を見ての行き届いた個別対応型のサービスに徹していることなどが際立っている。「自分だけ良し」の姿勢ではなく、むしろ積極的に他人の利益(地域住民)も計っていることである。自分のことだけしか考えない商店にはお客は来ないし、お客の得になることを成すお店には人が集まる。

 たとえば商人なら「ありがとうございます」と人に頭を下げることは簡単であろう。しかし、お客の方から「ありがとうございます」と商人が頭を下げて貰うことは難しい。それなりのことを商人が成さなければならないからである。小さくとも頑張る店に共通する要件の第三は、この、人の喜ぶことを考え実行しお客様から「ありがとう」と感謝される店を目指していることである。そこには裏を返せば、パバママストアなりに人様に貢献していることを成しているという強い白負、プライドがある、ということになる。たとえば「愛想いっていい加減な物ば売ったらお客を駒したことと同じ。商人の恥です」(肉のなかじま中鳥佐一郎氏)といった頑固とも思える自分の提供する商品・サービスヘのこだわりは、不遜に見える際どさはあるものの、確実に最終的にはお客から感謝され信頼されることになる。

 商いにおける革新とは、消費者利益への貫献でなければならない。しかし考えてみればこれまでの企業やその経営者に「消費者に利益する」という観点からの革新的発想や行動がどれだけあったろうか。70年代後半にコンビニエンスストア(以下CVSと略)ができ、最近とみに急成長している。その間、デスカウンター、バワーセンターなど、元気のよい新業態が、次々生まれてきた。しかしこれだけで「革新的」とは言い過ぎであろう。革新的経営者も、数年たてば保守性、後進性が目立ち始めるからである。新規創業者・転換組の多くは、このままでは既存の事業では先細りになり、やがてリストラの対象になり、食えなくなるといった危機感から脱サラし、参入した者が多い。もとより彼らには消費者の利益といった概念は口では出しても頭にはない。単に食うために流行の船に乗り越えただけに過ぎないのである。

 従来からどの業界も、本能的といえる保守性ゆえ、消費者の視点から見直し、革新すべきことは山積している。今、各地に目立たないけれど保守的な頭からは絶対発想されない、いわばニュー創業者といもその地域の一構成員であり、住民あ一人として日常生活の中で商売を抜きにした結びつき、義理、しがらみ、縁といった極く素朴な人間的なつながりの中で生きていること、この2つへの思い入れが強いことである。これが第一。第二にはこの認識を前提として、小さくとも頑張る中小店では、いわゆる「売る人買う人」の関係、り章り住民との関係を商人と消費者、商店主と買物客、といった対立構図からの脱却に努めている、ということである。人は他人との関わりと地域との結びつきの中で生きていることを考え、それらを商人官ら積極的に求めていく。

 この基本姿勢が欠ければ、孤立し情報も遮断され、小さい店はたちまちその存立基盤を危うくするということを彼らは本能的、あるいは経験的に知っている。だから販促やイベントを単に売上を稼ぐとか即効性ある集客手段としてだけではなく、地域住民との心の通い会える機会とレて提え、実に上手に実施している。また目先の損得ではなく、先を見ての行き届いた個別対応型のサービスに徹していることなどが際立っている。「自分だけ良し」の姿勢ではなく、むしろ積極的に他人の利益(地域住民)も計っていることである。自分のことだけしか考えない商店にはお客は来ないし、お客の得になることを成すお店には人が集まる。

 たとえば商人なら「ありがとうございます」と人に頭を下げることは簡単であろう。しかし、お客の方から「ありがとうございます」と商人が頭を下げて貰うことは難しい。それなりのことを商人が成さなければならないからである。小さくとも頑張る店に共通する要件の第三は、この、人の喜ぶことを考え実行しお客様から「ありがとう」と感謝される店を目指していることである。そこには裏を返せば、パバママストアなりに人様に貢献していることを成しているという強い白負、プライドがある、ということになる。たとえば「愛想いっていい加減な物ば売ったらお客を駒したことと同じ。商人の恥です」(肉のなかじま中鳥佐一郎氏)といった頑固とも思える自分の提供する商品・サービスヘのこだわりは、不遜に見える際どさはあるものの、確実に最終的にはお客から感謝され信頼されることになる。商いにおける革新とは、消費者利益への貫献でなければならない。

 しかし考えてみればこれまでの企業やその経営者に「消費者に利益する」という観点からの革新的発想や行動がどれだけあったろうか。70年代後半にコンビニエンスストア(以下CVSと略)ができ、最近とみに急成長している。その間、デスカウンター、バワーセンターなど、元気のよい新業態が、次々生まれてきた。しかしこれだけで「革新的」とは言い過ぎであろう。革新的経営者も、数年たてば保守性、後進性が目立ち始めるからである。新規創業者・転換組の多くは、このままでは既存の事業では先細りになり、やがてリストラの対象になり、食えなくなるといった危機感から脱サラし、参入した者が多い。

 もとより彼らには消費者の利益といった概念は口では出しても頭にはない。単に食うために流行の船に乗り越えただけに過ぎないのである。従来からどの業界も、本能的といえる保守性ゆえ、消費者の視点から見直し、革新すべきことは山積している。今、各地に目立たないけれど保守的な頭からは絶対発想されない、いわばニュー創業者というべき企業家が出現してきている。たとえば今まで客層(ターゲット)に合わせるといった他の業界では当り前のことでさえ、酒販店ではほとんどみられなかった。ところが熊本県植木町にある「酒の三河屋ウエッキー」は一見酒のブテック風の店。コンセプトが「おしゃれな可愛い酒屋さん」。ターゲットは「ギャルとお若いおふたりさん」。それで品揃えは清酒、焼酎も小瓶、ビールもミニ缶。とにかく売場の酒類はオールミニ。17坪で2億円超売る。こういった店こそ革新的なのである。

 なぜなら、消費者は様々な二一ズを持つ。それに酒店の方が「合わせる」という思考と行動が従来のこの業界と全く異なる発想だからである。ブームになり脚光を浴びているものの動きだけが業界の全ての動きではない。ましてこれを是とは言い切れない間題を含んでいる。

 革新の動きは目立たない地面の草の根からも萌芽しつつあることを見逃してはならないのである。企業や己の利益追求ではなく周囲の人々を喜ばせ、利するという視点から、消費者サイドに立った革新性を身に付け、既存業界を見直してみる、こうしたところから新しい事業の創生のヒントと成功の道が開けてくるのではなかろうか。これが、今日の結論です。御成功をお祈りしています。ご静聴、ありがとうございました。


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